一方通行の出会いでも
はぁー
思わず出たため息。
親は現在別行動中。今頃は新しい家を探してこの小さな街を歩き回っていることだろう。
私の家族は今年中にこの街へ引っ越すことになっている。
理由は親の転勤だ。
はぁー
また、ため息が出た。
何故だろう?
別に引っ越すこと自体への不満ではない。
そんな具体的な者じゃなくて……
そんな気持ちで歩いていたら見つけた場所。
陸上競技場だ。
今、開催されているのは高校総体の県大会。
私は中学で陸上を引退した後、今の高校で続ける事はなかった。
理由はある意味で単純。
疲れたからだ。
周囲からの期待、少し距離を開ける部員、特別に指導しようとするコーチ。
その全てが嫌だった。
いつの間にか、壁は周りだけではなくなった。
その内側。
外壁からの視線を遮る内壁を作った。
その内側で震える自分を見たくなくて殻で覆った。
感情そのものを感じたくなくて、心に蓋をした。
そんな風に3年を過ごしたのだ。
私は大きな開放感を求めて陸上を引退した。
でも……
走ることはやめなかった。
だって……
走ることは好きだったから。
高校へ入学し、2ヶ月が経った今も、朝練だけは欠かさずに続けている。
走るのは好きだ。
もう、私を留めておく檻はない。
自由に大空を飛び回れるのだ。
外壁が崩れた。
必要のなくなった外壁も崩れた。
でも、────
心の蓋だけが開かなかった。
私は、心の底から楽しめる瞬間を見失っていた。
パァン!
脳に響く音に意識が現在へと帰ってくる。
男子800メートルのスタート音だ。
元、中距離選手としての頭は、自然とレース展開に意識を向けている。
今へと帰り、1分40秒が過ぎようとする時。
私の心は1人の選手に釘付けとなった。
彼は550メートル通過する辺りからペースをあげ始め、そして……。
残り200メートル。
彼の口元は笑っていた。
純粋に走りを楽しむ笑顔。
己の力を出すことへの躊躇も戸惑いも迷いもまったく感じられない。
おそらく彼が見ているのは、前にいる選手のみ。
そもそも、ゴールラインを見ているのかさえ怪しいほどに真っ直ぐな走り。
ドクンッ
勢いよく心臓が鳴った。
何かに突き動かされるように、立ち上がる。
瞬きを忘れ、その走りを一瞬でも見逃さないように。
その走りから、何かを得ようとするように。
ドクンドクン
心臓が早鐘をうつ。
この感覚、久しぶりだ。
私がずっと求めてきた感覚。
ずっと昔に心にしまい込んだまま、取り出す事の叶わなかったその気持ち。
そう、走る────それで楽しいだけじゃだめなんだ。
結論に達した心。蓋に入った亀裂が徐々に大きくなり、その中から溢れんばかりの光が飛び出す。
私はアスリートだ。
楽しさは、勝負の中で見つけたい
私はアスリートだ。
楽しさは、競い合う相手と見つけたい
私はアスリートだ。
楽しさは、トラックの中でこそ見つけたい!
私はこの後の準決勝も見た。
私が見たのは彼の顔。
純粋に走りを愛し、自分の走りに誇りを持った人の顔。
声をかけたいと思い、私は彼が一人になるのを待った。
そして、彼の潤んだ瞳に
〝いつか、会いに来ます〟
そう誓い、静かにその場を離れた。
春と夏の境目
一本通行の出会いが生まれる。




