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20/22

強がり

毎年この時期になると、年度代わりということもあって、あちこちの分署で飲み会が開かれる。それはここ本庁でも例外はない。ここ数年は、皆の中では一番年下のダンが、毎回少し緊張しながら場所や時間を俺に伝えに来てくれた。初めての時には、付き添いで一緒にいたアーロンを時折ちらちらと見ては、粗相をしてないか確認していたのがなんとも印象的だった。視線を送られる度に、頷いてダンを安心させてやっていたアーロンの表情は、もはや完全に親のそれだったな。まぁ、"課長に失礼のないように"との思いなのだろうが、なんせ毎年同じ店なのだから、そんなに気を張らなくてもいいとは思う。とはいえ、自分の若い頃を思えばまあ仕方ないなとも思うのだが。




今年も例によって、ダンが場所と時間を俺に伝えに来てくれた。今までと違っていたのは、大分慣れたらしく、ひとりできて、終始落ち着いた態度で仕事に戻っていっていた。ケイトの分は自分が出すから安心してください、なんてことまで付け足して、軽く俺を牽制していたくらいだ。ずいぶん頼もしくなってくれたので、こちらとしても心底嬉しい。ただ、どうせじゃんけんでは誰もケイトには勝てないのだから、結局ケイトが全員の分ー40人はいるだろうーを出すんだろうと思う。給料だって、名誉職になる課長の俺よりも、現場第一線でなおかつ結果を出しまくっているケイトの方が多いのだ。





捜査一課で犯人を逮捕できた日や、今日のように年度代わりの日など、節目に来るのはいつも決まって同じ店だ。店主はジェシカという女で、広くて大きなバーといったところか。立派な暖炉もあり、ダンは初めてこの店に来たときには暖炉に感動して朝までひたすら暖炉の前を陣取っていた。ケイトはかわいいかわいいといいながら、結局朝までダンに付き合ってあげていた気がする。





今年も全員、誰ひとり欠けることなく、ここジェシカの店に集まった。ダンはやはり暖炉の前を陣取って、ソーセージを焼いているし、イーサンはつまみの皿を配りながらダンにも配れと怒鳴っている。ケイトはダンを見てはクスクス笑いながらのんびり酒を飲んでいるし、マリーとホリーは通信機を何やら覗き込んでいる。その他の皆も、一様に、会話をしたり食べたりして、思い思いに過ごしている。この仕事をしていると、こういう当たり前の光景がとても愛おしく感じる。何にも変えがたい、大切な時間だ。



それはケイトも同じだったらしい。




飲み会も終盤に差し掛かって、皆酔いがまわっていたその時だった。




ケイトが突然、暖炉の前に立ったのだ。





「刮目せよ」






静かに、しかし騒がしいはずの店の中をよく通る透き通った声だった。




「お!?」




「よっ、チーフ!」



どうしたどうした、とみな様々な声かけをした。



「チーフ酔ってんすか~?」





そうだ、酔っているんだ。




でなければ、大嫌いなスピーチなどし始めるはずがない。





ゆっくりと店の中を見渡しながら、一人ひとりを見つめる。澄んだその瞳は、老若男女問わず、どうしようもなく人を惹き付ける。俺の隣で唐揚げを頬張っていたダンは、両頬を膨らませながら、ぽけーっとした表情でケイトに釘付けだ。



ダンと目があったらしいケイトは微笑むと、ほんの少し偉そうに咳払いして話し始める。酔ってはいたが、呂律はしっかりしたものだった。







「一年後、私達は再びこの場所に集まる。

誰一人かけることなく。五体満足、心身健康で。





私達は、この世界を守ってる。最前線で体を張り、ありとあらゆる危機から世界中の人々を守ってる。そんな私達は、全員がヒーロー、全員が勇者、そして同時に、守られるべきヒロインでもある。






ヒーローとヒロインを兼任してるなんて、私達は本当に凄い存在。そんな私達を、私達は誇りに思う。





今からまた、1年が始まる。今、この日この時から始まる1年。私達は誇りをもって職務を全うする。使命に忠実に。大きな権力を誠実に扱い、不正と罪からあらゆる人を救う。






私達は凄い存在、偉大で、誇り高く、勇敢で、逞しい。不断の努力と互いの信頼によって、私達はさらなる高みに到達する。そして自らの偉大さと素晴らしさを、私達自身の手によって証明する。平和で、穏やかな日常を愛する大切さを、素晴らしさを、世界中に広めて、提供し、維持し続ける、その手本となり続ける。そんな私達を、私達は心から愛し、感謝し、尊敬する。






偉大なる勇者に!偉大なる私達自身に!







総員!!!









