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手錠 ――その②――

今まで入力可能な文字数、0をひとつ少なくみてました……。じゃあ分けなくて良かったやんか!というわけで、今回は長めです。



目の前に金属製の分厚い壁が現れると、ダンは車両の速度を緩め、やがて静かに止まった。遥か高く構える壁に、運転席から頭を低くして壁を見上げるが、最上部は見えない。雲ひとつない晴天で、金属の壁が光るのみだ。



「どうやって突破したんだ……」



無機質な金属が一つの町を丸ごと囲っているその巨大さに、ダンは呟いた。すると、運転席の横の窓が激しく叩かれた。



「うわっ、」



「今すぐ車両から出ろ!」



武装した男二人組が身分証明書を提示しながらそこにいた。見ると、いつの間にか金属製の壁から扉が現れていた。



「熱烈な歓迎ぶり……はいはい、分かってますよっと、ほら警部、着きましたよ。先方はお待ちかねのようで。」



助手席の上司の肩を揺するが、




「んー………」



ぱしっ、と手を振り払われた。

身動ぎをして、上司はダンに背を向ける。

加えて、男二人組は車両の窓を叩いては降りるように促している。



「………。誰の運転の方が安全だって?

まったく……ほら警部、嫌がってる場合じゃぁ」




ピリリリリリ




「 っ、キンバリーです !」



「うわっ、」




通信が入り、即座に起きた上司は瞬時に出た。




――ケイト、久しぶりだな――




「その声は……ロイ?」



通信から声が漏れ聞こえた。

上司は珍しく目をパチパチしている。



( 「ケイト……って知り合い?」 )



ダンは自分にしか聞こえない大きさで呟いた。



控え目にノックされた助手席の窓には新たに一人、

武装した男がいた。




















男は黒髪の短髪で、防弾チョッキやライフルを装備していた。整った容姿だが鍛えているようで、体つきはしっかりしている。上司は先に降りて男と何かを話していたが、ダンが最初に出迎えた男二人組に車両を任せてから隣に寄ると、ダンを男に紹介した。




「こちらは、国家中央警察庁中央捜査本部刑事局第一課、重大犯罪取締係、私の部下のダンよ」



「刑事のダンです。よろしくお願いします」



「運転ご苦労。国家警備隊特殊任務課捜査班、班長のオギノだ。」



敬礼をしたダンに、男も答礼した。



「次からはノックしてちょうだい」



隣に立つ上司が通信機をかざしながら言った。

男はダンの隣に顔を向けると、



「呼ばれているのに起きないからだ。相変わらずだな」



あまり表情を変えずに淡々と言う。

それを受けて、少し俯いて視線を反らすと、



「……うるさい」



隣に立つ上司は腕を組んでぽつりと呟いた。


だが直ぐに顔を上げると腕はそのまま、



「いいから、私達をさっさと本部に案内なさい!」



ほんのり赤い膨れっ面で男に命令した。




「……。言っておくが、そいつを捜査に加える事は出来ないぞ」



「は、はい!勿論、承知して――」



「悪いけど、お断りするわ」



「け、けいぶ?」



敬礼しようとしていた右手を中途半端に挙げたまま、ダンは思わず呼び掛けた。



「この事件の解決には私の力が必要なはずよ。その私には彼が必要、合同捜査に加えなさい」



「ケイト」



「無理は承知の上よ。少しでもあやしい動きをしたら、その場で私の首を切りなさい。勿論、」



一度言葉を区切ると、上司は続けた。




「物理的にね」




風が吹いて、緩いウェーブのかかった茶色の髪が揺れた。



まっすぐに目の前の男を見つめる上司に、ダンは息を飲む。




「……ケイト、」



「引かないわよ」



「まったく、君は……」



「ロイ」



男の名を呼んで上司は返事を促す。

ほんの少し首を左に傾けたため、髪も合わせて揺れた。



「信頼できると?」



表情は変えずに男は言う。



「無理を承知で頼んでる、それが答えよ」



「……。首を切れなんてこと、本部では口に出すな。現実になるぞ」



「端から覚悟の上よ。そういう事件でしょう」



「……。好きにしろ」



心底嫌そうなしかめっ面で言うと、歩き出した。



「合同捜査会議に出られるんだ……おれ」



男に続いて上司も歩き出す。

ダンは数秒してから慌てて我に返り、二人に続いた。ダンは二人の会話を聞く。




「相変わらず、寝起きは機嫌が悪いな」



「だんまりのあなたも、相変わらずね。

なぜ特務課にいることを黙っていたの」



彼女は腕組みをしているらしく、背中から少し肘が見える。ダンは思わず、自分にしか聞こえない声で言う。



(「こういう時の警部って、めっちゃくちゃ怒ってるんだよなぁ……」)




