それぞれの思惑
「こんにちは、アレックス、リラ。休日に呼び足してしまってごめんなさいね。――先日は急遽協力してくれて、どうもありがとう。とても助かったわ」
「こんにちは。――いえ。俺もあいつの為になるならどうということはありません」
「こんにちは。――私も。ウォードの為なんだもの」
「どうもありがとう。それでは早速、本題なのだけれど……」
「はい。そっくりでした」
「やっぱり……そうなのね……」
「ええ。3人で雑談をしていたんですけれど、表情や声……」
「仕草に……スッと人を惹き付けてしまうような綺麗な瞳、あの独特なくしゃみまでそっくりでした」
「そーそー、"クチッ"ていうあの小さくて独特なくしゃみね」
「なんだかまるで、あいつの5年後って感じでした」
「"上着"が似合いそうよね……ウォードはごわごわするから嫌だって、着たがらないけれど。それよりもね、一緒にいた女の人とほんとお似合いって感じだったわよね~。まさに目の保養って彼らのことよ。私、あの二人の写真が欲しいなー」
「あらあら、リラったら。人となりはどうだったかしら?」
「優しくて穏やかな刑事さんでした。なぁ、リラ?」
「ええ。どん、と構えてる所もあって、頼もしい感じでした。ウォードのこと、皆で協力して、必ず無事に見つけるからって、アレックスのことを落ち着かせてくれて……」
「俺……その人に、あいつが心配で夜も眠れないって言ったら、ゆっくり話も聞いてくれました」
「そうそう、あとは……仲間の先輩に、変なアダ名を付けられてるんだって話してくれて……いつの間にか私達、笑ってたの」
「そうそう――あのアダ名は傑作だよな。付けた人、センスありすぎだろ!」
「"まじかよすげぇ"ってアレックスったら笑いっぱなしで」
「あら、どんなアダ名なの?」
「ええ、俺達にこう言っていたんです
―――……ヒソヒソ」
「ふふっ、本当だわ。可愛いらしくて素敵なアダ名ね。次に合う時は、私も呼んでみようかしら?」
「ええ、喜ぶと思います!」
「いや、ぜってぇ嫌がるだろ……」
「うふふ。でも本当に良かったわ、あなた達が少しでも元気になれたようで。あなた達が倒れでもしたら、あの子はきっと、心配しますもの――アレックス、ちゃんとご飯は食べてちょうだいね?」
「はい、ありがとうございます、そうします。あの……あの刑事さんのこと、調べる価値は充分あると思います」
「私も、そう思います」
「分かったわ、どうもありがとう――ロイ、お願いがあるの。キンバリー警部と一緒にいらした方……ウェスリー刑事よ。こっそりと情報を集めてちょうだい。くれぐれも内密にね。」
「かしこまりました」
「アレックス、リラ……この話に関しては、申し訳ないけれど箝口令を出させていただくわ。どうかお願いね」
「分かってます。どうかご安心下さい」
「私も。」
「どうもありがとう。さぁ、気分を変えて、お茶にいたしましょうか」
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「よお、ケイト。会議でのさっきの切り返しは見事だった」
「あぁ、ゲイリー。それはどうも」
「お前なぁ。いい加減、役職名で呼べ、捜査一課長ってな~」
「昔のよしみでしょう? ケチ臭いこと言わないで。それに長い。お断りよ」
「……ったく。せめて課長なら」
「嫌。」
「一言でばっさりだな……見事だ……」
「どうもありがとう」
「嫌味で言ってるんだが?」
「ええ、知ってる。光栄だわ」
「……。」
「うん? なぁに?」
「いや……なんていうか……今の笑顔はずるいぞ……」
「うん?」
