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ウタカタノヒカルさま  作者: 紗菜十七
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オミアイビヨリ

< お見合い当日 >


今朝は嫌味なくらいどこまでも晴れ渡り

お見合い日和といいますか

薄い雲ひとつない快晴な空だった。


閑静(かんせい)な住宅街の休日は、一際(ひときわ)静かな朝を迎えるのだが…

ある一角からは何やらバタバタ騒がしい音が聞こえてきた。




玄関まで一気に走りぬけた丞一(じょういち)

時計を見るなり靴べらを探すのを諦め、無理やり靴に足を突っ込んだ。

その後ろを朝露(あゆ)が口を尖らせながら歩いてくる。


「早く靴を履きなさい!」


「私もお見合いに連れてってよ~」


「ダメだ!これは遊びじゃないんだ。

今日はお祖母さんの家で大人しく待ってなさい」


「あ~あ、つまんないの」



「ママ~っ!

先に行って時間(かせ)ぎしておくから

くれぐれも事故の無いよう焦らず来なさいよ!」



「は~い、分かったわ~♪いってらっしゃ~い」



丞一の慌てようとは全く違い舞衣(まい)は相変わらずのんびりしていた。

舞衣は鏡に映る葵を再び見ると、大きな溜め息をつく。



「ハーッ…なんて可愛いのかしら…この日をどれだけ待ったことか」



昨夜、葵のうっとおしく伸びた髪は

舞衣によってバッサリ切られ

隠れていた切れ長の大きな瞳が露となる。

艶やかな着物姿はまるで美人画から抜け出したような美しさだった。


幼少の頃から頑として人に髪を切らせず

いつも前髪は両目を隠すようにスッポリ覆いかぶさっていた。

手入れしない髪は当然その時代に乗り遅れ

〝顔を出さない〟=〝ブス〟

が、いつの間にか定着してしまったのである。



だがさすがに母である舞衣だけは知っていた。

葵の稀に見る美しさを。

冷たく(かた)く、凍った氷が溶け始めたのだ。

長年待ち続けたこの時を

舞衣はじっくりかみしめていた


一方、葵は舞衣のはしゃぐ姿など目もくれず

昨夜スッパリ切られた前髪を両手で引っ張っていた。


「伸びろ伸びろ~…」


「あ~ん、迷っちゃう!

やっぱりこっちの振袖にしようかしら?」


「えっ⁈また着替えるの?もうやだ~疲れたよぉ」


「そう?ママは全然疲れていないわよ」


「お見合いの時間って11時でしょ?

あと30分だよ、大丈夫?」


「大丈夫よ、パパがお話してくれるって言ってたから…

やだ~!こっちのリボンも可愛いっ♪髪飾りこっちにしてみる~?」



(もしかして…間に合わせるつもりなかったりして?)



この瞬間、葵はなんとなく分かった。

舞衣は最初からお見合いを成功させるつもりなどなかったのだ。

ただ純粋に、葵の着せ替えを楽しんでいるだけだった。



最後は舞衣の独占写真撮影回で締めくくられ

家を出た時には既にお見合い時刻を過ぎていた。


会社の運命よりも自分のお楽しみの時間を重視する

舞衣のめちゃくちゃ天真爛漫(てんしんらんまん)ぶりに

改めて思い知らされ、葵はつくづく大物だと感心するのであった。







お見合いの場所は家からさほど遠くなく

車に乗ってから十五分ほどで到着した。

今年オープンしたばかりのホテルで

周辺には車や人が大混雑。

ロビーでは華やかな人たちが会話を楽しみ

いま最も話題のホテルであることが分かった。


丞一から渡された地図を

舞衣は(にら)めっこしながら全く違う方向へと進んで行く。

仕方なく葵は方向音痴の舞衣に変わり地図を受け取ると

苦手な人ごみへと真っ直ぐ突き進んだ。


「迷子にならないようっにって

パパが書いてくれたんだけど、ママさっぱりわからないわ」


「大丈夫。このずっと奥にあるみたい。京懐石(きょうかいせき)だって」


舞衣が葵の後ろに付くと

すれ違うたび注がれる葵への視線に気が付いた。

嬉しさのあまり舞衣は思わず相手に会釈をする。


「だれ?知り合い」

「うううん、何でもないわ」


満足気に微笑む舞衣に葵は首を傾げたが、不思議な行動は

今に始まったことではなかったので

気にも留めず再び歩き始めた。


そしてロビーを抜けしばらく行くと

緑が()(しげ)る美しい日本庭園が現れた。

壁一面がガラス張りになっていて

外の景色が眺められるのだ。


二人は足を止め美しい和の景色に息をのむ。


「ここを抜けたところだよ」


葵は再び地図に目を向けた。

だが、お店が直ぐそこだと分かると

ふと我に返ってしまった。


(ど、どうしよう⁉

もうすぐそこにお見合い相手がいる!なんか心臓がバクバクしてきた…)


