7.北泉高校生”
木口屋守は1年生である。中学時代の成績は芳しくなく、北泉高校には頑張ってかなりギリギリで入学を果たした。
当然、本人はもとより両親も諸手を挙げて喜んだ。だが、入学してわずか2月と経たず異世界へと落とされてしまった。
(何の為に、無理して勉強したんだよ・・・ こんな事なら泉商業にでも行くんだった・・・)
泉商業は、普通科を含む商業科メインの2.5流高校で、彼らの学区ではあまり成績の良くない者が行く高校として知られている。
確かに、彼の気持ちも理解出来る。入学して2月もしない内にこんな事に成ったのであれば、後悔はもとより、文句も言いたくなるだろう。
だが、もう一つの現状は彼自身によって作られたモノであって、不憫に思われる様な所は一片たりともない。
彼は、男だけの10人グループで生活している。その家も、他の家から離れた所に作られ、大半の者から避けられている。
いわゆる『強姦組』と呼称されるグループの一員なのだ。
彼は、積極的にソレを実行した訳では無い。しかし、他動的にやらされた訳でも無い。
他の者が実行しているのを見てしまい、その後彼らが去って行った後のグッタリと動かない女子にフラフラと近づき、流されるがままに実行してしまった。
積極的では無かったが、自分の意志で罪を犯したのは間違いない。しかも、抵抗出来ない状態の相手に対して行ったという意味では、更に卑劣とも言える。
そして、彼が弁護される必要を満たさないのは、その後5人以上を同様の形で犯しているからだ。完璧なギルティーで有る。
(何でだよ、おかしいだろう、俺がこんな目に遭うはずが無いんだ。)
おかしい所は全く無い。自業自得である。だが、当然彼は自分の罪は考えない。ただ、現状がおかしいと文句を言うだけだ。
自分がやった事は理解している。だが、その事は考えない。考えようとしない。考えれば自分が悪いと言う事を自分で認める事になる。だから考えない。故にブツブツと文句だけを言う。
その日彼は、一人で山へ山菜を採りに入っていた。彼らのグループでは彼は一番の下っ端として扱われ、良い様に扱われている。その為、大抵は1人で行動させられるのが常だ。
扇状地に近い山の辺りは、もう採り切ってツワブキすら無いので、それなりに上まで上がらないと山菜は手に入らない。
だから、彼は『裏山』と皆が呼称している北側の山の中腹まで登って来ている。そして、椎茸が大量に生えている枯れ木を見つけ、それを採っていた。
彼が、半分ほどを採っていた時、一段下から人の話し声が聞こえてくる。それは4人組の女子だった。
木口屋は枯れ木の裏に隠れる様にして、彼女たちを見下ろす。丁度彼の真下の位置に山芋のツルがあった様で、彼女たちは立ち止まって掘り始めた。
彼は、その様子を隠れたままじっと見つめる。目線はTシャツの伸びた襟元から覗く胸元だ。彼の頭には、彼女たち全員をムリヤリ犯す自分の姿が浮かんでいる。
彼女たちの内、椎葉和葉と稲森瞳の2名の『味』を彼は知っていた。それだけに妄想はリアルに浮かぶ。
彼女たち4人は、いわゆる強姦被害者組で有る。強姦被害者を、やられた直後に襲う木口屋は有る意味他の強姦犯より忌み嫌われている。被害者からはもちろん加害者達からも。
そんな全ての者から忌み嫌われているクズは、妄想の果てに何度となく本気で襲いかかろうかと考えるが、胴体から半分に切断された死体と、根元から四肢を切断されて痛みに悲鳴を上げ続けていた光景を思い出して何とか思いとどまる。
(畜生!畜生!畜生ー! こんなの絶対おかしい! 何で俺がこんな思いしなくちゃ成んないんだよ! 畜生ー! やらせろよ!!)
