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ウタカタノヒカルさま  作者: 紗菜十七
3/34

カゼハミチビク

< 登校2日目 >


「いってきまーす!」


葵はテーブルにあったクロワッサンを二つ取ると

急いで家を飛び出した。

昨夜眠りにつくのが遅かった為、朝寝坊をしてしまったのである。


「遅刻-っ!」


親友のレイとの待ち合わせ時間を10分過ぎていた。

学園まであともう少し!

という所で大きな交差点に引っかかる。


「ヤバイっ!」


その場で足踏みをしていると葵の横に

一台の高級車が止まり後部座席の窓ガラスが下りた。


「葵ちゃん」


聞き覚えのある声?葵は恐る恐る振り返る。


「やっぱりそうだ!」


顔を覗かせたのは、頭之中将院だった。


葵は無理やり押し込だクロワッサンが

口に付いていないか気になり、さりげなく頬を払う。


「昨日の今日でまた会えるなんて、運命感じるなぁ?

さぁ車に乗って、一緒に行こう」


甘く囁く将院の言葉に、葵の鼓動はドキドキ。


「乗せて頂いてもすぐそこなので、着くのは殆ど同じだと思います。

それに通学途中で合う人はたくさんいるので運命ではないですよ」



「そお?僕は感じたけど…」



将院は暖かい眼差しで葵を見続けた。


「そうだ、学校に行くのを止めてこのままどこかへ遠出する?」


高級車から爽やかなスーパーモデル張りのイケメンが誘ってきたら

普通の女子高生は即OK!なのだが…


(とっ、遠出?優しそうな顔してとんでもない!もう少しで騙されるとこだった!)


…葵はこんな風に考えた。


「いいえっ結構です!それじゃっお先に」


そして逃げるように走り去った。

将院はクスッと笑うとウィンドウを戻し、後を追いかける形で車はスタートした。





正門の向かい側にはセレブ御用達のブティックが立ち並び

その一角で桐壺は洋服を見ながら葵を待っていた。

もちろんレディースではなく、わりとカジュアルなメンズショップである。


「遅れてごめんっ!待った?」

「ううん、服見てたからあっという間だった」

「よかった!じゃあ続きは放課後にして、早く入ろ!」

「何いそいでんだよ?」

「それが、ヒカル軍団の一人にさっき声かけられて…」


「ヒカル軍団…何それ?」


「わぁっ⁉」


葵のすぐ横に、いつの間にか将院が立っていた。


「なっ、なに人の話を盗み聞きしてるんですか!」


将院は学校には入らず、そのまま葵の後を付けて来たらしい。


「あ~っ⁉葵の言ってた…」


(しーっ!しーっ!)


葵は必死で桐壺の言葉を食い止めた。

そして将院の腕を掴み門の方へ向かせる。


「一緒にいると騒ぎになっちゃうので、早く学校に入って下さい」


「ごめん、さっきの事が気になって

決して軽い気持ちで遠出しようって言ったんじゃないんだ。

何だか学校に行くのが辛そうに見えたから

それで気分転換になればって思ったんだ」


(うそっ!このひと超能力者だ?)


葵は分厚い前髪の隙間から将院をキラキラした瞳で見つめる。



「またココアが飲みたくなったらいつでもおいで、俺は3-Cにいるから」



優しい風が吹き、桜の花びらがヒラヒラと舞い降りた。

時が止まったかのように、しばらく見つめ合う二人。


そこへスーッと黒のマイバッハが静かに止まった。

そしてドアが開き

中からヒカルが降りて来た。


(なっ、なんでっ⁉)


葵は苦手なモノを避けるように桐壺の後ろへ速攻非難する。


「ショウ、こんな所で何をしてるんだ」


「ちょっとね、かわいい後輩をお茶に誘ってたんだ」


将院の言葉の真意を確かめるかのように

ヒカルは冷たい視線を葵に向けた。

葵の背筋にゾワッと衝撃が走る。


(…こ、怖っ!)


この場の雰囲気を読んだのか、将院は直ぐに話を切り上げた。


「じゃ、またね葵ちゃん」


「…はい」


小さな声で返事をするのが精一杯。

将院はヒカルの肩に手を回し、連れ去る様に門の中へと入っていった。


「おいおい何だ今の展開は⁉」


桐壺は腕を組み仁王立ちする。


「あのショウってやつ、葵に気があるのか?」


「それはないっ…ってゆーか今わかった。あの将院って人

…人の心が読めるんだ⁉」


「次は超能力の本を読んでるのかぁ?」


「なんで分かったの!」


「いつものことだから分かるよ。

でも二人、めちゃめちゃいい雰囲気だったなぁ~?」


「学園のアイドルと男嫌いの私が?へぇ~え」


「ちょっと待てよ信じないのか?

