イトオシイヒト
「……い…葵…」
誰かが私の名前を呼んでいる?
…この声は…?
心が安らいでいく…
そうだ
今日から将院先輩とトレーニングだった。
…そしたらあの変態がベンチにいて
そのあと……乱闘に⁈
〝ガバッ‼〟
倒れる前の記憶が鮮明に戻った葵は跳ね起きた。
「良かった!気が付いた」
葵が眠るベッドのすぐ横に座っていた将院は
ホッとしたように深呼吸をする。
「すいません、私…」
「びっくりしたよ、急に顔が真っ青になって倒れたんだ。大丈夫かい?」
「はい、大丈夫です」
「そっか、安心した」
ぼんやりした頭がスッキリし始め、葵は部屋の中を見渡した。
「あの…ここは?」
「俺の部屋だよ。倒れた後、ここへ運んだ」
そこはプライベートルームの一室で
どうやら将院の寝室であることが分かった。
深いネイビーと白の家具で統一され
必要な物だけが置かれてあり
シンプルだがとても洗練された
感じの良い部屋であった。
(へぇ~、ここが寝室なんだ…
ってことは、将院先輩はさっきまでここで寝ていた⁉)
やましい気持ちが頭を過ぎり
思わずシーツに頬ずりをする。
「ごめんね、きっと俺のせいで気を失ったんだ」
将院の声で我に返った葵は、パッとシーツから離れた。
「そ、そんな訳ないです!助けてもらったのはこっちです!」
「いや、俺が弘徽にカッとなったのがいけなかった。
あの時、葵ちゃんを連れて部屋へ戻っていれば…」
「いいえっ、将院先輩は全然関係ありません!倒れたのは貧血です」
「…貧血?」
「そうです貧血です!栄養が足りてないだけです!」
「…本当に?」
「本当です!」
将院はフッと笑うと、そっとベッドに腰を掛けた。
「じゃあ今度、一緒に栄養のあるものを食べに行こう」
「そんなつもりじゃっ⁈」
「ダメ。これは強制だよ」
「でも、本当に大丈夫なんです…」
スッと伸びた将院の手が、黒く艶やかな葵の髪に触れた。
そして梳かす様に優しく後ろへ流す。
「そんなに頑張らなくていいよ。困ったことがあれば俺を頼って」
その甘く溶けそうな言葉に葵の胸がキュンとなった。
(なんか息が苦しい…
人を好きになるって、こんな感じなのかな?
雑草が薔薇に片思いか…)
葵は横目で将院を見る。
将院もまた、暖かい目で見つめ返した。
だがほんの数秒で耐え切れず、葵は視線を落とした。
(ハァーッ!カッコイイ‼)
荒くなった呼吸を必死で整えていると
再びあることに気が付いた。
(キャーーーッ⁉)
葵の目の前に将院の肌蹴た胸元が見える。
鍛えられた胸は小高い丘となり
腹筋は完璧なまでに割れていた。
引き締まった腰のラインは思わず手が伸びてしまいそう…
葵は見てはイケナイ…と思いつつ
魅力的な肉体美から目が離せなくなった。
葵があまりにも一点だけを見つめるため
敏感でない将院でも、こればかりは気が付いた。
視線を追うと自分の胸にたどり着く…
「あっ、あぁ、ごめんっ!連絡が来て急いで出たから
こんな格好でうろつかれたら嫌だよね、すぐ着替えてくるよ」
将院はパッと立つと、慌てて部屋から出て行った。
「…わたし、将院先輩の〝胸〟見てた?
しかも嫌らしい目つきで?…はっ、恥ずかしい~‼」
葵は真っ赤になった顔を両手で覆った。
「ヘンタイ女だ⁈あいつ(弘徽)に負けてないよ!
どうしようっ、もぉ~顔合わせられないよ…」
だがしばらくすると
葵的解釈が想像され、赤かった顔が白く戻る。
「まてよ?私の視線に気付いて慌てて出て行ったような?
それに微妙に顔も引きつっていた?
しかもここは寝室…
私が変な目で見たから怖くなって逃げ出したんだ‼」
〝ガ~ン‼〟
恋愛は特にマイナス思考な葵である。
「同性の友達みたいな感覚で優しくしてくれているのに
思いっきり男として見てる…
それじゃあ将院先輩に迷惑がかかるでしょ!」
葵はベッドに顔を埋めた。
「いい匂い……って、ダメダメダメッ‼
この感情は捨てないと!
