5.山向こう
福元雅子は女子のみのグループで生活している。上野桜達強姦被害者グループ程では無いが、男子達との間に一歩引いた状態を続けている。
福元自身も、被害にあいかけた事があるが、その際は地面に有った石を相手の頭に叩き付ける事で難を逃れた。
彼女たちのグループは、彼女と同じ2年生が4名と、3名の1年の計7名で構成されており、家の作りが悪い以外は問題なく現在まで生活をしている。
家に関しては、どうしても力作業が主になり、例え『宝珠』によって切断や加工が容易に出来るとは言え、女子には難易度が高かった。
実際、その事が、男子のグループに女子が入る要因になっている。強姦騒ぎの後だと言うのにだ。
家の件が無ければ、恋人同士を除く、大多数の女子は、女子だけのグループを作った事だろう。それをさせない程、家の存在が彼らには大きかったと言う事だ。
家が作られるまでの間、彼らはホームレスにも劣る環境で寝泊まりしていた。大半は岩と岩の間に木の枝を渡し、その上にバナナの葉の様な幅広の葉を敷き詰めて屋根にしたようなさまだ。
まともな防水効果など有るはずも無く、雨がふれは外よりはマシという状態で、少し強い風か吹けば崩れてしまう。
漫画や小説ならば、都合良く洞窟や木のウロが有るのだろうが、現実にそのようなモノが簡単に有る訳も無く、海岸の崖も波打ち際からある程度の距離がある関係で、波によって削られた凹みも無い。
丘側の斜面に穴を掘って洞窟を作ろうとした者も何組か居たが、半端に岩が多く、スコップも無い環境では簡単にいかず、挙げ句の果てに崩れて生き埋めになりかけた事で他の者も諦める事になった。
その為、彼らはそんな子供の作った『秘密基地』レベルの家で1ヶ月近くを過ごした。ただでさえ精神的にキツい時期に、全く休まらない環境を強いられた彼らは、まともな家を強く欲する様になった。
そして、『宝珠』の存在によって木の伐採、加工が容易になると分かった途端、強姦騒ぎのトラウマよりも家を求める欲望の方が勝る事になった。
それでも最初は、その当時の少人数のグループで作ろうとしていたのだが、数本の柱を組み合わせるだけでも3人以上の手が必要となる。当然人手が足りない。
しかも、彼らが使う木材は切り出してきたばかりの生木だ。重量は2倍以上有る。必要人数は更に増える。
当然、女子には荷の重い作業となる訳だ・・・ 結果、多くの女子がおもねる形で男子グループと合流し、離合集散をそれなりに繰り返して現在に至っている。
福元達のグループは、2年のグループと、1年のグループが家造りの際合流して作られたもので、人員の移動はそれ以外無い。
彼女たちの家は、他の同人数の者の家に比べて二回り程小さい。それは、彼女たちの体力や身長などが影響したものだが、ど素人の女子高生が自分たちだけでゼロから作ったと考えれば、十分大したモノだろう。
板の合わせ目に隙間があろうが、屋根の傾きが右と左で微妙に違おうが、時折風で屋根板がズレようが、十分だろう。
釘すら無い環境で、完全な見よう見まねで『ほぞ』や『ほぞ穴』を作って柱を継ぎ、木や竹で釘を作って板を打ち付ける。『切断の宝珠』が有ってとは言え十分に大したモノだ。
特に、屋根周りの作業は、男子生徒達でも苦労したのを、彼女たちはやり遂げた。その結果寸法ズレで傾いては居るが、ご愛敬の内だ。
つい1月程前まで、全くやった事の無い建設作業を見よう見まねと、試行錯誤でやった訳だ。中国バリに竹で足場を組み、悲鳴を上げながら高所作業をやった。
葛で物を固定するなどやった事が有る訳も無く、葛じたい触った事すら無い子が大半だった。
そんな彼女たちが、男子に頼らずにやりきったのは、8割以上意地だった。他の、男子生徒達におもねた女子の様には成らないと言う意地だった。故に彼女たちの結束は強い。
さすがに上野達のグループには負けるが、その次には結束していると自負している。
そんな彼女たちの家の中は、二段ベッドと3段ベッドしか無い。奥の壁に3段ベッドか横に付けられ、その前には左右の壁に沿って2段ベッドが両サイドに縦並びになっている。
2段ベッドの間は50センチ程しか空いておらず、室内空間の空きスペースはそこだけだ。寝る為だけの空間と言って良いだろう。
