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4・ 闇夜の旅立ち

「いいいぃやああああーーー!!」


静寂を切り裂く絶叫が闇に包まれた森にこだまする。土緒鈴子は人生史上二度目の全力疾走で森を駈けていた。街道からそれ、茂みをかき分け、枝をへし折り、多数の切り傷を作りながら走る。もはや自分の位置も定かではないが、それでも走るしかなかった。


「なっなんで!あたしばっかり!こんな目に!!」


息も絶え絶えになりながらペースを落とし後ろを振りかえる。そこには静寂と闇に支配された森が在るばかりであった。「撒いた」鈴子が確信しかけたとき、遠くからガシャガシャと小さな金属音が響く。一気に血の気が引く。「くそっ」そう吐き捨てると、再び前に向き直り走りだす。止まる分けにはいかない、まだ奴らがいるのだから。


夜の森に遠吠えが響く、まだ夜は始まったばかりなのだと。






時は少し遡る。


轟音と共に突風が吹き荒れ、自分の後ろに壁に大きな風穴が空いていた。埃が巻き上がり周囲の視界を妨げる。


「アッ・・・!!」

アッシュの安否を確認する為に声をあげようとするが、喉をつまらせてしまった。あたしの目にトカゲ頭(大)の顔が見えたのだ。


瞬間、あたしは走り出していた。昼間の恐怖が蘇ったのか、動物的本能がそうさせたのかわからない。


ただ、気がついた時、あたしは見知らぬ森に一人佇んでいた。



逃げてしまった。静寂の夜の森の中、あたしは膝を抱え顔を埋めていた。助けてくれた恩人、いや、恩犬を置き去りに逃げてしまった。確かにあたしがいても足を引っ張るだけかもしれないが、それは逃げていい理由にはならないだろう。


言い分けは幾らでもある。弱いからとか、子供だからとか、自分は被害者なのだからとか・・・。でもアッシュには関係が無い事だ。こんな得体のしれないあたしを助けてくれた、助けようとしてくれた。なのに・・・。


「はぁー。」


悩んでいても仕方ない、戻ろう。今からでも遅くないはずだ、謝ろう、出来れば帰る為の協力もしてもらおう。都合のいい話かもしれないが、あんな化物がウジャウジャしてそうな世界、あたし一人なら速攻死ぬだろう。


「・・・てか、生きてるのかなアッシュ。んでここどこよ?」


回りを見渡す、森、森、森、森、骸骨の化物、森、森、・・・ふっ。あたしは静かにクラウチングポーズをとる、何度も同じ手を食うものか。しかし駆け出そうとした瞬間、静かな悪寒を感じる。


骸骨の化物を確認した方角を見る。


「いやぁぁあああー!?」


そこには数えきれないほどの骸骨の化物が群れをなしていた。





「オラァァ!!!!」

ズガンと轟音が鳴り響く。石畳の床が蜘蛛の巣状にひび割れる。

「ちょこまかすんな!アッシュ!正々堂々やれぇ!!」


「えぇい!わからん奴だ。お前に構っている場合ではないのだ!」

そう吐き捨てるとアッシュは鈴子が通ったと思われる風穴へと走る。


「逃がすか!」

ブレングルは腰のポーチから火薬玉を投げつける。投げた火薬玉はアッシュの進行方向を阻むように炸裂する。


アッシュはとっさに飛び退ける。また一歩出口から遠退いてしまった。


「へっ、逃がすかよ。」

ブレングルはニヤリと言ったような薄ら笑いを浮かべる。

この森を根城にしてどれぐらいたったのだろうか、数百の戦い中、かつてここまでアッシュを追いこんだ事は無い。


それがどうだ。私は確実に強くなっている、奴を追い込む程に。奴は追い込まれているのだ、先ほどから逃げる口実をペラペラと語っているのがいい証拠だ。勝てる!名実共に森の主になれる!!


