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ウタカタノヒカルさま  作者: 紗菜十七
32/34

イチバンノツワモノ

琴の演奏が止まり、間もなくして大きな太鼓の(おと)が響き渡った。

この(うたげ)で一番の見ものとなる武術大会の始まりの合図である。

武芸に秀でた者たちが剣術で競い合い

今年一番の(つわもの)を決めるのだ。

実際は右大臣と左大臣の密かな戦いなのだが

ここ3年間はずっと左大臣側が勝利を収めていた。





「今年も御子息(ごしそく)が一番で決まりでしょう」


左大臣の隣に座る大納言(だいなごん)(さかずき)を片手に小声で話しかけた。


「さて、それはどうでしょう

みな、かなり修行して腕を上げたとか…」


「確かに、右大臣殿はこの日の為に総力を挙げて

家臣を鍛え上げたと聞きました。

だが頭中将(とうのちゅうじょう)殿の強さは並外れておられる。

今年も勝利されて、四連勝は間違いないでしょう」


試合前の緊張気味だった左大臣の顔が思わずほころぶ。

頭中将は剣術の腕が立つだけでなく

何をやらせても万能な自慢の息子であった。

少々気分が良くなった左大臣は(さかずき)の酒を飲み干した。




少し離れた場所でその様子を伺っていた右大臣は

左大臣の楽天的な姿により一層(いっそう)顔をしかめた。


「ふん、のんきに酒など飲みおって…

まぁいい、今に見ておれ左大臣め

今年はこちらが頂く。おい繁盛(しげもり)、計画は抜かりないか」


「はい右大臣様。(とどこお)りなく進んでおります」


「そうか…ほっほっほっほっ、左大臣の驚く顔が目に浮かぶわ」


細く吊り上がった目を鋭くさせ

右大臣はふっくらした頬を扇子(せんす)で覆った。






試合は着々と進み九試合目が始まった。

真剣ではなく木刀が使用され一本取れば勝ち。

どの試合も僅差(きんさ)で勝敗を分け

今のところ目立つ(つわもの)はいなかった。

そろそろ登場するであろう頭中将に

貴族たちの期待が膨らんだ。




「頭中将殿の試合は何番目でしたか?」


「確かこの次の試合に…」


大納言との話の途中で

左大臣は言葉を詰まらせ目を大きく見開いた。

隣に居てはならない人物がいたのだ。


「なっ、何をしておるのだ!試合は次ではなかったか⁈」


驚く左大臣の横で平静な顔をして座っている頭中将がいた。



「はい父上。ですが今年は出る側ではなく、観る側に回らせて頂きます」


「何を言っておるっ」


「そうですよ頭中将殿、それでは連勝が止まってしまいますぞ」


「心配はいりません。ちゃんと私の代役を立てて参りましたから」



何がどうなったか分からず左大臣は呆然としていると

そこへ、家臣の者が悲壮な顔で駆けつけた。


「左大臣様、至急お耳に入れたいことがございます」


「どうかしたのか」


「はい、それが…とっ、頭中将様⁈どうしてここに」


驚くあまり家臣の声が裏返る。


「それより急ぎの話とはなんだ、先に申せ」


「はいっ、今しがた入った知らせによりますと

右大臣様が頭中将様へ凄腕(すごうで)の刺客を送ったとの事」


「何だと!右大臣めっ、そこまでするとは

もしその話しが確かであれば、その代役の者が危ない」


左大臣が振り返ると既に頭中将の姿はなかった。



「直ぐに腕の立つ者を向かわせるのだ」


「恐れ入りますが左大臣様

腕の立つ者はみな試合に出ております」


「誰でも良い、直ぐ援護に向かわせるのだ!」


「はっ」


家臣の者は周囲に気づかれぬよう静かに立ち去った。

そこへ再び太鼓の音がなる。

十番目の試合に出る(つわもの)の名が読まれ、右大臣側の大物が登場した。

貴族たちは驚きの声をあげ場内が騒然となる。

