溺愛
「よし、綺麗になったな。よくがんばった!
かっこよくなったぞ〜♪」
あいつがそういうと、ちび太は小さな手をぱたぱたさせながらご機嫌な笑い声を出した。
「あぅ〜」
「あはは! そうだな、気持ちよくなったな」
ちゃんとうんちをだせてえらいぞーと、猫撫で声でちび太の頭を撫でている。おむつ一枚でウン百万とぼったくられるが、ケチるわけにはいかない。あいつが俺の子だと言いはって育てると決定した以上、頭の命令は絶対だ。俺らの弱点になるとちび太に手を出そうとしたやつらは全員粛正された。そんな世界一危ないやつが、今、べろべろば〜とふやけた表情をして鼻の下を思いっきり伸ばして、頬擦りしている。
これは夢だ。絶対夢だ。
「いい子だなぁ、よしよーし」
「あぅ♪」
うわぁ。
擦り寄ってくる女は抱いたあと必ず殺す鬼畜生な危険人物で、ブレーキをかけられるのは自分だけだと思っていたが。
「なぁ、ななせ!見たか今の!ハイタッチしてくれたぞ!」
あんな顔もするんだな。
しかし、どこのだれなんだろう、この幼子は。
女を全員殺している以上自分の子はありえない。拾ったから自分の子として愛情を注ぐ、という意味か。
「あ。なーなせ」
怒りを含んだ、それでいて穏やかに俺を呼ぶこの呼び方。表情は真顔。
ヤバいやつだ。
「俺らが帰ってくるまでちび太を任せてた野郎を連れてこい。事情を聴く。ここにな。擦り傷があるんだわ」
「わかった」
極小の、だけどな。まあ、衛生環境は最悪だし、乳児はすぐに死ぬのが常のこの場所だ。過敏になってもしゃあなしか。
無闇やたらに殺さないから余計にタチが悪い。圧倒的恐怖心と畏怖、崇拝を叩き込んでしまう。洗脳に近いといってもいい。地味に痛い長引く怪我をさせて殺しはしない。監視もつけられて気も休まらない。いっそ殺人鬼の方がよほど対処がしやすいだろう、かわいそうに。ちっこい擦り傷でまた誰かがトラウマ持ちになるんだろう。そして、次からは死ぬ気で擦り傷からちび太を守るんだろうな。
それでも、敵からの攻撃がきた時には絶対に仲間を守ろうとするあいつを、みんなが慕う。慕ってしまう。
抱いた女は必ず腹を切り裂く鬼畜生な性格だし、暴力をなんとも思ってないやつで、そのうえ腕っぷしは世界でも指折りとくる。さらに、顔立ちもかなり整っていて、声もいい。情報収集や、相手を出し抜くときなんかは、自分の武器を最大限に活かして相手を骨抜きにしてしまい、最後は欲しいものを必ず手に入れてしまうのだ。そんなとき、相手は絶対にこちらに対して悪い印象は抱かない。役に立てて嬉しいと宣うくらいだ。こちらから金品や情報の融通など取引で持って行きすぎないようにすることも関係しているが、理由は一目瞭然。こいつの顔と声だ。ふんわり笑う表情なんか、耐えられるのは俺くらいだろう。老若男女、そんなやつを大勢見てきた。まあ、めったに見せなかったんだがな。
「あぅ。あぅま…あんま」
「!!!!」
背後で、優しく抱っこされていたちび太は、何も知らずに、楽しそうにあいつとおしゃべりに興じる。すごい叫び声で俺を呼ぶあいつの声がするが無視だ。先程の命令を遂行しよう。
ご機嫌を損ねると面倒だからな。