「しかも連絡は着かないし」



「すまない、ケイト」



「謝罪は結構よ。理由を教えて」



「……本当にすまない」



「…………。非通知の訳を」



「…………」



「そう……ならいいわ」



両手を上げて手をひらひらとさせると、



「付き合ってあげた人に対する態度かしら、

あれ。」



上司は小さくそう呟くと、わざと歩みを緩めてダンに並んだ。













「勝手に加えちゃった、非番なのにごめん」



「いいえそんなっ、捜査に加えていただきありがとうございます」



慌てて足を止めて敬礼をするダンの様子に彼女は微笑む。



「大げさね、ただのお礼よ」



直ぐに歩き出すダンに彼女は肩を寄せ、一瞬爪先立ちをして顔の高さを揃えると、頬を近付けそっと小声で言った。



「認める。運転してたらマジでやばかった」



「……っ」



柔らかい頬が微かに当たり、ダンは再び足を止めた。



「言ってみるものね、了承が取れるなんて思わなかったけれど……――ダン、置いていくわよ」




いつも通りの口調で上司は会話を続ける。

ダンは小走りで上司に寄った。



「あの、警部、申し訳ありません」



「何が」



「あの、首……って」



「あぁ、それね」



いたって普通の口調で反応すると、彼女は続ける。



「死神…特務課が動いたって時点で覚悟してるもの。だって」



「"そういう事件だから"ですね。俺の首って言えばいいのに」



「まだ1級刑事のあなたの首なんて渡しても、仕方がないでしょう」



「……ですよねぇ」




先導する男に続いて歩きながら、ダンは視線だけを上司に送る。上司と目が合うと、小声で続けた。



「皇主さまがいなくなったなんて……俺らの地区ではメディアに出てませんよね」



「影響が大きすぎるわ」



合わせて上司も声を抑える。



「……確かに。良からぬ考えの人はどこにでもいますもんね」



「そういうこと」



「どちらなんでしょうね」



「どうして?」



「見る限りこの警備では、10代の子には荷が重すぎるかと」



「唆したってこと? 事件の詳細が不明な以上、今はなんともね…保守派だって仮説を立てたいけれど、男の子自身、相当な腕をしているらしいから……」



「それってどこからの情報ですか」



「本部長からよ」



「あれ、いつもしゃしゃり出てくる警視さまでは?一課の長なのに…」



「別件よ。彼曰く、信頼して全面的に任せると」



「逃げましたね……」



「さぁてね、どうせデートの予定でも入れてたんじゃない?まぁ、私には渡りに船だったからいいけれど。顔を覚えてもらえるのは何かと捜査に役立つしね。それより――」



「なんです?」



「本部をしっかり、観察しておいて。私も注視する」



上司は強い視線で合図を送る。



「……。分かりました、一緒に仕事が出来る機会なんて滅多にありませんもんね。学ばせていただきますよ」



ダンは目配せで返答する。

それを受けて上司は、明るい声に戻した。



「光栄でしょう?」



「最高のお礼です。ところで警部、話は変わりますが」



ダンも明るく言った。



「ご友人ですか?」



「……あなた、段々マリーに似てきたわね」



上司は眉をひそめて答える。



「やめて下さいよ。あの異常に噂好きなマリアンヌ先輩と俺を一緒にしないで下さい」



「ただの同級生よ」



「ただの?」



「だからそう言ってるでしょう。

ほ~ら、話は終わり!」



彼女は手をぱん、と叩いて会話を切り上げると、

先導する男の元へと歩みを早めた。














































正面に巨大なビルが現れ、ダンは思わず首を思い切り逸らして見上げた。



「幅も凄いですがビルのてっぺんが見えませんね……うわぁ凄い……イタタ、」



「ロイ、ここがあなたたちの本部なの?」



「そうだ。行くぞ」



ほんの微かに表情を緩めて男は言うと、階段をのぼって正面玄関へと進む。続いて中に入ると、すぐにそれぞれ身体検査を受け、二人は上階へと案内される。



先導されて廊下を歩きながら、上司が言う。



「さすがに厳重ね。充分過ぎるくらい」



「さっきの検査も、随所にいる警備の方も、相当ですしね……」