その者はここ何年か都を騒がしている海賊の文元丸(ぶんげんまる)であった。

体がとてつもなく大きく、がっしりしていて目が鋭い。

戦慣(いくさな)れしているのは間違いなく、緊迫した空気が漂った。

頭中将の対戦相手を知った左大臣は

右大臣の計画が綿密であることを思い知る。







「まさか…まさか、そんな⁈」


頭中将は周囲に張られた垂れ幕を払いのけ

自分が待つはずであった場所へと向かっていた。

一人一人が几帳(きちょう)で仕切られ中の様子は伺えない。

考えてもいないのに嫌な情景が頭に浮かび

それを否定し続けた。



「無事で、どうか無事でいてくれ葵!」









広場の中央に立っていた審判役は

頭中将が姿を現さないことに怪訝(けげん)な表情を浮かべた。

対戦相手の文元丸が試合直前になって

代役として名が書き換えられた事で


不穏(ふおん)な動きがある…〟


そう察した審判役はこの試合をどうすべきか考えた。


(この事態は右大臣様が勝つために策を講じたに違いない。

頭中将殿を試合に出られないよう

家臣、もしくは海賊に足止めをさせたのだろう…)


気づかれないようそっと海賊の文元丸を横目でかすめ見る。

だが気配を感じ取った文元丸は

〝余計な詮索はするな〟

と言わんばかりにギっと(にら)み付けた。

その気迫の凄さに審判役は確信した。


(…私が騒いだところで右大臣様に目を付けられ潰されるだけだ。

頭中将殿には申し訳ないが、ここは逆らわず試合を進めるほかはない)


諦めた目で顔を上げた審判役はもう一度だけ

垂れ幕の向こうを懇願するように見つめた。





この騒動など眼中にない義国(よしくに)は、位の高い姫探しに忙しく

宴で源氏の君を婿入りさせようと躍起になっていた。

やっとのことで身分の高い貴族たちの横を陣取ったものの

なかなか源氏の君が戻って来ない。

苛立ち始めた義国は何度も後ろを振り返り、大きな鼻から荒い息を出した。


「大事な時にどこをうろついておるのだ

まさか身分の低い女に(うつつ)を抜かしておるのではあるまいな!

この機会を無駄にしてみろ…」


「義国さま、源氏の君さまがあちらにお見えになられました」


「やっと来たか…調子にのりおって、また始めから(しつ)け直してやる」


義国は急げと言わんばかりに険しい顔で大きく手招きをした。

源氏の君はその姿が視界に入っているのかいないのか

美しいお顔は少しも曇ることなく

周囲の視線を一気に釘づけにして登場した。

源氏の君が注目を浴びていることに気づいた義国は

不機嫌な顔が緩み、得意げな顔へと変化した。







「頭中将殿が来られないため、この試合は…」


「待たれよ」


審判役が文元丸の不戦勝を告げようとした時

垂れ幕の影から頭に笠を被った華奢(きゃしゃ)な男が現れた。


「頭中将殿の使いの者か?」


「はい、私が代役を務めさせて頂きます」


二人を交互に見た審判役はあまりの体格差に焦る。


「この勝負、不戦勝で良いのでは…」


だがすぐさま文元丸はそれを遮った。

自分を見ても(ひる)まない生意気な態度に腹を立てたのである。


「不戦勝は無しだ。そいつが代役を務めると言っただろ。

どこの貴族の息子だか知らねえが、そんなもの俺様には通用しねえ」


「しかし…」


「大丈夫です。早く試合を始めましょう」


華奢な男は至って冷静で、被っていた笠の紐をとく。









「葵!葵はいるか!」


頭中将が叫びながら悲壮な顔で走って来る。

自分の名が書かれた垂れ幕の前に立ち、仕切られた布に手をかけた。

すると足に何かが当たりふと下を見る。

裾から覗かせていたのはゴツゴツした人の手であった。

中を覗くと見慣れぬ体格の良い男達が五人ほど倒れている。

頭中将は止まりかけていた息をやっと吐きだした。

 


