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寝台列車の始発を待って


「ねぇセオ、あとどのくらい?」


しゃがみこんで脚を擦りながら、エレナが言った。


大きな町の駅前とはいえ、さすがに深夜は人気がない。レンガ造りで可愛いとエレナがはしゃいでいた駅も、今はすっかりこの暗闇に隠れてしまっている。終電帰りの人もいよいよ途切れ、駅前にいるのはついに俺達だけになった。ちか…ちか…と点滅する頼りない一本の街灯の下で、仕方なく時間をやり過ごすしかない。まさか宿屋が一軒もないなんて、考えもしなかった。この規模の町なら当然あると思っていたのに。


今の季節だと、夜はまだ少し冷え込むな……。


俺は、街灯の弱い灯りに照らされているエレナの白くて滑らかな脚はなるべく見ないように、視線をなんとか反らして答える。


「あと5時間。ちなみにこれで9回目」


「いちいち数えないで」


「何回俺に聞いたって時間の進みは変わらないぞ」


「それくらい知ってるもん」


「なら良かった」


楽しそうに文句を言うエレナに、俺も柔らかく応じた。


サマーキャンプみたいなんて言って、寝床がないことに一言も文句を言わないエレナの様子に、せめてシャワーくらいはさせてやりたいが、どうしようもない。



「最後のお店が余計だったね……ごめん」


「いや、時間を忘れてたし俺の方こそ……ごめん」


ふたりで特売セールなんて見つけたのがだめだった。


エレナの着替えを調達するためにモールに立ち寄り、色がどうの模様が嫌だのごねるエレナをなんとか宥めて、商品の中で一番長めの――それでも膝が余裕で見えるからとても気になる――スカートに落ち着いたその時点で、さっさと駅に向かえば良かったんだ。モールの奥に、まさか優秀な銃の整備士の工房があるなんて、まさかそこで特売セールがあるなんて、誰が思う?


「でも、まさかあんなにおまけしてくれるなんて。

あの設定は効果絶大だったね」


「やり過ぎだっつーの……」


話しながら、ふたりで街灯のすぐ隣にあるベンチに腰かける。俺はモールでの出来事を思い出して、ため息をついた。


格安になっている商品をふたりして片っ端から夢中で手に取り、カウンターで店主と対面した後の、駆け落ちの設定まではまだ良かった。


よくある……いや、物語ではよくある設定だし、ドラマチックで同情を誘える。


そう、そこまではまだよかったんだ。支払い時に、ほんのちょっぴりおまけでもしてもらえるかもなんて、ふたりでほんの少し試すだけのつもりだったんだ。


それなのに……


「なにも赤ん坊の設定まで追加することはないだろ……」


「切羽詰まった感じが増すかなって流れに乗っちゃった」


エレナは平然としている。


「乗らなくていい……」


あぁ……マジで勘弁して欲しい。


「だって……ちょうど胃の調子がイマイチでお腹を擦っていたら、あのおじさんから聞いてきたんだもん」


「そりゃ、あんな特大パフェをひとりで食べたら当たり前だって……。それより否定しろよな……」


見事な完食だった。


「えへへ、美味しくてつい。それに、私が一瞬返事につまっていたら、何故かおじさんが"妊娠した事を言い出せない彼女"認定しちゃって勝手に話を進めちゃうし、これはもう乗るしかないかなって」


「お前なぁ……」


「いやぁ、迫真の演技だったよね……セオは"そんな話は聞いてない、大事な事はちゃんと話せ"って言うし、私は"言い出せなくてごめんね"って」


「あれは演技じゃなくて本心だっつ―の……」


よくあんなセリフ、次々に出てくるよな……。


そのあと、エレナは店のおやじにたたみかけるように、いよいよ動けなくなる前に少しでも距離を稼ぎたい、そのためにも護身や狩りで重宝するから弾薬を補充したいなんて言いやがった。結局、エレナにほだされたおやじは、持ち切れないほどの弾薬やら保存食、そして隣の店舗から子育て関連の本を持ってきて、無理矢理俺に持たせたんだ。ブランケットにおくるみまである。


