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芝と太陽の香り

  青くどこまでも遠くへと続く青空に、一本の飛行機雲が小さく生まれた。


  近い


  普段より幾分か大きく見える空。

 

  いや、実際。俺は地表から数十メートル程の高さに座っている。


  時折、競技場内を吹き上げる上昇気流によって歓声が聞こえてる。


  運ばれてくるのは、音だけではない。


  青々とした芝の香り、熱されたタータントラックは、ゴムに溜め込んだ熱を徐々に放出している。

 


  んっ……!



  一際大きな風が吹いた。


  思わず目を閉じて、手探りに風への抵抗を試みる。

  風の方向は真下から。


  吹き上げ風が、スタンドの傾斜のある客席を舐めるように上がってくる。



 ──── ふと、太陽の香りがした



  タンっ!



  何かを、蹴るような、何かに、跳ねられたような音。

  耳の奥まで届くその音は、意識へ直接伝えてくれる。


  一番近く、一番馴染み深い。優しい音。


  俺の大好きな、一足で空へと飛び上がる、太陽の足音。


  初めての、あのお腹の痛さも懐かしく、目を開けると……。




  自然のいたずらか、それとも…………人のまやかしか。


  俺の意識の問題か。彼女はまるで羽のあるかのように、そこへ降り立った。


「こんにちは。せーんぱいっ!」


  太陽の香りの少女は、羽を休めるように俺の肩に止まった。


  右肩には彼女の右手が、左肩には彼女の顎が乗せられている。


「なに……、してたんですか?」


  甘い声がくすぐったい。


「……っ」


  不覚にも、直ぐに言葉は出てこない。


  否、あえての状況把握を諦めた脳は、この状況に一つの答えを提示した。



「幸せだ」


  「んっ?」


  彼女が戸惑うのは無理もない。それはまるで彼女の答えをはぐらかすようにも聞こえたかもしれない。



  言葉はいらない。


  そもそも俺はそんな、言葉にならないものを感じるためにここにきたのだ。

  それをやめる気はさらさらない。


  だから────


  黙って彼女を抱きしめた。


  びっくりしたのか、一瞬波打った鼓動が肌を通して直接聞こえた。


  ぎこちなく、小さな手が俺の背中へと回される。


  いつの間にか風は弱まり、今度は陽の光が余計に強く感じられた。


 

  やがて風が止み、陽が少し西へと移動する。


  寝息が二つ。太陽の香りを包まれていた。




  総体 三日目のある時


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