表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ウタカタノヒカルさま  作者: 紗菜十七
2/34

ココアナキモチ

「はい、それではこれで学園内の説明を終わります」


葵の担任こと六條院椿(ろくじょういんつばき)はタブレットの画面に軽く指先を乗せ

華やかに散りばめられたネイルのラインストーンをキラリと光せた。

そして宙に映し出されていた映像が消え、再び椿に視線が集まる。


「今日の授業はいま説明した施設を体験してきて下さい。

テニスにゴルフに乗馬やスカイダイビング、どれでもいいわ。

好きな所に行って楽しんで来てね」


椿はグラマラスボディを揺さぶり、男子生徒達にフェロモンを撒き散らした。

葵はしらけた顔で桐壺に訴えかける。


「ちょっと、ムンムンお色気の話は聞いてないんですけどぉ?」

「ははっ、でもプンプン男臭いのよりマシだろ?」

「うんうん、断然マシ!」

「なら良かった。それで、葵はどこに行く?」


エスカレーター式に上がる葵たちにとって

中等部とほぼ同じ設備なので珍しくもなかったが

高等部にもなるとかなりグレードがアップしているらしく

二人はこのフリー授業を楽しみにしていた。


「決まってんじゃない、図書館に行ってくる!」


「またかよ~、本ばっか読んでよくあきねーなぁ?」


「こんな楽しいのに飽きるわけないよ!

あのね、この男子高に来て唯一よかった事と言ったら

図書館の広さと本の数の多さが日本一ってことだけ!後は一つもない」


「あんま男子校って意識すんな。でないとこれからの3年が長いぜ?

みんな女子だと思え」


「そんなこと出来るわけない!…で、レイもいつものとこなんでしょ?」

「うん!それがよー!こっちのカジノはもっとバカデカくて

種類も沢山あるらしいんだ。スッゲェー楽しみ!」


学園にはルーレットやスロット、ブラックジャックなど

全てラスベガスと同じ台が揃えられていた。

もちろんお金を賭ける訳ではない。

勝負で勝ったチップは換金ではなく

成績に繁栄させるというシステムを取っていた。


「へぇ~、男子校のスケールは半端じゃないね」

「さっ、行くぞ葵!」

「うん!」


二人は嬉しさを隠し切れず

落ち着かない様子でそれぞれの場所へと向かって行った。





中等部の頃、葵は図書館にあった本を全て制覇していた。

かなりの本好きで、中でも歴史マニア。

ニヤつく顔を何とか抑えながらエレベータに飛び込むと

一番上に表示された〝図書館〟の文字に手を翳した。


図書館は中央タワーの最上階にあり、遥か遠くまで見渡せる眺めになっていた。


「あの歴史本の続きあるかな…?」


エレベーターは高速で最上階に着くと、重厚なドアが静かに開いた。



「うわぁ!!」



あまりの広さと本の多さに思わず声が出てしまう。

まるで小さな子供がお菓子の国に迷い込んだ様に上下左右に首を振った。


「歴史コーナー、歴史コーナー…あっ!あんなとこにある⁉」


歴史本は図書館の一番奥に設置されていた。

出口から一番遠いからか?ただ人気がない為か?そこに人は誰もいなかった。


「誰もいない…感激~っ!」


はやる気持ちを抑えられず、最後の通りを走り抜ける。


「あの本を探さなくっちゃ」


葵が夢中になっている歴史本のシリーズがあった。

それを中等部の図書館で見つけたのだが

なぜか最後の1冊だけが欠けていて

いつまで経っても返却されなかった。


一般の書店に問い合わせてみても、取り扱いしていないという返答ばかり。

卒業生が書いたものなのか?

結局、出所不明で手にすることが出来なかったのである。


「飛鳥、奈良、平安…この辺りだ?」


そして次の棚へ視線を移した瞬間、葵の目は輝いた。


「ああっ、あった!!」


念願の歴史本は本棚の一番上にあり、ちゃんと最後の巻まで揃っていた。


葵はすぐさま手を伸ばす。だがあともう少しと言うところで届かない。


「もうちょっとなのに…」


辺りを見回したが、近くに踏み台は無いようだ。


「ダメだ、ここから離れる訳にはいかない!

長い間待ち続けたんだもん!

