表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/47

いつまでも

  3度目のスタートライン。


  全身の血管が膨張し、特に足への巡りが活発になる。


  毛細血管だ。


  日々の走りで増えたそれは、確かな響きを両足から伝えている。


  全身を駆け巡る響きは、喜びの音。

  酸素を貪る細胞、組織、器官。


  容赦ない食欲。しかし、それを上回る響きがその食を決して終わらせない。



 ★



  左、やや前方。揺れる短い髪がそこにある。

  半身の差でリードする江川。

  くらいつくのは、俺だ。


  今の俺達に駆け引きは存在しない。

  始めから全力。

  終わりはある。その有限の全力。


  途中で力尽きることを恐れない。

  いや、そもそもそんな事を考える事は無い。


  一進一退に突き進む戦況。


  俺が抜く、江川が抜き返す。

  また、俺が抜く。────江川が抜き返す。


  俺達は全力だ。……なのに。


  一度一度の攻防ごとに増す速度。


  彼らの糧は既に、身体的、物理的なものを超えている。



  走りそのものへの喜び。

  ギリギリの攻防への楽しみ。

  ラスト一本の本能的な捨て身の精神。

  活動限界にまで辿り着き、積み重ねた記憶を頼りに動き続ける筋肉。

 


  そして、「「彩光だけには(純先輩には) 負けたくない!!」」


  勝負。その限界点。

  丸裸になった想いが互いの意思を疎通させる。


「俺は────」


「私は────」



「江川彩光が────」


「小泉 純先輩が────」



「「好きだ(です)!!」」



  だからこそ、負けるわけには。いや、勝たなければいけない!



 ラスト400メートル。


  鳴り響くラスト一周の鐘の音。


  まず練習で聞くことは無いこの音。

  こんな演出を考え、更に実行できる人物は、俺の知り合いでは一人しかいない。


  鐘の音が2人の集中力を更に高みへと導く。

  試合の匂い。


  遠ざかる音。


  聴こえるのは、俺と彩光の存在だけ。



 ラスト100メートル。


  並ぶ2人に目視の差はない。


  長い、とてつもなく長い一本道。


  終わりは常に見えていた。


  地面に引かれた白線。


  終わりを告げ、新たな始まりを教えてくれる白線。


  今俺は、その始まりを感じる為に────



 タンッ



  最後の一本が耳に残り、2つの身体が白線を通り抜けた。



「結果は────、」


  タイムを測っていた部員。

  その答えは分かる。


  その手元のストップウォッチ。

  そのコンマの後の数はおそらく……同じ。


  でも、意思疎通。


  2人、されど1人となった俺達はその結果を知っている。



  トラックに立つ二つの影。


  何故かどちらの息も切れていない。


  夕日がトラックを照らし影がより鮮明になる。


  日の動き、それよりも早く、分かりやすく影の距離が縮まった。



「純先輩────、っ」


  言わせるわけにはいかない。

  俺は勝負事では卑怯なんて知らない。


  彼女の言葉を止めた影。


  小さな影、口と目と、どちらも俺の胸にうずまっている。


  こそばゆい感触。背中の方だ。


  小さな手がやり返すように回されている。



  抱き合った2人。


「彩光、俺と……もっと近くで、どこまでも、走っていってくれないか?」


  ここまで決意しても、それでも照れくさく、伝えられる想い。


「いいですよ。……でも、条件があります」


「────」


「〝いつまでも〟も、付け加えてくださいね」


  笑顔の後輩はやはり俺の一本先に居た。


「分かった」


  2つの負けが、胸をうつ。


  走りの、新たな走りのスタート音は甘酸っぱい負けの香りがしていた。

 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