表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/22

会者定離

長らくお待たせしました。


ちょっと暗めです。

  少年は蒸し暑い物置き部屋の中で、息を潜めて耳を澄ましていた。こちこち、とどこからか時計の音がする。口元を覆っていた小さな両手をゆっくりと解いてみるが、同時につん、と鼻につく嫌な臭いがして、少年は慌てて、今度は鼻まで顔を覆った。

 


  建設資材や丸められた壁紙の余り、釘などの工具類がところ狭しと並んでいる。真新しい新築独特の匂い、そして物が雑然と押し込まれている様から、大人であればこの別荘が大急ぎで建てられたことが分かるが、当然のことながら、まだ4歳の少年にとっては初めて見るものだらけだった。金槌を見つけて小さく、変なのと呟くと、少年は持ち上げようとした。しかし、とてと重かったため、すぐにつまらなくなり、ぽいと床に転がして辺りを見渡した。



  雑然とした中で青いビニールシートだけが綺麗に畳まれて棚に置かれているのは、自分が海を見てみたいと言って困った顔をした大人たちが、限定地区の外には連れて行けない代わりにと約束してくれた、小さな海を作るための道具なのだろう。



  2.3日待って欲しいと護衛の一人が言っていた。あと2回夜が来て朝に起きたら、海で遊べるのだ。塩辛いと言っていた祖父の言葉を思い出し、もしかしたらあまり好きくないかもしれないと少年は思った。目がしみるかもしれない。鼻で海の水を飲んだらとても痛いと護衛たちに脅かされた。きっと、じゃあ嫌だ、という自分の言葉を期待していたのかもしれない。でもどうしても見たかった。それまで考えたりもしなかったのに、急に海が見たくなったのだ。



  海ってなに?とばあやに尋ねると、大きなみずたまりだと教えてくれた。雨が止むとばしゃっと踏めるアレだ。踏むと水が飛んで、みんなが嬉しそうに笑ってくれる。



  少年は少し不安になったが、自分がおねだりをしてせっかくみんなが作ってくれるのだから、もし、目と鼻が痛くなっても、たくさんよころぼうと思った。



「じいちゃん……?」



 部屋の中で少年は言った。いつもならもう見つかって、嫌だ嫌だと毎回言っている、じょりじょりとした灰色の髭を自分の頬に擦り付けてくるころだ。かくれんぼで負けたバツはとても楽しくて面白いから好きだ。嫌だといえば、それっ、と言ってもっと髭をくっつけてくる。



「じーちゃーん?」



 先程よりもやや大きな声で、少年は言った。だが部屋の静けさが増しただけで効果はない。



「ねぇじーちゃ? はやくぅ……」



 だんだん心細くなってきた少年は、腕をさすって意味もなく部屋を歩き回る。



「あるとにいちゃん、じいちゃんにここだよって言ってきてよ」



  少年は独り、小さく言った。だが返事はない。当然だ。この部屋には少年が一人いるだけなうえ、そもそも少年には兄弟はいない。本当なら、今ごろ18才になる兄が、一緒にかくれんぼをしてくれるはずだった。しかしそれは、永遠に叶わない。出来ることといえば、せいぜい、一緒にかくれんぼをしているつもりで空にいる兄に呼び掛ける程度だった。



  というのも、あるとき、両親のいる前で、護衛たちと一緒にかくれんぼをしていた。少年が、あるとにいちゃんはそっちのカーテンだよと、かくれんぼの指南をしているつもりで、わざと言ったとき、苦い粉のお薬を飲まなくてはいけなくなりますよ、と母親に言われたことがあった。両肩に手を置かれ、心底心配されているのが幼心に分かり、それ以来なんとなく、ひとりの時にしか、しなくなった。



「ねぇ?」



 とうとう少年は独りぼっちに耐えられなくなり、部屋から出た。















 赤だった。













  木目調の床に、白い壁、白い天井。普通にそれが見えるはずだった。だが、少年の目に飛び込んで来たのは、辺り一面血の海だった。部屋にいた時とは異なる、つん、とした鉄の臭いがした。初めて嗅ぐ匂いに、初めて見る――――