自然と葵の足は遅くなる。


「あ、ほんとだあったわ!蘭陵王(らんりょうおう)って書いてある!」


今度は舞衣が先頭になり、スタスタ歩き始めた。


「さぁ、入りましょう♪ちょうどお腹がすいてきたわねぇ」


(…やっぱりいやかも⁈)


足が進まない葵は

舞衣に引っ張られるように店の中へと入っていった。




華やかなロビーとは打って変わり

店の入り口はライトダウンされ、落ち着いた造りになっていた。

〝京懐石 蘭陵王(らんりょうおう)〟と書かれた

灯篭(とうろう)が足元を仄かに照らす。

石畳が細長く店内へと続き

中から着物姿の品の良い女性が出迎えた。

女性の案内で長い廊下を歩いて行くと

丞一の笑い声がどこからか聞こえてくる。

お見合い相手がいる部屋まであと数メートルの距離にまで来ていた。


(あ~ドキドキする…

パパはイケメンで好青年って言ったけど

本当にそうなのかな?

実際パパと会ったことないみたいだし

人の噂なんて半分くらいに聞いておかないと

後でびっくりすることになるんだよね)



「こちらでございます」



案内された〝清涼殿(せいりょうでん)〟の戸は開けられたままになっていて

丞一の後姿がはっきり見えた。

何の話で盛り上がっているのか?

とても楽しそうに笑っている。


そして近づくにつれ

相手の肩の部分が目に入ってきた。

質の良さそうな濃紺のスーツを着ている。



〝ドキドキッ!ドキドキッ!〟



徐々に相手の全体像が見えてきた。


(…話半分よ葵!話半分!)


…そして次の瞬間

イケメンで好青年らしい人は

完全に葵の視界に入った。



(ギョッ、ギョエーーーッ⁉

はっ、話半分どころじゃ、ないーーーっ‼


まるで、ぽっ、ぽっちゃり(たぬき)じゃんっ⁈)



ややではなく完全にデップリとした体系で

ニコニコ笑っているせいか瞳が全くみえていない。

暑くもないのに額に汗をかき

せっせとハンカチを上下に動かしていた。

どう頑張っても若くは見えない⁉



「さ、詐欺(さぎ)だ…」



葵は気が遠くなり

ここから逃げたいという衝動に駆られてしまった。


「ごめん、ママ…ちょっとトイレに行ってくる」


()の鳴くような声を出すと

舞衣の返事も聞かずダッシュの体勢になった。


「葵ちゃん?」


心配そうな舞衣の顔が残像で残り

居たたまれなくなった葵は目を(つぶ)った。



(パパ、ママ、ごめんなさいっ‼)



そして振り返りざま次の瞬間



〝ドッシーン‼〟



何かにぶつかり目の前に星が飛び散る。

葵のすぐ後にいた人に

思いっきりぶつかってしまったのだ。


「すっ、すいませんっ!」


鼻のあたりがズキズキする。

手で押さえながら顔を上げると…



「げっ⁈」



「何が〝ゲ?〟だ…」



葵の前に立ちはだかっていた男は


なななんと学園のアイドル


源ヒカルだった⁈



(何でこんな見合いの場所にまで現れるのよっ⁈)



ヒカルの冷酷な瞳に、葵の凍りつく姿が映る。


「…っとに、何分待たせるつもりだ。

手っ取り早く済ませて帰るから、サッサと座れ」



「………へ?」



何が何だか分からず

葵がぼ~っと突っ立っていると

座敷から丞一がひょっこり顔を出す。


「なんだ~、二人は知り合いか?」


「知り合いじゃないよっ!」


座敷を出た丞一は葵に近づきこっそり耳打ちをした。


「なっ、パパの言った通り、なかなかの二枚目だろ?」


「…え?もしかして、お見合いの相手って」


「お~っ!紹介まだだったなぁ~!」


ヒカルは澄ました顔で丞一の横に立つ。



「こちらがミカドクリエイトジャパンの御曹子、ヒカル君だ」



(マッ、マジかーっっっ⁈おっ、お見合いの相手ってヒカルっ!)



