ただそれだけの一日
光
瞼の裏。暖かで儚い光を感じる。
直接感じたいと思えば、直ぐに出来る。
でも、……何となく暫くはこのままの体勢でいたい。
記憶も意識も感覚も。
覚醒直後にも関わらず、鈍りはない。
いや、それどころか、今までより、より敏感にさえ思える。
たくさんの人に呼ばれている……気がする。
幸せを……。
そう願い、俺はまた瞼を閉じた────
★
────よく寝てる
木の葉が優しくざわめいた。
葉が擦れ、我慢しきれなくなったものが、ひらりと空中に身を躍らせる。
くるりと一回転。そのまま先っぽを天に向け、真っ直ぐに昇っていく。
淡い橙色に、そいつは向かっていく。
緑の葉は橙に染まり、やがて桃色へと変化を遂げる。
葉はいつの間にか、夕焼けと同化し、天へと消えた。
上がった視点を元に戻す。
「あら? お目覚めですか?」
ちょっとからかい気味に、それでも随分待たされた事への皮肉を込めて言ってみる。
膝の温もりはちゃんと答えてくれる。
「……うん、おはよ……う?」
まだ寝ぼけているのか、あどけない〝彼〟の様子に心がはねる。
先輩、無防備ですよ
そっと、心の中でつぶやき、その代わりに彼の頭の上に、手を乗せる。
髪の流れにそって、ゆっくりゆっくりと撫でていく。
いつもとは逆だ
飼い主と飼い犬が入れ替わった感じ。
既に競技場には夕日が射している。
最初こそ心配して集まっていた仲間も、遠にあとは私に任せて帰ってしまった。
それからどれくらいの時間が経ったのか、それがどれ程であれ、私達の〝時〟は変わらない。
膝から伝わる微かな鼓動、肌に置かれた吐息。
いつもより近い感覚が、私達を一つにする。
物理的ではない。確かに今、心の距離が近い。
ふと、膝が軽くなった。
「んっ!」
とっさに手に力を込めて、その頭を元の位置に戻す。
「……まだ甘えてて下さい」
行動は反射だった。でも心は正直で────
「まだ……、も少し……」
言葉にならない。言いたいことが、伝えたいことが。
ふわふわとしたまま、目の前を泳いでいる。
「……────一緒に」
そうして、やっと。
出てきたのはたったの三文字。
膝に重みが戻った。
先ほどより重い。
彼の心の重さだ。彼の全てがそこにあった。
強がって、隠して、気づかれないように。
男の子の意地。そんなものは置かせない。
今のように、私の膝は彼専用なのだ。
見栄っ張りな一面も。そんな邪魔なものはいらない。
彼は私に心を見せてくれた。
私は彼の心を求めた。
────ただそれだけの一日────