「ロイ、もしかしてお二人とも来られるの?」



「そうだ」



「どおりで」



「お二人って……?」



ダンが男に尋ねた。



「皇主であるウォード様の、お父上とお母上だ。ご友人も来られる」



「そうですか……」



「どれほどお辛いか……」



ダンの言葉に続けて上司も静かに言った。



「何にせよ全力で捜査に当たるのみだが、」



男は立ち止まると声を抑えて、



「分かっているとは思うが、御家族が来られたら誤解されるような行動は慎め。守りきれんぞ」



「了解」


「かしこまりました」



上司とダンも小声で返答した。



「入るぞ」



扉が開き、男に続いて二人は部屋に入った。

数十人の捜査関係者で室内はすでに満員状態だった。散らばったいくつもの机に椅子、モニターや通信の音、果ては怒号が飛び交い、室内は騒々しい。


また、壁の一つには大きな窓があり、眼下には穏やかな昼間の町が広がっている。町で一番高いビルのため、他の建物は全て低い位置にあった。



「あ、」



町を囲う金属の壁よりもやや高く、左折で曲がるのにかなり時間がかかった片側5車線の大通りも、そこを走る車も小さく見えた。




(「あそこから行けばよかったんだ。

帰りはあっちだな……」)




ダンは自分にしか聞こえない声で呟いた。



すると、ダンよりはやや背の低い、黒髪の男が出迎えた。甘いマスクをしているがやはりそれなりに鍛えているらしく、体つきはしっかりしたものだった。




「どーもはじめまして。ロイ先輩の部下でアレンと呼んでください。」



年齢は、上司である彼女と同じくらいに見える。



彼女、そしてダンの順に簡単に挨拶を交わした。

すると、何とも明るく、



「いやね、元々俺と先輩はウォード様付で四六時中くっついてまわる護衛係の一員だったんですが、こんなことになっちゃったもんで……。落ち着かないしって俺と先輩だけ捜査班に特例で合流したんですよ。困っちゃいますよねぇ……。ほんとどこに行っちゃったんだか。部屋はこんなに騒がしいし、みんなバタバタで激務な連続出勤ですし」



肩をすくめて苦笑いしながら語った。



「おかげで先週のデートが勤務でふいに…。誘ってきた彼女はあっさり別の男へ。でも振るほうもひどいと思いません?」



「ぇっと…」



返答に口ごもるダンとは違い、上司は、



「それはお気の毒ね」



言葉は同情しているが声色はあっさりしたものだった。すると、アレンと名乗った男は歩み寄り、



「ん~、挨拶の際にも感じましたが……あなたは

実に気高く麗しい、まさに警視庁の姫君ですね」



「はい??」



上司は目を丸くした。



「レイズ警視正からしょっちゅう熱弁されてますからね、是非とも一度お会いしたかったんです。聞いてますよ~、あなたの実績を讃える為に、警部監という階級が特別に作られたとか!捜査の手腕も抜群、いやぁ御会いできるとは実に光栄です!――というわけで……今週末って空いてたりします? 一杯奢らせてもらえません?」



「正式には警部、警部監はあだ名みたいなものよ。それよりあなた、レイズ警視正と知り合いなの?」



「けいぶってば……総無視でいいのに……」



「個人的に仲がいいんですよ~、実家が近所で。でも俺としては、彼とではなくあなたとの仲をじ~っくり深めたいんですがねぇ……いかがです?」



「知り合いならあの熱弁をどうにかしてちょうだい。うるさいし業務の邪魔なんだもの」



「俺が言って聞くかなぁ、あの人……」



「あら、特務課なら余裕でしょう?色々な脅し方を知ってるでしょうしね」



「えぇ?またまたぁ~、ご冗談を。それで、今度のデートなんですが……あなたの都合が悪いのなら、来週末にしましょうか?」



「アレン、そこまでだ。」



「ありゃぁま残念。

まぁ、考えておいてくださいね」



男はウィンクをして軽く言うと、上司である彼女から距離を取った。



話している間に横でモニター等の機械の設置をしていた先導役の男、ロイが、



「映像だ、これを見てくれ」



そこには、駅前にぽつりと立っている一本の街灯の傍らで、ベンチに座る10代の男女二人が映っていた。しばらく二人は楽しそうに話していたが、やがて女の子は大きな毛布にくるまって目を閉じ、青年に寄りかかって眠ってしまう。