敬礼!!! 」










全員冷やかすことなく、静かに、そしてぴったり同時に敬礼をした。






「このあとスピーチでしょう、かちょー?」





マリーだった。 飲み会の〆の挨拶のことだろう。





「いいや。」




「今年はなんて言おうってさっき唸ってたじゃん?」




マリーが俺を肘でつついてくる。





「このあとだぞ? 誰がやるか。」





「あはは!」





格好良すぎるだろう、あいつ…………。




「何か命令して!」





ホリーだ。




「命令ね…………。」





ケイトは全員をゆっくりと見渡すと、




「死なないで。」





さっきのスピーチとはうってかわって、優しく、そして可愛くおねだりをした。小首をかしげて、アーロン以外、俺を含めて男共は全員ノックダウンだった。





再び大歓声が起こる。





「ダニエルウェスリー刑事!」





「ふぁい!?」






ダン驚くと、あわてて唐揚げを飲み込む。




その様子に、自然と柔らかい笑い声が起きる。





「もぐもぐ……はい、何です?」






「ペン貸して!」





「え~、またですかぁ?」






ダンは笑いながらため息をつくと、ケイトのそばに寄った。






「ちがう!今日こそは買ってこようと思ってたの!」





「ふぅん? それで?」





「買ったの! 」






「なんだ、進歩したじゃないですか!」





「でしょう?」





「ええ、それで?」





「でも置いてきちゃった……。」





「どこにです?」




「雑誌コーナーだと思う……。」




ケイトは小さくなりながら言う。




「だと思う、って?」





「支払いを終えて本屋から去ろうとしたら雑誌が目に入って……ちらっと眺めてから本庁に向かった。で、気づいたらペンはない。あるのはレシートだけ……。」






ケイトはポケットからレシートを出すと、ヒラヒラとレシートを晒す。




「雑誌の所にポイって置いたのでは?」





「だと思う………。だからほら、ちょーだい。」



手のひらをダンに差し出すケイトは、ほんの少しふらついた。

ダンは、ケイトにそっと手を添えて、ケイトが転けないようにしながら会話に応える。



「いますよね、そーゆー人って。本当、馬鹿じゃないですか、先輩って。」



「あ~! 先輩を馬鹿呼ばわりした!」



「真実を包み隠さず言っただけですもん。俺は悪くない、悪いのはドジった自分でしょう、イタタタタ!」



そばに寄ったのがアダとなり、ダンはケイトに耳を思い切り引っ張られる。




あれは痛いぞ…………。




「ペンの一本や二本でケチケチ言わないの!いいからさっさと寄越しなさい!荷物を受け取れないでしょう!」



そらみろ、荷物などと訳の分からないことを言っている。





うしろのイーサンは俺に、



「チーフが酔ってるの久しぶりっすね~」と笑っていた。



「一本や二本って、多分この3年半で1000本以上はパクられてる‼」





「パクってない!」




「パクってるでしょう! まだ一本も返して貰ってない!」





「返してって?」



「だって俺が貸してるから。」



「私、あなたに借りたことなんか一度もない。」





「はいぃ?」





「貰った。」





「貰ったぁ!? 俺、あげたことなんか一度もない!」





「貸してあげる、って!」



「いいですか!そーゆーのを挙げ足を取る、言葉尻を捉える、重箱の隅をつつくって言うんです!」





「もう、ケチケチ言わない! 荷物を受けとりたいんだから!ほら! 私にそれを!寄越しなさい!」




「ぶー。」





「寄越してくれたらそーねー………」





「何ですか!? 何が貰えるんです!?」



ダンの尻にブンブンと振られるしっぽが見えるぞ。



「私に2丁目のケーキ屋のモンブランを奢る権利が貰える。」






「……………………………………………………………。」




「……………………………………………………………。」




「………………………………………………………………。」







当然のように言うケイトに、その店にいた全員はドン引きだった。






つまりは、ただケーキが食べたいだけだったのか……………?




あんなに感動したのに?





「やったぁ! どーぞ!!」





ただひとり、ダンはノリノリでペンを差し出していた。






「ショートケーキもいきます?」





「愚問よ。」





「了解、じゃフォンダンショコラもですね」




「ラテはひなちゃん入れて~。」





「はーい!」



ひとしきり会話をすると、ケイトはふらつきながらあくびをした。

ダンは笑いながらケイトに手を回すと、ケイトを抱き上げ、近くにあったクリーム色のソファーにそっとケイトを寝かせてやった。




「………………………んん」





あっという間に眠り始めたケイトを見つめるダンは、そっとケイトの額をなでると、





「寝ちゃいました、あはは」




ケイトの眠るソファーの前に座って、飼い主を守る犬のように、護衛のつもりらしく、ちょこんと座りケイトのそばを陣取った。




「ねぇミリアン。ケイトりん、ふつーに今の台詞を大衆の前で言えるあたり……実は相当な我が儘だよね。普段はあんなところ全然見せないけれど。」





「まぁね、マリー。でも仕方ないわよ、ちやほやしてくれる人が回りに大勢いたんだから。」




「なるほどね。じゃー、文句もしっかり言いつつちやほやしまくってくれるひなちゃんは、最適ってわけだ。」





「ん~、それは言えてる。」



マリーとミリアンの会話に、俺のそばに来たアーロンは咳払いをすると、





「お気になさらず、課長」





小さく一言、そういった。






ただ、自分の感情に嘘はつけない。




酔っていようが疲れていようが、俺の隣ではあんな風に眠りこけてはくれない。


横抱きにされるときに、嫌がらずに呑気にあくびなどはしてくれないのだ。




俺のときなどは、嫌がる野良猫のように暴れたあげく、アッパーを俺にかましたうえで腕から逃げたのだ。





両足骨折していたのに、だ。





「当分起きませんね、これじゃぁ。あはは、すげーかわいい」



ダンはケイトに毛布をそっとかけてやっている。







まあ、今はこのままでいい。




休めるときに休むのは、とても大切なことだからな。




そういうことに、しといてやる。


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