目覚め2
「・・・・・・・・・・・」
私はそっと体を起こし、少し後ろへと下がってみた。
(なぜトラが室内に放し飼いになっているの!?普通は檻とかに入っているものなんじゃないの?それに本で読んだのよりも大きくない?それに色だって)
本に載っていたトラは黄色に黒の筋が入った模様で目の色は黒だったはずだ。だけど目の前にいるトラは黒の筋はあるけど色は白。目の色も薄い蒼だ。大きさも図鑑では140~280センチと載っていたのにこのトラはそれ以上に見える。
そしてそのトラはティアルが下がったと見るとノシノシと近付いてきた。
(え、ちょ、ちょっと)
ティアルが下がるほどどんどん近付いてくる獣。とうとう壁が背中についてしまい逃げ道がなくなると顔同士が触れる位に近寄られた。
(まずい、頭が真っ白で呪文の一節も詠めない)
いくら貧乏で公の舞台で男を振るほどの度胸があるとは言えティアルはれっきとした貴族令嬢で命の危機ほどの場面には出くわしたことがなかった。
(食べられる)
そう覚悟したとき、
ベロン
(え?)
すさまじい勢いで顔を舐められ始めた。
「ちょ、ちょっと、やめてっ」
人の言葉が獣に通じるはずもなく、トラは尚もティアルの顔を舐め続け、しまいにはティアルを押し倒してしまう。
舐めるのに満足したかと思ったら、今度は上にのしかかって顔を擦りつけ始めた。
何この状況。さすがの私も容量オーバーなんだけど。
そう思っていたらトラが入って来た出入り口から誰かが入って来た。身動きとれないから気配でしか分からないけど。
「ちょっとー!潰されてんじゃないの!ライ、どいて!」
若い女性の声がしたと思ったらトラが横にはじき飛ばされた。
仰向けのまま呆然としていたら女の子がのぞき込んできた。
「だ、大丈夫ですか?」
背中に手を回されて体を起こされる。さっき叫んでいたのは彼女だったみたい。
赤みがかった茶髪を頭の高い位置でくくっている小柄な女の子だ。歳は私と同じか少し下くらい。紅い目をしたかわいらしい顔つきの彼女は私に怪我がないかしきりに確認してくれる。
「大丈夫です。どこも怪我などしていませんから」
そう言うと「良かったぁ」と肩をなで下ろしていた。
「目を覚まされないから心配してきてみればこの獣に襲われているじゃないですか。このエロ虎が」
部屋の隅で小さくなっているトラにギロッと視線を向ける彼女。
「あ、目を覚まされたんですからとりあえず着替えましょう。そのままじゃ落ち着かないでしょうから」
「は、はい」
てきぱきと準備を始める彼女に私はとりあえず流されてみることにした。
(今、自分がどういう状況なのかも知っておくべきでしょうし)