「そのきょとん、とした顔もだ!頼むから首をかしげるな……上目使いは反則だぞ……俺の理性にも限界ってもんがある」
「はい? 意味がよく分からないんだけど?」
「はぁ………だろうな」
「ゲイリー?? 」
「……。」
「ねぇ、話って? 会議のあと時間作れって言ってたでしょう?」
「あぁ。その話なんだが……なぁ、ケイト。」
「なに? ゲイリー?」
「例の奴のこと……まだ追ってるのか?」
「……。」
「アルトって奴のことだ。」
「それは……分かってるけど……」
「もう8年経つ」
「だったら何?」
「事件性はないと判断したろう? それ以上、何を求める?」
「別に何も。無事でいるか……確かめたいだけよ」
「本当にそうか?」
「何がいいたいわけ?」
「別に何も。ただ、思い出は美化されるというだろう?」
「ちょっと! あのねぇ……。――もう……勝手に言っていればいい。手伝って欲しいなんて言ったことはないでしょう?わざわざ業務時間にこんな事で呼び出さないで、仕事してちょうだい」
「事件に巻き込まれていたり殺されていれば、とっくに俺達の元に情報が上がっているはずだ。無事に決まってる。なぜそこまで執着する? なぜそこまで頑張る? 総監を目指しているのは、そのアルトって奴の捜査の為だろう? 極秘資料の閲覧には、総監の了承が必要だからな。事件性がない以上、自分が総監になって閲覧するしかない、そういうことか?」
「そこまで分かってるなら、私のことは放っておいて」
「そんなにお前が頑張る必要はない。無理し過ぎだ。少しは俺に守らせろ」
「無理かどうかは私が自分で決める!勝手なことを言わないで!守られるのなんてまっぴらだわ!組織に迷惑はかけない!自分の目でちゃんと確かめたいってことよ、昔から何度もそう言ってるでしょう!それとも。ははぁん……なぁに?妬いてるの~?」
「ああ、そうだ」
「……。え? はい?」
「だから、そうだと言っている」
「…………。え?」
「妬いてるんだ」
「………………。え?」
「お前のことがまだ好きなんだ、と言っている。
なんならもう一度言った方が良いか?」
「……………………………………。ふぁぃぇ?」
「あのなぁ。今、お前が自分で聞いたんだろーが」
「……。」
「ケイト?」
「"馬鹿言うな"とかの返しからの……いつものじゃれ合いを期待してたんだけど????」
「そして退室しようと?」
「そーそー、その通り」
「当てが外れたな。何年間一緒に仕事していると思ってるんだ。それに、」
「"何人の犯人の嘘を見破って、自白を引き出したと思ってる?"とか?」
「はは! まぁ……そんなところだ」
「あのねぇ……」
「ケイト、顔赤いぞ~?」
「うるさい。前に話した通りよ」
「そうか?」
「ええ、そうよ。そう言ってるでしょう?」
「そうか、分かった。」
「……うん」
「なら言い方を変える。一緒になろう。そして、
家族になろう、キャサリン」
「ほぇふぇ??」
「やれやれ。前に言ったのと同義なんだがな……
驚き過ぎだ、ケイト。耳まで赤いぞ~?」
「う、うるさい! 断る! 前の返事と! 同義よ!」
「ふっ、苦し紛れの返しだな。まぁいい、もう少し考えろ」
「ち、ちょっと!お断りだってば!なんであなたにそんなことを指示されなくちゃいけないのよ!?」
「"そんなこと"じゃない、大事なことだ。ほら、分かったならさっさと仕事に戻れ」
「ちょっと!仕事に戻れって……それは私の台詞よ!それにあなたとは絶対!一緒になんてならない! お断りよ!」
「だから、それをもう少し考えろと言っている」
「あのねぇ! 結論はもう出てる!あなたは私のこと、全然分かって――」
―――ピリリリリリ――
「わっ!びっくりした……電話ね。ん?