「赤い……みず? 」




 少年は、ごくりと唾を飲んだ。





「じいじ? あるとにいに? 」




  少年はわざと、いつにもまして幼く呼び掛けた。


  もしかしたら寂しがっていると心配して、祖父が来てくれるかもしれない。それでなくても、護衛たちは来てくれるはずだ。護衛たちはいつだって、自分が誰かを探していたら、どこにいるのかを直ぐに教えてくれるし、あるとさまは星になってお空にいるのだ、とも言ってくれる。それならと、自分も星になってお空に浮かぶんだと言ったら、だめだ、だめだ、とみんなして青い顔をしていた。もっとずっと先だよとも言っていた。なんで?と言ったら決まってみんなが困った顔をするので、そのうち星になりたいとは言わなくなった。どうしてかは分からないが、なぜだか困らせてしまうのだということだけは、分かったからだ。



「ごえーのおじさ……おじいさん……?」



  それでも誰も駆け寄ってくれないため、少年は必ず怒られる言い方をした。まだにじゅーだいだ、さんじゅーだいだ、いやさんじゅーだいはだめだろう、とか言って、必ずみんな、笑いながら怒るのだ。あんまり言うとくすぐりの刑をされるため、一番弱い脇腹を両腕で守りながら、そろりそろりと歩き始めた。




 やがて、大きなソファがあるリビングの扉が見えたのと同時に、廊下の先にたくさんの人が見えた。





床が真っ赤だった。






全員が床に倒れていた。




「ばーとん……こなー……えでぃ……おじさん」




 護衛たちだった。




「いーさん……ふぁーがす……ごーどん……はんくす……」




  抱っこに肩車、お馬さんごっこ、カードゲームや絵本、お絵描きに歌、ピアノにバイオリン。


  楽器はいつもアレックスに負けるのが悔しくて、レッスンが終わって家に帰ると、両親には心配をかけまいと、いつも護衛たちの誰かに泣きついた。彼らはいつだって、優しく頭を撫でてくれた。


  かけっこは危なくて、キャッチボールは頭に当たって怪我をしてしまうからと、おねだりしても護衛たちは絶対に許してくれなかった。だから、かけっこではなくて両腕にぶら下がるブランコで、キャッチボールはいつだって、ただのボール投げになった。投げたボールを、護衛たちが拾って持ってきてくれる。そしてまた、そのボールを投げるのだ。少年が退屈しないように、一生懸命、やれさっきよりも遠く飛んだだの、投げ方がよくなっただの、色々工夫してくれた。あれこれ意見を必死に出す様子が面白くて、わざと、そんなのは嫌だ、とごねて困らせたこともあった。


  いつだったか、ボールに絵の具を塗りたくって、護衛からメイド、果ては庭師まで巻きこんで、みんなで順番に庭でぶん投げたことがある。大きな紙に向かって投げて、模様を作ろうとしたのだが、その場にいた全員が体中を絵の具だらけにして、少年の母親にこれでもかと叱られた。


  言い出しっぺは護衛たちだったため、本宅のリビングで反省文を書きながら、鼻にまだ絵の具が付いてるぞ、だとか、スーツを仕立てたばかりだったのに忘れていた、だとか、みんなクスクスと笑っていた。それで、余計に怒られていた。廊下にずらりと並べられ、粛々と説教をくらう護衛たちの大きな体は、このときばかりは小さく見えた。


  護衛たちにいつまでもぷりぷりと怒る母親を見て、彼らを助けるために、庭師と一緒に花を摘んだのはとても楽しかった。小さな花束を渡すと、母親の機嫌はたちまち良くなった。母親の膝に乗って絵本を読んでもらったのは初めてで、後にも先にも、このときだけだった。膝の上は温かく、護衛たちには小さく親指を立てて合図を出してよろこんでもらい、少年にとっては最高の1日だった。