私も同性だと思うことにしよう。
それより宴だ、早く着替えてトレーニング!」
将院への揺れる思いをきっぱり断ち切るように
葵は〝バサッバサッ〟と男らしく制服を脱ぎ捨てた。
そして鞄から体操服とTシャツを取り出すと
ベッドの上に放り投げる。
勢い良く飛ばしたため、Tシャツがスルリと床に滑り落ちた。
それを葵が拾い上げようとベッドに飛び乗り
白く細長い腕を伸ばした…ちょうどそこへ
〝ガチャ〟
寝室のドアが開いた。
着替えを済ませた将院が戻って来たのだ。
「今日のトレーニングは止めて、どこか気晴らしにでも………☆☆☆‼」
将院は部屋へ入ると同時に、後ろの壁にぶっ飛んだ。
そこには、スラリとした足をピンと立て
下着姿でベッドの上に四つん這いになる葵の姿があった。
「ごっ、ごっ、ごめんっ‼」
ダダダダッ!バタンッ!
びっくりした将院は、前回よりも増して
慌てて部屋を飛び出した。
同性のお友達…
と自分に言い聞かせていた葵だったが
血相を変えて飛び出して行く将院の後ろ姿を見て
更に追い討ちを駆けられる。
「…あんなに慌てて飛び出さなくても?
見たくないモノ見ちゃったみたいな…これではっきりした」
〝 男性の前で、女性が裸(下着姿でもOK!)になれば
その人に興味がなくても飛びつくでしょう。
例外は殆どなし。
あるならその男性がホモである場合か
又は、あなたを全く女性として見ていないかのどちらかでしょう 〟
〔朝露が持っていた雑誌
LUNLUN68ページ実体験の扉 参照〕
葵はしばらく天井を見ていたが
悲しい気持ちを隠すように
手に持っていたTシャツを頭に被せた。
将院はピシャリと閉めたドアに背中をつけると
目を閉じて思いっ切り深呼吸をした。
葵のくっきりとした胸の谷間が目の裏に焼きついている。
いつもゆったりとした
大きめの制服を着ていたので気付かなかったが
グラビアアイドル以上に抜群のスタイルをしていた。
「しかもあの可愛らしさ…」
将院の整った顔が緩み頬が赤くなる。
今まで数え切れないほどの女性とベッドを共にしてきたが
下着姿の女性を見たからといって
慌てて飛び出したことなど一度もない。
「俺としたことが、ノックを忘れた…」
頭を反らし壁にコツンとあてる。
すると再び葵の姿が思い出された。
「それにしても
男がそそられる様な下着だった…」
もちろん葵ではなく舞衣が気に入り購入した物だか
将院が知るはずもない。
男を誘惑する小悪魔的な葵が浮かび上がり…
「いやっ!葵に限ってそんな事はないっ!」
将院は断言すると、頭の中の想像をかき消した。
葵はそーっとドアを開け、辺りを見回した。
〝シュッ、シュッ…〟と、マシーンの動く音が聞こえてくる。
その音の方へと進んでいくと
テラス横にある部屋へとたどり着いた。
見たこともないマシーンが何台も置かれ
その内の一つに将院は跨り
両手を開いては閉じるを繰り返している。
筋肉の動きが見て取れる程
白いTシャツは身体にフィットし
額や首筋から汗が流れ落ちていた。
いつもの優しい将院のイメージは微塵もなく
男と言うものを感じさせた。
ボ~ッと見つめる葵。
(ハッ⁈これじゃあ嫌われる!)
両頬を抓り上げ、
自分に暗示をかけるように言い聞かせる。
「同性、同性!お友達!」
そして何事も無かったかの様に
平静を装い将院の前に立つ。
「凄い!こんなマシーン初めて見ます」
「あっ!さっきはごめん、まさか着替えいてるとは思わなくて…」
マシーンから離れると
将院はテーブルに置いてあったタオルで汗を拭った。
将院…(どうしよう、顔がまともに見れない…)
葵…(ヤバいっ!将院先輩が困ってる?ここは気にしてない振りをしないと!)
