召喚勇者のドラロンクエスト
この世界には、「まあじゃん」なる遊戯で場にドラが出れば必ずロンをする「ドラロン王」という奴がいる。最強のギャンブラーらしい。
なんかこのドラロン王が魔王を名乗りモンスターを率いて世界征服に乗り出したとかで、モンスター被害の少ない国の王様が、国に伝わる秘術で勇者を召喚したという超テンプレ話を聞かされた。
「勇者よ、そなたに『ひのきのぼう』『ぬののふく』『100G』を託す。
さぁ、冒険者の酒場『ルイージ&マリーダの酒場』で仲間を募り魔王討伐の旅に出るのだ!」
「ふざけんなぁっ!!
自分らでどうにかしろよ!
つーか、ほんの数人で魔王城に乗り込めるわけねぇだろ!!
何より! 普通の装備を寄越せよ! そこらの兵士が持ってるやつとかさぁ!
本気で魔王退治に行かせる気があるのか!?」
そんな異世界に召喚された勇者らしい俺は、無茶振りをした王様に全力でツッコミを行った。
この世界、全力でボケ倒してきやがる……っ! ツッコミが追い付かねぇっ!!
ちなみに100Gは宿代にして8日分と少しである。
勇者に渡す国家予算はどこに行った。
「勇者召喚で全て使い尽くしたわ! 渡した金は余のへそくりである!!」
「それが王様の言うセリフか!!」
あの王様相手に何を言っても無駄だと理解した俺は、冒険者の酒場とやらに足を運んだ。
『ルイージ&マリーダの酒場』、略して『○イーダの酒場』である。
近代イギリスのパブの様な店内に足を踏み入れると、その場にいた冒険者たちは一斉に俺から目を逸らした。
何故に?
「あー、アンタが勇者の旦那でいいんだよな?」
「そうだ」
唯一俺の方を見ている男、たぶん酒場のマスターが俺が勇者で間違いないかと確認をしたので、素直に肯定する。
成年である俺は酒でも飲もうかと思い、カウンターに腰を下ろす。
「なぁ。アンタ、魔王城に連れて行く仲間を探しに来たんだよな?」
「……一応、建前は、な」
「建前?」
「たった4人で魔王城に殴り込みとか、正気の沙汰じゃないだろ。俺に自殺なんてする気は無いんだ」
「そうか……。良かった…………」
なんとなくマスターの言いたいことを理解した俺は、これまた素直に自分の考えを述べた。
普通に考えれば、モンスターのひしめく魔王城に4人で殴り込みとか、絶対にやらないよな。どう考えても軍の出番だろ。
俺が自分の意見を言うと、周囲の空気が弛緩した。
この場にいる、集められた冒険者は、自分で望んでこの場に来たわけではなさそうだ。そうだよな、俺だって無茶だと思うんだ。この世界の事をちゃんと知っている連中が、そんな自殺行為に手を貸すとかありえないよな。
「いやはや。俺達は「殺されても死なない勇者の加護」ってので死にぞこないをやらされるんじゃないかとヒヤヒヤしてたんだ。いやー、勇者が常識人で良かったよ」
「当然だろう? 死んでも生き返るからって、死ぬのを前提にしたくない」
勇者とは、死んでも生き返る事が可能な加護持ちの総称である。
この加護は仲間3人にも適用され、死んだら近くの教会に転移するオマケ機能付きである。
ただし、有料。
強くなればなるほど多くの金を、教会は世界を救うために戦う勇者様から毟り取ろうとするのだ。
さすが教会、汚い。特に金に汚い。
『復活費用がタダだと、死を全く恐れなくなりますからな。命の尊さを理解して頂くためにも、多少の締め付けをするのは当然なのです』
こんなことを言っていたが、「だったら教会以外に寄付するわ」と言ったら何故かブチ切れて何か喚いていたので、利用するときは絶対に金など払わないと心に誓ったのは内緒だ。もし復活拒否をしたら「教会は世界を救う勇者に協力する気が無い」を喧伝してやる。
俺がゾンビアタックをしないと分かると、死ななくて済む安全性の高さから、数人が仲間になりたそうにこっちを見ている。さすがに全員が魔王退治の旅(偽)に行きたいわけではないらしい。家族や恋人と離れるのを嫌がる奴だっているだろうからね。
その数人から6人ほどを選んで連れて行くことにした。
加護は3人まででは?
加護の有無にかかわらず、何人かいた方が状況によってパーティを組み替えるとかできて便利じゃないか。一々この酒場でメンバー交代するなんて無駄だろう? 最初から連れて行けるだけ連れて行った方が効率がいい。
そうして俺は仲間と共に魔王退治の旅に出た。
ただし、訓練期間と称して5年ほど王都に留まったけどな!
