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2・酔狂な主

 「…何者だ」


 一体何度目の質問になるのだろうか。娘はポカンと口を開けたまま動かない。



 うむ。やり方が不味かったか。彼女等が遺跡に入って来た時、既に気づいてはいたのだ。人間より遥かに優れる感覚器官を持つ私からすれば、気がつかぬ方が難しい。久方ぶりの人間の訪問に少々浮かれ過ぎたようだ、登場のタイミングを図らずそうそうに助けるべきだったか。こんなに呆けてしまうほど恐ろしかったのだろう。可哀想に。見慣れぬ服を着ている所から、彼女は異邦人である可能性は高い。ずいぶん薄い服だ、奴隷か?買われた家を逃げ出し、迷いこんで此処まできたのだろうか。んん…うむ。やはり予想の域を出ない。聞かぬ事には拉致があかんか…。

 娘を眺めながら尻尾を軽く振る。どうしたものか…。



 鈴子は混乱していた。何に?何もかもだ。ついさっきまで普通の女子高生だった、だったのだ。気がつけば知らない土地にいて、トカゲ頭の化け物に追い回されて、仕舞いには喋る犬に助けられた。…何だこれ。


 目の前の犬に自分はどう対応すればいい?感謝するべきか?餌を献上すべきか?素直に自己紹介でもするか?そもそも、あたしをどうするつもりなのだ。人生最大の脅威を退けた、化け物を超える化け犬だ。あたしの事を殺す気ならとうに殺してる。…それにだ、さっきから気になっている事がある。尻尾が…尻尾がめっちゃ降られてる。もしかして…。


 鈴子は意を決して行動を開始する。外れていればどうなるか。いやっ、やられる前にやるしかない!


 「おっお手!」


 鈴子の大きな声が王座に木霊する。


 「いや、しないが。」


 違っていた。やられる!


 「ぎゃぁぁっ、すいませんゴメンなさい!あたし土緒鈴子と言います!!しがない平凡な女子です!何も悪い事してません!言うこと聞きます!だから食べないでぇぇ!!」


鈴子は誠心誠意の土下座を敢行した。もし彼女の国の人間が見たのであれば賞賛しただろう、見事な土下座であった。



 「くっ、喰わぬわ!落ち着け娘よ。」



 その声に少しだけ正気を取り戻す鈴子。顔をあげると黒い犬が優しい眼差しで自分を見ている事にやっと気づく。


 「アッシュ・ジオ・ガルム。私の名だ、ドオ・リンコ。」


  そう言うとアッシュの尻尾が小さく揺れた。






 「黒い…霧か。」


 それだけ聞くと難しい顔をするアッシュ。何か不味い事をしたか?鈴子は顔をしかめる。


 「はい、すいません。」

 何故か謝る鈴子にアッシュはため息をつく。


 「いや、君が悪いわけではない。…リンコ、君は魔術と言う物を知っているか?」


 鈴子は唖然とする。魔術?今彼は魔術といったのか?アニメや漫画やゲームで出てくるアレか?魔法陣やら呪文やらを行使し超常現象を起こす。アレか?


 「あっ…あの、アッシュ・ジオ・ガルム様。あたし…。」

 「…そんなに畏まらなくていい、アッシュでかまわない。魔術だ、知っているか?」


 「ゲームとかなら、ちょっと分かります。ベギ〇〇ンとかバ〇クロ〇とか…。」


 …変わった呪文だな?アッシュは首を傾げる。ベギなんちゃらや、バなんちゃらなど聞いた事がない。まぁ、私も魔術に精通しているワケではないのだが。そもそも彼女のいった《げぇむ》とは何だ?…まぁいい。


 「魔術を知っているなら話が早い。リンコ、恐らく君は転移魔術に巻き込まれたのだろう。…術者に心当たりは?」


 鈴子は首を横に振る。在るわけない。


 それを見たアッシュは目を閉じた。恐らく彼女は転移魔術によりこの場に呼び込まれた、誰が、なぜ?


 転移魔術は、一般的な魔術に比べかなり高度な術である。

普通の炎を生み出す下等魔術ならば、魔術の才さえあれば一週間程度で習熟は可能であろう。しかし高等魔術である転移は才を持つ者の中、さらに極一部のみが使える魔術に分類される。それに加え、転移魔術は術者の力量により移動距離が変わる性質がある。彼女の衣服から近隣の風土は感じられない、ならば最低でも一国を跨ぐほどの力が必要になる。それはつまり最高クラスの魔術者が彼女の転移に関与していることになるのだ。


厄介なことになる。アッシュは予感する。大陸に数える程度しかいない魔術者が何の理由もなしに少女を転移させるわけがない。国家クラスの何かが起きている。


「面白い。」


アッシュの不意な呟きに鈴子は困惑していた。今までうす黙っていた犬が突然そんなことをいうのだ。何が面白いと言うのか、この犬は。喉をグルグルしてやろうか。

「あの、…何が面白いんですか。」


「いや、こっちの話だ。……それよりリンコ、君は随分厄介な事に巻き込まれているようだ。君がもといた国に帰るのは…一筋縄ではいかないだろう。」


尻尾の垂れたアッシュを前に鈴子の表情は暗くなる。


「心配するな、君は私が送り届けよう。」


鈴子はさらに困惑する。一筋縄ではいかないと言っておいて手助けを申しでる。詐欺か、詐欺なのか。怪訝な表情をした鈴子に気がつき、アッシュは尻尾を振る。


「勘ぐるな。私もかつては「皇」と呼ばれた者の一匹、人を謀るような安い誇りは持ち合わせていない。」


「おう…、王様?」


「我が名アッシュ・ジオ・ガルムに懸けて誓おうリンコ。君を在るべき場所へと送り届けると。」


はっきり云いきったアッシュに鈴子は問いかける。

「なっ、なんで…」何で助けてくれようとするのか。鈴子はそう言おうとして言葉をつまらせる。視線の先に気を盗られたのだ。尻尾が、アッシュの尻尾が嬉しそうにゆらゆら揺れている。…なつかれたのか。何で。


鈴子の疑問をよそに、アッシュは苦笑いを浮かべ続ける。


「何、気にするな、ただの酔狂さ。」


それだけ言うとアッシュは千切れんばかりに尻尾を振る。


鈴子は心の中でも思う。なつかれたのか。何で…。

なんとなしに自分の匂いを嗅いでみる。ちょっと汗臭いな。




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