彼女たちは、食事を終えた後、毎晩寝るまではベッドに横になったまま話をして過ごす。一昨日までは似た様な話の繰り返しだったが、昨日は一気に変わった。
伸樹が来た事と、彼からもたらされた情報について、深夜まで話し合った。そして、今日の話題にも伸樹が出て来る。
「あの人、ムチャクチャ言われてたね」
「あっ、是枝先輩のアレ?」
「そうそう。アレって酷くない?」
「あー、夕方有ったって言うあの事か・・・」
「でもさ、あの人レベル2なんでしょ。使えないのは確かだよ。って言うか居たんだレベル2」
「強姦教師の島木がレベル3だったよね。後2人だっけ?」
「ん、確か1年の男子と3年の女子だったと思う。レベル3でも役立たずって言われてたよね・・・」
「作業効率悪いし、『宝珠』の燃費も悪いもんね。役立たずは言い過ぎにしても、『宝珠』を使った作業はやらせられないよね」
「うん、もったいない。透明とか絶対駄目」
「・・・でも、可哀そーって言えば可哀そーだよ。別に来たくて来た訳じゃ無いのに、『何でお前が来たんだ』なんて言われてさ」
「あー、それはね・・・ 確かに」
「でも、あの人、私たちと違って、アノ場所で私たちが消えた事を知っていて、そこに行った訳でしょ。バカじゃん」
「そー言えば、そーだね。大馬鹿だ。何考えてあそこに行ったんだろう」
「確か、近くをと通りかかって、なんとなく行ってみたって言ってたよ」
「あー、バカ決定!」
「間違いない」
「Q.E.D. 証明完了(笑)」
伸樹が知らない間に、彼の『バカ』が証明されていた。彼女たちの会話はその晩も遅くまで続けられた。
役立たずでバカと証明された男は、その日は午前5時には目を覚ましていた。
手早く洗面や用足しを済ませ、磯で30センチ程の黒メジナを何時もの方法で獲り、軽く焼いてから身をほぐし、その身をニラの残りと炒めて朝食にした。
朝食が終わると、最低限の『宝珠』のみを持って落ちて来た丘へと上がる。そこには、昨日の間に梯子が立てられていた。
その梯子は、伸樹が落ちてきた場所に、3本の丸太を三角錐型に組み合わせ、一面に横木を並べて作ってある。
飯島勝が作った物だ。伸樹が落ちてきた時、その穴を見ながら何も出来ず飛び跳ねるだけだった彼は、今度の為にその梯子を作った訳だ。
有る意味行動力は有ると言える。ただ問題は、何時開くか分からず、それを常に監視する事も出来ない状態で、役に立つか、と言う事だ。それ以前に再度開くかどうかすら分からない。
実際、伸樹が開いたのは彼の力による物で、それ以前は監視カメラの映像により2年半の間一度も開いていない事は確認されている。
監視カメラが取り外されてから、伸樹が開くまでの間は不明ではあるが、状況的に開いていないと考えるのが自然だろう。
もし、それ以前に開いていたのであれば、空間の歪みは解消され、伸樹はアノ隙間を発見出来なかったはずだからだ。
そして、伸樹が開いた事により、既に空間の歪み・引っかかりは解消されており、あの場にアノ穴が発生する確率は限りなく少ない。飯島は、たった一度のチャンスを逃した事になる。
伸樹は、そんな飯島の徒労の結晶を横目に、北の山へ登っていく。当然、何時もの様に『範囲認識能力』を使用し、地中の『宝珠』と周囲の蛇などを確認しながらだ。
本日の彼の予定は、昨日行った地点より北にある、東西に延びている山並みの先を確認するつもりでいる。
比較的高い山なので、東側を回り込んで、状況次第で登るかを決めるつもりだ。
あの丘を北上すると地形は一旦少し下り、その高さで、山を左に見ながら回り込む様に北上していく。少し北に高低差20メートル程の丘があるが、それも回り込んで進んでいく。
幸い、その周囲はある程度の大きさの雑木が生い茂っており、下草も無い為歩きやすい。更に、ある程度高低差の無い部分が広く存在しているので、見通しも効く。
そんな地形なので、思っていた以上の早さで山の裏手まで行く事が出来た。その間、『治癒の宝珠』を1つ、『若返りの宝珠』を2つ入手している。
朝、6時前に移動を開始し、9時過ぎにはそこへたどり着いている。木々が視界を遮らない場所から見える範囲は、北には海が広がっていた。
(半島の突端? 島って事は無いよな?)