「怪我はない、本人たちだけ……無事なのね……」


「良かった……」



上司とダンが呟く。



「まあただ、日にちは経っているんですがね……」



部下の男がやや険しい表情で言う。モニターを操作しながら、ロイは静かに男に続けた。



「捜査員をこの町に向かわせたが……既に町を出た後だった」



「駅前でしょう? 二人はどの電車に乗ったの、ロイ」



「映像の後は、寝台列車に乗ったところで情報が完全に途絶えている、降車駅が不明でな……。既に連れ去られているか、お二人が防犯カメラを完全に避けた為に行方が途絶えたか……ただ、後者はあまり考えられない。まぁ、その方がいいのだが……」



「連れ去られたとみるのが妥当ね。ならやっぱり保守派かしら。でなければ大衆にさらすはず……」



上司は右手を頬に当てて考え込みながら、発言の後半はかなり声を抑えて言う。



すると、




「私も同感だ。

その線で部下を地区外に出している」




一人の女がモニターに寄った。



騒音は一斉に止み、室内にいる捜査員全員が敬礼をする。淡い茶髪は腰までまっすぐに伸びており、軽く結われてる。ロイや部下の男と同じ制服と防弾チョッキを着ているが、肩には実績を表す複数のバッチや、階級章があった。


女は右手を少し挙げて室内の隊員に合図をし、

それを見た隊員らは礼を解く。



ダンと上司それぞれと軽く挨拶を交わすと、

女は画面を見つめながら、



「私も見せてもらう。悪いが戻してくれ」



「ここからです」



ロイは映像を戻すと、場所を開けた。

女は映像をまばたきせずにそれを確認する。



「ふむ……ロイ、先へ進めろ――そこだ、」



ちょうど映像では、見張りを交代したようで女の子が起きていた。毛布は、隣で目を閉じて俯いている青年にかけられている。女の子は時々首を振ったり目をこすったりして、眠気を堪えている。