 いつもみんなでたくさん遊んだ。みんなで遊んでいるのはとても楽しかった。



  食事で大嫌いな野菜が出たら、いつも護衛の誰かに目配せをして合図を出し、スプーンを落としたりお肉を落としたふりをして、嫌いな野菜を回収してもらっていた。彼らは大抵、袖の中にピーマンやトマトを隠すはめになった。エディという人だけは、ちょっぴりどんくさいところがあったので、ウソのくしゃみをしてから目配せをしていた。



「うぇっ………ひっく………ねぇだれか……?」



 護衛たちの大きな体をゆすっても、返事をしてくれなかった。



「ふぇん……じーちゃぁ……あるとにぃちゃ……」



 泣きじゃくりながら、少年は立ちすくんだ。肩をひくひくさせながら、袖で乱暴に涙を拭う。



「うえぇん、……」



 いよいよ大きな泣き声を出そうと、体が空気を吸ったその時だった。



「お静かにっ!」



「ぁぅ、」



 ひそめた声で、諭された。と同時に、体が宙に浮いた。




「まゆるず……おじさん」




 護衛たちのひとりで、ぼす、と呼ばれていた。


 前に、護衛たちのだれかに、ぼすってなに?と聞いたら、リーダーだと教えられた。少年は、りいだあってなに?と問い、その護衛は、そうきたか、と頭を掻いていた。代表って分かるかと言われて少年は首を振り、だよなぁとその護衛は唸っていた。



「隠れます、お静かに」



 抱っこされて、あっという間に、先程の物置部屋の中に戻ってしまった。



「お怪我はありませんね。さぁ、降りて――はぁ、良かった」



 護衛はひとしきり少年の無事を確認すると、そっと少年の頭を撫でてゆっくりとおろした。



「この中に」



 そして、横倒しになっている金属製の騎士の甲冑の中に、少年をいれた。ちょうど、騎士の腹の中に、すっぽりとおさまった。



 少年は、みんなが大変なことや、祖父に会えないことを言おうとしたが、



「えぅ……あかいろ……」



 上手く言葉が出てこなかった。



「よく聞いてください?」



 少年に目を合わせて、



「うぇっく、なあに」



「マイルズです。まっちょで、いい男、るっくすも、ずば抜けてる、の、マイルズです。分かりましたか? うん?」




 護衛のマイルズは指折りそう言うと優しく笑い、少年の頬を優しくふにゃりと両手で揉んだ。



 いつもの、おきまりの、やりとりだった。



「間違えたから……くすぐりの刑だ、それっ、こちょこちょ~」



 マイルズは声をひそめたまま、少年に手を伸ばした。



「えへへ」



 少年もマイルズの笑顔ににつられて、ぎこちなくも、小さく笑った。だが、いつもよりマイルズの力が弱かった。ちっともくすぐったくないのだ。



「はぁ……はぁ……――くそっ、あまり時間はねぇな……イテテ」



 マイルズは青白い顔をしかめてうめくと、体をどさっと横たえた。



「はぁ……はぁ……」



 仰向けになって目を閉じてしまった。胸元がひっきりなしに上下している。



「まゆ……ま……」



「マイルズ……ね。皇主さま、絶対に、そこから出てはいけませんよ。いいですね」



「まゆ……ま……まるずる……おなかがあかいよ? えのぐついてる」



「マイルズな。あぁ……これは……大丈夫だよ」



「まゆるず、えのぐ、どんどんでてる………」



「マイルズだっ……て。ああ、フタ……失くしちゃってさ」



「まゆ……まるゆず、おれがフタ、とってきてあげる」


「あぁだめだ、だめだ。絶対にだめだ。大丈夫だから……ここにいような。フタなんか、なくても……はぁはぁ……大丈夫さ。あと……俺は……マイルズね」



「でもえのぐだらけになったとき、かあさんにおこられてたじゃん。おにわのぷろの、おううぇんがいないから、おれ、はなたばつくれない。あぶないから、さわっちゃだめだって。――まるるずは、はんせえぶん、かいてたよ? ねぇ、まるずる? 」



「あぁ……あれは……傑作だったな。皇主さま、マイルズ……」



「まあるず、ねぇ。そこから赤いのがたくさん出てるよ?」

 