伸樹の思考の通り、南・東・北が海に面している現状では、半島または大きめの岬、もしくは島と考えるのが妥当だろう。
彼が居る位置からギリギリ左手(北西)に北泉高校生達の集落がある扇状地と同じくらいの平野部が見える。しかし、人工物は全く見当たらない。
南の扇状地に有る川より大きな川が流れているのは見えるが、それ以外に特にこれと言った物は見えない。
伸樹はしばらく考えた末、そのまま北西に移動し、平野部へと行ってみる事にした。この位置からでは全ての平野部が見えている訳では無く、半分近くは見えていない為何かを見逃す可能性を考えて、直接行く事にしたのだ。
その辺りの地形も、今まで歩いてきた地形と似ており、高低差の少ない盆地的な所で、時折ある藪さえ避ければ移動は容易だった。
しばらく移動して、傾斜部に差し掛かった当たりで、彼は意外な木を見つける。それは『栗の木』だった。
(栗だ、間違いない。これを間違うヤツは居ないだろう。絶対栗だ。でも、栗が有るって事は人が居るって事か? それともこの世界では自生しているとか?)
伸樹の目前に有る木は、間違いなく栗の木で、枝にたわわにトゲ付きの実を実らせている。一部の実は茶色に色づき、収穫出来そうな状態になっている。
そして、虫にやられたのか、周囲には落ちた実が散らばっている。
伸樹は、栗を植樹した物だと思った様だが、日本でも自生種は有る。栄養の関係で粒は小さめでは有るが市販される物と同種の物が自生している。山栗などと呼称する事も有るが、基本同種である。
そして、そんな栗の木が周囲に20本近く存在している。
(これって、昔栗園だったとか・・・ いや、石垣とかは無いから違うか? 畑じゃ無いから石垣はいらないか?)
彼は、どうしても栗と人を結び付けたい様だ。人が居れば、大きな危険も有るが、同じくらいの恩恵も得られる可能性は有る。特に衣類は一朝一夕には準備できないため、現地人の存在を求めてしまうのだ。
その後、1時間近く掛けて、『範囲認識』で熟れた実だけを選別して採った。イガむきは、木の枝を加工してむき器を作って対処した。全部でバスケットボール分ほどの量が取れた。
(マズい、これどうしよう・・・・・・ カゴ作るか、竹藪は有るし、簡単な物なら1・2時間で作れるだろう)
取れるだけ採っておいて、それを運ぶ手段が無い事に気づく当たりは、女子生徒達からの認定を否定出来ない様だ。
彼は一旦10分程掛けても来た道を戻り、孟宗竹の生えている一角へと行き、手頃な竹を1本切って、それを使ってカゴを作製し始める。
彼に竹カゴ作成経験は無いが、近所の農家のおじさんが竹でカゴやテミなどの農具を作っていたのを何度となく見ていた。
その上、梱包用のPPバンドを使ったゴミ箱を作った経験があるので、何とか成るだろう、と言う程度の考えだ。当然簡単にいくはずが無い。
先ず、単純に竹を目的の幅に割れば良いと思っていたが、当然厚みが有り、堅い為そのままでは使えない。表皮部分だけを切り取る必要があった。
そして、PPバンドと違い、曲げれば割れる訳だ。加熱すると言う事を考えつくまでに10本以上を無駄にし、何度となく組み直しを余儀なくさせられた。
伸樹はその時点で、今日は住処に帰る事を諦め、じっくりとこの竹カゴ作製をする事に決めた。
当初は、取りあえず入れて運べる物を作って、帰ってから何日か掛けてまともなカゴを作るつもりだったが、一気に予定変更となった訳だ。
薄くそいだ竹を、互い違いに縦横組み合わせ、ベースとなる部分を作る。次ぎに、底板部分から飛び出た竹板を『加熱の宝珠』で徐々に熱を加えながら曲げていく。
それを一面ずつ一本一歩曲げて立ち上げて行き、最終的に4面全てを曲げる。次は立ち上げた竹板に横板を互い違いに編み込んで行く。曲げては抜き取り互い違いにはめ、また次の面を曲げて・・・
その作業が一番手間が掛かった。全ての横板が編み合わさったのは、作業開始から2.5時間経った頃だった。それから最後に、上に飛び出た竹を全て折り曲げて編み込まれた竹の隙間に差し込んで出来上がりだ。
ただ、そのままでは手で抱えて持たなければならない為、一考した彼は、葛で肩紐を作り、リュックサックの状に担げる形にした。
生のままの葛を使っている関係で、担いだ部分のTシャツには葛の液と外皮の汚れが付くが、それは諦めた。
伸樹が栗の木の所へ戻ったのは、午後1時を回った頃だった。カゴ作りに3時間を要した事になる。いや、3時間足らずで作れた、と言うべきかも知れない。無論、『宝珠』が有った故だ。
剥いて有った全ての栗をカゴに放り込み、そのカゴを担いで彼は山を北西に下って行く。途中で小さな谷川を見つけ、喉を潤す。