「仲は良さそうですね…」



「二人の接点がまだ不明なのよね……一体どこで……」



ダンと上司が言う。


映像は進み、そのうち眠気に負けたらしい女の子は、いよいよ隣の青年に寄りかかってしまった。

目を閉じていた青年はすぐにそれに反応すると、肩を震わせて小さく笑いながら、女の子を起こさないようにそっと毛布をかける。



「ふむ、やはり起きていたか…」



女はモニターから少し離れて言うと、直後に通信が入った。



「分かった、お通ししろ。――来られたぞ。全員手を止めろ!」




女が言い、室内から一斉に騒音が消えた。散らばっていた机や資料がいつの間にか整っている。


あまりの早業にダンは息を飲んだ。ぴん、と張り詰めた空気が室内に充満するなか、ゆっくりと扉が開いた。



入ってきたのは壮年の男性と女性、後ろに10代の男女がいる。総じて四人とも整った顔立ちだが、壮年の男性はすこしふっくらした顔をしていた。



「――…だとしたらどうしよう………あ~……俺のウォードがぁ……」



「いやいやいや、あんたのじゃないし誰のものでもないって」



「ちっっげぇよ、俺のかわいい弟だ!!」



「同学年だし、誕生月でいうとむしろあんたが弟でしょーが、半年遅れなんだから……っていうかその涙拭きなさいよ……ほら、」



「グスッ、――それでも俺は、弟だと思ってる!」



「あんたって……

ほんっとに、どうしようもないわね……」



映像に映っている青年の友人らしく、表情を引き締めている男性と女性とは反対に、二人は小声で言い合いながら部屋に入った。



男性と女性が、女やロイ、ロイの部下の男に声をかけたあと、ダンと上司の元へ歩み寄る。10代の二人も後から駆け寄り、全員が挨拶を交わすと、女性が室内を見渡して、



「皆様、全力で捜査をしていただき誠にありがとうございます。どうか私たちのことは気にせず、そのままお続けくださいませ」



凛とした声で言った。


返答とともに全員が一斉に敬礼をし、それを合図に、徐々に騒音が戻る。


続けて、男性がモニターから数歩離れたところに

立ったまま、低い声で、



「大佐殿、映像を頼む」



「はっ」


女は返答し、映像の準備をしていたアレンに再生する時間帯を指定する。



「――……週間後の様子です。この後の動向は、依然として掴めておりません。引き続き総力をあげて捜査を進め、必ずやお二人を保護いたします」



「承知した、どうかよろしく頼む」



女の言葉に、男性が頷く。


男性の後ろに並んで立っている青年と女の子は、

会話を聞いて表情を引き締めた。




同時に背後では、ロイと、ダンの上司が声を抑えて、資料とモニターをみくらべながら意見を交わす。





( 「だとすれば、やっぱりまだ――をすべきではないと思うわ。だってほらこの映像は……で、資料には……があるでしょう? 」


「そういうことか……でも、いや、なるほどな」


「ん~、でもちょっと極論過ぎるかしら……」


「いや、」 )




一方、アレックスと呼ばれた青年は、壮年の男性に小声で話しかけた。



「おじさん、初めてみる制服だけど……」



「国家中央警察庁から来ていただいているんだよ」



「そっか……地区外の……」



青年は固い表情で一言だけ言う。



「リラとアレックスもこちらへいらっしゃいな。一緒に見ましょう」



先にモニターに寄った女性が、二人に優しく声をかけた。二人は礼を言うと、リラと呼ばれた女の子の方はすぐさま、



「無事でいて、怪我は!?―――アレックスも早く!」



モニターへ駆け寄ったが、青年はモニターに近寄ろうとしない。固い表情で深呼吸をしているらしく、胸に手を当てていた。



「……」



ダンはその様子を見て、敬礼をすると、そっと声をかけた。



「発見されたのは数週間前の防犯カメラの映像ですが、その時点では貴方の御友人はご無事でした。先程拝見いたしましたが、見る限り、怪我もございませんでしたよ。」



「あ、えぇっと……無事……って、ほんとか?」



「はい、我々が探している女の子と仲良くお話されてましたよ。日にちは経過しておりますが、引き続き全力で――」



「――はぁ!? 女っ!? ちょ、女ってだれだよっ!?」



「おっと、」



体の強ばりは解けたようで、青年は慌ててモニターへ寄った。



モニターでは、先程ダンたちが見た映像が流れていた。二人が仲良く話した後、女の子は眠る。やがて見張りを交代し、女の子は眠気と戦い、そして遂に屈し、青年は笑って毛布をかける。



「あぁ、あなた……」



「うむ、無事だ、ひとまずは安心だ……君達、よくこの手がかりを見つけてくれた。どうか、引き続きよろしく頼む」



「はっ」



男性の言葉に大佐と呼ばれた女やロイが答えた。



「良かった……アレックス、ほらね…無事だって言ったでしょ…」



「あ、あぁ…良かっ…た―――って、おい」



女の子は青年に話しかけると、そのまま床に座り込んでしまった。青年はモニターから目を放し、女の子の肩を抱く。



「―――ですけれど、それでよろしくて?」



「あぁ、私も同じ考えだ」



「では……」



女性はそう言って瞳に溜まった涙を静かにぬぐうと、うって変わって、強い眼差しで顔を上げて姿勢を正した。


周りにいる全員が言葉を待つ。




「息子については彼女……大佐が、ある程度自衛が出来るように鍛えていただいております。それを考慮して……」



女性は言葉を切ると、深く息を吸った。



「貴方がたに全力で捜査していただいているゆえ、可能性は限りなく低いと思いますが……念の為に。――もし、万が一の際には、」



女性は目を閉じて、そして開き、


まっすぐに周囲の者を見て、




「息子と一緒にいる女の子、彼女を優先なさい。一般の子よ」




「おいちょっと待っ――――」



「アレックスっ!!」



「リっ、もごもごむがむがっ―――」



女性の言葉に反応した青年が一瞬声を荒げたが、

すぐに女の子が口をふさいだ。



「アレックスありがとう、リラ、お願いね。」



「まかせて」



女性の言葉に女の子はしっかりと返事をして、



「アレックス、ほぅらいくわよ。あ、ば、れ、な、い、ほらほらほらほら」




「グェ、ちょいマッタ……かっ…くるしっ、ぉぃ……ぅぇ……げほっ」



首根っこをひっつかんでずるずると部屋の出入り口に向かって引きずっていく。



「そこの貴方、」



隣にいた上司に肘でとん、と合図され、ダンは女性に目を合わせた。


「は、はい」



女性は穏やに、



「申し訳ないけれど、別室までリラとアレックスの案内をお願いしてもよろしいかしら。二人とも、あの子の大切な親友ですの。扉の外にいる係員と一緒に……」



「勿論です」



ダンはすぐに敬礼した。



「ありがとう。車の中ではずっと騒ぎ通……ぁ、ぃぇ、落ち着かない様子で、聞く耳無しな状態だったのだけれど……。なぜだか貴方の言葉はすんなり彼に届くみたいだから……どうかよろしくお願いね」