クズはどこまで行ってもクズだった。
山を越えた伸樹は眼下の川を目指す。その川は、周囲に大きな平野部の無い、谷間を流れそのまま海に至るものだった。
時間的なものも有るが、現在使用している『重力の宝珠』の残量が厳しくなってきている為、補充を考えての行動だ。
特に、メインで無重力を形成している方は、全力で使用している為残は1/10を切っている。もう一つの方は、進行方向に1/3以下の力しか使用していない為1/5程の残だ。
無論予備はあるが、2個しか無く、今後の事を考えると心許ない訳だ。何より、またパラレルワールドの彼女たちの様子を伺いに行く事を考えれば、移動手段として絶対に確保しなくては成らない。
彼は5分ほど『重力の宝珠』を消耗させ、山間のまだ細い川へと降り立った。そこは、川幅1メートル成るか無いかのかと言う源流に近い上流だ。
彼は、ついものごとく『範囲認識』を使用しながら川の中を下って行く。さすがに上流の水だけ有り、かなり冷たく泳ぐのはキツい温度だ。
だが、水深は20~30センチが精々で、時折石などで堰き止められて深い所がある程度で有り、立って歩く事が出来る川だった。
ただし、なんだかんだで全身はびしょ濡れになっている。なんせ、何度となくコケなどで足を滑らせているから・・・
昼の反省で、背負っているカゴには転んでも中のモノが飛び出ない様に、木をスライスした板をはめてあるので、荷物が散らばる様な事には成っていない。
一応、彼には学習能力は有る様だ。出来うるならば、一般的な恋愛観も有していれば世話は無かったのだが、残念である。
川の中にある『宝珠』は、川を下るにつけ増えていく。やはり、周囲から流れ込んで川底に残留したものなのだろう。
(でも、河口部をチョットでも越えると、一気にゼロに成るんだよな・・・ 何でだ?)
午前中の川探索で、伸樹は海と繋がる河口部も探している。すると、一定の距離を越えた辺りで一気に『宝珠』が見当たらなくなってしまうのだ。
河口部の辺りは、淀みほどでは無いがかなりの密度で『宝珠』が存在していた。砂浜の2倍以上の密度だった。それがある地点で、線を引いた様にゼロに成ってしまう。
潮の干満も有ってハッキリはしないが、ほぼ川と海の境目である河口部がその線となっている様だ。実は『宝珠』は海水に溶けるのでは? などと考えてしまったぐらい綺麗に消えていた。
無論、海水に溶けないのは、潮だまり内から発見した事も有り確認済みでは有るのだが、ならば何故? と言われれば答えどころか予測すら付かない。
彼にとって、この世界はまだまだ分からない事ばかりの様だ。
彼は、『範囲認識』と『テレポート』を使用しながら川を3時間近く掛けて下った。一部3メートル近い段差は『重力の宝珠』を使用して降りる。
そして、幸いな事に、目的の『重力の宝珠』を3つ入手出来ていた。更に、『液化の宝珠』が1つ『治癒の宝珠』が8個『若返りの宝珠』は6個手に入っている。
それ以外の宝珠も、昼の件を考えて、捨てずに全て背負いカゴに放り込んでいた。おかげで、カゴは地味に重くなっている。
さすがに海岸近くに着いたのは薄暗くなる直前で、大急ぎで仮の宿の作製を行う。いつも通り、岩のお宿だ。ヨモギ用の皿と七輪も作り、抜き取った岩のブロックでカマドも組んだ。
3回目ともなると手慣れたものだ。一通り薪やヨモギなどを準備し終えてから、食材を取りに行く。こちらもいつも通りの魚と貝だ。
銛の準備をしていないので、心臓を『切断の宝珠』で切って殺した後、『念動力』で水面までゆっくり上げる。
現時点での彼の『念動力』はビー玉4個ほどの重量を宙に浮かべるのが精々だが、水中にあって浮力で丁度つり合った状態の魚であれば、質量と水の抵抗は有るとは言え、ゆっくりならば移動は可能だった。幸い、強い波が無かった事も彼に味方した。
