迷惑な患者 ( 男性 68歳 )ある若い女性看護師の1日
大変おまたせいたしました。
( 登場人物、少しだけ追記、修正しています。
本筋にはあまり影響はありませんが。。。)
「はい、西南地区統括中央病院 お問い合わせ係です、どうされましたか?」
「 どうしたもこうもねぇ、たたた、大変なんだよっ! 」
「あらエディ、こんにちわ。どうしたの? お酒を飲んでいて転んだの? 整形外科の予約を確認をしましょうか?」
「おぅ、その声はいつものねぇさん、アマンダだな。大丈夫だ、予約は必要ない。もう俺も年だからな。酒は朝から夜までしか飲んでない、深夜はちゃんと我慢して眠ってる。前にあんたから言われた通り、時々散歩もしているよ。すこぶる元気だ」
「あら、元気そうで何よりだわ。でもお酒はほどほどにお願いよ。それで、どうして電話を?」
「それがよう、貰った飴玉を食べたら健康になったんだ!妖精に言われたんだよ、"健康体になったよ"ってな!」
「………。すぐに救急隊員を向かわせますので、そのまま自宅で待機を――ジョス、脳神経外科の緊急予約を、 」
「あああ、ちがうちがう! いや、あんたがそう言うのは分かる、俺も何が起きたか、実のところ、理解出来ていないんだ。とにかく! とにかくだ、救急隊員は必要ない、いいか、救急隊員は必要ないぞ! とにかく……もう心配する必要が無くなったから、いつもよくしてもらっているあんたには、ちゃんと報告しねぇとな、と思ってよ」
「分かったわ、じゃあ……この電話は緊急時用に空けておく必要があるから、一度切って、電話をかけ直すわね。ちょっと待ってて」
「おぅ、ありがとうよ」
「それじゃね――っと、よし、個人通信からかけ直そうかな。ホントは駄目なんだけど……ジョス、黙っててくれない? 大丈夫そうだけどなんだか心配で」
「おう、大丈夫だ、許可しよう。ところでエディじいさん、どうしたって?」
「それがね。貰った飴玉を食べたら健康になった、妖精に言われたんだ、って。」
「なんだそりゃ。また酒を飲んで酔っ払ってるんじゃないのか」
「ん~、話している様子は酔ってはなさそうなんだけど。あの人もう末期だし、脳の腫瘍のこともあるし。とにかく、詳しく聞いてみる」
「手術も出来ねぇんだもんな……」
「その間、悪いけど電話が来たら」
「任せろ」
「ありがとう―――もしもし。おまたせ、アマンダよ。さっきの話について、詳しく教えてくれる?」
「おう。それがよう、先週末の夜、近所にあるユークリッド大川の川沿を散歩してたんだ。綺麗な星が出てたから、嫁さんの写真を持ってな。そこで俺が何を見たと思う?」
「あの海みたいに大きな川ね。観光用の寝台列車が通る、大きな陸橋の所でしょ? 陸橋の片側は、人も歩けるように造られてるし。う~ん……分からないわ、教えて」
「川がな、こう……川の中が光っててよ」
「川が?」
「見間違いじゃあねぇぞ、それに頭もおかしくなっていない。それで気になって、下に降りたんだよ。川の中に入って、腰まで浸かるくらいになったところで、足に何かが当たってよ。」
「川の中に入ったの!? 夜に!? 無事で良かったわ……それで?」
「お宝かと思って、手探りしたんだ。光は、俺が川の中に入った途端に消えたから、夜間景観を演出するための、ほら、ピカピカ光ってるだろう?あの照明をたよりに手をこうしてだな……結構明るかったんだぜ! そうしたらよ、大きなボール……って言ったらいいのかな。適当な言葉が見つからない、うん、でっかい透明なボールが一番近いな。それを見つけてよう、転がしながら引き上げたんだ。その中にはな、」
「うんうん」
「なんと!眠っている男の子と女の子がいたんだよ。見た限り、まだ10代後半だったな、ありゃ。な、ビックリだろ?」
「なんだか先代文明のおとぎ話みたいね……」
「ああん? それはよくわかんねぇがよ。とにかくボールを岸に引き上げたら、その"透明"は途端に無くなったんだ。その男の子と女の子はおろか、川の中に入っていて濡れているはずの俺まで、全く濡れていなくてよ! すげぇだろ!周りに誰もいなかったから、俺一人で助けたんだ!」
