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ウタカタノヒカルさま  作者: 紗菜十七
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トロピカルナオモイデ

〈 登校3日目 〉


今朝の葵は幾分か清々しく目覚めた。

学費無料のため〝宴に勝つ〟という目標が出来たからである。

葵は気付かれないようこっそり弁当を作り、いつもより早く家を出た。


「行ってきま~す!」

「いってらっしゃ~い」


「おかしい?お姉ちゃん何だか楽しそう?

共学になってあんなに落ち込んでたのに…」


調度起きてきたばかりの朝露は、

面白くないといった表情でグラスに水を注いだ。


「何がおかしいの?葵ちゃんも女の子ですもの

もしかして素敵な男性にもうめぐり合えたのかもよ」


キッチン周りに飛び散った調味料や

床にこびりついた米粒を嬉しそうに片づけながら

舞衣はいつか会えるであろう葵の彼氏を想像した。





葵は上を向いて歩いていた。

登校3日目にして

初めて通学路の綺麗な景色が視界に入った。

ひらひらと舞い落ちる花びらを目で追う。


「桜…きれいだね」


満開だった桜の花は散り始め

緑の葉がちらほら見えていた。


早朝のため、正門前にはまだ車が一台も止まっていない。

葵は駆け足で門を潜り抜け

レイと待ち合わせをしている菖蒲(しょうぶ)グラウンドへと

向かっていった。





他に誰もいない菖蒲グラウンドで

桐壺はダンベルを両手に持ち、凄い気迫で走っていた。


「お~!気合入ってるねぇ~」


勝負事となると、人一倍負けず嫌いなため

勝つためにいつもギリギリ限界まで自分を鍛え上げていた。

その姿はカッコ良く、親友としてとても誇らしかった。


「おはよ!」

「おっそいぞ~葵!」


葵はベンチに鞄を置くと

桐壺に追いつき二人は並んで走った。


「それがさ、肝心なこと聞くの忘れてて」

「なにを?」


「宴って、何をするのか」


「はぁっ!聞いてなかったのか~?」

「ついうっかりしてた」


「なら休み時間に先生のとこ行って情報収集してこい!」


「分かった!先生にまだ出るって返事もしてないし

一時間目終わったらすぐ行って来る!」


「おう!出るからには絶対勝つからな!」


「うん!」


桐壺は横目でちらりと見た。

いつになく真剣な葵。

積極的に学校行事に参加するなど

初めてのことだった。

少々不思議に思ったが

高等部になり、葵も変わって行くのだ…

と桐壺は単純に考え、それ以上詮索はしなかった。






職員室に入ると、葵は一目散に藤原の部屋へと向かった。

学費免除がかかっているため、少々気持ちは焦り

やや小走り状態。

だが藤原の部屋が見えると同時に

葵の足は止まった。


「アレ?」


ブラインドが下まできっちり閉められ中が全く見えない。

昨日、宴の話をされた時のことを思い出した。


「閉まってるってことは…

いま他の人に声をかけてるんだ⁉

ヤバい、先を越されたら学費免除が無くなるっ!」


焦る葵はノックもせず、いきなりドアを開けてしまった。


〝ガチャッ‼〟


「ちょっと待ってください!先せ…」


ビックリした藤原は飲んでいた昆布茶を口からこぼす。


「ブホッ…慌ててどうしたんだね?」


すると〝藤原と密会〟していた生徒が静かに葵の方を振りかえった。


「葵ちゃん?」


その正体を知った葵の顔は青ざめる。

部屋にいたのは、なんと頭之中将院だった。


「とっ、頭之中さん⁉」


「なんだ、二人は知り合いなのか?」


「すっ、すみません!出直します!」


ドアを閉めようとする葵を将院が呼び止めた。


「ちょっと待って葵ちゃん」



「………はい」



恥ずかしさのあまり葵は顔を上げられない。


「もしかして、宴に出るの?」


「いやぁ、それがまだ決まってなくてね。

左大さんのお友達を交渉中なんですよ。

左大さんが出るか出ないかは、その友達しだいで…

それで、桐壺さんからいいお返事はもらえましたか?」



「…はい、大丈夫でした」


すると藤原は体をのり出した。


「本当ですか⁉それは良かった、女子はこれで一安心だっ!」


「あの…本当に私みたいな者が参加して、大丈夫なんですか?」


「あたりまえじゃないですか!桐壺さんのサポート役を頼みますよ」


葵はパッと顔を輝かせた。


「はいっ、任せて下さい!」


「んん。あとは男子だなぁ?

頭之中君が出てくれないとなると、他の誰に声をかけようか?」


(宴の選手を断ったんだ?