彼は同じ方法で4匹の30センチ程のチヌを確保した。後は何時ものマツバガイだ。こちらは10個確保する。さすがにその頃になると日は完全に水平線から消えている。
彼のいる海岸は、西にある関係で、日が水平線に没する所が綺麗に見えた。ただ、ほぼ快晴で雲が無かった為、茜に染まる雲が無く、微妙に趣は無い。
日が落ちて、多少足下が見えづらいが、彼の『範囲認識能力』はエリア内であればクッキリと、目視以上に認識できるため、ゲーム的な第三の視点に慣れさえすればサクサクと歩ける。
岩のお宿に戻った彼は、2匹の魚は岩に掘った穴に入れて、水で満たした上で『冷凍の宝珠』を使って冷凍にした。
残り2匹と貝を焼いて夕食にする。今晩は栗は我慢する様だ。本日は、川をそのまま下った為、山菜を確保していなかった。川沿いにツワブキは有ったが、アレは最低一昼夜はあく抜きが必要なので採ってこなかった。
そのため、野菜なしの肉だけ飯となっている。無論、他の学生達に言わせれば、「魚をそんなに沢山食えるのに文句言うな」と言いたい話だろう。
ヨモギの煙が充満する中で、ゆっくり噛んで1日2食の食事を味わう。明かりは『光の宝珠』を使って天上の一部を発光させて、蛍光灯と同じほどの明るさを作っている。
一応、感覚的ではあるが、2時間は光り続ける程のエネルギーを設定して居る。『光の宝珠』は最初の段階で長時間発光を設定出来るので、楽で良い。
他の『宝珠』は全てその力を使う間、随時その『宝珠』に意識を集中しないといけない。スイッチを押し続けなければいけない道具に似ている。
ただ、この明かりは、消そうと思ってもエネルギーの残っている間はどうしようも無いという、融通の効かなさは有る。
満腹になった彼は、『液化の宝珠』を取り出し、その能力を確認していく。10分ほど確認すると、ただ溶かして液化するだけでは無く、その中間の粘土状にもコントロールできることが分かった。
つまり、コレがあれば、金属や石を自由な形に形成出来る事になる。無論、陶芸レベルの技術が必要になるが。
そして、薪にも使うと問題なく液化出来た。ならば、と、近くにあった植物にそれを試すが、今度は出来ない。だが、枯れ草は可能だった。
(生物、生きているものは無理って事?)
生命が基準に成っていると彼は予想を付け、『範囲認識能力』で周辺を調べ、石の下にいるヤスデの様な虫を『テレポート』で転移させる。
そのヤスデに『液化』を試すが、思った通り出来ない。そのヤスデの頭を潰し、しばらくして完全にオーラが消滅してから『液化』すると、今度は成功した。
生命の有無が可・不可の基準に成っているのは間違いない様だ。更に、複数の物質が混ざった状態でも『液化』出来る事も分かった事に成る。
実際、木以外の生き物に、この力を使う必要性は多分無いだろう。人の遺体や、動物の遺体を溶かしても意味は無い。
小説やゲームの様にモンスターでも居れば、その外部骨格や甲皮を加工するのに使えるだろうが、そんな存在は居そうにない。
(毛皮を繋ぐとかは出来るかな? 出来てそれくらいか・・・)
生物についてはともかく、他の金属・石・木についてはかなり使い勝手が良さそうだ。酸素の還元まで出来た鉄であれば伸樹にも加工が出来る事に成る。
また、色々な物の補修が容易で、石垣などの接着も出来るはずだ。今までは切り取るしか出来なかった工程に、接着と変形が可能になるのは大きい。
しかも、この『宝珠』のエネルギー効率は『加熱の宝珠』や『冷却の宝珠』と同等で、『切断の宝珠』などより効率が良い。ただ、その分絶対数が少ないのだが・・・
次ぎに確認したのは『若返りの宝珠』だ、無論自身に使用するのでは無く、近くに生えた雑草に対して使う。
『成長』の方で力を掛けると、その小さな雑草がピンクの光を放つ。10秒ほどで力が空回る様な感覚を感じ、力の照射を止める。