踏み台を取りに行ってる間に、もし誰かに取られたら…」


葵はヒョイっと本棚にぶら下がると、片方の手を思いっきり伸ばしてみた。


「いけるっ…」


すると急に後ろから人の気配が感じられ、葵の身体は硬直する。



(だ、だれ⁉)



ぶら下がったまま後ろを振り返ると……‼


そこには学園のトップアイドル、ヒカルさまが立っていた⁉

そしてヒカルは無表情のままスーッと手を伸ばし

葵が探し続けていた本を軽く手に取った。


(うわぁ、背が高い…本、取ってくれたんだ?

もしかしてヒカルさまって、いい人なのかも?)


葵はストンと飛び降りると、頭を下げ前に手を差し出した。


「あ、ありがとうございます…」


するとヒカルはクルリと背を向け

葵の存在など目に入らないかのようにサッサと歩き出した。


何が起きたのか分からず葵はボーっと突っ立っている。

だがしばらくしてようやく飲み込めた。


「…はいっ?

最初っから取る気なんかなかったって事?

じょっ、冗談じゃないわよっ!」


葵の怒りは頂点に達したらしく、辺りかまわず大きな声で叫んだ。


「ちょっと待ってください!」


しかしヒカルは止まらない。


「…無視っ⁉」


葵は後を追いかけ、ヒカルの前に立ちはだかった。


「あの!それ、その本、

私が先に借りようとしていたんですけど?

横取りしないでください!」


シーンと静まり返った館内に葵の声が隅々まで響き渡り

周りがザワザワと騒ぎ始めた。

この図書館にも当然ヒカルファンは沢山いる。

突き刺さりそうな白い視線に葵は気が付いた。



「やだっ、あの子ったらヒカルさまになんてこと言うの⁉」

「きっとわざと言いがかりをつけて印象付けようしてるんだわ?」

「なにあの髪型?ダッサ!」



目立つのが嫌いな葵は、ここは穏便に…

と、口の横に手を沿え小さな声で話し始める。


「ですから、その本をあなたが借りる前に

私が見つけて、先に手を伸ばしてたんですよ。

目の前にいたのに気が付きませんでしたか?」


ようやくヒカルも状況が呑み込めたのか?

手に持っていた本に視線を落とした。

だが美しい瞳は凍りつくような冷たい視線となり再び葵に向けられた。


「この本は俺が先に棚から取ったものだ。

君がいたのも気付かなかったし

先に借りようとしていたと言われても

そっちの勝手な言いがかりだろ。

それにここは図書館だ。走ったり大きな声を出したいのなら

屋上にでも行ってこい」


ヒカルはそう言うと、サラッと記帳を済ませ図書館から出て行った。


「…確かに目の前に私いたよね?全然気付かないんだ?

くっ、くやぢぃーっ!!どうせ存在が地味ですよ!」


(なにがアイドルだっ!ヒカルっ最低ー!

あぁぁぁーやっぱり男ってやな生き物、男は私の敵!

これではっきり分かった。私にお見合いは無理ってこと‼)


クスクスあざ笑う声と冷ややかな目が向けられる中

葵は肩を怒らせながら憤然とした態度で図書館を後にした。





この中央タワーの2階はレストラン街になっていて

和食はもちろん、中華、イタリアン、フレンチ

そしてハンバーガーショップまでとり揃っていた。


ムシャクシャした葵は、甘いココアでも飲んで

気分をリラックスさせようとおりてきたのだが…。


「初日からこんなだと、先が思いやられる」


葵はそう言うとすぐにハッと気がついた。

お見合いの件を断れば、会社は倒産。

つまりこの学園も辞めなくてはならないことを…。



「なんだ、このさき短かかった…無駄遣いもしちゃいけないんだ」



葵は手に持っていた電子マネーのカードをポケットにしまいこんだ。

今まで味わったことの無い惨めな感情が押し寄せてくる。

目から暖かいモノがこぼれ落ちそうになり、葵は天井を見上げた。


「教室に帰ろ…」


そしてクルリと振り返った瞬間、髪が何かに引っかかる。


「わっ⁉」


葵はありえない光景に目を丸くした。

ヒカル軍団の一人、頭之中将院が葵の髪を手に取り

そっと口づけている。

ビックリした葵は綱を引く様に自分の髪を引き抜いた。


「なっ、何ですか⁉」


「あぁ、ごめん…脅かすつもりは無かったんだけど

とてもきれいな髪をしていたからつい触れてしまった」


(わっ!異国のひとだっ!)


