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無賃乗車

早朝の中、のどかな平原を貨物列車が横切る。


単調な振動と、不規則で心地よい風に、俺は目を閉じて、外にいる実感に浸る。


今いる荷台の、壁に開いた掌ほどの大きさの穴からは、平原の風と柔らかい朝の光が差し込む。薄い日差しでも、目元はじんわり温かくなるのだから不思議だ。風の中からほんのりと漂う甘い花の香りは、家にいるときよりもずっと、季節を肌で感じさせてくれる。ロイにどうしてもとねだって、去年、誕生祝いとして録音してきてもらった、 街の喧騒や、船の汽笛が鳴り響く港のざわめきとはまるで異なるが、この列車の音も、いつまでもいつまでも、聞いていたい。時折尻を打ち付けられるが、それすらも心地よく感じる。



まさか、あの術式が本当に機能するとは思わなかった。身体転移で辿り着いたところが、家の正門前ではなく、地図には載ってない場所だとは思わなかった。どうやら、俺が(限定地区)に出たがらないように、俺に見せる世界地図は改ざんされていたようだ。あんなに限定地区は狭い、たいしたことはないから、わざわざ危険をおかして外に出なくても良い、だなんて。ずっと嘘をつかなければいけなかったロイは、どんなに大変だっただろう。内緒で連れていけだの、スーツケースに入るから旅行にでも行ったらどうだだの、講演会でもしてみるだの、孤児院に慰問にいくだの、ありとあらゆる案でねだっても、ロイは絶対に許してくれなかった。他の護衛、アレンをほだせて実行しようとしても、いつだって必ずロイが邪魔をした。でもそんなときはいつだって、外に出られない辛さより、ロイ自身に怒りが向いて俺の気がまぎれるように、ロイはわざと俺に厳しく諭した。でも、ほんの僅かに眉がへの字に歪むのを、俺はいつだって、絶対に、見逃さなかった。




でもこれで、ロイやアレックス、リラが狙われることもない。



ようやくこれで、大勢の護衛達を犠牲にした償いが出来る。



女のせいで順番は狂ったが、仕方ない。


まずは近い所から回ろう。



北から順に、ファーガス、ゴードン、コナー、そこから南に下ってバートン、イーサン、エディ、ハンクス。



そして最後は、あの人を。



みんなに謝って、みんなの家族に謝って、



その後は――――…………。







ただ、もし叶うなら、償う前に――……







「でんせつの……しゅー……くりいむ」



そう、伝説のシュークリームがたべた………………



あぁ??




伝説のシュークリーム???




「おい、そこのお前!」



目を開けると、俺は小声で、隣でグースカ眠る女の肩を揺する。



「きっとある……でんせつは……ねむらない……」



「ねぇよ、伝説のシュークリーム屋なんて!ほら、起きろ!」




「うぅん……」



女は俺に背を向けた。身動ぎで、灰色がかった柔らかそうな髪がするり、と肩から落ちる。女の髪は昇ったばかりの薄い太陽の光に照らされて、あっさりと俺の毒気は抜かれた。




「なぁ、おい」




「おかーさん、あとごふん……」



もぞもぞと毛布にくるまって、女はまた夢の中に戻る。



「はぁあ……」



先が思いやられる。なんだってこんな女の同行を許してしまったのか。



「俺はお前の母さんじゃねぇっての」



「……おとーさん、」




「……。」




ちげぇよ。



「あれかって……」




「はぁあ……」




「のけっと……ぱんだん……」




のけっと?




ぱんだん?



何のことだ???




「と」




ああ、ロケットペンダント……アクセサリーか。



ひとしきり呟いて、女はまた静かに寝息をたて始める。


そういえば、リラがテレビ局のプロデューサーを説得して、今放送中のドラマのヒロインが劇中で身に付けているロケットペンダントを実際に売り出したんだっけか。リラのやつ、そういう裏方の仕事も好きだからな。鼻息荒く、バカ売れしてるってアレックスに自慢してたっけ。でも、それで広告塔には自分(リラ)が載ってるんだから、ちゃっかりしてるよな。



たしか規則で見られない俺のために、二人が俺にドラマのあらすじをこっそり教えてくれたんだっけ。




この女も、どうやらリラの企画に乗せられたクチだろうな。




でも限定地区の人なら、一年に一度、誕生祝賀会には必ず会って話すはずなのに、この女にはこれまで一度も会ったことがなかった。一体、どこの家の奴なんだろう。



もしかすると両親が過保護で、俺みたいに、家から外に出させてもらえなかったのかもしれない。



いつもいつも、窓の外から景色を眺めていただけかもしれない。



窓を開けて、外の風を浴びることすらさせてもらえなかったのかもしれない。




夏さの暑さも、冬の寒さも、春や秋の心地良さも知らなくて。



周りにあるのは壁ばかりで、自分の家の庭にすら、一年に一度出させてもらえるかどうか。



俺みたいに?






そんな……。







そんな思いは――――








俺だけで充分なのに。






















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