「おしい……マイルズだ。ああ、だめだめ……皇主さま、そこから……出ないでください……よっと」



 マイルズは、必死に甲冑のフタを閉めたのを最後に、とうとう動かなくなってしまった。



「でもまるずる、赤いのたくさんでてる……ねぇ、まゆるず、だいじょうぶ? 」



 問いかけても、返事はない。


 返事をしてくれないマイルズを起こそうと、少年は甲冑のフタをはずして、するりと出てしまった。



「まるず……ま……ま……まゆ……るず? ねぇ、おきて……」



 マイルズの肩を必死に揺するが、やはり返事はない。



「めをあけてよ……ねぇまゆゆず……うえぇん……?」



 堪えていた涙を流そうとして、今しがた、自分が言った言葉に、少年ははっとした。



「ちょうちょ……」



 いつだったか、庭で見つけた1匹の蝶々を助けたことがあった。羽根が1枚もがれてしまい、元気がなかった。動かすのももうだめだと、庭師のオーウェンに言われたので、教えてもらいながら、寝床を作ってあげたのだ。だが、オーウェンが綺麗な花を摘んでいるあいだに、あまりに蝶々が可哀想に思えて、護衛たちにも気づかれないよう、少年はこっそりとお祈りした。まだ発現していないのだから、お祈りしてはいけませんよ、きっと、あともう少しの我慢です、と、母親からきつく言われていたのだ。




 少年は、小さな体にめいいっぱい息を吸い込むと、



「よし――まゆるず、がんばって」




 倒れたままのマイルズに声をかけた。




  お祈りしたら、蝶々はあっという間に元気になって、どこかに行ってしまった。目を開けたらいないので、慌ててオーウェンを呼んだら、あれまぁここでひらひら飛んでますよ、なんてこったい、と言われた。



  「あかいえのぐをおなかにいれて、フタをしなくちゃ……」



 少年は呟くと、

 



「もどれ……もどれ」




 マイルズの血だらけの腹に手を当て、少年は目を閉じてささやいた。



 ぬるり、とした感覚が少年の手を包んだが、意に介さず少年は祈った。



「しょだいさま……おたすけください」




 祈りの言葉はまだ知らないため、少年は心のままに唱えていた。




「またいっしょにあそびたい…みんなといっしょにあそびたい……じーちゃんやまずずるたちをたすけてください」




 静かに涙が頬をつたい、床に落ちた。




「しょだいさま……――――ぇ?」




  手のひらが熱くなり、少年は驚いて目を開けた。幾重にも重なる丸い円の周りに、いくつもの不思議な、そしてとても美しい模様が現れていた。




「きれー……」




 少年は思わず言葉をもらした。




 ただ、円の中が、空白になっていた。




「げんきになって……ぜんぶもどれ……ま……まゆ……まあ……まいゆず……」




 きっとここに、名前が入るのだろう。




「まずるず……ま……まゆ……」





 そうしたら、きっと元気になるのだろう。





 そのためには、きっと、





「まるる……ま……まゆ……」






 ――なあ、もうこれだけ探したなら、皇主様はいらっしゃらないんじゃねぇですか?――


 ――ああ。くそ、図られたか……――


 ――気づかれてたってぇわけか……わざわざダミーの別荘だなんて、さすがだぜ。――


 ――うん? なあ、この壁、なんかおかしくないっすか?――


 ――ああん? 突貫工事なんだろ? 歪みがあって当然だって――


 ――おい、一応、調べろ――


 ――うぃっす。――







 正しい名前が、要るのだろう。





 ――ただの壁じゃねぇですかい?――


 ――追っ手が来る前に行きましょうや――


 ――ちっ……――





「まあ……まゆ……まずるず……まゆ……ま……」



 

 ――まて。これは……――


 ――どうした?――


 ――よっと……動くぞ?――





()っちょで……?」





 ――当たりだな……――


 ――隠し扉か……巧妙だなぁ――


 ――へっ、これでおしめぇよ――





()かれた……」




 ――殺るぞ、気ぃつけろ――


 ――うぃっす。――





()()なおとこ! マイルズ!」





 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※




























――――とある宿屋にて――――





「――――っ!」




「ごめん、起こしちゃった……?」




 セオがソファから飛び起きたから、私は、整備中の銃器一式を触る手を止めた。肩で荒く息をする様子に、私は汚れた布を机に置いてすぐに椅子から立ち上がり、セオの側による。