「…想像以上に腕を上げたな」



ずっと緊張しっぱなしだった顔に笑みが戻る。

だが再び不安がよぎった。


〝対戦相手はこれ以上の刺客…〟


瞬時に悟った頭中将は来た道を急いで引き返した。









場内が一斉にどよめいた。

予想も付かなかった光景に貴族たちは目を見開き

宴始まって以来の大騒ぎとなった。

頭中将の代役が誰なのかが分かった左大臣は腰がくだけて声もでない。



「お、女‼女ではないか⁉」

「文元丸相手に女だと!頭中将殿でも試合の行方が分からぬのに!」

「左大臣様はこの事を知っておられるのか⁉」



貴族たちが動揺するなか、一人の美しい若者が思わず立ち上がった。


「何をしておる、早く座れ!姫君たちが見ておるのだぞ!」


義国は血相を変え、周囲を気にしながら力いっぱい源氏の君の腕を引く。

だが源氏の君は頑として言うことを聞かず、ただ葵だけを真っすぐに見ていた。


「そんな無茶なっ、海賊が手加減などするはずがない‼

中将殿はどこへいったのだ!この試合を止めさせないと」


「何を訳の分からんことを

右大臣様に聞こえたらどうする!早くこいつを黙らせろ!」


「はっ!」


御付きの者が二人係りで源氏の君を両側から抑え込む。

それを振り払おうと、源氏の君は抵抗し必死でもがいた。


「手を離せ、試合を止めろ、止めさせてくれっっ‼」











「ほ~っ、女とは興奮するじゃねぇか!

しかも上物ときた…

俺の女になるなら、この戦いを止めてやってもいいぜ」


文元丸は今にも獲物に飛び掛かかる猛獣のような眼つきで

分厚い唇をにやりとさせた。


このままでは危ないと察した審判役はもう一度中止を試みる。


「やはり、この試合はっ…」


「心配ご無用、すぐに終わらせます」


審判役の言葉を遮り、男装の姿をした葵は

顔色一つ変えずに構えの姿勢をとった。

その態度に一瞬呆気にとられた文元丸だったが

怒りが徐々に込み上げ噴火寸前の火山のように真っ赤な顔になった。  


「こんのぉぉっなめやがってぇーーーっ‼」




大きな巨体は地面を揺らし葵目がけて突進する。

貴族たちの中には見てはいられないと扇子で顔を覆う者までいた。

源氏の君は掴まれた手を振りほどき無我夢中で走り出した。



「止めろーーーっ‼」



文元丸がぶんと音を立てながら刀を振り下ろす。

それを軽やかにかわした葵は

文元丸の腕、肩へ、ひょいと飛び移り

最後は頭を踏み台にして天高く舞い上がった。

そしてくるりと回転すると太陽を背に眩しく輝きながら

凄まじい速さで文元丸の顔面目がけて面をいれた。



「やーーーーーっ!」



ふらつく間もなく文元丸の重い体は即座に地面へ叩きつけられた。



しばらく誰も声にならない。


静まり返った中で、第一声を切ったのは葵だった。



「勝敗は決まりましたか?」



目の前の出来事に夢か現実か、はっきりしない審判役は

ごくりと一度唾をのみこんでから息を吸い込んだ。



「こ、こっこの勝負、頭中将殿の代役の勝利!」



再び宴会が始まったかの様に貴族たちから感銘の声があがった。

見た事のない華麗な刀さばきに溜息を()らす。

都中(みやこじゅう)が葵を英雄と称え

この話題でもちきりなるのは間違いなかった。


だがただ一人、左大臣だけは両手を叩いては喜べず

頭を抱えるように目を手で覆った。



ちょうど決着の瞬間に間に合った頭中将は

妹の凄まじく成長した強さを誇らしげに思い

計画が上手くいったと確信する。


「かなり鍛え上げましたね…お爺様」



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