「勇者よ、いつになったら次の街へ行くのだ!?」
「金を貯めて、レベルを上げたら、次の街に行くよ。目標は10万Gかな?」
「世界は滅びの危機に瀕しているのだぞ!!」
「じゃあ金を出せよ!!」
王様が何か妄言を履いていたが完全に無視。
復活もあるしちょっとリスク高め、それでも安全マージンを確保しながら冒険者稼業で金を稼ぎつつ、今は装備を整えている。
10万G、適当な日本円換算で1億円ぐらいを稼ぐのは大変だ。
日々の生活費と武具の新調や修理で目減りすることもあるし、ゲームみたいに一回買ったらいつまでも使えるモノではないのだ。
ついでに、何日でも徹夜で狩りとかできないし、宿はほぼ毎日使う。王宮の一角でなくてもいいから、勇者専用宿泊施設ぐらい作れと言いたい。食費や宿代などの生活費は馬鹿にならない負担なんだ。
なのですぐに次の街へ移動とか、アホのする事だと情報収集をしつつ、時間をかけてゆっくり魔王城方面、最前線へと移動した。移動には3年ほどかかった。戦いながらだと、どうしても時間がかかるのである。
この時点で俺は20代後半。そろそろ嫁が欲しいです。
最前線に行っても、基本は同じである。
浅い所で経験値稼ぎだ。
「勇者よ、なぜ魔王城に乗り込まない?」
「敵がたくさんいるなら、まず敵を削ってから乗り込むのが常道だろ」
やっているのは敵を減らし、前線を押し上げ、攻略拠点を作る作業だ。
敵は時間経過でPOPするゲーム仕様ではない。生き物なのだ。
だったら殺して殺して殺し尽くせばいい。魔王城に乗り込むなんて、わざわざ相手のフィールドで戦う必要なんてない。こっちの有利な状況を作り、そこで戦うのが戦術の基本である。
もしも相手が俺の戦術に危機感を抱いたなら、数がいるうちに全兵力をブッ込んでくる気もするけど。
その時は俺達だけで戦線を支えられないだろうし、この街の連中にも戦わせるけどな!
死んでも復活できると言われたって、普通は死にたくないのだ。その為に全力を費やすのは間違ってないさ。
そんな事を繰り返して5年ほど経ったら、モンスターが出なくなった。
徐々に、徐々にと数を減らしている感じではあったが、全滅したという訳でもないだろう。何らかの理由があるはずである。
恐らく、総力戦に備えてモンスターを招集したのだ。
そして最大兵力で一気呵成にこちらを攻め滅ぼす算段に違いない。
……そんな事を考えていた時期が、俺にもありました。
現実は、もっと間抜けだったのだ。
「うわ、マジで何もない」
魔王城方面に偵察に出る事になった俺達は、魔王城近辺の「何も無さ」に驚いていた。
本当に何もないのだ。
草が生えていない。
木が生えていない。
動物がいない。
大地は荒れ果て、川は干上がり、どこまでも荒野や砂漠が広がっている。
生き物の生きていける環境ではなかった。
こうなると、俺の頭に「まさか」という考えが浮かぶ。
俺達は魔法で水などを確保しつつ、「無人の」魔王城へと乗り込んだ。
魔王城の中は惨憺たる有様だった。
どこもかしこも焼け跡や破壊痕があり、転がる白骨死体を見れば城の中で大きな戦いがあったことは想像に難くない。
魔王軍は、内部崩壊を起こして滅んでいたのである。
魔王城には文官らしきものの手記があった。
それに記されていたのは、途中で思い付いた中でも最も有り得ない真相だった。
魔王は生物がすみにくい土地に、多くの生き物を詰め込んだ。
中にはゾンビの様な病原体持ちが他のモンスターを病気にするなどといった事もあり、土地が広範囲にわたって汚染される。
結果、食糧が足りなくなり、奪い合いになり、そのまま滅んだ。それが真相である。
あまりにも間抜けな終焉であった。
魔王が滅びた事で、俺は日本に帰る事になった。
大量の金塊をマジックバッグに詰めての凱旋の為、王様や教会のお偉いさんが土下座してたけど許してやらない。10年以上かけて稼いだ正当な財産なので、こいつらに渡す理由が無い。
金塊は、国という生き物にとって経済を回すための血液である。それが減る事は死活問題であり、俺がこの金貨を日本に持ち帰れば貨幣価値の異常増大、デフレは不可避である。しかし俺が自分で正当な手段で稼いだ金であるため、こいつらの事情を斟酌してやる気は一切ない。
もっとも、最初の支援の分だけは返却しておくべきだろう。
「ほら、『100G』だ。『ひのきのぼう』と『ぬののふく』なんてけち臭い事は言わず、『てつのけん』と『きぬのふく』も譲ろう。
これで、返すべき物は返したよな!」
俺様、超笑顔。
王様たちは涙目だが、最初にちゃんとした支援をしなかったのが悪い。むしろ慰謝料で追加の報酬を寄越せと言わないので蝶・善人である。
自業自得だ、諦めろ。
こうして俺は日本に帰り、出所不明の金塊の処分に頭を悩ませることになる。
だが勇者時代の経験を活かして金塊を処分し数億円を手に入れると、そのままニートライフを満喫することができた。結婚は……泣いていいかな?
あれだね。
勇者はちゃんと支援しましょう。
勇者と敵対してはいけません。
ゲームじゃないんだから、もっと考えて動かなきゃ駄目って事さ。