手錠 ――その①――
登場人物も更新してます!
よろしければ是非。。。
――緊急モード解除 車内ロックします――
女性の声で、ナビシステムが読み上げた。
「やれやれ、ごくろうさん」
ダンはそう言うと、警察車両に設置されているナビシステムをポン、と叩いた。日が昇る前から始まった非常事態を振り返えって大きな息を吐くと、運転席の背もたれに体を預けた。
「誰だよ暗号を3重にかけたのは……
2時間以内に全部解読しなきゃ車ごと自爆なんて、
強奪対策にしてはやりすぎでしょうよ……
あぁ、マジで寿命縮んだ……」
目を瞑り、人生で最も濃い朝の出来事を振り返る。
"限定地区"はナビシステムに登録されていない。そこで、位置情報を操作した上で、一定のコードを入力し検索をかけた。本庁の特別仕様車両であるこのナビなら、これで"本部"までの道のりを呼び出して登録が出来ると思ったが、
「車両のロックに爆破のタイマー発動なんて……
警察がやっちゃ駄目でしょう……はぁぁ……」
その上、暗号をやっと解いたかと思えばエンジンにロックがかかり、上層部のみが知るコードでないと、発進出来なくなったのだ。
肝心の登録は勿論、出来ていない。
「優秀だねぇ……きみは」
ハンドルにもたれて車両に語りかけると、
クラクションが鳴った。
「おっと」
思わず両手をあげると、車両の窓をノックされた。
「ダン! あなた、ここで一体何をしているの!!」
「げぇ……警部、見つかったかぁ……」
そこには、自分の上司が車両の窓をしかめっ面で除きこんでいた。
「いや~、助かりました、警部!ありがとうございます!」
「助かりましたぁ、じゃないでしょ!?
あなた死にたいわけ!?」
「マジでトイレがぎりぎりで……
いやぁほんっとヤバかった、死ぬかと思った……」
「あなたねぇ……」
車両にもたれて話しながら、ダンは渡されたクロワッサンで軽い朝食を取っていた。隣に立つ上司はコーヒーを飲んでいる。
「うまい、どこのですか?」
「駅前の黄色い看板」
「あそこ、パン屋だったんですか」
「穴場よ」
「今度行ってみよう……って、警部のパンは?」
「んー、本庁からの連絡遅いわね。まぁ、
前代未聞のことだし、上で揉めてるのかも……
どっちにしても、大問題よねぇ」
「うげ……」
「責任問われて死ぬまでただ働き」
「あぅぅ……」
「まぁ、折り返しの連絡を待つしかないわね。
それにしても、あなた、今日は非番でしょう?
なんでここにいるわけ?」
上司が不思議そうにダンの顔を覗き込む。
制服をラフに着くずしているためいつもよりよく見える首筋から、ダンはすっと目を反らした。
すると、
「隠さないで正直に答えなさい」
一気に仕事モードの上司は、ためらいなくダンの顔に触れてふたりの視線が合うように顔を向けさせた。
「事情によっては、上にちゃんと報告しないといけない。分かるわよね」
「………………ぁ、ぃゃ、そのぅ」
綺麗な瞳の中に、への字の眉をした自分が映っている。
「ダン、お願い」
すっと顔が近くなる。
口調は柔らかくなったが、表情は固いままだ。
ダンは、あの目に嘘はつけないと言ったいつかの犯人を思い出した。
「運転、しよう、か、と……」
ちらり、と上司の表情を伺う。
「はいぃ?」
「だって警部、ここのところずうっっと徹夜じゃないですか」
「そういうあなたは13連勤でしょう」
「ちゃんと毎日睡眠とれてますので、実質、週5日勤務と同じです。捜査会議で眠ってたくせに」
「こじつけもいいところね。努力は買うけど、さすがに今日は帰って。じゃないといよいよ部下をなんとかしろって勧告がきちゃうんだから」
「緊急時は仕方ないでしょう」
「ふぅん、私が運転するのは、緊急事態ってわけ?