…そりゃそうだよね、普通なら私もでない)


葵は前髪の隙間から将院を見た。

気のせいか向こうもこっちを見ている。

そして将院は優しく微笑んだ。


「気が変わりました。俺、宴に出ます」



「そうか。仕方がないねぇ

………………ええっ!出てくれるのかい⁉」


藤原は口に入れたばかりの飴玉をポトリと床に落とした。






到着を知らせる優雅な曲が流れ

エレベーターのドアが静かに開いた。

葵は目の前に広がる別世界に息を呑む。

そこは正しく南国の高級リゾートそのもの。

アジアンテイストのインテリアで統一され

広いテラスにはプールがあり木々が生い茂っていた。


学園東側にあるイーストタワーの38階

将院のプライベートルームである。

宴の説明を藤原に頼まれ、将院が葵を連れて来たのだ。


葵はテラスに出ると、気持良さそうに風を受け止めた。

その光景に将院は目を細めるとフーッと息を吐きだし

そっと見守るような眼差しでカウンターへと向かっていった。




「ここ、座って」


将院は木の蔓で編まれた奥行きの深いソファーをポンポンと叩く。

葵は言われた通りにチョコンッと座ると

将院は南国の花で飾ったトロピカルなジュースを差し出した。


「うわぁ、美味しそう!ありがとうございます!」


葵が子供の様にはしゃぐと、将院は満足そうに頷き隣に座った。


「あの、この部屋はなんですか?」


「あぁ、まだ入ったばかりだから知らないんだね。

ここはプライベートルームと言って

1~2年までの学業やスポーツの総合得点で

上位10名が褒美として一部屋ずつ与えられるんだ。

期限は3年になってから卒業するまでの1年間。

こんな風に部屋を改装したりもできるんだよ」


「へぇ、それで部屋の雰囲気が頭之中さんにピッタリなんだ」


将院はクスッと笑うと、テーブルに肘を付き葵を見つめ…


「ショウでいいよ」


と呟いた。葵は恥ずかしさのあまり目を反らし

ジュースをいっきに飲み干した。


(なんて甘いマスク⁉直視できない)


そしてストローで余計にかき混ぜながら

再びチラリと将院を見る。


「じゃあショウ…院先輩は成績が優秀なんですね」


「成績優秀というよりは、スポーツの業績が良かったのかな?」


「スポーツ…何をやってるんですか?」


「色々やってるけど、去年良かったのは

テニスとゴルフ、水泳にあとサーフィン」


「そっ、そんなにやってるんですか⁉」


「うん、体を動かすのが好きなんだ」


「サーフィンかぁ、カッコイイ!それで南国スタイルなんですね?」


「ん…、スポーツとは関係ないかもしれない。

僕は幼い頃に何年か、グランドテール島で過ごしたんだ。

その島の風景が好きでね。

それで部屋も同じように改装したんだ」


葵は改めて辺りを見渡した。


「私がまだ小さい頃に家族でよく南の島へ遊びに行ったんです。

海が好きで一日中潜って魚を追いかけたり

砂浜で穴を掘ったり。でももう何年も行ってないなぁ…」


葵は床に置かれてある大きな赤い花に視線を落とした。


「そっかぁ、じゃあ今度一緒に行ってみる?」


「え?…島にですか?」


「うん、気に入ると思うよ」


(知り合って間もない私にそんなあっさりと

それにいつも言い慣れてる感じがする?

やっぱりプレイボーイに間違いない⁉)


「いいえ、とんでもないです!

それより宴の説明お願いします!

聞いて帰らないと友達に怒られるので」


葵はジュースについていたフルーツにかぶりつき

壁に掛かってあった時計に目をやった。


「うわっ、もうこんな時間⁉早く戻らなくちゃ」


慌てて立ち上がった葵に将院は首を横に振った。


「大丈夫だよ、宴の代表に選ばれた瞬間から

授業は免除されるんだ。殆どの生徒は授業にでないよ」


「そーなんですか⁉

じゃあ早くレイに知らせてトレーニング始めないと!」


「葵ちゃん、気合入ってるね」


「はい!学費免除がかかっているので」


「…学費免除?」


「えっ?」


「ん?」



「ハッ⁉」〝ガーン〟(言ってしまった⁉)



ここで嘘をついたとしても、いつかはバレる

そう思った葵は正直に話すことにした。


「あの、友達が心配するのでまだ内緒なんですけど

父の会社が倒産するかもしれないんです。

そんな時、学費免除のことを藤原先生に聞いて」


「それで宴に出ようと思ったんだ?」


「はい。優勝して少しでも母親の負担を軽くしたくて」


「そんな事情があったんだね……でも大丈夫だよ」


「大丈夫ってことは相手チーム、弱いんですか⁉」


(将院からは見えていないが)