『若返りの宝珠』の施行を停止した後も、その雑草はピンクの光を放ち続け、ゆっくりと枝葉が伸びて行った。そして、3分ほどで初期の2倍ほどの高さになって、その成長は止まり、それと共にピンクの光も消えた。
その成長した草に、更に『成長』を掛けるが、先ほど同様力がすり抜ける感覚があるだけで、草にピンクの光も発生しなかった。
(成長方向に限界点があると言う事? いや、成長の為の栄養が無いからか? 無から有は生めないって事か? なら逆を試すか)
考察の上に、今度は別の植物に『若返り』を掛ける。今度も同じようにその植物にピンクの光がオーラの様に発生する。だが、『オーラ視』を使わない状態でも見えるので、オーラでは無く肉眼で見える光の様だ。
そして、今度も先ほど同様に10秒ほどで力の空回りを感じる。力を止めて、見守ると、その草は葉や茎を徐々に切り離しながら小さくなり、双葉程度の大きさで停止した。
(栄養の問題と言うより、下限上限が有りそうな感じだよな・・・ これからすると。 人間だったら何歳ぐらいまで若返るんだろう。 でも、同じように手足がぽろぽろ外れる様な姿は見たくは無いな・・・)
植物の時と同様の事が人間にも起こるとしたら、彼の想像通り、身体の末端から千切れながら小さくなっていく姿が見られるだろう。
赤ちゃんまで若返るとしたら、その後には大量の肉塊が残る事になる・・・ 気持ちの良い光景では無いだろう。
最後に彼が取り出したのは『流体の宝珠』だ。学生達から、『一般宝珠』にカテゴライズされている大量に発見出来る緑色の『宝珠』だ。別名『役立たずの宝珠』とも言われている。
昨夜もこの『宝珠』の使い道は考えたのだが、今ひとつ良いアイデアが浮かばない。この宝珠が出来る事は、気体と液体限定でその物質に流れを発生させる事が出来ると言う事だ。
有る意味、気体・液体限定の『念動力』に近い働きを出来る。ただ、これによって生み出されるのは、『流れ』で有り、『念動力』のような自由な動きは出来ない。
昨日考えたのは、風を発生させて、帆に当てる事で船を推進させるという方法。強い水流を作って工業用ウオータージェットの様にものを切る方法だ。
風に関しては出来そうでは有るが、エネルギー効率的に微妙だろう。何より帆を作れるだけの布が無い。
ウオータージェットは、そんなのを使わずとも『切断の宝珠』が有るので意味が無い事になる・・・ 『切断の宝珠』がレアで数が少ないならまだしも、同程度有る状態では必要性は皆無だろう。
その晩最初に考えついたのは、潮だまりなどで、水を掻き出すのにこれを使用して水を吹き飛ばす方法だ。潮だまりに潜む魚を捕る際に木製の桶で水をくみ出しているが、アレを『宝珠』でやると言う事だ。
これは、チャクラ由来の力のある彼には不要な方法では有るが、一般の生徒には使える方法だろう。エネルギー効率はともかく、使えなかった宝珠を使って楽に出来る様になったのであれば、有りだろう。
その後、色々考え、その中で浮かんだ人工衛星などの『バーニア』を切っ掛けに彼に有用なアイデアが浮かんだ。
それは、空を飛ぶ際の動力に出来るのでは、と言う事だ。現在、飛行するのに2つの『重力の宝珠』を使っている。浮かぶ用と移動用だ。
つま、移動用の推進力をこの『流体の宝珠』で生み出す事が出来れば、『重力の宝珠』を節約できることになる。
要は、『バーニア』だ。小さな穴から、勢いよく風なり霧状の固体を噴出する事で推進力をえる訳だ。当然質量の有る物を吹き出す方が、大きな推進力を得られる事になる。
だが、そこまで拘らずとも、無重力状態は『重力の宝珠』で作れるのだから、後は風の抵抗と、自身の質量の問題だ。高機動を考えないのだから、弱い力でもいけるはず。