女性は優しく微笑みながら扉の方に目を向けた。ちょうど二人は廊下に出たらしく、青年の靴先が視界から消える。



「かしこまりました」



続けて上司が、



「頼むわね」



「はい、では後ほど」



小声で言い、ダンも返すと、部屋を出た二人を追いかけた。









































































「はぁ、さすがに疲れたわ……あそこまで質問攻めにされるだなんて……」




上司は両腕で目元を覆いながら、助手席で唸るように言う。ダンは車を走らせながら問いかけた。




「途中から合流して参加させていただいた合同捜査会議の後、そのまま、また別の会議に急に出られたんですよね?」



「そ。会議のメンツが濃すぎ……あそこまでの上層部が来るだなんて私もさすがに驚いたわ」



「ふぅん、珍しいですね警部がグッタリしてるなんて……。してやられました?」



ハンドルを操作して、大通りを曲がる。



「まさか、冗談でしょう?

ぜ~んぶホームランで打ち返してやったわよ」



「うわ、さすが警部」



「そりゃあ完っ璧に準備したもの。でもあれは一課長の仕事でしょう……何の為の役職給だと思っているのよ、あの役立たず」



上司は大きくため息をついて、



「ホントひどい目に――――さてはあいつ、これを知ってて黙ってたわね。どうりで怪しいと思ったのよ、ちょこっと出ればいいだけだから、なんて。そう簡単には引っかからないわよ」



自分の膝をぱしっ、と叩いた。



「か、かんぺきに、ですか……さすが、元、万年生徒会長……」



上司はダンに視線を送りつける。



「睨まないでくださいよ。前にロシュ先輩から聞きました」



「……誰に何を聞かれても良いようにね。だって私がしくじれば、国家警察全体の名誉に関わるのよ?泥を塗る訳にはいかないでしょう、こっちにも意地ってものがあるんだから」



「ってことはまた徹夜なんですね……――まぁでも確かに、上層部のメンツを潰す訳にもいかないですもんね……」



「ん、そういうことよ……」



ダンはブレーキを踏んで信号を待つ。



「ところで警部、怪しい言動をする人や、不自然に接近してくるような人はいませんでした。あのアレンって人以外は。」



「ありがと、私も特にいなかったわ。ん~、要人警護体制を取っていたからかしら……顔を出しがてらまた行こうかなぁ……」



「理由を聞いても?」



「特務課に犯人側が紛れているかもしれないからよ」



「それって……最初から考えていたんですか?」



「いいえ。ロイが着信を入れて、私を起こしてくれたでしょう?非通知だったから」



「あぁ、あの時か……―――ぁ、でも、」



すると、上司は大きくため息をついて、



「――悪いけど、このまま最後まで運転お願いしてもいい?」



ダンは言いかけた言葉を飲み込むと、再び車を走らせる。



「もちろんです、休んでいただいて構いませんよ。その為に俺を残したんでしょう?」



「そうよ、"帰りに必要"だったんですもの」



「ロイって人なら送ってくれそうっすけど……」



「あのだんまりと2人だけで同じ空間にいる自分を想像してみて」



「………。あぁ~、まぁ……」



「でしょう?それに、あんな大通り、私は勘弁よ……それじゃ」



上司は、くるり、と運転席に背を向けて会話を打ち切った。





















車は今朝あった場所まで戻ってくると、ゆっくりと止まる。二人は車から降りて、やって来た係員に車を任せ、会話をしながら署の正面出入り口に向かって歩き出した。日はやや傾き始めており、二人の影がのびている。