ぴよちゃん?」
「ほら、ちょうど電話だ。出てやれ」
「どーも、ご親切に――失礼します、捜査一課長」
――…………(ドアが勢い良く閉まる音)……―――
「おう。――――――……………………あぁ? ぴよちゃん?? やれやれ、やっぱり言い出しっぺはケイトだったか。平然と嘘吐きやがってまったく」
「はぁ……顔あっつい……―――あぁ、おまたせ、ぴーちゃん。どうかした?」
――ちょっとなんですか、その変なアダ名は! ――
「新しい名前を開拓してみようと思って」
――いや、これ以上開拓しなくていいですってば! 言いましたよね!? 皇主様のご友人にまで大笑いされたんですから!――
「はいはい、私はちゃんと回数を守ってるでしょう?それで要件は? 急ぎでないなら仕事終わりにかけ直してもいい?」
――へ? 今日は非番じゃなかったんですか?――
「ロシュが風邪引いちゃって、急遽変更したの。それより、要件は?」
―――へ? あ、いや……それが……要件は……特にないんですよね……――
「はい?」
―いや……なんていうか……何故か急に、けーぶの声が聞きたくなっちゃいまして……すみません…―
「ん? ああ……それは別にいいけれど……
でも、どして?」
―さあ……なんででしょう? なんか急に……電話しなくちゃいけないような気がして……―
「ふぅん……??? あ。例の……最近見るって前にこっそり話してくれた、あの変な夢? またご飯を吐いたちゃった? だいじょぶ??」
――いえ、そうではありません、大丈夫です。ありがとうございます。――
「そう……なら良かったわ」
―あ、あの! 変なこと言ってご心配お掛けして申し訳ありません! 失礼します!―
「え? あ、ちょっと! 」
――……プツッ……ツー…ツー……ツー……―――
「切れちゃった……。大丈夫そうだし……まぁ……いっか。もうしばらくは、ちょっと様子見ね。
ふぃ~…。もやもやしたら、やっぱりひなちゃんで遊ぶに限るわね。さぁて、仕事仕事♪事件と総監の紋章が私を待ってる~♪」
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
―本編より2年前 ある日の聴取―
「ね~え?こんなことしたって無意味じゃないかしら?さっきのおじさま連中と同じ事を何度も何度も。いい?私は何も知らないって言ってるでしょう? 家に帰してくれない? 」
「申し訳ありません、もう少しだけ、お付き合い下さい」
「ふぅん……声を荒げないだけ、さっきの連中よりはマシね。まあいいわ。疲れちゃったからお喋りしましょう?それにしてもあなた、若いわね~。新米刑事さんってところかしら?」
「ご協力ありがとうございます。――ええ、そうですよ。昨年から刑事になったところなんです。先月で1年経ったくらいかなぁ……」
「そお? 凄いじゃない!ここは本庁でしょう? あなた優秀なのねぇ?何度も何度も試験を受けても、中々本庁の刑事さんにはなれないって、聞いたことあるわよ? 将来は、どんな刑事さんになりたいの、ぼく?」
「あはは! さぁ……どうでしょうね。優秀かどうかは俺には分かりません」
「ふん……謙虚ねぇあなた。でも申し訳ないけれど、私からの手掛かりはゼロよ。ごめんなさい?」
「真相が明らかになってくれれば、俺はそれでいいんです。だからどうか心配なさらずに。どうもありがとうございます」
「あらま……素敵な笑顔だこと。そんな事で、騙されないわよ」
「はい? よく聞き取れませんでした。何と仰いました?」
「あぁ……いいの、いいの、小さな独り言よ。
それにしても、私の居場所、よく分かったわね。」
「突き止めたのは俺じゃありません。チームのボスです」
「ああ、さっきのおじさまね?」
「いいえ。午前中、廊下ですれ違った際に、あなたが女優さんみたいだと仰った女性です」
「え? あら、そうなの?」
「ええ、彼女は今、ちょっと別件で動いてまして」
「へぇ、あなたの上司ってわけね?それなら、彼女はと~っても優秀なのね」
「ええ。凄腕ですよ? 」
「ふ~ん……ねぇ、どんな人なの? もう私、話すのは嫌になっちゃった……替わりにあなた、お話ししてちょうだいな? この部屋、なんだか息が詰まりそうなんですもの」
「そうですか?それでは……――あなたの居場所を突き止めたあの人は、ものすっっっごく優秀な刑事さんなんです」
「ふんふん、それで?」
「でもって、ネジがぶっ飛び過ぎて、ちょっと頭がおかしい人」
「へ?」
「だって、俺の配属初日、強盗立て籠り事件が起きたんですが、彼女、自分から人質になって乗り込んだあげくに、右腕の関節を抜いて拘束から脱出、犯人をボコボコにしたみたいで……確保に応援で向かったら、犯人が俺と先輩に助けを求めて来たんです。本庁に戻ろうと車に乗る時に彼女、右腕をぶらんぶらんさせながら、俺にこう言ったんです。"ね、刑事って最高でしょう!?"って、ボロッボロの姿で。凄くないですか!? あはは! あれは最高に素晴らしい笑顔でした! 多分俺、一生忘れません!
