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ウタカタノヒカルさま  作者: 紗菜十七
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サクラタイタチバナ

〈そして何事もなく時は過ぎ 再び金曜日…〉


今朝も弁当作りの為に早く起きた葵は

母親の舞衣と一緒に玉子焼きを作っていた。


あまり上手に巻けたとは言えないが

それでも今日で五回目である。

切れ端を食べると二人はニッコリ

笑顔で頷いた。


「うん、おいしい!」

「葵ちゃん、とっても上手になったわ~!」


初日は見栄えの悪い弁当だったが

今では人前に出しても恥ずかしくない程度まで進歩していた。


そこへ珍しく早起きをした朝露がキッチンに入って来る。


「何で料理苦手なくせに弁当作ってんの?

まさか、お姉ちゃん好きな人出来たとか?」


葵はパンをほおばりながら


「いるわけない」


と、あっさり答え鞄に弁当を押し込んだ。


「じゃ、ママ行ってくるね!」

「いってらっしゃい、トレーニング頑張ってね!」


「はーい!」


話が聞きたくてうずうずしていた朝露は

葵が出ていくと同時に舞衣に飛びついた。


「お姉ちゃん誰にお弁当作ってるの?

トレーニングとか言ってたけど

クラブか何かで知り合った人?」


「残念だけど不正解。

もう直ぐ大会があって、葵ちゃん

その大会に出るんだって。

それで〝学レス〟に行く時間がないみたいよ」


「ふ~ん、やっぱりそっか。

まぁお姉ちゃんに弁当渡されても相手が引いちゃうよね?」


舞衣は朝露を見て含み笑いをする。


「お姉ちゃんのこと分かってないわね」


「何が?」


「葵ちゃんの美しさよ」


「ぷっ!笑っちゃう

じゃじゃ馬コンテストなら一位なんじゃない?」


「朝露!」


「ねぇ、そんな冗談より…

大手製薬会社の息子と松越デパートの息子

それに親が政治家

ママならどれ選ぶ?いま交際申し込まれてるんだ~」


食器を片付ける舞衣の手が止まる。


「何言ってるの、まだ十三歳でしょ?」


「でもお見合いがうまく行かないのは目に見えてるし

結局私が救いの女神になるんじゃないの?」


大きな鏡に全身を映し

朝露は何度もポーズを変え可愛く映る角度を確認した。


舞衣は両手を頬に当て、ため息をつく。

そして葵と朝露の極端に違う性格に頭を悩ませた。







ウォーミングアップを終えると

桐壺は用意してあったダンベルをヒョイっと持ち上げた。

普通の女子なら悲鳴でも上げそうな重量なのだが

毎日欠かさず身体を鍛えあげている桐壺にとっては朝飯前の事だった。


「次のメニューはどれにしよっかな~♪」


ウキウキしながらダンベルを上下していると

葵が手を振りながら走って来た。


「おっはよー!今日も頑張ってるねぇ」


「おう、おはよ!葵も毎日頑張るよな?あんまり無理すんなよ」


「全然無理してないよ、レイこそ無茶し過ぎて〝当日欠席〟

なんてことだけは止めてよね!

帰ったらちゃんと体を休めてぐっすり寝ること!」


「ん?…ああ…」


その言葉に桐壺は疑うような目で葵を見た


(やっぱりおかしい⁉)


今まで運動測定でさえサボっていた葵が

毎朝休まずトレーニングに来ている。

そのうえ人の体調まで気遣って…


あまりにも変わりすぎた葵に

桐壺は〝何かある?〟と勘ぐり始めた。








休憩室から出てきた桐壺が

並々入れたお茶をトレーに乗せ

慣れない手つきで恐る恐る歩いて来た。


そしてグラウンドを50周走り終え

ベンチで寝ている葵の横に

トレーを置くと、フッと息を吐き出した。


女子高では人気のあった桐壺にとって

こういった作業は〝やる側〟より

〝やられる側〟である。

初めての試みの為、トレーは水浸しになっていた。


水で濡らしたタオルをぎこちなく葵の顔に被せると

半分にまで減ったお茶を差し出した。


「お茶、入れてきたよ」


息苦しくなった葵はパッとタオルを取り深呼吸。


「ハーッ!…ありがと」


「それにしても

こっちのメンバーはまだ決まらねぇのか?

