スタートライン
────その時────
「誰かいるのか!?」
第三者の声が森に響いた。
長袖、長ズボンの青い制服は、陽の光が弱まる今において、森の影と同化している。
警察官だった。
話を聞いたところ近くの交番に務めているらしく、この時間に森の中を通っていたのは日々の見回りの一環であるらしい。
この出会い、迷い人への救いの手と見るか、それとも未来を望んだ若者への邪魔と見るか。
少なくとも俺にとっては明らかに後者である。
その後、俺達は無事に森を抜け、電車に揺られ、帰途についた。
やや遅い時間の田舎列車。
貸切となった車内。
二人の間にほぼ空間は無い。
少なくとも傍目には密着しているように見える。
間に空いた、指一つの距離。
桜の蕾が膨らみ始めていた。
★ ★
四月上旬のとある日────
『おっ、小泉! お前の配置変えといたから〜』
『はっ!?』
『気を利かせてやったんだぞ〜、まぁ喜べぇ』
────俺達の学校でも世間に漏れることなく入学式が行われた。
そして今は、その放課後。
今日から一週間は勧誘期間となり、練習は二の次となる。
そこで思い出される昼休みの会話……
〝配置変えといたから〜〟て、なんだよ!!
まずは頭をクールダウンさせるべく、そもそも陸上部の勧誘期間中の活動について整理していく。
取り敢えず、陸上部員は入学式前日にキャプテンからの指示によって俺達には役割分担がなされる。
グループは三つ。
一つ目は勧誘グループ
このグループは学校内で陸上部の宣伝を行い、興味を持った生徒、もしくは元々持っていた生徒を競技場まで連れてくるのが仕事だ。
二つ目は実技グループ
このグループは短距離、中距離、長距離に分れて普段通りの練習を行うだけである。
……のだが、正直このグループは一番辛い。てか、俺は嫌いだ。
しかし、何も俺は練習が嫌いなのではない。
単純に練習を見られるのが恥ずかしいのだ。
おっとっと、すまない。話がそれ始めていた。
────ゴホンッ
では、気を取り直して
三つ目のグループ紹介を、このグループは説明グループであり、上記に挙げた実技グループの練習を新入生へ解説するのが役目である。
ちなみに、俺はこのグループへの配属を希望していた。
まぁ人に何かを教えるのは得意である事もさる事ながら、中学時代の後輩とも話が出来るのも大きなメリットだった。
そして俺はこのグループへの配属は決定していたのである!
────今日の昼休みまでは……
上記の備考として、実は実技グループは陸上部でも力のある奴が選出される事が殆どである。
その方が見栄えがいいのだから必然ともいえよう。
そして、そこに全国レベルの力をもつ江川が配置されるのもまた、必然であった。
あの森の中の日から一週間。
俺と江川との会話はぎこちない。
その上、登下校や昼休みには一緒に居るのだから余計にそれが意識される。
人をまとめる立場のキャプテンの事だ、〝気をきかせたからな〟というのは、からかいの意が第一というのでは無いのであろう。
(……もちろん全くないわけでは無いのも知っている)
それに、今日の俺達のメインメニューは1000メートル×3本だ。
キャプテンが作ったそれは
〝走りで語れ〟
そう言っている。
仕方がない、ここまで人に手間かけさせたのなら、腹を括らないわけにはいかないだろう。
新入生が続々と競技場に姿を見せる中、俺達はスタート地点へと足を並べる。
隣には江川。アップをしている時、俺は敢えて、彼女と会わないコースを選んだ。
手回しでもされたのか、長距離はトラックの外側を、短距離は6、7、8レーンでスタート練習を行っている。
1レーンには誰もいない。
キャプテンが直々にスタート地点へとやって来る。
スタートの合図をしてくれるのだ。
「オン ユア マークス」
「「お願いします」」
パァン
手のひらの当たる乾いた音が心臓を叩いた。