あはは!」
「……。」
「取り調べで俺困ったら、いつもこう考えるんです。"あの人ならどうするか"って。きっと、どんなに手強い犯人でも、怯むことなく真っ直ぐに犯人の瞳を見つめて、少し微笑んでる。容疑のかかってる人が本当のことを話さなければ話さないほど、あの人は嬉しそうにする。どうやって真実にたどり着くか思考しながら、質問するに決まってる。キツい時ほどゾクゾクするって本人が言ってました。だからキツい時は俺も、マネして同じように考えるようにしてるんです」
「へぇ。そうなの?」
「ええ。本当、頭がいかれてるんじゃないかと思う時もあるけれど、そういう時のあの人の表情は、もう最高なんです。それこそ、ゾクゾクするくらい」
「……」
「さっきあなたは、どんな刑事になりたいのかって俺に聞きましたよね。俺の目標といえば、そんなあの人を支えたいってことくらいです。あの人が持っている、あの人のカセになってしまうような余計なものを、全部俺が代わりに持ちたいんです。
だって……」
「だって?」
「だってそうすれば、あの人はやりたいことを自由に出来るし、いきたいところに自由にいける。自由に動けるし、自由に飛べる、あの人が思うままに」
「……。」
「大き過ぎる翼を持つあの人が今いる場所は、狭すぎるように思うんです。もっと広い大空で、馬鹿みたいに大きな翼を広げて、もっと高く自由に飛んで欲しい。そして、警視総監という頂点に登りつめて、最高の笑顔で世界中を見渡すあの人の表情を、誰よりも一番近い場所で見たい。同じ景色を一緒に見たい、同じ高さで、同じ世界を感じてみたい、あの人の隣に立っていたい。総監の紋章を着けたら一番最初に、俺の名前を呼んで欲しい……。きっと最高に振り回されるだろうけれど、絶対に、最高に素敵なドヤ顔が見られるに決まってます。」
「……。」
「だから俺は、そんなあの人の馬鹿でかい翼を支えられる風になりたいと思う。だから毎日、吐くほど勉強してます」
「風……?」
「俺の目標です。だってそうすれば、どこまでも
一緒に飛べるでしょう?」
「……」
「まぁ……贅沢な願望と目標なんですけどね」
「それじゃ、なんだかまるで……その人の為にその制服に袖を通しているみたい。普通は市民を守るために袖を通すようなものなのにね」
「ああ、それは前提として勿論ありますよ。でも何より、彼女も守るべき市民の一人ですから」
「あらま。徹底してるわねぇ?」
「初めて直接見かけた時に、決めましたから」
「……。」
「あ、あの? どうかなさいました? 」
「どうして?」
「え? だって……涙が。」
「あら……ほんとだわ。」
「……。」
「はぁ……あの人に」
「アパートで殺されていた……あなたの元恋人ですね」
「えぇ。私もあの人に……それくらいのことを言って欲しかったわね。」
「はい?」
「浮気したあげくには借金を私に押し付けて逃亡。連絡がつかなくなったから、探偵を使ってようやく見つけて……。」
「そうだったんですか……。続けてください」
「たった一言が言えなかったわ……。好きだって言えば良かったのよ、さよならって言ってやれば良かったのよ。そうすれば、あの人にバチが当たったはずなのよ。馬鹿よね私も。こんなに私は想っているのにって言い合いになって。気が付いたら近くにあった重い灰皿で、殴り殺してたわ……。もう二度と、文句も言ってくれない……。」
「あなたの事情に、同情はします。でも……例えどんな理由があったとしても、法に反して、人が人を殺してはいけないんです。その人の未来を……生き方を正す機会を奪ってしまったあなたは……やっぱり罪を償うべきなんです」
「そうよね……」
「幸いあなたは、生き方を正す機会を失ってはいません。その機会を、無駄にはしないでください」
「ええ、そうするわ……。どうもありがとう」
「いいえ。あ、マリー先輩……。あの。俺はいったん、退室しますね」
「待って! ねぇ、あなた」
「はい?」
「私があの人を殺したって言ってもあなたは、驚きもしなかった。どうして?」
「あぁ。さっき俺が話していた人と、癖が似ていたんです」
「クセ?」
「ええ。嘘をつく時の癖が。あの人は、俺が嘘をつく時の癖を知っているそうですが……俺も、あの人が嘘をつく時の癖を知っているんです」
「……。」
「あの人のその癖に、ほんの少しだけ似ていたんです。だから直ぐに分かりました」
「あらまぁ。お手上げだわ」
「ええ。それでは」
注 ) "ケイト" は "キャサリン" の愛称です
本庁の皆は愛称で読んでいて、正式名で呼ぶ人はいません。求婚の申し出のため、彼は正式名であるキャサリン呼びをしています。