彼はそこまで考えると、近くにある堅めの石を使って、手に持てるほどのバーニアノズルを作製した。
入口側は大きく広げ、その奥に小指より小さめの穴を開けた直径10センチ、長さ20センチ程の棒状の物だ。その真ん中より前ほどには手で持てる様に凹みが作られている。
彼は、それから1時間を掛けて、そのバーニアノズルに風を通す練習をした。当初は目標すら定まらない状態だったが、次第に風によるフィードバックを感じる様になり、風の当たっている状況が感じられる様になった。
手探りで物を触っている様な感じだ。それを『流体の宝珠』越しに生み出された風から感じ始めていた。そこまで行くと後は早かった、作った風を正確に入り口に導き、それを圧縮して後方の小さな穴から吹き出す。
少しずつ無駄を省き、効率を良くしていく。それに応じてバーニアノズルの形状も3回に渡って作り替えた。
彼は、レベル2なので、同時に2個の『宝珠』しか扱う事が出来ない。当然、一つは『重力の宝珠』を使う必要がある為、『流体の宝珠』は1個しか使えない事になる。
だから、徹底的に効率を高め、無駄を省く事で実用に足る推進力を作らなくては成らない。レベル3で有ればどんなにか楽だった事だろう・・・
最終的に満足いく状態になったのは、夜の11時近い時間だった。その後は、何時もの日課の密教修行を行ってから睡眠となった。寝る前には、寝床の側の水を凍らせて冷房代わりにしたのも何時も通りだ。
伸樹が目を覚ましたのはかなり日が高くなった時間だった。昨日遅くまで起きていた事が影響している。
洗面や用足しを済ませた彼は、昨晩凍らせて置いていた魚を取り出し、それを焼いて朝食にする。
そして、荷物を担ぐと、石で作ったバーニアノズルを手に、ポケットの中の『重力の宝珠』を使って無重力状態を作り出し、反対のポケットに入っている『流体の宝珠』を使ってバーニアノズルに風を送り込む。
数秒で下の土が舞い上がり、身体が浮き上がる。更にバランスを取りながら流速を強めると、徐々に加速しながら上昇していく。
1分ほどで上空100メートル程に上がり、バーニアノズルの向きを水平方向に変えて南へと向かって移動を開始する。
物が石製なので、あまり負荷を掛けられない。念のため重量を無視して厚めに作ってはあるが、用心して全力は出さずに加速していった。
速度的には、最終的には時速40~50キロは出そうだ。有る意味『重力の宝珠』よりスピードが出せる事になる。遠慮無く消費出来るからと言う意味で、だが。
昨日泊まった谷間から、南にある山を越えると、直ぐ先には海岸線沿いに3キロほどの幅で平野部が10キロ程続いている。
海岸は見える範囲は全て砂浜で、大きな川は見当たらない。海岸の砂浜以外は、平野部とは言え全て林になっている。
木の密度も高くなく、かなりまばらな為、下草も生えていて、歩くのは簡単では無いだろう。この森には、かなりの数の松が生えている。松林と言えるほどでは無いが、木々の1/10は松だ。
山を越えた状態で、西側の海が完全に見えた。そしてそれは、この陸地が島である事が確定した。広さ的に大きめの市、もしくは屋久島ほどの大きさかもしれない。まだ南西部が見えない状態なので確定は出来ないが。
そんな事を考察しながら、林の上を移動していく。無論、木々の間から下を見ながらだ。途中1カ所小川レベルの川が有り、サギと思われる鳥が見えた。
そのまま、林の上を飛び、平野部の南端近くまで差し掛かった時、眼下に人影が見えた。慌てて『流体の宝珠』を弱めて、逆方向を向け制動を掛ける。
30メートル以上行き過ぎて、戻ろうと再度下を向くとそこにも人影が居た。しかも、見覚えのあるジャージとTシャツに15~18歳と思える年齢の黒髪の男女・・・・・・ デジャブと言うヤツだ。
(・・・また、なのか? こっちも同じ北泉高校の生徒って事か?)
