〝ただいま〟を伝えるために
カレンダー。
〝総体〟と書かれた文字。その真横の四角に線を引いた。
明日。遂にあの舞台へと上がる。
この一週間。俺が新たに得たものは無い。
俺はただ、気づき、思い出し、確認し、一つ一つの過去を覗いただけ。
「純ー! あかねちゃんもう来てるわよー!」
階下からいつもの声が聞こえてきた。
いつ頃からか、彩光が朝、俺を迎えに来る構図は日常となっていた。
「今行く!」
一声残し、部屋のドアに手をかける。
ドアノブが重い。
引くのか、押すのか、はたまた横へスライドさせるのか。
俺はドアの開け方を忘れていた。
一度、ドアノブから手を離す。
忘れ物かな?
心に問いかけ、そのまま半身振り返り部屋を見渡した。
机が一つ。
本棚が一つ。
畳まれた布団一式。
ちゃぶ台一つ。
座布団2枚。
高校入学以来変わらない部屋。
唯一変わったのは座布団の数。
机の上に写真たてが一つ。
写っているのは3人の幼い少年達。
3人が並び、みんなで肩を組み合って笑っている。
不意打ちで撮られたのか、誰一人カメラ目線ではない。
でも、だからこそ、その中の彼らは自然で〝笑顔〟だ。
「……────よし」
古い笑顔が、今も変わらない笑顔が。
行ってきます
再度、ドアノブに手をかける。
カチリ
拍子抜けするほど軽い音。
そうだ、今日も一日が始まる。
いつもと変わらない一日が。
前に重心を移動させる。
僅かに軋む音がして世界が繋がる。
「おはようございます。 せんぱい」
その世界には彼女がいた。
「おはよう」
彼女はいつもの笑顔を浮かべている。
そして俺も……────
「行ってきます」
無人の部屋に一言置いていく。
安心して〝ただいま〟を伝えれるために。
高校総体 1日目────朝