「あ、ああ~、そんな、大したことないですよ、あれくらい全然平気です!」
将院…(下着姿を見られたのに平気だってーっ⁈そ、そんなまさか)
懇願するような目で葵を見る将院。
「…どうかしましたか?」
「い、いいやっ、何でもない」
微かに震える手で水をグラスへ注ぎ
将院は一気に飲み干した。
葵は将院のぎこちない態度が気になり
横目でチラリと様子を伺う。
そして沢山あるマシンの一つに跨り、両手を高く伸ばした。
「今日はどんなトレーニングをするんですか?」
その姿を見た将院は、慌てて葵に駆け寄った。
「それはダメ!このマシンすっごく重いから!
葵ちゃんは、きついトレーニングなんてしなくていいよ」
「え?」
みっちり叩き込まれると思い込んでいた葵は
将院の行動に戸惑った。
「今日は倒れてしまっただろ?
ゆっくり休んだ方がいい。そうだ!
気晴らしに学園の好きなところへ行っておいでよ。
図書館でも、映画でも、サ…」
(サウナだって⁈危なかった~っ!
こんなタイミングで言ったら絶対〝エロイ男〟だって思われるっ‼)
「ウォッホンッ、ウォホンッ!」
将院は咳払いでごまかした。
「大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫。さ、さ…散歩!散歩なんていいかもしれない」
「散歩ですか?」
「うん、散歩。裏の庭園がいいかな?
今の季節、花がいっぱい咲いていて
とても綺麗だから
…それと、弘徽はもう襲ってこないよ」
「あ、そう言えば、あの後どうなったんですか?」
「葵ちゃんが倒れて、弘徽も相当ショックだったみたいで
それで戦意喪失。あいつなりに反省していたよ」
「あの人、私のことをからかっているんですか?」
将院はクスッと笑った。
「からかっている訳じゃないよ。
弘徽が本気になった証拠さ。
あいつは人生が楽しくなるよう
毎日ドラマみたいな演出をしているんだ。
ある意味純粋で情熱的な男だよ。
ただいつも限度を超えているから、ついていけないけどね」
「あの人無理!すっごく苦手」
将院は苦笑いすると、外の景色に視線を移した。
「葵ちゃんにはまだ理解できないかもしれないけど
弘徽はそれほど悪いヤツじゃないよ。俺が保証する」
「知り合って長いんですか?」
一呼吸の間があって将院は答えた。
「…あぁ、とってもね」
その声の響きに長い年月が感じられ
幼い頃からの付き合いだと言う事が葵にも分かった。
(でもなんで変態と将院先輩が友達なんだろう?
全然違うタイプなのに?オマケにあの自己中心的なヒカルも…?)
なんて理解に苦しんでいると
将院は小さな雛鳥をすくう様に
葵の腕にそっと触れた。
そしてマシンから離れるように優しく導く。
「今日はいいから行っておいで…好きなところへ」
将院は少し背を屈め葵を覗き込む。
(ここまで進められて〝嫌です〟とも言いにくい。
それにさっきの件で気まずいのかも?)
「じゃあ、お言葉に甘えて行ってきます!」
葵はぎこちなく笑うと
ソファーに置いてあった鞄を手に取り
エレベーターへと向かった。
そして案内画面の前に立つと〝1階〟の表示を押し、振り返る。
すると葵の直ぐ後ろに将院が立っていた。
「忘れ物だよ」
手には、お手製の前髪付きカチューシャを持っている。
「寝ている時に外したんだ、これ」
「あ、すいません!それをしていると落ち着くんです」
葵はテレながら手を前に出した。
だが将院は渡さずに、葵の頭にそっと乗せ
そして軽くおでこにキスをする…
びっくりした葵は肩をすくめギュッと目を閉じる。
そこへエレベーターの到着音が鳴り将院は手を離した。
「何かあったら電話しておいで、直ぐ駆けつけるから」
頭が混乱する中
葵は固まった足をロボットの様に動かし
エレベータへと乗り込んだ。
エレベーターのドアが閉まると
今まで葵に見せていた余裕の表情は一瞬で消え去り
将院は直ぐ横にあるソファーに倒れこむ。
「どうしてあんな事をしたんだ⁈…自分が抑えられない?」
将院はさらりと落ちてくる髪に指を入れた。
「はぁぁぁ………」
しばらく厳しい表情を見せていたのも数秒のこと。
今度は一転し、至福の笑みを浮かべる。
「それにしても……可愛すぎるっ~‼」
気分転換に出るよう進めたのは
〝自分を抑えられなくなった〟
と言うのが将院の本当の理由だった……。




