決意の言葉
全身を覆う冷たい水。
肉体機能は著しい低下を見せている。
冷たさを感じているだけまだ救いがある。
皮膚にねっとりとまとわりつく水。それは少しづつ俺の体内へと流れ込んでいる。
俺の心が浸かるのが先か、それともゴールするのが先か。
俺の気持ちは未だ直進を続けている。
────身体の外に一つだけ確かに温かい場所があった。
握りしめている手に彼女の鼓動を感じる。
「ここ、暗いですね」
「うん」
……とくんっ。
「冷たいですね」
「うん」
……とくんっ
何でもない、ただ肌からの情報を伝えるだけの問。
それの意味するものは何なのか。
本来存在するはずのない彩光。
ここは俺の心の中だ。
〝俺の〟
その言葉のみが今、俺の心を回り始める。
────最後のポールが背後へ消えた
陸上競技。
それは本質上、個人での戦いを強制する。
襷やバトンはあろうとも、それも結局は個人を一人ずつ足しただけと言えてしまう。
だから……無意識に
俺は心の根底の部分にそう刷り込んでしまっていたのだ。
それは2度、3度の決意でどうにかなるものでは無い。
それどころか、本人さえも認識していない領域。
無意識、無理解、不可侵の領域が今。
海底に沈むゴールとして、その口を開けている。
〝独り〟
それを否定してくれた女の子がここにいる。
押しつぶされて
歩いて
走って
手を繋いで
支えて
信じて
これまでの思いの丈が彼女の存在を創り出している。
〝愛して〟
明確な言葉が脳裏に浮かんだ。
言葉は浮かび、浮かび。海の底から表面へとゆっくりゆっくりと上昇していく。
その言葉だけが気泡という形になったのだ。
浮かび上がった気泡。
それは名残惜しむように、一瞬だけ満天の星空を映し、消えた。
パンッ
懐かしい音が響いた。
馴染み深い、始まりを告げるピストル音。
★
気がつくと、そこは競技場。
そこには海の面影は勿論ない。
俺の足はゴールを数メートル過ぎた地点で止まっている。
腕時計のタイマーはいつの間にかカウントを止めている。
ラップがちょうど10減っている。
そうか、俺……走りきったんだ。
★
男は倒れた。
慌ててかけよる部員。
一瞬後、彼らの目は優しく細められる。
男の顔は笑っていた。
この上なく幸せであるかとでも言うように。
総体まで残り7日
アスリートとして
恋人として
心身ともにまとまった〝男〟が生まれた