「ん~、着いたわねぇ……ふぁ……」



「警部って……ほんっとに、起きませんね。ははは」



ダンは苦笑いをした。



「仕事の着信音でしか起きないってほんと仕事ばか……」



「なんですって?」



「いえ、なんでもっ! それより、あの人…ロイって人のことを聞いてもいいですか?」



「ん? 言ったはずよ、ただの同級生って」



「俺、女性の"ただの"は、信用しないことにしてるんで」



「マリーの躾ねまったく……しょうがないわねぇ、いい?ただの、はとこよ」



「やっぱり……って、あれ、今、はとこって言いました?」



ダンは上司に詰め寄った。上司は腕組みをすると、



「言っておくけどねぇ、定期試験の勉強、私めっちゃくちゃ手伝ってあげたんだから!特務課にいるだなんて私のおかげよ、絶対」



"絶対"の部分を強調して言った。




「試験に出そうな単元をまとめたり、夏期試験前には集中講座をしてあげたり、勉強をサボらないように1週間ごとに全教科の小テストをして成績を評価、そこから苦手分野を分析して試験の対策をしたりとか、至れり尽くせりだったのに……。ロイはゲーゲー言ってたっけ、懐かしいわねぇ……」




「うわぁ、俺ムリ。――で、寝起き云々は……?」




「………。」




上司はむっとしかめ面をすると、低い声で、



「あなたねぇ、職務中に何を考えていたの!」



「痛っ、イタタタタッ、ちがっ今日は非番っじゃなくてごめんなさいごめんなさいごめんなさいっっいやそういう意味で謝ったんじゃなくてっ、痛い痛い痛いっイタタタタッちぎれますってば!」