「ア、アイムソーリー」

「日本語しゃべってるけど…」


「…ほんとだ⁉」


将院はニッコリ微笑む。


「ハーフなんだ、俺」


「あぁ、通りで整った顔立ちです!」


「そお?」


「はい!お鼻なんてすごく高いし、ほりも深くてとってもお美しいです」


「フフッ、ありがと…

そうだ、ビックリさせたお詫びに何かご馳走させてよ。何がいい?」


葵は突然の誘いに驚いた。

というか男に声をかけられたこと自体、初めての経験である。


「けっ、結構です」

「どうして?」

「ど、どうしてと言われても…」


(男が苦手なんです。なんて言えないし?それにこの人はヒカルの仲間)


葵の顔から笑顔が消える。


「俺、朝食まだなんだ。一緒にどう?」


「私は食べてきたので、本当に結構です」


「…そっか、残念だな?」


一呼吸の間があって


「俺の名前は頭之中将院。君の名前は?」


左大さだいです」


「下の名前も教えてくれる?」


将院は顔を覗き込む。あまりの近さに葵は戸惑い少しだけ顔を逸らした。


「あ…葵…です」


「葵ちゃんか、君にぴったりな名前だね」


将院のあまりにも美しい微笑に思わず葵の表情もほころんだ。


「じゃあ葵ちゃん」

「はい!」

「少しでいいからここで待っていてくれる?すぐに戻ってくるから」


「…え?」


有無を言わない間に将院は走り出す。


「あっ、ちょ、ちょっと待って下さいっ!」


慌てて呼び止めたが既に将院の姿はなかった。


「なに?どー言うこと?

登校初日からよりによって学園の有名人二人に会うって?

ついてないにも程がある。一番関わりたくない人たちなのに…」


葵はこのまま教室に戻ろう、と向きを変えたのだが…

優しく微笑む将院の顔が思い出され

結局ソファーに腰を下ろすこととなった。


「あの〝ヒカル〟と違って悪い人じゃなさそうだし?

…でもどこに行ったんだろ?」


将院が消えた辺りを覗いていると

今どきの女子が話しながら葵の前を通り過ぎた。

すると一つの疑問が頭を過ぎる。



「どうして私みたいなのに話しかけてきたんだろ?