宙に静止したまま下を見ていると、向こうもバーニアノズルの噴射音で気付いていた様で、伸樹を指さして騒いでいる。
彼は、しばし考えた末、彼らは無視して海岸側に向かって移動を再開した。個別に接触する前に、住処を見つけてそちらにコンタクトしようと考えたのだ。
先ずは今までの経験から、比較的海岸に近い所に住んでいるだろうと想定して、海へと向かう。そして、その予想は当たっており、砂浜の終端、平野部の南端に20軒近い木造の家が作られていた。
(今度は『宝珠』は見つけてるか・・・ 家の数は俺達の所より多いな、作りも良さそうだ。誰か建築の知識を持ったヤツが居たのかもな。ここにも『彼女』は居るのだろうか・・・)
その集落は、小さな小川を挟んで作られており、その部分だけ林が凹んでおり、明らかに林の木を切った後に作られたと分かる。
その集落周辺には、小川や家の周り、そして近くの砂浜に40人以上の生徒が居た。そして、こちらを指さして騒いでいる。
伸樹は、集落の海側にある広場になった所で、『流体の宝珠』を完全に停止し、『重力の宝珠』の力をゆっくり弱める事で地面まで降りていった。
昨日の者達と違って、そこに居た生徒で逃げる者は誰もおらず、瞬く間に10人以上が彼の周りに集まってきた。1人を除いて全て女子生徒だった。
「おおー! ついに空を飛べる『宝珠』が見つかったんだねー 凄い凄い!」
「どこで見つけたの? 見せて、見せて。何色。金色とか?」
「あれ、どこのグループの人だっけ?」
「私にも見せて!」
「どこに有ったの? 山? 砂浜? 北の小川?」
同時に全員が喋りかけてくる。聖徳太子ならぬ伸樹には聞き分ける事は出来なかったが、彼が部外者である事にはまだ気づいていない事だけは理解した。
それと、女子の態度が、彼らの学校の女子と全く違い、警戒感が薄い気がした。だが、そんな疑問の前に、確認すべき事があった。
「悪い、君たちは北泉高校の生徒で間違いないよな。君らがこの世界に来た日を教えてくれないか、年号も付けて」
伸樹がそれだけ言うと、急に周囲の様子が変わる。
「どう言う事?」
「ほら、やっぱり見た事無い人だと思ったんだよ」
「なに、ひょっとしてこの世界の人間て事? 嘘、マジ?」
「チョット、あなた、この世界の人なの? ひょっとして私たちがここに来る事に成った原因を知ってる? 帰る方法とかも?」
「ちょ、マジ、ねえ、帰して、お願いだから!」
「何でこんな事したの?」
収拾が付かない状態になって来て、伸樹は頭を抱えたくなった。昨日の激高した生徒会長の方が一人だった分やり易かった。女子10人以上は姦しいのレベルでは無い。騒音公害レベルだった。
「待て待て待て待て待て! 俺は異世界人じゃない、君らとは別に落ちてきた者だ。原因も知らないし、関わっても居ない、ついでに帰る方法も知らない!」
それだけ怒鳴る様に言い切ると、周囲が一気に静かになる。
「どう言う事、説明して」
多分3年生と思われる女子が話しかけてきた。
「まず、さっき聞いた事を教えてくれ、君らが転移した日を年号付きで、それと、ここに来てどれ位になるかも頼む」
伸樹の言葉に、集まった生徒達は顔を見合わせている。そして、答えたのは先ほどの3年と思われる女子だった。
「平成○☆年5月9日、ここに来てからは約100日よ。これで良い?」
「ありがとう、これである程度分かった」
ここの生徒達は、伸樹達の世界の生徒達の1年後に転移した様だ。つまり、『彼女』は3年生と言う事になる。来ていればだが。