何が心から応援する、だ。

守ってやれだの、栄養バランスがどうの、色々言いやがって。

ブランケットはまだいいとして、おくるみなんて貰ってどうすんだよ……。"初めておかあさんになるあなたへ"なんて書いてあるこの本も、邪魔でしかない。


次の町についたらすぐに売り飛ばしてやる。


「さっすが、子育て中の人に人気なだけあるね、

このブランケット。すっごく温かい!ねぇねぇ!」


エレナが俺の服の裾をちょこんと摘まんでいる。


「はいはい、良かったな、いいからかぶってろ」


こっちにもかけようとするから、さりげなくかわしてエレナにしっかり被せてやる。


「良かったねこれ貰って」


「お前が、だろ」


「むぅ」


くい、とほっぺたを軽く摘まむ。


うん、もちもちしていてとても楽しい。


くい、くい、くい


飛んで来る小さな文句は軽く流し、数回堪能した後に放してやった。




「時間になったら起こしてやる。寝てろ」


「ん」




欠伸をひとつ、俺の腕をしばらく好きなように動かした後、ようやく態勢が決まったらしい。

よし、とエレナは頷くと目を閉じた。


やれやれ。

左肩が邪魔だなんて言っていたのは無視だ。



すると、





「ちゃんと起こして……」



「分かってる。始発に乗ろうな」





手持ちの予算だと移動手段は限定されてしまう。

また乗り過ごすなんてことは絶対にごめんだ。

好意で融通してくれたあの駅員のためにも、絶対に始発に乗ろう。せっかくチケットを交換してくれたんだ。




「じゃなくて、見張りのこと……。

2時間後……ちゃんと起こして。交代するの……」


「気にしなくていいって」





夜風が吹いた。





俺はそっと髪を撫でてやる。


暗闇の中、少ない明かりでも、やっぱり綺麗だ。


なんで染めたがるんだろう……。




「……。」


「な?」




するり、とブランケットがエレナの体から落ちかけたから、返事をしながらかけ直してやる。



「大丈夫……。いざとなったら…ちゃんと…

セオをセオに戻してあげる」


「……エレナ」




だから、ちゃんと寝てくれて大丈夫――


ちゃんと――




とろん、とした声だった。



「……み」



「了解、おやすみ」



思わず俺は微笑んで、起こさないようにもう一度髪に触れた。工房の店主から渡された子育て本にあった通り、一定のリズムでやさしく撫でてやる。


ほどなく、くぅ、くぅ、と寝息が聞こえてきた。


呼吸でエレナの胸はゆっくりと上下している。


少し続けると寝息が深くなり、そこで俺は手を止めた。慎重に自分の上着を脱ぎ、ブランケットの上からそうっとかけた。




「……。」




ぽけっ、と小さく口を開けて熟睡している様子を見ながら、今しがた、エレナが言おうとしてくれた言葉に想いを巡らす。




いざとなったらちゃんと――――




普通の、良識ある人が聞いたら思わず顔をしかめるであろう次の言葉。



でもその言葉は、誰が何を言おうと、自分が8歳の頃からから引きずる汚点を真っ正面から包み込んでくれる言葉だった。



常識的な大人からは変人扱いされるかもしれないが、この言葉は一生、俺の宝物だろう。



それが長いか短いかは関係なく、だ。



過去を話すことで説得し、身の安全のためにもエレナにはさっさと家に帰って欲しかったのに。

あんな大衆の前であそこまで言われたら、もう分かったと言うしかない。





「いい夢をな」





感謝の気持ちを込めてそっと額を寄せた。






さて、2時間暇になるな。



どうしようか。






ふう、と吐いた息は薄い白色になり闇夜に消えた。












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