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ビニール本

晴れ間のパラソル

作者: 佐伯寿和

 一人になっちゃったんだ。

 空飛ぶ爆弾たちが私の家族も友だちもみんな連れて行っちゃった。


キティは一人焼け残ったベンチに腰掛け、山のような入道雲を眺めていました。


 もしかしたら、あの中が天国なのかしら。あんなに大きな雲だもの。きっと世界中の人がいるんだわ。


キティはまぶたを閉じて、あふれ出そうな涙を押し込めました。


「お嬢さん、お一人ですか?」

「え?」


目を開ければそこには一人のおじさんが立っていました。草臥くたびれた灰色のコートを羽織り、草臥れた灰色のハットをかぶっていました。

おじさんは雨も降っていないのに、とても立派なコウモリ傘を差していました。

おじさんは大きく広げた傘を手に、あの空の入道雲のようにおおらかな声で話しかけてきました。


「いい天気ですよ。散歩でもしませんか?」


すると背後から鈍いエンジン音が聞こえてくるではないですか。キティが身をちぢこませ、野兎のうさぎのように震えていると、おじさんはゆっくりと手を差し伸べてきました。


「大丈夫。この傘に入っていれば怖いものは皆通り過ぎていきますから。」


おじさんはキティの隣に座り、大きな傘の羽でキティを隠してしまいました。すると不思議なことに、あの目敏めざとい爆弾たちが2人には全く関心を示すことなく遠くへ飛び去ってしまったのです。


「どうですか。言った通りでしょう?さあ、行きましょう。」


おじさんに手をとられると、たった今、顔見知りになったばかりの知らない人なのに、まるで父親に手を引かれているようにな安心感を覚えました。

キティは、草臥れたおじさんの、ポテポテと進む草臥れた革靴を見つめながら、トコトコと付いて行きました。


「どこに行くの?」

「どこにも。ただの散歩ですから。」

「じゃあ、どこに向かってるの?」

「そうですね……。」


おじさんは、ふうむと人差し指でツルツルのあごを撫でると答えをひらめかせました。


「それではあの雲の下まで行ってみることにしましょう。」


おじさんは入道雲を差して言いました。

おじさんの答えに、キティは少しだけ心躍こころおどらせました。もしかしたら、皆に会えるのかもしれないと思ったからです。おじさんの大きな手に引かれるまま、キティは少しだけ元気に歩きました。


空飛ぶ爆弾は何度現れてもキティたちを見つけることなく、雄叫おたけびを上げながら過ぎ去っていきます。その様子をキティは不思議そうに眺めています。


「あの人たちはどうして私たちに気付かないの?」

「雨は傘の中には降り込まないでしょう?」


キティは、雨の日が嫌いでした。


「そういうことですよ。」


キティにはおじさんの言葉の意味がよく分かりませんでした。それでも不思議な散歩は続きます。

村を2つ通り、山を1つ越え、町も1つ通りました。みんな焼けていて、誰もいませんでした。


「おじさん、私、疲れたわ。」


すると、おじさんはキティをぶってくれました。草臥れたコートは少しゴワゴワしていました。ですが、とても温かく、とても広い背中でした。

キティはおじさんの背中に顔をうずめて、ほんの少し、眠りました。傘の下と、おじさんの背中はとても居心地良く感じられました。




「おじさん、ここはどこ?」


キティは傘を叩く心地いい音で目が覚めました。

辺りは相変わらずの焼け野原なのに、どうしてだか懐かしい臭いがします。


 私、ここに来たことあるのかしら。


「雲の下ですよ。」


本当に、懐かしい匂いがするのです。ベッドに潜り込んだ時、いつも両隣からやって来る匂いに似ていました。

思い出すと、キティはまた眠りました。

そして、深く、深く、眠りました――――


その小さな手であの扉を開け、「ただいま」と口遊くちずさみなら――――

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