親友の独白日記
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あまりにも急なこと過ぎて、俺の気持ちが追い付かない。あいつに想う人がいるなんて、全然知らなかった。いつだって、誰よりも、あいつの親よりも、あいつのことをよく知っているつもりだったのに。
でも、このままぐだぐだ悩んでいても、手掛かりを思い出せそうにない。少しでも気づいたことがあれば教えてくれと奴らは言っていた。死神なんて愛称があるくらいだ、わずかな手掛かりでも、絶対にあいつを見つけ出してくれるはずだ。そのためにも、自分の感情を思い付くままこの日記に書いて、気持ちを吐き出そうと思う。日記なんて初めてだから勝手はよく分からないが、どうせ人に見せるものじゃない。とにかく、これに書いて落ち着こうと思う。
何が起こったか。
あいつが零地区の女と一緒にいなくなった。
"3年経ったら戻る。"
短い書き置きだけを残していなくなって数週間。筆跡はあいつ本人のものだったが、今朝までは誘拐の線が濃厚だった。家出なんてして、この俺にむやみに心配をかけるような性格じゃないし、そもそも、大切な人がいなくなったら残された人がどれだけ苦しむか、誰よりもあいつがよく分かっているはずだからだ。
だから、あいつの両親も俺も、リラも――腐れ縁の女だ――、電話がなる度に、身代金の要求の連絡かもしれないとびくびくしていた。
それが今朝になって、奴らから手掛かりを見つけたと連絡が来た。本人かどうか映像を確認して欲しいと言われて、あいつの両親と一緒に俺とリラも"本部"に行った。
( 独特の雰囲気があって、別に逮捕されたわけでもないのにめちゃくちゃ緊張した。)
本部に着いたら、見慣れない制服を来た男女が奴らといた。あいつの親父さんいわく、零地区の警察官なんだと。キンバリーとか名乗った女の警察官は、奴らと問答しながらモニターと資料を交互に見比べ、若い男の警察官は俺に敬礼して、簡潔に状況を教えてくれた。
曰く、自分たちが探している女(の子、とその警察官は言ったが)とあいつが、一緒に防犯カメラに写っていたこと。
曰く、仲良く( ふざけんな! )話していたこと。
要するに、あり得ない映像であるということ。
当たり前過ぎて忘れそうだから、書いておこう。俺らの住んでいるこの地区は、四方を壁に囲まれていて、そこらじゅうに奴ら"死神"がいて24時間警備、もとい、監視している。上空を監視する部隊もいるから、ちょっとやそっとじゃ、外には出られない。
ゼロ地区の人間とは隔絶されているから、会うことはないし、ましてや話せるはずがない。それに、あいつの一族はこの地区の中でも別格だから、護衛の数も俺の3倍はいるし、そのうえ変なムシがつかないように、あいつの両親と、そしてこの俺が――大事なことだから繰り返す。この俺が!――徹底的にガードしている。そんじょそこらの女が簡単に近づかないように、あんなに気をつけていたのに。
ちくしょう!
今まで誰が好きだとか、そんな話は聞いたことがなかった。だって、ガキの頃は、"あの事件"のトラウマを乗り越えることに必死だったし――俺はあいつに寄り添って支えるのに命をかけていたし、今だってそうだ――中等部にあがってしばらくしてから、ようやくまともな日常を過ごせるようになったからだ。
冗談を言ったり、ふざけあって一緒に笑うことも、宿題を忘れて互いにフォローしたり、放課後にゲームをしたり。あの日の朝だって普通に、一緒に、学校に行くはずだった。だから、一度もあいつから女の話は聞いたことがない。
でも、あの映像に写っていたのは確かにあいつだった。ふわっと笑う端正で柔らかい表情も、腕を動かす仕草も、話している声も、全てがあいつ本人で間違いなかった。
気でも狂って、これは夢なんだって思えたらどんなに良かっただろう。あいつの両親は、あいつが無事に生きているのを見て、心から安心していて喜んでいた。俺も気持ちは同じだが、どうしても感情がついてこなかった。
あの事件のあと、感情がなくなったあいつの家に毎日通っては、その日の出来事を沢山話して聞かせたのは俺だ。
体が飯を受け付けなくなって、辛抱強く、朝昼晩の3食に付き合ったのも俺だ。
少し良くなって、最初にあいつが声を出した相手も俺だ。
でも中等部にあがるまでは心が安定しなくて、急に錯乱状態になることがしばしばあった。そんな時は、俺がぎゅっと抱きしめて――単なるハグだ――声をかけたら、殆ど必ず、あいつは落ち着きを取り戻した。
そういえばひとつ、手掛かりとは言えないかもしれないが、少し前にあいつが言っていたな。ある時学校で、どんな人と付き合いたいかっていう、まぁありがちな話になり、クラスの男子の内の誰かがあいつにも聞いたんだ。そうしたら、あいつは金髪の女がいいって言っていた。思い出せば、事件の起こる前のほんのガキの頃から、同じことを言っていたっけ。その後家路についてから、リラに、なんで俺は茶髪の男なんだろうって愚痴ったら、あほくさって一蹴された。リラいわく、あいつの未来の嫁にとってはめんどくさい小姑だとか、こんな俺に付き合って将来家族になってやれるのは自分くらいで、これはボランティアだってデコピンされたっけな。
くそっ、覚えてろよ。
話を戻そう。
女といた理由だったな。
……もしや、駆け落ちか?
いやいやいや、あり得ない。金髪の人間なんて滅多にいないし、ましてや零地区の人間なんて、さっきも書いたが出会うはずがない。
あいつと出会えるはずがない。
あいつが出会うはずがないんだ。
でも、だったらあの映像はなんだ。
なんで一緒にいた?
なんであんなに楽しそうにしているんだ?
なんで、あんな、見たことのない女を気遣うように、上着を着せてやっていた?
なんで、ふたりでひっついて隣に並んで座っていた?
あいつのあんな笑顔、見たことがない。
俺には、あんな笑顔を見せてくれたことがない。
絶対に騙されている。
どうやって知り合ったかしらないが、何も知らないあいつにつけこんで、騙したに決まっている。
あいつに寄り添うなんて、生半可な気持ちじゃ絶対に無理だ。
そんじょそこらの、どこの馬ともしらない女なんかに、大事なあいつをやれるかよ。
あいつを無事に見つけてもらうのは絶対だが、あの女も連れてきてもらって、俺のあいつを一体どうするつもりなのか、あいつに何をしたのか、徹底的に問い詰めてやる!
映像を見つけた奴らが、すぐにあの女の保護も決定して動いたのは幸いだ。問い詰めるには、生きて帰ってきてもらわねぇとな。
とにかく、あいつが無事に帰ってくるのを信じて待とう。
書いている間に深夜になった。
今日はここまでにする。