心は見せる それは真実
2つの雫
世界という大きな海に落ちた、小さな雫。
無限の可能性を経て、今。
偶然の出会いを果たす。
あの出会いの日、私は心に誓った
〝いつか、会いに来ます〟
そして、────
〝その横で手を差し伸べ、一緒に走ろうと言えるようになる!〟
と
私は今、早朝の通学路を逆走している。
学校での用事は早めに切り上げさせてもらった。
もちろん、理由は朝練のため。
いや、……純先輩に会うため、が正しいのかな……?
大好きで、憧れで、目標で
心の蓋を開けてくれた大切な人
前方から1人、軽やかに飛ぶようなフォームのランナーが駆けてくる。
向こうも同時に気づいたのか、速度が上がり、雫どうしの距離は加速度的に縮まっていく。
むぎゅ!
ほぼ突進と同等の手応え、でも一瞬後にあるのは安心感に溢れる抱擁。
私は唯一、先輩への秘密を胸にそれに答えた。
だって今の私が欲しいのは、
〝相互の一方通行〟なのだから
★
5月の終わり
総体まで残り一週間
練習は調整メニューとなり、普段の自主メニューより更に個性の見える練習が始まる。
ストレッチを重視する者────それだけでも、ハードルで足をのばす者、芝生に寝転ぶもの、観客席の坂で全身を伸ばす者、まさに多様である。
そんな中で俺はこの日、身体をいじめることを選ぶ。
一日全力で体をいじめ、次の三日間はストレッチと軽いジョギングで身体中の壊れた繊維を回復させる。
そして、五日目に本番のシュミレーションと試合モードへの切り替え。
つまり、800メートルを全力で走る。
6日目は予備日として、一週間で足らない所の確認のみだ。
そうして、俺は最後の総体を迎える────……予定だ。
まずはその始まり、一番辛い練習をこなさなければならない。
用意したメニューは、300メートル×10本
一本、一本の間は100メートルのジョギングを行い、走り終わるまで、トラックを計10周走り抜ける。
俺はそれを一人で走る。
彩光には頼れない。
彼女も彼女の戦いを始めているのだ。
パァンッパァンッ
太もも、ふくらはぎ、叩いた後に赤さを増す。
垂直跳び。全身を震わせると同時に、地面からの反発を確認する。
問題ない。間違いなく、俺の足は地面を捉えている。
最後に腕時計のタイマーをセットする。
50秒と60秒の交互設定。
俺は300メートルを50秒以内に走り、間の100メートルを60秒以内に走る。
大げさに両腕を広げ、大きく深呼吸。
酸素をこれでもかと肺の中に蓄える。
足りない。
もう一度深呼吸。肺から溢れた酸素を筋肉が吸収していく。
上から順に、腕、胸、足。
指先まで伝わるまで、それを数回繰り返す。
────よし
これからは、酸素と体力と
なにより精神の戦い。
オン ユア マークス
心に声を響かせる。
現実の景色は心の景色へと、徐々に移り変わっていく。
ただただ、続く一本道。
縦にのみ存在する世界、横にあるのは何処までも続く砂漠だ。
空は星が煌めいている。街灯のない世界でそれは格別の輝きを見せている。
そんな不思議な空間に伸びる、ゴールの見える一本の道。
あるのは等間隔に立つ10本の長い棒。
ゴールするまで、……もしくは俺が諦めるまで現実の景色には帰れない。
精神のレースが始まる。
俺は一人で走る。
でも独りではない。俺の心に寄り添うもう一人のランナーがいる。
〝じゃあ走ろうか〟
彼女は俺の横に立っている。
人は幻想だと言うかもしれない。
確かにこれは現実ではない。
俺の心の景色だ。
だが、これは、俺の心が見せる真実の景色だ!
さぁ始めよう、俺たちのレースを────
パァン!
砂の世界が動き出す




