一歩 冷たいね
残り3本。
先程から遂に、己の息遣いさえ、遠くなっている。
目に汗が滑り込む。
だが、腕はそれを拭うことなく、身体。その横の定位置を保っている。
彼は瞬きさえしていない。
まるで一度でも閉じてしまえば、もう開くことはないと信じているかのように。
誰の目にも明らか。
満身創痍の身体。
無意識かで認識を拒絶していた体調は、既に限界を迎えている。
精神の飛んだ先。
心の世界が壊れ始める程に
────……でも、俺は立っている。
彼を支えるもの
意地 プライド 決意
もう始まったから
もう一歩を踏み出したから
もう走り始めたから
もう止まれない
もう〝あいつ〟の背中は見なくていい
俺は〝あいつ〟の横で走る
支え 支えあって
そこで俺の背中を見せて
決意は、願いは
彼の内と外を繋げる。
光が────
★
光が────流れ星が
心へと届く。
俺の横。そこに〝降り立った〟光。
白く、全てを引きつけるような球体はおもむろにその姿を変えてゆく。
球は外から中へと縮んでゆく。
それがところどころで、収束点を創る。
一つ一つの点に生命があり、でもそれは一つである。
そんな矛盾の光。
鍛えた。身体 精神
その自信 誇り 安心
隠れた 緊張 恐怖 不安
全てが生命をもって〝彼女〟を創る。
柔らかく、温かみさえ感じてしまうその姿。
これが思考の世界とは思えない。
唇は突然に動く
「なんで、泣いてるんですか?」
動作が突然ならば、話題も突然。
まるでずっと前からそこにいたかのように彼女は話し出す。
おもむろに手を目に当てる。
暖かい水滴が一粒。それが腕をつたい、落下し、足元に波紋をつくる。
波紋……、小さな小さな雫がたった一粒落ちただけ。
それなのに、その円はどこまでも広がっていく。
境目の無くなった空と地を分けるように。
俺は海の上に立っていた。
一旦、目を閉じてみる。
足元に生まれる確かな感触。
俺は大海に浮かぶ小さな、とても小さな孤島に立っていた。
崩れていた闇は、今は暗い海として周囲に広がっている。
……ゴールは
海の底。
黒く広がるものが海と分かるその理由。
水底に突き刺さった白く力強く光るゴールを示す。
一本のポール。
「じゃあ先輩、行きましょうか?」
言葉は疑問形だが、その実答えを待つ素振りは見られない。
恐らくこれは〝俺と彼女の心の世界〟
時を同じく己を追い込む2人。
限界を求め、限界に挑み、挫けそうになり。それでも立ち上がろうとする。
「「全てはあいつ(先輩)の笑顔のために!!」」
極限の中で思い合う心。
それがこの奇跡的な心の結合を生み出している。
もうゴールはただの練習の節目ではない。
総体の────更にはその後の人生にも繋がる。
その分岐点。
選ぶのは
勝か負か
2人。手を繋ぐ。
せーのっ!
言葉は強く、行動はゆっくりと。それは一歩の重みと一時捨てる想いを惜しむように。
男の俺。アスリートの俺。
女の彩光。アスリートの彩光。
ここからはアスリートの世界だ。
そこに〝単純〟な愛は不可侵だ。
足首まで水に浸かる。
冷たい。
そこからは早い。
あっという間に下半身が飲み込まれ、一回の瞬き後にはそれは首にある。
涙より後、水面は揺れていない。
それでも海は冷たくその存在を示し続けている。
全てが浸かった。
★
友達は親友と成り得る
友達は恋人と成り得る
親友は恋人とは成り得ない
恋人でもあり、親友であることは出来ないのだ。
親友は常に側に居て
恋人よりほんのちょっと素で、全力で互いを支え合う
恋人は常に心に寄り添って
親友よりほんのちょっと核心を、全力で互いに甘え合う
アスリートの絆は親友と似ているのかもしれない
恋人とアスリート
それはどちらも持つことが出来るのである。