ブレングルは渾身の一刀を振り下ろす為、剣を上段に構える。

「これで、貴様を葬ってくれよう。アッシュ、古き王よ!!!」

余裕綽々と語るブレングル。


対象的にアッシュには余裕は無かった。夜の森は死霊達の巣とかしている。人間、しかも年端もいかぬ少女が生き残れる程甘くはない。・・・限界だ、アッシュはゆっくりとふり返る。

瞬間、ブレングルは目を見開き動けなくなった。丁度ヘビに睨まれたカエルのように。


アッシュの顔は怒りに満ちていた。牙を剥き出し、全身の毛を逆立てて。


「殺されたいか、小僧。」


たった一言、ブレングルは空気が重くなるのを感じた。途端に全身に突き刺さるような殺気が襲い呼吸が大きく乱れる。意識を失いかけるほどの恐怖が頭の中を支配していた。


ブレングルはけして弱い存在ではない。この世界においてブレングルはある種確立された強さを持つ。森に生息する化物、魔物と呼ばれる者達の中でも、間違いなく最強クラスの戦闘能力を有しているのだ。


ブレングル自身、自分の強さは理解していた。しかし足も、腕も、視線すら動かせない。二人の戦力の差は余りにも差がありすぎた。

追い詰めた?馬鹿な、遊ばれていたんだ。今の今まで・・・!!


ブレングルは森にあるたった一つの掟を思いだす、怒らせては為らぬ遺跡の王だけは・・・。


再びアッシュが口を開く、


「時間が惜しい、いくぞ。」


「タン」、小さい音を残しアッシュの姿が消える。ブレングルは突然視界から消えたアッシュを視線で探すが見つけられない。ありえない、何処に行った!?


焦るブレングルの背後から「タン」、と小さい音が鳴る。

「そこかぁ!」

振り返りざま剣を振り下ろす。轟音が響く、床が割れ破片が飛び散るがアッシュの姿は無い。「しまった!」


直後、ブレングルは右側頭部に激しい痛みを感じる。すぐさま回避行動へと移ろうとしたがもう遅かった。次は左肩に一撃、右膝、右肩、左脇腹、・・・身体中に撃ち込まれる漆黒の攻撃 。撃ち込まれ箇所から火のでるような痛みが込騰がる。

「かはっ!?」

前屈みに姿勢が崩れる。


ドゴッ!!!すかさずアッシュの漆黒の一閃が腹部に突き刺さる。


「ぶぅっ!?」

腹部の一撃でブレングルの意識は痛みで朦朧とする。もはや意識を保って要るのもやっとだった。


薄れ行く意識の中、アッシュが視界に映る。既に顔から怒りが消えている事に安堵するブレングル。


その様子を伺っていたアッシュが口を開く。


「まだ息はあるな、ブレングル。貴様の命は今日を以て私が預かる。よいな。」


小さく頷く。


「うむ。聞け、所用で暫し森を離れる、留守を任せるぞ。」


用件を手短に伝えアッシュはブレングルに背を向ける。


「っつ・・・は、はい!このブレングルこの身に代えても!」


アッシュは出口に向けて駆け出す。

「さて、間に合えばよいが。」



森に出ると辺りは死霊の臭いで溢れ返っていた。不意にアンデットナイトと呼ばれる魔物が襲い掛かってくるが、歯牙にも掛けずに蹴散らす。アンデットナイトは武器を持った骸骨の魔物で、知性はない。力の差が在ろうと本能に従い生者を襲う為、今のアッシュにとって厄介極まりない。


臭いを追いながらアッシュは骸骨の群れを蹴散らす。


あまりの多さにウンザリしつつ前進を続けながら、アッシュは感心する。よくこんなに集めるものだと。確認しただけで百を超えるアンデットナイト、ゾンビ、ウィスプ、死霊達が大行進だ。


「いいぃやああああーーー!!」


鈴子の甲高い悲鳴が響く。


「む!そこか!!」


アッシュは地面を強く蹴り、悲鳴の方角へ向け一気に加速する。死霊の群れを縫うように掻い潜り、茂みを突っ切る。鈴子の姿はない、「くっ」足の速い事だ。死霊の群れがアッシュに襲い掛かってくる。


邪魔をするな。羽虫共!!

「ガアァァァァァ!!!!」

怒りの咆哮と共に死霊の群が吹き飛ばされる。

埒が空かないな、アッシュは死霊を踏み砕き前に進む。

死霊の群はもう見えない、恐らくこの先に


「ひぃっ」

と小さい悲鳴が前を進む者から聞こえる。


アッシュは笑う。

「私だ、リンコ!!運のいい奴だ!」


「あっアッシュ!?よかった、生きてた!ごめんね!あたしっ」


「よい!それよりまだ走れるか!?」


「へっ?」


「私でもあの数は堪える。逃げるぞ、着いてこい!」


「えっ?嘘だってもうあたしっ・・・あぁもう!!!!こなくそがぁぁぁ!!!!!」


百面相を披露する鈴子を後ろに、再びアッシュは笑う。なんとも世話しない旅立ちだと。

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