耳をぐいと引っ張られ、辺りにはダンの悲鳴が広がる。



手を離すと、



「3年の夏、唯一の失態よ…未だにあの日を夢に見るんだから」




「――ってことはつまり……さては授業中に寝ましたね。起こされて何を言ったのか、俺、当てましょうか?」




上司は手のひらをダンに向けて促した。




「"うるさいわね、いいからさっさとその手をどけなさい!"」



「……まぁ、大体……そんな感じ…」



「やっぱり!」



苦々しく上司は言い、ダンは大笑いする。



「しかも、起こしに来た先生によ?ホント最悪だったわ……」



「あっはははっ! けーぶ、すっげぇ! それ最高です! はははははっ、あ~………腹が痛いっ……はははっ」



「ちょっと笑いすぎ。――もうマリーってば……"ひなちゃん"に一体何を教えているんだか。チームの先輩なら先に業務を教えなさいよね……」



ダンの肩を軽くはたくと上司は首を振って呟く。



ダンは上司の言葉に反応し、




「あの~、いいかげんその"ひなちゃん"っていうのはやめてくれません?」



ムスッとした顔で言う。




「え、今日はまだ1回目だから大丈夫よ」



「いやいや、大丈夫ってなにがですか」



ダンは思わず苦笑いをする。



「だって1日3回までなんでしょ?」



「それは警部が勝手に言ってるだけですからね!」


二人の楽しそうなやり取りに、同じ警察官仲間がちらほらと後ろを眺めては、同僚と何かを言い合い、首を振ってはそばにある正面出入り口から署の中に入っていく。




一方で、それには気づかず、二人の会話は続く。




「だってマリーもロシュも言ってるじゃない」



「ええそうですよその通りですだから皆に言ってるんです。

――いいですね、"ひなちゃん"は禁止です!」



「課に来た初日に誰かが言ったのよ……誰だったかしら……で、すっかり定着しちゃったのよねぇ……まぁいいじゃないたまには。なんとなく言葉の響きがかわいいし」



「けーぶ、あなたが言い出しっぺです。大体、かわいい響きなんて嬉しくもなんともありませんからね。そーいうのは求めてませ~ん」



「そぅ? そんなに嫌なら……そうねぇ……」



頬に片手を当てて、笑顔で考え込み、



「ちょっと! 条件を付ける権利、警部にありませんってば!」



ダンも笑顔で突っ込む、と、



すっ、と姿勢を正してダンを真っ直ぐに見つめて立ち止まり、






「私の階級を抜いたら、その時に考えるわ」






「………………。」





同時にダンも立ち止まる。




ふわりと風が吹いて、二人の髪がそっと揺れた。





上司の真っ直ぐな瞳は変わらない。





「警部それって……」





ダンはぱちぱちとまばたきをすると、





「俺、あと4年も"ひなちゃん"なんですか!?え~なっげぇ、それ――――っと、失礼しました」




「ふふっ、いっつも聞くけれど、ほんっとに、最短ルートで来るつもり?? 厳しいなんてものじゃないわよ~」




上司も微笑む。




「ま、私はどんどん上にいくつもりだけれど、ね」




ダンに言葉を返して腕組みをすると、正面出入り口にある柱に持たれて、





「それとも…………待ってて欲しい?」





視線だけをダンに向けると、そう言って返事を待つ。





「………………ぇっと、」





ダンはすぐには返答せず、頬をかいて言葉を探し、




上司は返答を待つ。




「ん…………っと、そうですね、」





ダンは真っ直ぐに見つめ返すと、やわらかく微笑んだ。





「答えは "いいえ" です。」





「そう?」





上司も返事を受け取りそっと微笑む。




「どんなに思考を巡らしても、それであなたを追い抜いて満足している自分の姿は浮かびませんし、」





ダンは腕を組むとにやりと表情を変えて、





「"その時に考える"んでしょう? ならやっぱり、付け入る隙間が全くないように、完っ璧に追い抜いてみせないと――」





首をやんわり振って楽しそうに言う。






「――あなたは考えてくれないでしょう?」






風向きが背後からに変わり、上司の髪が頬を撫でる。





上司は髪を抑えると嬉しそうに、





「あら、よく分かってるじゃない」





「でしょう?」





ダンは上司から視線を外す。




「さすが"ひなちゃん"」




「も~、けいぶってば、」




「まだ2回目よ。でもこれで正式に許可をもらった」




「あっ! ちょ、警部ってばズルいですよ! 」




「大丈夫、3回ルールは守るから」




上司は両手でダンを制す。




「もう、警部なんてだいきらいです」




「気が合うじゃない、私もよ」




ダンがおどけて、上司もそれに乗る。




「ん~、でも」




ダンは腕をぐっと伸ばしてのびをすると、




「上手いっすね、はっぱかけるの」




「ふふっ、そりゃあ、あなたの上司だもの」




上司は肩をすくめ言う。




「言っておくけど私……、あなたが思っている以上に、あなたのこと、ちゃーんと見てるんだからね」




「わぉ……じゃ、気を抜かないように頑張らないと」




ダンも笑って肩をすくめる。




「ふふっ、でも明日は気を抜きなさい、分かった?」




「はい?」




「休暇、振り替えて変えておくから。あさってに出勤なさい」




「えぇ、出勤したいのに……」




ダンはふくれた顔をして、




「だって家にいたってすることないですし、業務の勉強なら出勤して身につけたいです」




「あさってに出勤、いい?」




「かしこまりました!」




表情を笑顔に戻して敬礼した。




「さて、っと…………そろそろちょうどいい時間ね。もう一戦、してこようかしら」




「上に報告ですか?」




「そ。」




「ん、まだ早くないですか?」




ダンはきょとん、として言う。





「食堂に寄るのよ、朝からなーんにも食べてないんだもの」





「…………………………………ぇ、」





ダンはよろけて、






「え、あれっ!? マジっすか!? 警部、あのパン、余りのだったんじゃないんですかっ!?」





再び上司に詰め寄った。





「ん~ん、私の朝ごはん」






反対に、上司は至極あっさりとしている。





「ちょ、言ってくださいよ~、警部! 食べちゃいましたよ、俺!?」




「あのパンおいしかったでしょ?」





「はいとっても!!――――じゃなくてっ、」





上司は肩を震わせて笑うと、





「暗号解ききってへなへなだったじゃないの。だからよ」




「もう……ごちそうさまでした、まったくぅ……。それじゃ、もうさっさと朝ごはんを食べに行っちゃってください、ほらほらほら」





ダンは呆れ顔で手を振って上司を追いやる。






「はいはい、それじゃ、あさってね~」






「は~い………ふぅ……やれやれ……」






軽く返答が返され、ダンは息を吐いた。





すると、






ピリリ







通信が入った。ダンはすぐさま機器を取り出すと、表示された短い文章を確認する。






"手錠、ちゃんと持ってる? "






「けいぶ? 何を言っ――――って、あれ!?」




いつものポケットに無く、ダンは焦って体中の服に手を当てる。




すると、






カチャリ






手錠の音がした。





「あ、」






小さなメモが手錠に結われている。






ダンは広げて確認すると、








「あ~、もう………」








唸りながら空をあおいだ。































"これくらいは気づくように。 上司より "






後日、登場人物欄に追記予定ですが、現実に非常に近いオリジナルな世界なので、警察の組織にはキャリア、ノンキャリアの区別はありません。


み~んな一本道、見習いからなんです。


ダン、が~んばれっ!



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