 前に少しだけ話してくれた、あれかな。



 だとしたら、安心させてあげなくちゃ。



「いや……なんでもない。気にしなくていい」



 嘘。額に冷や汗があるもん。



 それに、セオは嘘をつく時に癖がある。



「だめ。話して。私には聞く権利と義務がある。」



「それは……まぁ、分かるけど」



「ちゃんと吐き出さなきゃ……ね?」



 私はセオの太股を軽くぽん、と叩いた。



「ん……」



 セオは眉をへの字に曲げて、深呼吸をした。



「みんなを……助けたかった……」



「物置部屋の中に、もうひとつ隠し小部屋があったんだよね?」



「あぁ……。」



 額に手を当てて汗を拭きながら、セオは小さく頷いた。



 顔色が良くない。やっぱり、別荘の時の夢だ。



「見つけられなくなってしまうから、絶対にだめだよってじーちゃんが……。」



 あれは、セオのせいなんかじゃない。



 悪いのは、押し入った殺し屋なんだもの。



 確か、事件が起きたのは、セオやおじい様が別荘に着いた次の日だったって、セオ、言ってたっけ。



「珍しくじーちゃんが、かくれんぼしようって俺に言い始めて。だから、絶対に見つからない場所に隠れてやろうって思って。それで俺……つい……小部屋に。」



 私はセオの手に、そっと自分の手を重ねる。





「海に行きたいなんて、俺が言わなければ……みんなは今も、きっと……。」



 セオは、私の手をそっと握った。



 私には分かる。



 これは、握り返してほしいから。



 もっと強く、手と手が離れたりしないように。



「セオは悪くない。そんなに自分を追い詰めちゃだめ。」



 私はセオの右隣に座って、肩にもたれた。



 ぎゅっと手を握り返すのも忘れずに。



「俺が、我儘を言ったから……」



「それは違う。悪いのは、押し入った殺し屋の方。」



 強めにはっきりと、私は言った。



「もう少し早く小部屋から出て、どこかに電話していれば……」



「無茶なこと言わないで。それに、セオまで死んじゃったら、護衛の人たちは……」



 私は少し言葉を探して、




「護衛の人たちは……誇りを持って、職務を全うしたの。まだこんなに小さかったセオが余計な事をしてたら……その……ぜんぶ……んと………」




 ええっと……泡の……なんだっけ?





「ふっ……水の泡?」




 セオがふんわりと笑った。




 そうそう、それだ。




「そう」




「お前なぁ、こんなにって……それじゃあ俺、ミジンコみたいじゃんか――あはは! 俺ちっさ!」



  「だ、だって……」




 

 お腹抱えて笑ってる。




 笑わそうとしたんじゃないの。




 セオのせいじゃないって、説得してる最中なの。




 もう……話の腰を折らないでよね。




「それじゃあ、他にどう言えば良かったわけ?」





 私はちょっぴりむきになってセオに聞く。




「手のひらをこうして、こんなにっていうジェスチャーでいいじゃんか! 親指と、あはは!人指し指じゃ、小さ過ぎるだろう?――――あはは!」




 セオはドツボにハマったみたいで、まだ笑ってる。




「むう……」

 



 もういいよ。 ふん、だ。




 整備に戻ろうと、私はソファから立ち上がった。





「なぁ」





「大丈夫、セオの銃器も掃除しておく。当番だもの。負けたからっていい加減になんかするもんですか」




 じゃんけんで、5セットマッチの3回勝負。



 私のぼろ負け。



 言い出しっぺは私。



 でも、女の子に手加減無しは、ちょっとどうかと思う。




 大丈夫かとか、本当にいいのか、とかの気遣い、ゼロ。




 ひと言あるのとないのとで、整備のやる気も変わるのに……。




 肌荒れしにくい体質で、本当に良かった。




 ちぇっ。





 負けた自分の拳が憎い。







「じゃなくて……その……ありがとう、エレナ」






 前言撤回。


 