大抵の男は私を避けて通るのに…」


不思議に思った葵は、一つの答えにたどり着いた。


「あっ!からかわれたんだ⁉」


葵はカッとなり唇をかみ締める。

だが直ぐに悲しい笑いへと変わった。


「そりゃそうだよね…」


パッと立ち上がると再び出口へ向かって歩き出した。

すると…


「葵ちゃん!」


振り向くと将院の姿があった。

両手にはハンバーガーの袋を下げ走ってくる。

そして葵の前で止まると一つの袋を差し出した。


「はい、プレゼント」


葵は何が起きたのかさっぱり理解ができずキョトンとする。


すると将院が葵の手をとり強引に袋を持たせた。


「あっ、えっ?」


「また会ったら声かけてね!それじゃ」


「…あっ、これ何ですか?」


既に背を向け歩いていた将院が足を止め振り返る。


「さっきのお詫びだよ」


そして爽やかな笑顔を残し、ピクニックエリアへ繋がるドアから姿を消した。

何を渡されたのか不思議に思い、葵は袋を持ち上げてみる。


「甘くていい匂い…もしかして?」


葵は引っ掻く様に紙袋を開けた。


「ココアだ⁉」


それはラージュサイズの生クリームがたっぷりのった暖かいココアだった。


「あの人、心が読めるのかな?」


急いでピクニックエリアが見える窓へ駆け寄りそっと覗いて見る。

だが将院の姿はどこにもなく

ただ強い春風だけが葵に向かって撃ち続けた。


うっとおしく伸びた前髪は後ろへ流され

澄んだ瞳がきらきらと輝く。

もう一度ココアを持ち上げると

ほっこりした笑顔をこぼし教室へと帰っていった。





葵が教室に入ると数名の生徒たちが体験を終え戻っていた。

その中に桐壺の姿もあった。

桐壺麗華はカジノがメチャメチャ強く、中等部での成績はNO.1。

一度カジノに行くとなかなか戻って来ないのだが

この日は珍しくわずか1時間ほどで帰っていたのである。


「なんでこんなに早いの?」


「葵⁉聞いてくれよ~!今日もガンガン勝ちまくってたのによ~

あいつが来てから調子くるっちまって

この俺が負けたんだぜ⁉あいつイカサマしてんじゃねぇか?」


「それはないよ

ここのセキュリティシステムは

ラスベガスと同じものを使ってて完璧だもん」


「でもメッチャ強いんだぜ?あのヒカル軍団のメガネおかま野郎!」


「メっメガネのヤツ?レイもヒカル軍団にあったんだ⁉」


「えっ!まさか葵も会ったのか?」


「うん!私が会ったのは残りの2人

最初はヒカルで、次は頭之中将院って人!」


「マジかよっ!登校初日からありえねー⁉」


「本当ありえない!しかも楽しみにしてた本をヒカルに横取りされた!」


「おいおい~、それが学園アイドルのすることかよ?」


「おまけに嫌味まで言われて、くっそー!あの冷酷男っ」


「(鈍い)…葵がそこまで怒るって事は

よほど酷いこと言われたんだな?それで、あともう一人はどーした?」


「え?あぁ、そっちは別に何もなかったけど

食堂でバッタリ会って、名前聞かれて…」


「なっ、名前聞かれたっ⁉それって目ぇ付けられたってことかっ?」


「アハハッ、そこまで趣味悪くないと思うよ」


「初日からいったい何しでかしたんだ?

本人目の前にして変なこと言ったんじゃねーよな?」


「やっぱりそっち?言うわけないよ」


「あれ?じゃあ何で葵が名前聞かれたんだ?」


「私も解からないよ。最初はからかわれた?って思ったけど

そうでもなかったし、でもなんか感じよかったなぁ

…男には珍しく自然で穏やかで」


「お~!葵にもとうとう気になる男が現われたか?

しかもヒカル軍団とは大物だな?」


「いや~、そんな感情じゃないよ」


「いやいや、これがきっかけで男性恐怖症が治るんじゃねーのか?」


「人のこと言えないでしょ!」


「俺と葵は根本的に違うの!葵はただの食わず嫌いなだけ

子供の時は椎茸が嫌いだったけど

大人になったら美味しくなった~見たいな?」


「美味しくないものは大きくなっても美味しくないの!

ってゆーか全然興味ない!」


葵はクルリと背を向けると

持っていたココアを大事そうに両手で包み込んだ。





左大家はリボンや薔薇のデザインで統一され

閑静な住宅街で一際目立つ明るいピンク色をしていた。


葵は門の前に立ち、指紋照合機に手を乗せる。

すると厳重なロックが解除され

重い足取りで家の中へと入っていった。


シーンと静まり返るリビングを歩きながら、葵は幼い頃を思い出す。

その頃は家にお手伝いさんが3~4人ほどいて

いたずらをしてはよく叱られたものだった。


だが数年ほど前からである。

一人ずつ減り始め、今では誰もいなくなったのだ。


「なんで気付かなかったんだろ?」


葵は二階にある舞衣の部屋を見上げた。

すると部屋のドアが少し開いていて、微かに話し声が聞こえてくる。


「あれ?パパの声だ」


葵は階段を駆け上がり、ドアの隙間からそっと覗き込んだ。


ソファーに座る舞衣とドアに背を向けて立っている丞一の姿。

はっきり顔は見えないが、深刻な話をしているのは直ぐに分かった。


「もうこんな事はやめてくれ!君にこんな真似はさせられないよ」


丞一の今にも泣き出しそうな声に、葵は身を乗り出す。


(ママ…何をしてるんだろ?)


舞衣は丞一が話しをしている間もせっせと手を動かしている。

小さい袋に何かを入れてはまた次の袋に…と

同じ作業を繰り返していた。


「やだっ、そんな顔しないでぇ、私一度やってみたかったのよ~!

それにとっても楽しいわ!うちしょく」


「〝うちしょく〟じゃなくて〝ないしょく〟だよ!名前も知らないのに…」


「あら、ないしょくって読むの?知らなかったわ…」


「知るわけないよ、世間も知らずに育ったお嬢様なのに

君にこんな事までさせた自分が許せない!」


丞一は(ひざまず)くと、舞衣の手を取り自分の手に重ねた。


「実家に帰ってもいいんだよ」


葵はその言葉に衝撃が走った。



(まさか離婚?そんな⁉)



だが舞衣の表情は一つも変わらない。


「あぁ、先週遊びに帰ったから大丈夫よ」


ズコッ!


「そうじゃなくて…」


丞一が言いかけた言葉を舞衣は遮った


「あのねパパ、私は今の生活で十分幸せなの。

パパと子供たちがいて、毎日健康で笑って暮らせる。

それ以上は何もいらないわ」


丞一の顔がくしゃくしゃになり、頬に涙が伝った。


「こんな落ちぶれた俺でも、君はついてきてくれるのかい?」


「やだ~、当たりまえじゃないの!