あなた、一昨年に免許取ったんじゃなかった?」
「まあ……はい」
「いい?私は10……あなたよりも運転歴が長いの。優良ドライバーなの。私が運転する方が安全なの。分かった?」
上司はため息をつきながら、すっかりクロワッサンを食べ終えたダンに、コーヒーを差し出した。
「気にするタイプじゃないならどうぞ」
「ども」
香り立つコーヒーが鼻をくすぐる。
一口飲むと、視線をやや反らしてカップを返した。
「……ぁ、ぁの、ご馳走様です。
でも、理解はしましたが納得はしていません」
「頑固ねぇ、ちょっとは――」
ぴりりりり
「キンバリーです――はい、はい……」
通信が入り会話は途切れた。
ダンはその間に、両手で顔をあおぎ、いつもの顔をつくる。
「かしこまりました。感謝します」
小さな敬礼をして通信を終えると、彼女はダンに向きなおる。
「良かったわね。上手く処理するからあなたの始末書は不要だそうよ~」
「へ? マジっすか? 良かったぁ~……
あれ?でもなんで?」
「真摯に息子に寄り添ってくれたと聞いている、信頼に値するから取り調べや勾留は不要だろう、と」
「……。警部、さすがです。
あ、あの、ありがとうございますっ!」
ダンは姿勢を正すと、大敬礼をした。
「んー、私は電話しただけ、感謝は警視総監へ。
そもそも頑張っていたのはあなた」
車にもたれて頬杖をつきながら、いたずらっぽく
上司は笑う。
「いやだって普通なら絶対、実績の賜物、電話一本でおとがめなしとか、警部の今までの――」
あたふたしながら話すダンに、
「ふふっ。内容を整理してから話せっていつも言ってるでしょう。ところで、キーコードの資料はいつ見たの?」
彼女は笑っておでこを指でつつくと、さらっと話題を変えた。
「はい? きいこおどお……ってなんですか?」
おでこを擦りながら、ダンは尋ねた。
「とぼけなくて結構よ。
怒ったりしないから教えてちょうだい」
「へ? 解いただけっすよ、暗号」
「そうよね盗み見た罪悪感はあるだろうけれど、
資料をそのままにした私の責任であって」
「いや、普通に考えて解いただけっすよ」
「……はい? なんですって?」
「普通に解きました」
「何を???」
「だからぁ、暗号を」
「…………嘘」
「じゃないですって。
じゃないと俺、もう死んでます」
「……解いたの? あれを?」
「だから生きてるんでしょうね」
「…………。」
「警部?」
「あはは……
キーコード無しで解けるわけないじゃない」
「でも解いちゃいました」
「……信じられない」
ダンの言葉を聞いた彼女は盛大なため息をついた。
「あなたにリードをつけたいわ……切実に」
「俺、犬扱い……」
「頼むから、大人しくしててちょうだい。
休暇を取って。体調管理も仕事のうち。
いいわね?」
「嫌です。連れて行ってください」
「無理よ。
どのみち"本部"に入るには先方の承認がいるもの。
そこどいて、運転席に座るから」
車両のドアを開けようと手を取手に伸ばす上司に、ダンは説得を続ける。
「車の前で待ってます」
「運転手は必要ない。休暇明けに署内で仕事をしてちょうだい。ただでさえ人員不足なんだから」
「嫌です」
「頑固ねぇ、最近の若者の特徴?
好き嫌いの問題じゃありません。
これは仕事、これは命令よ」
「でも嫌です」
「まったく。ほらほらどいて。
ナビの登録しなくちゃ。」
「……。」
力ずくで上司を押し退ける訳にはいかず、
しかめっ面でダンは車両のドア開ける。
「決まった操作方法でないと……よし、これで」
――目的地 "本部" 登録完了 案内を開始します――
「頼むわよ~」
「……俺の苦労は一体」
「まぁ、気持ちだけは貰っておくわ」
肩をすくめて、彼女はシートベルトを装着する。
すると、
「えいっ」
「あ、こらっ!!」
ダンは手を伸ばして案内図を確認した。
「…………。」
「ちょっと」
ピシャリと叩かれ、ダンはすぐに手を引いた。
「くれぐれも、気をつけてください」
「はいはい、ありがとう。
あなたはちゃんと休んでね、いい?」
念を押すように、彼女は指でダンを差し示す。
「かしこまりました。
警部は左折、頑張ってくださいね」
ダンは数歩下がり、敬礼をした。
「はい?」
「いやぁ、あの片側5車線の道路はさすがに俺も勘弁ですし」
「…………。」
「お気をつけて。すみませんが、ご忠告通り、
休暇、いただきま~す」
「………………。」
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――30m前方 左折してください――
「30m、あそこですよね……ウィンカー出そう。
あんな裏通りで合ってます?」
「…………」
「警部?」
「……………………」
「あの、道を聞きたいん」
「………………………………………zzz」
「……。出発して13秒」
「…………………………………………………………zzz」
「だから言ったんだって…………」
窓にもたれて眠る上司を起こさないように柔らかくハンドルを切ると、ダンはナビシステムを操作して、案内音声のボリュームを最小にした。
「道のりを……よし」
ナビから微かに聞こえる音声を確認し、ダンは助手席に座る上司をちら、と見た。寝息に合わせて、肩が僅かに上下している。
「体調管理は仕事のうちですよ、警部」
「…………………………………………………………………zzz」
返事の代わりの寝息を確認すると、ダンは小さく微笑んで運転を続けた。
ナビの画面には―――――――
―一般道で案内します 到着時間 60分延長します―
朝ごはんの質問に、警部は答えていませんねぇ。
あれ?
答えていない?
それとも、答えられない?
"答え"は次回、分かる…かも!