もしかして男嫌い卒業するかもしれないぜ~」


「レイこそドラマの見すぎだよ」


葵は桐壺のいつもの冗談…と軽く流した。

だが自分でも気付かないうちに

心のどこかで何かが少しずつ変わり始めようとしていた。






3時間目の授業が終わり、お昼の時間になった。

殆どの生徒は2階のレストラン街に行くのだが

中には有名な料亭のお弁当が届く人や

庭園でテーブルを広げ、お抱えシェフが腕を振るい

昼からフルコース…という人も少なくはなかった。


この学園の中で一番安い食べ物がハンバーガーなのだが

何しろ最高級の神戸牛を使っている為

一番小さいサイズでも一個¥3,000円のセレブ価格だった。

葵は電子マネーのカードと睨めっこ。


(ママが内職をどんなに頑張っても1日500円にしかならないのに?

3000円なんて贅沢すぎる。

明日からこっそりお弁当を作る事にしよう。

とりあえず今日は外に出てコンビニに行ってみよう!)


教室の出口で待っていた桐壺が痺れをきらし声をかけた。


「葵~、早くしろ~」


「ごめん、今日はちょっと用事があって外に出るから

そのままご飯食べてくる」


「そっか?気をつけて行ってこいよ。じゃあまた後でな~」


桐壺はレストランへ向う人の流れに入っていった。

正義感の強いレイのことだ。

家の事情を知れば、お昼はもちろん学費まで出すと言いかねない。


迷惑をかけたくなかった葵は、桐壺に打ち明けることが出来なかった。





この時間帯はエレベーターが混雑しているので

男と触れるのを恐れた葵は階段を利用することにした。

各フロアーの天井が高く階段数も多い為か

誰もすれ違う人はいなかった。


(こんなのちまちま降りてたら時間なくなる!)


葵は手すりに横座りし、器用にシュルル~と降り始めた。

そして最後の階になると後ろ向きに体勢を変え

手摺りにまたがり凄いスピードで滑り終える。


「ヒュウ~到着!」


葵は大きく足を振り上げ飛び降りた。

満足そうに顔を上げると…次の瞬間

葵の身体は固まった。

誰もいないはずの階段に人が立っている。

しかもその顔には見覚えがあった。


(⁉ヒカル軍団の女みたいな男だ!…レイの真逆バージョン?)


そのビックリした表情から

一部始終を見られた事が一目で分かった。


セレブのお嬢様にはありえない階段滑り技である。

葵は顔を見られないように壁側に向け、素早く通り過ぎようとした。

すると、薄いピンク色の潤った唇が優雅に開く。


「まるでジャングルにいるサルみたいだね?

見た目は地味なのに、中身は案外派手…なのかな?

見えていたよ、白いレース」


軽く握った左手で口元を隠しクスリと笑った。


(白いレース……⁉)


葵の身体からカーッと熱いものが込み上げ全身が真っ赤になる。

下着は舞衣が揃えるため

少々行き過ぎたデザインが多く、シンプルなものが一つもなかった。


(み、見られたっ‼)


葵はその場から逃げるように思いっきり走り出した。



「ふ~ん、手に負えない子だね…僕のタイプかもしれないな」



朱雀弘徽はゆっくりと出口まで歩き、葵の走り去る姿を眺めていた。


「弘徽、こんな所にいたのか?

ヒカルん家の料理人が来てるから、庭園で昼メシにしよう

…って何じっと見てる?」


将院は弘徽が眺めている方向を見たが、それらしきものは見当たらない。


「僕のお気に入りが見つかったみたい」


弘徽の色っぽい唇が緩やかに上がる。


「弘徽のお気に入り?おいおい、また3日で飽きるんじゃないのか」


「さぁ、どーかな?