それに落ちぶれてなんかないわ。今でもとってもかっこいいもの~」


「ぷっ」


丞一は噴出し、舞衣もクスクス笑った。


「はぁーっ、俺は世界一の幸せものだ

いつも私を支えてくれて本当にありがと」

涙を拭うと、丞一は舞衣の肩に手をやった。


葵はホッとしたように息を吐く。


(離婚しなくて良かったー……って安心してる場合じゃない!

こんなにパパとママが一生懸命なのに

私ったら自分のことだけ考えてる?

迷惑ばかり掛けてきたけど親孝行なんて一度もしたことがない)


葵は壁にもたれ、膝を抱えた。

すると丞一の穏やかな声が聞こえてくる。


「葵のお見合いの件だけど、断ることにするよ。

……会社は、私の代で終わらせる」


舞衣はニッコリ微笑み頷いた。


(断るって?ちょ、ちょっと待って、そんな簡単に諦めていいのっ⁉)


丞一がポケットから携帯を取り出した。

葵は考える間もなく立ち上がり

気が付くと勢いよく部屋のドアを開けていた。


驚く丞一と舞衣。

葵は二人の前に立つと大きく息を吸い込んだ。


「私っお見合いするからっ‼」






その夜は久しぶりに丞一も夕食に加わった。

そして満面の笑みを浮かべ、冷たいビールを飲み干した。


「いや~そうか。葵がお見合いしたいとはパパもビックリだよ!

ママから電話があった時は、てっきり嫌がっていると思ってな?」


「まさか葵ちゃん、無理してるんじゃないでしょうね?」


舞衣が不安げに葵を見る。


「そっそんなことないよ、今日から共学だったでしょ?

学校でいろんな事があって

男の人も悪い人ばかりじゃないなぁ?って思ったの…」


(うわっ、顔が引きつってる⁉)


葵は悟られないようハンバーグにかぶりついた。


「そうかぁ!それは良かった。

でもな、葵が気に入らなければ断っていいんだぞ、いいな!

まぁ噂に聞くかぎりでは、好青年でかなりのイケメンらしいけどな」


サラッと言ってはいるが、かなり期待しているようだ?

葵は喉に痞えたハンバーグをお茶で流し込む。


「え~っイケメンなの?じゃあ私がお見合いに行く!」


「何を言ってるんだ、朝露(あゆ)はまだ中学二年だろ?」


「だって私が行けば相手もOKだよ!お姉ちゃんが行ったら断られるじゃん」



丞一はあらためて葵と朝露を交互に見た。


(家の娘に限ってそんな…)


確かに朝露は服装もヘアスタイルも大人びていて

中二には全く見えない。

小さい頃からモデルにスカウトされ、美少女コンテストでは優勝。

葵とは全く正反対の華やかな人生を歩んできた。


だが葵とて舞衣の血を引いている。

同じ姉妹でそこまでの差があるとは思えない。


…ところが、現実を直視した丞一の表情は硬くなった。


葵もまた二人が映るリビングの鏡をマジマジと見ていた。


(…この差はなんなんだろ?)


そこへ用事を済ませた舞衣が食卓に着く。


「あらやだ?お姉ちゃんのこと分かってないわねぇ」


舞衣は何やら含み笑いをした。


「そ、そうだぞ朝露!葵だって今どきの服を着れば見違える…」


丞一はその姿を想像したのか?最後は声が小さくなった。

そして助けを求めるように舞衣を見る。


「よなぁママ⁈」

「ええ、もちろんよ!あ~ん楽しみ!

お見合いの日は何を着せようかしら?迷っちゃう~」


三人は複雑な心境だったが……

衣装選びで頭がいっぱいの舞衣だけは終始笑顔でハッピーな夜であった。




その夜、葵は早くからベッドに入った。

見知らぬ相手を想像するとなかなか眠れず、右へ左へと寝返りをうつ。

そして諦めたのか?目がパッチリ開かれる。


「そうだよ、相手がオネエ系ならうまく行く…?

最近はテレビにもよく出てるし

世の中にはレイや私みたいな男版がいっぱいいるはず!」


オネエが来る確率はかなりゼロに等しいのだが…

葵はそう考えずにはいられなかった。

お見合いが行われる決戦の日は来週の土曜日。

太陽が少しだけ顔をだしたころ、葵はようやく眠りについたのであった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