右近は土日も休まず厳しい特訓を

続けてるってゆーのに」


「もう一週間か…

藤原先生は何も言ってこないし

将院先輩はあれから全然合わないし…」


「おっ!やっぱ気になるのか?将院先輩」


「ちっ、違う!宴のことを心配してるの!」


「まぁまぁ、そんなむきにならないならない

…って、噂をすれば来たぜ⁉」



2時間目の授業が終わる頃

門の方からキラキラ光る木漏れ日に演出されながら

ゆっくりと噂の人物が歩いてきた。

今朝海外から戻ったばかりの将院が私服姿で登校である。


「私服もマジ決まってる、さすがスポーツ界のプリンスだな」


「将院先輩ってそんな風に呼ばれてるの?」


「昨日知ったとこ。俺も葵もあんまりテレビ見ないだろ?

かーちゃんがテレビ見ながらキャーキャー騒いでてさぁ

そしたら将院先輩が映ってた。世界的に有名なアスリートなんだって」


「そんな凄い人なんだ?」


ノーブル学園のトップアイドル

というだけでも、雑誌やテレビの取材が押しかけるほど有名なのに

その上トップアスリートとは・・・


将院が今まで以上に遠い存在に思えた葵は

全身の力が抜け落ちた。



一方、将院は二人に気付かず通り過ぎようとしていたが

微かに耳に入った葵の声に反応し、ピタリと足が止まる。

そして振り向くと〝見つけた!〟

と、いかにも嬉しそうな顔をして二人に近づいて来た。


「あっ!こっち気付いたみたいだぞ?」


「えっ⁉」


「うわぁ~葵見てめっちゃニコニコしてる」


「そうじゃない!将院先輩は誰にでも優しいの!」


こそこそ話をしているうちに

将院はもう目の前に立っていた。


「おはよ。二人とも頑張ってるね」


「お、おはようございます!」


返事はできたものの、葵は将院の顔をまともに見れない。

すると将院はしゃがみ込み

葵の顔を覗き込む。


「宴のメンバーが全員決まったよ」


「ほんとですか!」


葵はとっさに顔を上げた。

桐壺はベンチから立ち上がり気合を入れる。


「おっしゃー!」


「詳しいことは今日の昼休みに学園内のテレビで流れるよ。

それで午後からは各チームで集まって練習方法やスケジュールを決めるんだ」


「右近に負けねぇぞ~!」


桐壺は再びダンベルを拾い上げトレーニングを再開した。

将院は桐壺と入れ替わるようにベンチに座り、ボサボサになった葵の頭を見た。


「・・・なんか、無理してない?」


「え?いえっ、全然平気です!

最近運動不足みたいで、でもみんなに迷惑かけないよう一生懸命頑張ります!」


葵はボサボサになった髪を指で梳かし

舞衣が持たせてくれたイチゴ柄のタオルで汗を拭った。


その姿に将院の胸は〝キュン〟となり

押さえが利かなくなった手はいつの間にか葵の髪に触れていた。


「あんまり無理しちゃダメだよ…俺がいるから」


この全身が砕けてしまいそうな甘い声には逆らえず

葵はただ小さな子供のように頷くしか出来なかった。


その横でこっそり様子を伺っていた桐壺は

気を利かせ、グラウンドへ向かって走り出した。







お昼を知らせるメロディが鳴ると

二人はグラウンド横の芝生で弁当を広げ

ピクニックと化していた。


葵が弁当を持参する様になったので

桐壺もお手伝いさんに頼み

豪華三段弁当を持って来る様になったのである。


「はい、これあげる」


葵は自分の作った玉子焼きを桐壺に差し出した。


「いいよ、自分のあるから」


「大丈夫だって!今日のは美味しいから」


「…やっぱ止めとく」


「ひどっ!」


「あっ、将院先輩に味見してもらえ!」


「なんで急に将院先輩が出てくるのよ?」


「今日ではっきり分かったんだけど

…先輩は葵のことマジだと思う」


すると葵は玉子焼きを引っ込め、口の中へポイッと放り込んだ。


「冗談キツイよ」


「いいや確信した!俺の目にはそう見える。

葵だって将院先輩のこと気になってんだろ?」



葵は昨夜のことを思い出した。



(確かに〝好きな人はいない〟ってママに言った時

なぜか将院先輩の顔が浮かび上がった?)