でも3日間楽しめるならそれで十分でしょ。

何事も無く過ぎる退屈な学園生活より」


「いつもの弘徽独特の考え方か?」


将院は相手が誰なのか気にも留めず、ヒカルが待つ校庭へと向かっていった。





昨夜の睡眠不足のせいか

葵は昼からの授業が眠くて眠くて仕方がなく

何度も頭が前や後に大きく揺れ動いた。

その激しすぎる頭の揺れに

とうとう日本史担当、藤原長道(ふじわらながみち)の目に留まってしまった。


年の頃は60代前半だろうか?

禿げてはいないが髪に白髪が混じっている。

この派手な学園には珍しいタイプで

あまり特徴が無く目立たない普通のおじさんであった。


藤原は教科書を読みながらゆっくり歩いて来ると

葵のすぐ横に立ち、机をコンッコンッと叩いた。


「左大さん、夜更かしは駄目ですよ~、放課後ちょっと職員室に来なさい」


その言葉で葵の眠気は一ぺんに吹き飛ぶ。



「はっ、はい!」



返事と同時にチャイムがなり

葵があたふたしている間に藤原は教室から出ていった。


(一生懸命寝ないように睡魔と闘ってたのに…ヒエ~どうしよう⁉)


葵は助けを求める思いで後の窓際に座っている桐壺の方を振り返った。



「…思いっきり寝てるんですけど?」



ポカポカした日差しに当たり

桐壺は机にベッタリへばり付き気持ち良さそうに眠っていた。





全ての授業が終わり

お迎えの高級車に乗って生徒達がぞろぞろ帰る頃

葵は桐壺を連れ、職員室の前に立っていた。


「なんで熟睡してた窓際族は呼び出しなくて

完全に寝たわけでもない私が呼ばれるわけ?」


「葵の席はど真ん中だからな~、目立つんだよ。

まぁ男といっても相手は年のいった先生だし?ほとんど中性だから安心しろ」


「年いっても中性にはならないよ」

「んもぉーいいから行ってこい!ここで待っててやるから」

「はぁー、やな感じ…」


葵はため息をつくと、くるりと背を向け職員室の中へと入っていった。



職員室に入ると、各教師の部屋はガラス張りで区切られ

ドアには名前が書いてあった。

音は聞こえないが中の様子が丸見えなので

問題はないように思える。


だがしばらく行くとブラインドが

隙間なくピシャリと下ろされている部屋があった⁉


「密室で(せんせい)と二人なんて気を失うかも?ブラインド、閉めてないよね…」


顔を引きつらせながらも前へ進んでいくと

一番突き当りの部屋でパソコンと睨めっこをしている藤原の姿を発見する。


「ガラス張り!よかった」


ホッとした葵は駆け足でドアの前に立ちノックした。

気づいた藤原はドアを開ける。


「お、左大さん!どうぞ入って」


そして葵が中に入ると、藤原は凄い勢いで


〝シャーッ‼〟とブラインドを下ろした。


(ゲッ!)


葵は反射的に藤原から離れた。


「あぁごめん、ビックリさせたかなぁ?…まぁとりあえず座りなさい」


だが葵は無言で首を振る。


「あぁそう?…何かわからんが、じゃあ本題に入らせたもらうよ」


探るような目で藤原を見ると葵は黙って頷いた。


「君も知っていると思うが

我が学園は毎年春に新入生歓迎の(うたげ)が催される」


(うたげ…なんだろ?)


首を傾げる葵に藤原の背筋が伸びた。


「アレ?知らんのかね?」

「…はい」


「入学説明書に大きく載っていたのだけどねぇ?

まぁ、見落としたのなら仕方がない。とりあえず簡単に説明しておこう」


通いたくない学校の説明書など見る訳がない。

葵は溜息まじりに短く返事をした。


「宴というのは右近の橘、左近の桜という名の二つのチームがあり

それぞれの代表として指揮をとる先生が一名ずつ選ばれる。

そしてその下で各分野に秀でた生徒達を5名ずつ集め

二つのチームが競技を競い合うという、学園行事なんだよ。

勝ったチームには、かなりの成績ポイントが加算される。もちろん

指揮をとる先生の評価も上がり、三年間はクビにならない仕組みなんだ」


「そんな学園行事があったんですか?」


「んん、今年は私が左近の代表に選ばれたものでねぇ。

それで優れた生徒たちに声をかけてるんだよ。

これは〝宴〟と言っても

成績に関わる言わば真剣勝負の戦いってところかな?」


藤原は相変わらずのんびりとした口調で語った。


「それが私と何の関係があるのですか?」


「あぁ、君は桐壺麗華さんと、とても中が良かったねぇ?」


葵はなんとなく話の筋が読めてきた。


「はい、小さい時からの友達です」


「そこでだ、中等部での運動測定第1位だった桐壺さんを

私のチームに入れたいんだよ。左大さんから説得してくれないだろうか?」


(やっぱり!レイ目当てだったのかぁ?)