 ふわっとした柔らかい笑顔。






 超絶格好いい人が、私に素晴らしく素敵な笑顔でお礼を言ってくれている。





 しかも名前入りで。





 セオに着いてここまで来ちゃったけど、私の生物学的本能は間違ってなかった。





 役に立てるだけで本当、最高に嬉しい。




 もう、新品みたいにしちゃおうかな♪





「えへへ……どういたしまして。気持ちが伝わって良かった」


 



「うん、大分言葉選らんでたな」


 



 げ。 ばれてる。






「だって……その、複雑で……難しい……問題だから」






 私は正直に言った。





 私とセオは他人だもの。




 そんなつもりじゃなくてもって……嫌な思いをさせたくない。



 セオはぽん、と私の頭を撫でると、



「ありがとう。少ない語彙力で必死に気遣ってくれて」



「どういたしまして。でも少ないは余計」



「否定はしないんだな」



「うるさい。 人生の後輩は絶賛、知識を日々アップデート中」



「後輩って、一歳だけじゃんか」



「じゃあセオならどう言うの?」



「んん……」

 



 セオは腕を組んで、にかっと笑うと、




「あんまり変わんねぇかも……あはは!」




「ぶー」




 私はわざと頬っぺたを膨らます。




「んにゃ」




 セオは、私の両頬をふにゃりと揉んで、




「たしかにあの時、ちょろちょろ動き回ってても……役立たずどころか、足引っ張って引っ掻きまわしたうえに俺は殺されてた。みんなは、俺を守りきれなかったって、汚名だけが残る。」





 私の目を真っ直ぐに見てそう言った。




「うん――――今もでしょ?」





 私も、目を反らさずに応える。





「うん?」




「ちょろちょろしてるのは、今もおんなじ」




「ふっ、言えてる。」




「そのうえ――」




 お互いを指差すと、

 



「「引っ掻きまわしてる」」





 私とセオ、同時に言った。




「しかも、世界中をね」




 私はわざと、おどけて会話を続ける。




「ねぇ、セオ。私たち、絶対、やばいよね?」



「ああ、すげぇやばい」



「セオが家出なんかするからだよ? 」



「でもそのお陰で、解決すべき問題が発覚しただろーが」



「あ~、不良行動を棚上げ?」



「棚から、」

 


「ぼたもち、ね。」

 


「ふうん、よく知ってたな」




「ほら、この前……家に泊めてもらったミルズさん。あの人に教えてもらったの」



「ああ、あの人も……俺と同じ、図書館入り浸り組だっけ」



「そうだよ、不良青少年」




 私はセオの肩を軽くパシパシ叩いて、軽い会話を続ける。




「はぁ? 不良なのはお前も同じだろーが」




「私は護衛なの。役目を全うしなきゃ。でしょ?」



 おどけた調子で、肩をすくめて言う私。



「護衛? 俺が守ってることの方が多いと思うけど?」



 セオも調子を合わせて、うん?と私に詰め寄る。



「それは気のせい」





「ふっ、あはは! そうか」




「そうだよ」




 そして、時間にしてほんの数秒。




 私たちは見つめ合った。





「おやすみ、エレナ」




「おやすみ、セオ」




 なんてことない、夜の挨拶。





 でも私たちには、一回一回が貴重なの。





 一回たりとも、無駄には出来ない。





「整備、よろしく」

 




「任せて」

 




「新品みたいにな~」





 背中ごしにひらひらと手を振って、再びソファに向かうセオ。




「セオが整備するときには、下っ手くそっ!て言ってやる」





 私がそう言うと、




 セオは、すっと私に振り返って私を見ると、





「楽しみにしてる」

 




 キリッと力強い眼差しで、でも、とても柔らかい表情でそう言った。







 私の大好きな、極上の笑顔だった。







 もちろん私も、最高の笑顔でそれに応えた。






近々、次話を更新予定です。


ちょっとづつ伏線が出てきます。


キーワードは、"アルト兄ちゃん" です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