物心ついた時から異性を好きになったことのない葵は

好きになるという気持がどんな物なのか

まだ分かっていなかった。

ただはっきりしていたのは将院に髪を触れられた時

拒否反応が起きなかったと言うこと。



「嫌いではないけど…まだ分かんない」



「そっかぁ、まぁ急には無理だよな…

でも将院先輩はいいヤツだと思うし

葵の気持がはっきりしたら俺はいつでも応援するからな!」


初めて二人の間で一般的な恋愛話が語られた

そんな貴重なひと時に

突然七色のレーザービームが空を走り

笙や琴の演奏が一斉に鳴り響いた。


「これきっと宴メンバーの発表だぜ?」


二人はグラウンドに設置された

大型ディスプレイに駆け寄ると、空を見上げ息を呑んだ。




「今年もやってまいりました!

4月30日に開催されます第四十九回新入生歓迎の宴。

去年は右近の橘チームの優勝となりましたが

さぁ今年はどんな展開が待っているのでしょうか⁉

それではメンバーの発表です!」



画面には去年行われた宴のハイライトシーンが映し出され

放送部員の白熱した声が流れた。


そして次に今年選ばれた宴選手のドアップ画面に切り替わり

それを見た葵は目を丸くする。




「まず右近チームの女子からまいります!

3年D組、松風(まつかぜ) (ほたる)

体育大付属高からの編入生は剣道二段、

空手三段、趣味は格闘技で得意技は回し蹴り。

いきなり凄い選手から始まりました。

そんなたくましい彼女をねじ伏せる事の出来る選手が

果たして左近にいるのでしょうか⁉」


松風が高くジャンプをし

回し蹴りで瓦を二枚割るという映像が映し出され

各教室やレストランなどで見ていた生徒達からざわめきが起こった。


「なにこれっ⁉」


葵の慌てぶりに、桐壺まで緊張が走る。


(さすがに相手がプロみたいなメンバーじゃ、葵もびびったか?)



「か、顔がこんなにドアップで出てるじゃない⁈」


「そっちっ‼」


「こんなの聞いてないよぉ~も~!」


「………」




「続きまして同じく体育大付属高からの編入生

3年C組、真木柱(まきばしら) 初音(はつね)

こちらはスラリとした長い足の持ち主で

長距離界のエース!

得意種目はなんと、ウルトラマラソンです」


去年開催された有名なフルマラソンの大会で

真木柱が2位にゴールしたシーンが流される。






職員室の一室で隙間なくブラインドを下ろし

六条院椿は宴のメンバー発表を見ていた。

そして黒い皮シートをクルリと回転させ

こみ上げてくる感情が抑えきれず高笑いを上げる。


「アハハハッ、将院くんが入ったとしても

残りはただの一般人。

右近のメンバーを知って絶望すればいいわ

…生意気な桐壺麗華さん」






「さて今度は左近の桜チームの女子にまいります。

なんと宴始まって以来でしょうか⁉

1年から代表選手が選ばれました!1年B組、桐壺麗華。

球技や陸上の実力は中等部でナンバー1!

カジノも主席で卒業し、ルックスもなかなかクールです!

こちらの選手も目が離せません」


ダンベルを持ちながらグラウンドを走る桐壺の姿が映し出された。


「俺が映ってる、って事は…」


桐壺が恐る恐る隣を見ると、既に葵の顔は青ざめていた。




「同じく1年B組から選ばれました左大 葵。

こちらは全く情報のない無名の選手であります。

桐壺選手の親友と言う事で

おさらく精神面をケアーする為だけに選ばれた選手だと考えられます」


前代未聞。放送部員のコメントだけで終わり

葵の姿は一秒たりとも映らなかった。

藤原のミスで選ばれた戦力外選手と判断されたのである。


「…う、映らねぇ?

葵のこと知らずに勝手なこと言いやがってっ!文句言ってきてやる!」


逆に映されなかったことにホッとした葵は

桐壺のジャージを素早く引っ張った。


「助かった~!」




「続きまして男子メンバーの紹介に入ります!

右近の橘チームは2年D組、(かん) 太夫(たいゆう)

アメフト界のエースです!