「えぇ、それでそれで?」
「それで、タクシーのうんちゃんを呼んで家まで連れていったわけよ。二人ともなんだかぐったりしていてよ、近くの小さな医院で年寄りの医者に見せたんだが、問題は無くてな。その小さな医院の古ぼけたベットより、俺んちでゆっくり休ませた方がよさそうだったからな」
「怪我はなかったのね」
「そうだ、かなり疲れた顔をしていたからな。二人を家に運ぶときに、体に引っかかっていた鞄から、荷物が落っこちてな。その中に、寝台列車の切符があったんだよ。切符を切った跡もあったし、その時に印字される振り番もあったんだ。振り番の日付はその日の午前中だったからな、絶対に寝台列車に乗っていたはずなんだ。それなのに、なんでか知らねぇが、川の中にいたんだよ。陸橋から落っこちたのかな」
「まさか! 歩道がない側から落ちたとして、あの陸橋の高さからなら確実に体を打ち付けて、無事では済まない、あり得ないわよ。それより、続きをお願い」
「それもそうだよな……。それで、二人ともよく眠っていたから無理には起こさず、俺んちの家のベットに寝かせたんだ。あの観光タクシーのうんちゃん、マイルズっていう奴なんだが、親切だぜ!一緒に手伝ってくれたんだ! 一人づつベットに寝かせてさ。先に逝っちまった嫁さんのベット、残しておくもんだよなぁ……いやぁ、残していて本当に良かったぜ!しばらく様子を見てたんだが、一向に起きる気配もねぇし、深夜になって俺も別の部屋で休んだんだ。二人が起きたら分かるように、書き置きをしてな」
「どのような内容を書いたの?」
「おぅ。川の中にいたから引き上げて、医者に見せたことや、二人とも怪我はなかったこと、それで俺んちで休ませていたこととかな。腹が減ったら、冷蔵庫に果物、棚にはパンがあることも書いたかな。あとは気分が悪くなった時は俺を叩き起こせとか、いろいろな。」
「なるほど、それで?」
「朝になって二人の様子を見にいったんだが……」
「うんうん」
「いなくなっていてな。書き置きの手紙だけがあったんだ」
「何て書いてあったの?」
「それが、やたら綺麗な字と言葉使いでよ、ありゃ、感動もんだぜ。俺や、俺のせがれとは大違いだったな……手紙は、俺に対する感謝の言葉が主な内容だった。"問題が起きて、誰かの助けを待つしかなかった、とても感謝している"といった感じだった」
「へぇ、若いのに偉いわねぇ。手紙なんて私、もう何年も書いてないわ……」
「だろう? 文章の主語が"俺"だったから、男の子が書いたらしいんだがな、なんにせよ、俺は良いことをしたってわけだが……ことはそれだけじゃなかったんだ」
「あら、なにかしら」
「果物とパンを食ったみたいでな、それについても感謝の言葉があったんだが、まぁ簡単にまとめると……"助けて貰ったうえに、食事や体調への配慮をしてもらったことに対して、深く感謝している、返せるものが何も無いが、ぜひお礼をしたい"、といった内容だった。続けて、"永久の感謝と、恒久の栄誉を 我は汝に授ける 追伸 手紙の横に置いてある飴玉を、必ず、食べるように!"、と書いてあったわけだ。なんだか最後はちょこっと偉そうだったが、まぁ、可愛いもんだ、ありがとうって気持ちが嫌ってくらい伝わる手紙だったからな、はははっ」
「無事で良かったわね。それでさっき、飴玉を食べたって言ってたのね」
「おうよ。さあてアマンダ、本題はここからなんだ! 手紙を読んで、俺は"いいってことよ"と思いながら、ありがたくその飴玉を食ったんだ。見たことのない、きれいなグラデーションでよ、俺んちの台所から拝借したらしいラップにくるんであったんだ。なんだかあまり味はしなかったから、お世辞にも旨いとは言えなかったが、あっという間に口の中で溶けちまったからな、まあ、そのまま飲みこんだわけよ。で、するとだな」
「すると?」
「目の前に妖精が現れてよ。"もう大丈夫だ、健康になったから。いつもの人間に会って、確かめたらいい"ってな」