葵の目は期待で大きく見開いた。


「いや、それは考えにくいかな。

それよりも例年に増して強豪揃いかもしれない?」


「強豪なんですかっ⁉」


「うん、多分ね。今年の右近代表は葵ちゃんの担任の椿先生だから」


「あのフェロモン先生⁉」


葵の言葉に思わず将院は笑った。


「アハハッ…そう。あの先生に頼まれたら

男は断れないだろう?」


「じゃあ勝てないじゃないですか⁉」


「いいや勝てるよ。葵ちゃんがいてくれればね」



「……へ?」


どう捕らえていいのか解からず、葵は言葉に詰まる。

だが優しい将院の瞳に包まれ

返事の変わりにぎこちない笑顔を精一杯

見せたのであった。






葵は教室の窓ガラスを覗いていた。

2時間目は椿先生の授業で、男子生徒の目が爛々と輝いてる。


「男子の目怖っ…でもあの服ダメでしょ」


椿の今日の服装はというと、胸の谷間が見えるほど

大胆に開いた衿ぐりに

体のラインがくっきりと出る黒のニットワンピだった。

おまけに胸元にはキラキラ輝く

ラインストーンが散りばめられている。


「あんなのに誘惑されたら間違いなく右近にいっちゃうよ?

とりあえず足を引っ張らないように頑張るしかないか?」


目立つのが嫌な葵は

自分の教室に入るだけなのに少々時間が掛かってしまった。


〝ウィーン〟ようやく教室のドアが開く。

教室中の視線が一斉に葵に向けられた。


「あら?えっと誰だったかしら?」


「さ、左大です」


緊張のあまり声が震える。

椿は名簿を手に取ると、人差し指で上から順になぞり始めた。


「あぁ左大、葵さんね。

こんな時間までどこに行ってたのかしら?」


「すみません先生。

あの、私と桐壺さんが宴のメンバーに選ばれたんです。

あっ!私はおまけみたいなものなんですけど…」


宴の話に教室内が騒がしくなる。

そして椿の顔色が一瞬にして変わった。


「と言う事は左近の桜チームってことね」


口調は落ち着いているが目は笑っていない。


「はい、それで今から桐壺さんと一緒に

トレーニングに行こうと思って」


「えっ?授業に出なくていいのか⁉」


桐壺は勢い良く立ち上がった。


「うん、選ばれた人は授業免除なんだって」


「マジかよ、やったぜっ!」


「授業中です。大声を出すのは止めなさい」


ピシャリと言い放った椿の目が敵意に満ちていた。


だが桐壺には応えていないらしく

ウキウキワクワクといった感じで机の上を片付ける。


「は~い、じゃあトレーニング行ってきま~す!」


そして依然として声のトーンは変わらず

鞄を振り上げ椿の前を通り過ぎた。


椿のまぶたがピクピク痙攣し

一言で桐壺をダウンさせる良い文句はないかと考える。

すると教室内からちらほら声援があがりだした。


「すご~い!このクラスから2人も代表選手が選ばれるなんて⁉」

「宴代表って凄くできるやつしか選ばれないんだろ?」

「しかも1年からなんて聞いたことがないよ」

「応援するから頑張って!」


クラスの生徒達は段々盛り上がり

二人の応援ムード一色となった。

気に入らない椿はギュッと唇を噛み締める。

その横を桐壺は大きく手を振り、やる気満々で教室を出ていった。





辺りはすっかり薄暗く、学園内に照明が照らされていた。

葵は鞄からノートの切れ端を取り出すと、桐壺にパッと手渡した。


「はいこれ。将院先輩から聞いたことメモっといた」

「サンキュー!」


桐壺は早速、メモを読み上げる。


「え~っと、毎年テーマが決められ

それに沿った競技が5つ行われる。そのテーマは

宴当日に知らされるため練習が一切出来ない…なんじゃこれ?」


「だからいつも先生が予想して

トレーニングするらしいんだけど、まず当らないんだって」


「そりゃそうだろ⁉」


「それで去年の宴は西部時代がテーマで

カウボーイの投げ縄にキャトル・ドライブ(牛追い)

射撃、それから西部時代の映画クイズに

あとインディアン部族についての問題」


「…普通の競技が一つもない?」


「うん、毎年そうみたい。

だからいつもトップアスリート系とか

成績優秀な生徒をバランスよく集めるんだって」


「なんか訳わかんねーな~…とりあえず体力だけ付けとくか!」


「あと将院先輩が言ってたのは

右近の代表が椿先生だから油断できないって」


桐壺は葵を見て意味ありげに含み笑いをする。


「将院先輩と二人っきりで?」


「先輩は、先生に頼まれて仕方なくだよ」


「へぇ~、こりゃ楽しみだな~」


「なにがっ⁉」


「宴が」


「そこ違う意味入ってない?」


「あ~春って恋の季節だな~」


「は~⁉」


葵に来た恋の訪れが嬉しくてたまらなく

桐壺は微妙な言いまわしを続けながら

上機嫌で学園の門をあとにした。

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