三ヶ月間アメリカでの修行を終え、帰ってまいりました。

本場仕込みの体当たりを宴で披露してくれることでしょう!


そしてもう一人は陸上界のエース

3年B組、加茂川(かもがわ)良清よしきよ

去年も宴メンバーに選ばれ優勝へと導きました。

日本代表選手にもなっている彼の実力は言うまでもありません。


最後の一人を残しまして、

近の桜、男子の発表に移ります。

3年D組、大内(おおうち) 記才(きさい)

この学園の数少ない特待生

すなわち頭の良さだけで入学した苦学生であります。


もう一人は1年A組、若宮(わかみや) 春鶯(しゅんおう)

世界お金持ちクラブメンバーの父を持つ

サラブレッドの中のサラブレッド。

特に頭や運動神経が良いと言う訳ではありません。

代表の座を金の力で奪い取った

という噂が流れていますが

それが明らかになるのは宴本番の日です!」




「この人、きついこと言われてるよ?」


「葵も十分言われてたけどな…」



ノーブル学園では、放送部や生徒会などの

一切の活動に干渉しない為、こんな感じで自由に発言されていた。

あまりにもお金持ち過ぎるため

先生たちが下手に首を突っ込むと

後で厄介なことに巻き込まれるからである。


仕返しは個人的に…が一番の解決策であった。




「さぁお待たせしました!

右近の橘、左近の桜、ラストのメンバーは

それぞれビックリするほどの大物が入りました⁉

長い間の沈黙を破り、学園最後のスタートに

花道を飾ろうと決意されたのでしょう…


右近のラストメンバーはIQ200の頭脳の持つ

3年A組…朱雀(すざく) 弘徽(こうき)さま~‼」



中央校舎にあるビッグサイズのモニター付近から

悲鳴の様な歓声が沸きあがる。




「う~ん!興奮するのも無理はありません。

弘徽さまの妖艶な美しさが宴でも見られるのです!

そして誰もがその謎めいた魔性の虜になり

弘徽さまの信者となってしまうのでしょう。

カジノの成績は学園トップ。

入学されてから一度もその座を渡した事がありません!」




「…こいつも出るんだ?」


直感で朱雀弘徽が手強い相手だと

感じていた桐壺に緊張がドッと押し寄せる。


それが伝わった葵はかける言葉が見つからず、ただ頷いて返事をした。






「対するは左近の桜チーム!

弘徽さまの親友でありながら良きライバル。

もうお分かりでしょう

3年C組 頭之中(とうのなか)将院(しょういん)さまです‼

甘く整った顔立ち。無駄の無い引き締まった身体。

まさにスポーツ界のプリンスです。

昨年の輝かしい成績はご存知の通り

なんとスポーツ総合賞金ランキング1位を獲得しました。

ショウさまの爽やかな微笑みは

妖精たちもうっとりしてしまいます。

私にも、一度でいいのでその微笑を下さい…


と言うわけで全てのメンバー紹介はこれで終わりです。


右近チームは橘ドームへ

左近チームは桜ドームへ

各代表選手の移動よろしくお願い致します。


さぁ、今年の宴は学園のアイドルが二人も参加するという

近年稀に見る目が離せない対決となりました!


宴に選ばれなかった生徒諸君!

それぞれの代表選手の獲得点数と順位を予想し

各教室に備え付けられた

宴専用タブレットにて入力してください。

今日午後1時からの受付スタートとなります。


見事順位を当てられた方には

優勝メンバーと同じ特典が与えられます。

もちろんこの予想は成績にも反映されますので

厳密に各選手を分析し投票を行ってください。


宴まであと二週間!選手のみなさん

厳しい特訓を乗り越え頑張ってください!

それでは当日の放送までお楽しみに、さようなら~」


演奏の音が再び大きくなり

最後に弘徽と将院の隠し撮り映像で締めくくられ終了した。




(あいつ、1年の時からカジノがずっとトップだったのか?)

(高校生にして賞金ランキング1位って…)



それぞれに気になる相手が浮かび上がりテンションは少々下がり気味。

だが桐壺は直ぐに気持を切り替え気合を入れた。


「よし!今度こそあいつに勝ってやる!行くぞ葵!」

「うん!」


二人は弁当を手早く片付けると

カートには乗らず、ランニングで桜ドームへと走り出した。

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