芽吹きと
乾いた音が鼓膜を叩いた。
俺の両足もトラックを蹴った。
一気に湧き上がる応援の声。
選手とタイマーが動き出し、〝試合〟という存在が流れ始める。
────俺の気持ちだけはその流れに乗れていなかった
その試合の事は、逆に強く俺の心に刻まれた。
動けという命令を聞かない身体。
そもそも本気でそう命令しているか分からない脳。
気づいたら俺はゴールしていた。
記録は2分13秒。
ベストタイムからプラス3秒したタイムである。
3秒。これはでかい数字である。
いや、俺のそもそもタイムより先にそのレース展開に嫌気がさす。
俺にも勝ちパターン、得意パターンというのはある。
俺はそれを1パーセントをもなぞる事が出来なかった。
肩にタオルをかけ、俺は800メートルの待機場所に座り込んだ。
悔しい。そう思ってはいない。
ただ、頭がぼおっとしていた。
「戻りましょうか?」
いつまでそうしていたのだろうか、その声に頭をあげるとそこには江川がいた。
心配して見に来てくれたのであろう。
周りにはもう最終組のメンツしか残っていない。
「ごめん」
その言葉。聞きたくないです。
後輩に迷惑をかけた事への謝罪だった。
それ以上の会話を無駄と判断したのか、江川は一度距離をとると
「目を瞑って下さい」
透き通る声だった。
黙って俺は指示に従う。というか何もやる気が起こらずに半分寝てしまいそうになったともいえる。
チュッ
おでこに当たった柔らかい感触。
んっ!!
「ショック療法です。どうやら効果はあった見たいですね」
「あああ……、て、わわわあっ!!??」
混乱し、急速に回転数をあげる頭の中。
そこで俺の焦点が今まで合っていなかった事に始めて気付かされた。
彼女は笑っていた。
おそらく、一瞬前までの彼女はその顔をしてはいなかった。
だがそこにある笑顔は今までずっとそこにあったかのように思われる。
「ありがとう」
「その言葉、貰っておきます」
俺の今季初試合はそうして幕を閉じた。
彼女は今日の試合で2分10秒をだして、女子800メートルを優勝した。
決勝を走る彼女の姿。
堂々とトップを走り抜ける存在感。
────そして、3秒
俺の前を行くその姿。
振り返り、手を差し伸べてくれたその姿。
立ち上がり直したそこで、俺は真っ直ぐと立つ。
今見えるのは〝その背中〟
俺が見せたいのは〝俺の背中〟だ。
その背中に密かな誓いを立て、俺は心を一歩前進させる。
その日、俺の中で何かが芽生えたのを確かに感じたのだ。