葵の強張っていた表情が柔らかくなる。


「桐壺さんを、左近に入るよう勧めればいいんですか?」


「頼めるかな?悪いねぇ~桐壺さん見たいなタイプは

私のようにパッとしないおじさんが話しかけても

見た目で拒否されそうで…それで申し訳ないのだが

私と気が合いそうな左大さんにお願いしようと思ったんだよ」


確かにパッとしない所が似ている…。


「分かりました。じゃあ帰りにでも話してみます」


「そうか!助かるよ、すまないねぇ」



「いえ…じゃあ他になければこれで失礼します」



頭を下げ葵が部屋を出ようとした時

藤原はハッとした様に顔を上げ呼び止めた。


「あぁそうだ、もう一つ言い忘れていたことがあった」

「はい」

「君たちお嬢様にとって魅力的とは言えないが

賞品として勝ったチーム全員に海外旅行のプレゼントがあるんだよ」


「旅行?ですか」


「んん、行きたい国は生徒たちで決めることができる」


「はぁ…」(レイならラスベガスとかマカオってとこかな?)


「あとオマケだが、学食が一年間食べ放題と学費が一年間免除もね

一応桐壺さんに伝えておいてくれないかな?」



「……た、食べ放題?」


葵の半分眠っていた頭が高速回転する。


(学費免除に学食が食べ放題っ⁉

優勝すればタダで学校通えるんだ?…宴って凄いイベントじゃない‼)


キラリーンと目が光り、葵の態度は一変する。


「それほどまでにレイをチームに入れたいのなら

確実に説得する方法が一つだけあります!」


先程とは打って変わり出来る女をかもし出した葵の姿を見て

藤原の言葉は少々出遅れた。


「……な、なんだね、何かいい考えがあるのかね?」


「はいあります!彼女は人一倍友達思いの優しい性格です。

もし私が宴に参加することになれば、

私を放ってはおけず、レイも一緒に参加する!と言うのは間違いありません」


「ほぉーっ、彼女はそんな性格だったのかぁ⁉」


「はい、とても正義感の強い子なので」


「知らなかったなぁ……。じゃあ調度いい」


「と言いますと?」


「あぁいやね、今年から共学になったでしょ

それで5名の内の2名は女子から選ばないといけないんです。

よし決まりだ!左大さんも宴に出てください」


あまりにも簡単に藤原は葵の提案を受け入れた。

これほどまでに上手く事が運ぶと予測していなかった葵は

面食らった様子でしばらく固まっていた。




家に着くと葵は舞衣の部屋へ直行した。

帰り途中、桐壺に宴の話をすると大乗り気でOK!

幼い頃から目立つのが大好きだった桐壺は

派手なイベントは必ず出ていたのである。


あとは宴の勝負に勝つだけ!

少しでも舞衣を喜ばせようと急いで帰ってきた葵は

階段を駆け上がり部屋のドアを勢いよく開けた。


「ただいま!」


可愛い物だらけだった舞衣の部屋は跡形もなく

内職の材料で溢れかえっている。

そして舞衣は恐るべき速さで次々と内職を仕上げていた。


「お帰り~葵ちゃん、今日も学校たのしかった?」


昨日とはあまりにも違う手の速さに葵は驚いた。


「ママ、すっごく速い!なんか内職のプロみたい」


その〝プロ〟の響きに舞衣の手が止まった。


「ほ、本当に⁉」


「うん、ほんと凄い。始めたばかりとは思えない」


「やだ~っ!葵ちゃんもそう思う⁉

ママお仕事するの初めてなんだけど

意外と向いてるみたいなの~それにとっても楽しいわ!」


舞衣の生き生きした表情に葵は戸惑う。


(私の勝手な勘違いだった。さすがママ!内職という仕事に生きがいを感じてる!)


葵は何だか舞衣を微笑ましく思った。


(学費免除の話は、勝負に勝ってから話す事にしよう…)


そして葵は邪魔にならないよう、すぐ舞衣の部屋を後にした。

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