3・強襲
「にほんこく、か。」
アッシュは「うむ」と首を傾げる。聞いたことの無い国だと。
なんでもリンコの祖国であるらしいのだが、とんと覚えがない。聞くところによると、建物や道は「こんくりーと」と言う石のような物で出来ていて、「じどうしゃ」と言う鉄の塊が走り回る国だそうな。他にも「ふじさん」と言う山だとか、「すかいつり」と言う馬鹿デカイ塔が在るとか聞いたのだが、サッパリわからない。嘘をついてるとは思えないが、にわかには信じがたい話であった。唯一「すまほ」と言う遠方と連絡する道具を見ることが出来たが、上手く作動しないようである。「でんぱ」が無いと駄目だ、と涙ながらに教えてくれた。
「聞いたこと・・・無い・・よね・・・。」
肩を落とす鈴子にアッシュは尻尾をションボリさせる。
「すまんな。・・・・・・あー。な、何か聞きたい事はないか。」
強引に話題をかえ尻尾を項垂れるアッシュを見つめながら、鈴子はある疑問を思いだす。
「アッシュって何で喋れるの?犬なのに?」
思えば、犬にペラペラと身の上話をしている自分に、今さらながら疑問を感じたのだ。何しているのだと。
「・・・うむ。犬で間違いはないな。長い時を生きる内に自然と学んだのだ、人からな。」
「へー、なんか妖怪みたい。」
「ようかい?」
「そ、妖怪。知らない?尻尾が二本の猫とか、頭に皿がのってるカッパとかさ。・・・て言うかアッシュって日本は知らないのに日本語上手だよね。何で?英語とかも話せるの?」
「何?にほん語など・・・お主こそファルメ語を何処で?・・・まさか、言語最適化か?」
「ん?」
「言語最適化と言う魔術がある。言語最適化の対象者は意思を正確に伝達出来るようになる、聞く場合も同じくな。つまりは知らぬ言語を用いる者に対しても話せる用になると言う事だ。恐らく転移の際に掛けられたのだろう。しかし・・・。」
長距離の転移、加えて言語最適化を組み合わせる技術、一体何ものだ?
「その最適化が掛かってるから、あたしはアッシュと話せるのかー。便利だね魔術って。」
感心しながら鈴子は考える。「魔術」それは空想の産物であり、現代科学においても実現不可能な現象であろう。そんな代物が当たり前の用に語られる今、ある懸念が頭によぎる。ここ地球じゃねぇなと。よしんば地球であったとしても、時代が違うだろう。
アッシュから、この周辺、大陸の文化について学んだ。この世界の文化水準はおおよそ中世ヨーロッパあたりだろう。魔術と言う分野を除けば特別変わりはないように思えた。まぁ言っても中世ヨーロッパなんて冒険物のRPGぐらいしか知らないのだが。
「はぁ」、小さい溜め息を吐き出す。理解出来ない事だらけだが一つだけ確かな事もある。右手の小さな切り傷をを見つめる。トカゲ頭から逃げている間、引っかけた時についた物だ。疼くような痛みが右手に走る。そうだ、この小さな痛みが教えてくれるのだ。これが夢でなく現実なのだと。
「さて、今日はもう休め。明日から多少歩くことになるだろうしな。」
「何処に向かうの?」
「先ずは南にある村へと向かうぞ。旅支度は必要だしな。その先の街道を東へ進めば、ガリオンと言う交易都市がある。大きい町だ、帰る手掛かりも見つけられるだろう。」
「旅支度するほど遠いの・・・?」
「はっはっはっ、何、二週間程度だ、安ずるな。」
「二週間・・・はは・・・。」
乾いた笑いを溢す鈴子をよそに、アッシュの目は遺跡の入り口の方へ向いていた。
「何か・・・来るな。」
そうアッシュが言い終わると同時に、けたたましい雄叫びと共に轟音が鳴り響く。
「ななななな!!!何!!??」
「どうやら面倒な奴が来たようだ・・・。」
「アッシュ!!何が・・・!?」
再びの轟音と共に王座の間に三メートルを越す巨体が入り込む。
その巨体は溢れんばかりの筋肉に包まれ、身体中に戦傷を刻む、身の丈ほどの大剣を背にしたトカゲ頭の化物であった。
「偉大なる古き王よ!!借りを返しにきたぞ、俺様と戦え!!」
「オオオオオオオ!!!!!!」と言う雄叫びと共にアッシュに斬りかかる。無造作に振られるその一刀は、容易く遺跡を切り裂き風穴を空ける。
「相変わらずの剛力、加減を覚える事を知らん奴だ。」
寸前でかわしトカゲ頭を一瞥する。
「ははははは!!アッシュよ腕は落ちていないようだな!安心したぞ!主の座、今日こそもらい受けるぞ!!」
返す剣で真横に振り抜く、斬撃が壁を抉る。
アッシュは斬撃を軽やかな跳躍でかわす。
「待て!ブレングル!今日は貴様の相手をしている暇は無い!」
「戯れ言!!らしくないな、命乞いか!?」
ブレングルと呼ばれた化物は剣を上段に構える。
「馬鹿者!見て分からぬか!!客人が来ているのだ、静かにしないか!」
「ははははは!客人だと!?そんな奴何処にいる!笑わせるな!!」
「何を・・・!?」
アッシュの振り向いた先に鈴子の姿は無かった。
ブレングルの空けた風穴から臭いを残して。
「・・・逃げたな。」