「立ち話もなんだ、さぁ、ヒカル君も葵も座って座って~」


丞一に肩を押され、葵は混乱したまま部屋の中へと放り込まれた。


葵が勘違いしたぽっちゃり狸は

ヒカルの8歳年上の兄、源 惟光(みなもとこれみつ)

外見も中身も全然似ていない兄弟だった。


葵は戸惑いながらも席に着く。

ヒカルも無表情なまま、葵の前に座った。

事務的な見合いの為か

お互い自分からしゃべるわけでもなく

ただひたすら時の流れるのを待っていた。



丞一と惟光はというと

好きなプロ野球チームが同じらしく

お見合いのことなどすっかり忘れ

熱く語り合っていた。


舞衣はその横で話を聞きながらニコニコ笑っている。


(こっちのことなんてお構いなしだ。

この険悪なムードにまったく気が付かない?)


いたたまれなくなった葵はやけくそになり

出された料理を次から次へと平らげていった。


だがしばらくして、葵の顔は青ざめる。


「うっ‼」


着物の帯をきつく縛られていたため、喉に(つか)えてしまったのだ。


「く、苦ぢい…!」


その苦しんでいる姿に

ヒカルはチラリとだけ目をやると

うっとおしそうにグラスを葵に差し出した。


葵は胸をとんとん叩きながら、震える手でグラスを掴んだ。


〝ゴクゴクゴク…〟


「ぶは~っ助かったー」


一息ついた葵はテーブルにグラスを置くと

別のグラスにカチンと当たった。


「目の前にグラスが二個…?って、これあんたの水じゃないっ⁈」


「そうだけど?」


「そうだけどってっ⁉よくもまぁ

澄ました顔でなんて事してくれたのよ!」


葵は手の甲で唇を拭う。


「お前が苦しそうにしてたから助けてやったんだ。

文句言われる筋合いはない」


「誰もあんたの水をくれなんて言ってない!」


「あぁ、あれか?潔癖症(けっぺきしょう)…」


「そーじゃないでしょっ⁈」


葵とヒカルの言い争いに、やっとのことで三人が振り向いた。



「まぁまぁ、なんて仲のよろしいこと」


舞衣がニッコリ微笑んむ。


(どっ、どこが!)


「いや~、葵ちゃんがこんなに可愛いとは

ビックリしましたよ~!気難しいヒカルが心を開くはずだ~」


(ちっとも開いてません‼)


「私も今日の葵には本当びっくりですよ~!

…そうだ!私達がいたら話にくいだろう?

ここの庭はいま一番人気のデートスポットらしいぞ

二人で散歩でもしてきなさい」


(なんでそーなるのっ⁈ヒカルだって嫌に決まってる!)


「私、いかな…」


「はい、じゃあ行って来ます」


「えっ⁈」


ヒカルはすくっと立ち上がり、葵の手首をガシッと掴んだ。


「さぁ、行くぞ」

「やだっ、ちょっと待って!」


ヒカルは葵を無理やり立たせると部屋から強引に連れ出した。

そしてもう一度入ろうとする葵の前に立ちはだかり

ピシャリと戸を閉める。

葵が部屋の外で叫んでいるにも関わらず

それでも丞一たち三人は満面の笑顔で見送った。






綺麗に手入れされた庭園の石畳を二人は少し間をあけて歩いていた。

部屋を出てからというもの、ヒカルは一度も口をきかず

後ろを振り返ることさえなかった。


お見合いの悪い例はこんな感じなのであろう。

葵は今になって後悔した。


「まさか相手があのヒカルだったとは…

いくら会社どうしの縁談でも写真くらい(もら)っとけばよかった。

そしたらこんな事にならなかったのに…」


足元に転がる小石を蹴飛(けと)ばしながら

葵はゆっくりと歩いていく。

ヒカルは構わずどんどん先へ進み

気が付くと50メートル程の差がついていた。


「遠っ⁈…はぁ~

こんなのずっと歩いてても時間の無駄だよ…

適当に時間(つぶ)して帰ればいっか?」



葵はくるりと方向を変え

ヒカルとは別の場所へと歩き出す。

そしてふたりの距離は縮まること無く、段々と離れていった。


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