「えーっと、取りあえず分かっている事を話すよ。色々変に思うと思うけど、元々が異常な事だからそれを納得した上で聞いて欲しい。
君たちと同じ北泉高校の生徒が、ここ以外に2カ所君たちと同じように転移して来ている。ただし、それはパラレルワールドとでも言うべき世界からね。
ここから北西にある海岸には、君たちの2年前に転移した北泉高校の生徒が居る。転移して3ヶ月ちょいって言ってたから、君らと同じ頃だ。
で、ここから南東に大分行った所には、君たちの1年前に転移した北泉高校の生徒が居る。同じく来て3ヶ月ちょいだそうだ」
そこまでを聞いて、彼女たちの顔には困惑しか浮かんでいない。まあ、しかたの無い事だろう。昨日の者達よりは無駄な騒ぎがない分楽ではある。
「からかってるって事は無いよね・・・」
「からかって何か得するのか? 最初に言っただろう、次元転移なんて目に合っていて、パラレルワールドが信じられないって事は無いはずだろう?」
伸樹の答えに、尋ねた3年女子も、周囲の生徒も、納得したくは無いが理解は出来る、といった感じで頷いている。
「俺は、南東側に居る、平成○○年に転移した生徒の世界から遅れて転移してきたものだよ」
「遅れて? 遅れてってどう言う事?」
「君たちが・・・いや俺達の世界の北泉高校の生徒消失事件が起こって、3年後の現場に行ったら、ストン、て事だよ。こっちに来たら、何故か3ヶ月しか立ってないって言う時間のズレがあったけどね」
伸樹の言葉に、幾人かの顔が歪む、大半は時間のズレに付いて直ぐには理解できなかったようで、キョトンとしていた。目の前の3年生は前者の様で、眉をひそめて考え込んだ。
ざわざわと、一部の生徒から不安の声が上がっている。その声を聞いて、理解した者の顔色が変わっていく。
「3年のズレ・・・この世界は時間の流れが遅いって事?」
「いや、単に、俺がこの世界に来た際に、時間軸にズレが出来ただけかも知れない。君たちも、3年の時間軸のズレがあっても同じ日に来てるし」
伸樹の話で、多くの者が少し安心した様子を見せたが、目の前の3年生は違った。
「だとしたら、もし、帰れるとなった場合にも、同じような時間のズレが発生する可能性が有るって事ね」
周囲からうめき声の様な声が漏れてくる。確かにその可能性は有る。伸樹の世界に関して言えば、確実に3年はズレるのは確定している。伸樹が3年後から来た事で、それままでの時間軸が決定しているからだ。
それ以前に帰れる事は無い事になる。もし帰れたとしたら、そこは本当の彼らの世界では無く、パラレルワールドと言う事になる。
徹底的に厳密に言えば、伸樹と、あの北泉高校の生徒達が同じ世界から来たかと言う事も確定出来ないのだ。多重世界と時間軸・時間枝が絡むと複雑怪奇になってしまう。
「その事は考えても無駄だろう。取りあえず、例え10年後の世界だとしても帰りたくは無いのか?」
「・・・帰りたいわ」
「なら、今は考えない事だよ。どうにも成らないしね」
周囲の生徒達も、しんみりした感じで聞いていた。その間、他の生徒達もこの集団の所へと集まってきた。そして、その中に『彼女』が居た。
『彼女は』彼が知っている『彼女』より少し大人びた顔立ちになっている。
そんな『彼女』と目が合った瞬間、彼女の顔が驚愕に染まり、前に居た女子生徒4人をかき分ける様にして彼の元へ走ってきた。
「伸樹!!!」
『彼女』は彼の名を呼んで、彼の胸元へと飛び込んできた。