「さっき言ってた妖精ね。それでそれで? (やっぱり、お酒飲んだのかしら。言ってることがめちゃくちゃなんだもの) 」
「それでそのまますぐに病院に行ったんだ。適当なことを言って頭を調べてもらってな、画像をとって貰ったわけよ。で、今朝、画像の結果を聞いたんだ!あいつ、主治医のスコットの表情をあんたに見せてやりたかったぜ! いやな、俺も半信半疑だったから、ちゃんと確かめてからあんたに言おうと思ってよ。」
「エディ、どうだったの? まさか、」
「そのまさかだよ、綺麗さっぱり、あのでっかい腫瘍が消えて無くなってたんだよ!! 直ぐにそっちに向かおうとしたんだか、近所のばあさんやら、せがれやらが来て大騒ぎでよ、やっと今家に帰って暇が出来たってわけだ。」
「そんなことって……あらスコット!! エディ、ちょっと待っててね―――えぇ、そうよ、ちょうど本人から連絡があって教えて貰ったところ。治ってるって本当? え、本当なの? 何度画像を撮って確かめても? そんなことって……。それじゃあ、とにかく、喜んでいいってことよね? えぇ、じゃあ後でね。――エディ!! すごいじゃない!! 良かったわ、なんだか訳が分からないけれど、とにかく、私もすっっっごく嬉しいわ!! 」
「ありがとうよ! そう言ってくれると思ったぜ、はははっ! まぁ、事務的に、定期的な確認の検査はするらしいが、頭の腫瘍も、転移していた所も、全部すっかり治っているらしくてな、どうやら手放しで喜んでよさそうなんだ!」
「最高のお知らせだわ! 良かったわね、エディ!」
「あはは、ありがとな! ところがだ、ここで1つ問題があるんだよ」
「あら、なあに?」
「すっかり健康になっちまったうえに、事務的な確認の検査は、かなり期間が空くからよ。」
「ええ、それで?」
「あんたと電話で話す口実が、めっきり減ってしまうんだよ」
「あら。それは大問題ね」
「だろう? 酒で転ぶのは痛そうだしな、かと言って、せっかく命拾いしたんだ、大病はもうごめんだ。歯医者は併設しているが、あいにく俺の歯は丈夫だしな。そこでだ、アマンダ、」
「なあに?」
「あんたはお問い合わせ係だろう? 」
「ええ、そうよ」
「なら、あんたに問い合わせたいんだ、ほどほどに病院に通える、適度な病気になる方法を知らないか? 」
「あら、それは難しい問題ね」
「だろう? 」
「考えておくわ。 ただ、せっかく良くなったんだから、お酒はほどほどにね。運動……散歩も続けてちょうだいね」
「ありがとうよ、分かった! それじゃあ、また電話するからな。考えておいてくれ! じゃあな!」
「はい、それじゃね――――ふぅ、終わった終わった」
「おぅ、お疲れさん、アマンダ」
「ありがとうジョス。」
「こっちは特に問題なし。カーラの婆さんがアマンダにお礼をってさ。」
「ああ、今日の昼前に診察出来るように融通してたからね。ありがとう」
「エディじいさんはなんて? マジで治ったらしいな、俺も画像を見せて貰ったぜ」
「えぇ、本当にビックリよ」
「なんだ、嬉しそうじゃないな?」
「嬉しいわよ、とってもね! でも本人は、ほどほどの病気にかかりたいみたいよ」
「あははっ、あんたと電話する機会が減っちまうからな!」
「無理矢理、不摂生なんてしないかしら……ああ、心配だわ。時々様子を見に行った方がいいかしら……あぁ、ものすごく不安だわ」
「ははは、あんたの悩みがまた増えたな。長電話から解放される日は遠そうだな?」
「ほんとそうよ。嬉しいやら、余計に心配になるやら……」
「まぁ、とにかく、あんたが倒れたらしょうがないだろ。ほら、一旦休憩を取ったらどうだ? 」
「そうね、そうするわ……じゃ、お言葉に甘えて。」
「気にするな、どうぞごゆっくり」
「えぇ、それじゃ」
「妖精か……。"世界書記"では精霊の幼体だったな。まてよ、精霊といえばあの方しか使役が……。いや、まさかな、一般地区になんていらっしゃるわけがない、あり得んな。――さあて、仕事をするか。おっと――――はい、こちら、西南地区統括中央病院 お問い合わせ係です、どうされましたか?」