ご褒美に連れてって!
ピーンポーン
「こんにちは〜」
午前9時。晴れやかな声が俺の家の玄関に響いた。
今日は江川と2人で出かける約束をしている。
と、言うのも────
「……優勝おめでとう」
まだ残る額の感触が気になり、俺は江川を直視する事が出来なかった。
「声、小さいです! 建前なら言われない方がいいです!」
それに対し、全く意識していない通常運転な江川である。
明らかな理不尽さを覚えつつも、それは伝わらない。
(と、言うか、伝わってたら理不尽な気持ちにはならない……)
まぁだがこれをそのままにする訳にもいかない。
江川の声には棘が感じられる。
二ヶ月も一緒にいたら、彼女の扱い方も少しは分かるようになっている。
「いやいや、本気で凄いと思てるって! ……見惚れたし」
全て本音の一言。しかし、後半は伝えるつもりのないものがつい、こぼれ落ちたもの。
「そ……そうなんだ。 て、誤魔化されませんからね!」
はい、これは流石に俺でも分かります。
江川が照れてる。
付け加えると、つい口から出たその言葉に俺も照れてる。
「じゃあどうしろと言うんだよ!」
照れの意地っ張りと言うのか、いつの間にか俺の瞳は彼女を捉え、おそらく逆も然りである。
「……ご褒美、そうご褒美が欲しいです! それに先輩、……の感想聞いてませんよ!」
うん、前言撤回。江川にもその唇の感触は残っていたようである。
「来週暇か!?」
なんかもう投げやりな会話である。
お互いに顔を真っ赤にして、江川は若干うる目にで。
鼻がくっつくような距離での〝喧嘩〟
「暇です!」
「じゃあ出かけるぞ!」
「はい!」
「へ?」 「ん?」
売り言葉に買い言葉、その終わりはお互いの思考の行き詰まりが引き起こす。
「おーい、お二人さん。 痴話喧嘩なら他所でやってくれよ〜」
ここでちゃちを入れたのは佐藤和也。
その後ろで意味ありげな顔を浮かべているのはもう一人の親友、山本湊汰である。
ようやく元に戻った視界には二人を取り巻く、多数の影。
彼らの機転は俺達への助け船だ。
「違う!」 「違います!」
船は用意してくれたのなら、後はそれに乗るだけだ。
しかし、その船に気づいているのは、それを用意した親友2人と俺の3人だけ。
もちろん、江川は気づいていない。
「江川、走るぞ」
「えっ? あっ、……はい!」
「いい返事だ」
その構図は図らずしも、あの教室からの逃走と等しい。
俺はなかなかの数の人混みのその一角、そこへ迷うこと無く突進する。
親友2人の元へ。
2人の間に空いた道。
男の友情ここにあり! である。
そう言えば最近はこの3人で遊んでいない。
最後の記憶はクリスマスパーティーをした事であろうか。
彼らの姿が近づく。
〝ありがとう〟
心の中で思いっきりの気持ちを伝える。
彼らの頷きを掠めて、俺達は2人、輪の外へと駆け出した。────
と、まぁそういう訳だ。
「じゃあ行くか」
「はい」
今日の予定はカフェ。それと散歩だ。
これは彼女の希望で流石、野生児……いや、太陽の娘。と、言ったところか。
しかし、具体案は俺持ちである。
彼女の驚きの顔を見るべく俺たちは駅へと向う。
並び歩くその道のり。
俺は彼女の半歩前でその手を握った。
それが俺の彼女への、陸上への答えであるから。