谷川沿いで歩きやすい場所を下って行くと、何カ所もムベやアケビのツルが有り、小ぶりな実がこの時点でも見受けられた。食べられる様になるのは後1月は必要だろう。
それ以外に、コクワの木も発見しており、秋にはその実も食べられるだろう。このコクワの実はキウィの原種で、人差し指の第一関節程のキウィだと思えば良い。味もそのままだ。無論、日本にも自生している。
伸樹は、山菜の知識はさして無いが、ムベ・アケビ・コクワの実・山桃・グミは近くの山に自生しているのを友人達と取りに行っていたので、葉や木を見れば分かる。
山桃に関しては、時期が過ぎているので今年は取れないが、他は秋から初冬に実るので、もう少しすれば食べる事が出来るだろう。
それ以外にも、ドングリを実らせるクヌギなどの木も幾つか見つけており、彼は秋には回収するつもりでいる。
ドングリはブナ科の木に出来る実の総称で、有る意味栗もドングリで有る。そして、この実はあく抜きさえすれば食用に耐える物である。
伸樹も、戦国時代のドラマや小説で、ドングリを食べた事を知っており、彼の中では『穀物』として分類されている。ただ、ドングリはそのままでは虫が付きやすく、長期保存には向かない。
日本においては、その虫を釣りエサに使う為、高価で買い取る所もある。無論、この世界では意味の無い話ではあるが・・・
平地へと降りた伸樹は、そのまま川沿いを下流へと下っていく。途中何度か川を確認すると、フナ、鯉、ナマズ、ハヤ、アブラメ、ウナギが『視』て取れた。
しばらく移動していると、左手の谷間から流れ込んでいる川と合流しており、仕方なく浅瀬を選んで越える事にする。
その川は、どちらも川幅が10メートル以上有り、合流後は15メートルから20メートルに広がっている。そして、深さもそれなりにあり、合流点は浅い所でも1メートル近かった為泳いで渡った。
泳いでいる間に、ピラニアに襲われたり、ワニに襲われるようなことも無く、ただずぶ濡れになるだけで渡りきる。映画の様なイベントなど発生しない。
川を越えた先は、膝高から腰高の草が所々生い茂る草原地帯だ。大多数はくるぶし程度の草で被われ、岩や石も点在している。
伸樹がそこを進んでいくと、キジと思われる鳥が目前の藪から飛び立つ。驚いた彼は何故かボクシングのファイティングポーズを取っている。
彼にボクシング経験は無いのだが、反射的に身を守る為に手を身体に引き寄せた格好が、ファイティングポーズに酷似しただけだろう。
その後もマムシなどを避けながら進んでいくと、今まで山に隠れて見えていなかった北東側が見えてきた。だが、やはりそこには家などの人工物は見当たらない。
(せめて、遺跡レベルでも良いから人がいた痕跡が欲しいな・・・ 怪しげな魔方陣や曼荼羅でも書かれてれば尚期待出来るのに・・・)
彼の思いは通じず、それらしき物は全く無い。意味ありげな洞窟や環状列石すら無い。つまり、不思議系の手がかりが全く無いと言う事だ。
次元転移は間違いなく、通常の常識外の出来事、つまり不思議系だ。そんな不思議系の現象は不思議系なモノからしか調べる事が出来ない。
それが、人為的なモノであれ神意的なモノであれだ。その肝心の不思議系のモノが見つからなくては、帰還の手立てが全く立たない事になる。
一応、『宝珠』は間違いなく不思議系に属するモノではあるが、今のところ帰還に使える様なモノは発見出来ていないし、原因も推察出来るモノは無い。
ここが異世界であれば、ここであるが故の法則があるかも知れない。現地人が居れば、それらを確認する事が出来るのだが、残念ながら人の気配が無い・・・ないないづくしだ。『宝珠』が有るだけでもまだ良い方ではあるが。
(最後はチャクラしかないか・・・ ムーラーダーラからスワーディシュターナは早かったんだが、その調子でいくとは限らないしな・・・ 滝行したくても滝が無いしな、独鈷は2本とも持って来てはいるけど・・・)
伸樹に取って、チャクラによって得られる力は最後の砦となっている。無論、あの本に書かれている様な力を得られる可能性は現状から考えて、かなり微妙ではある。
だが、この世界に来る事を可能としたのは、間違いなくこの力だ。本に書かれている事とかなり違ったとは言え、超常の力を手に入れられたのは間違いない。となれば、それにすがるのはしかたが無いだろう。
(出来るだけ早く『彼女』を元の世界に帰してやらないと。今はまだ良いけど、今後はどんな問題が起こるか知れたもんじゃ無い。対人は難しいからな・・・)
帰還へのヒントが無い事に落胆しつつも、目的を再度自分に言い聞かせて探索を続ける。
彼が海岸へ出たのは午後4時近い時間だった。海岸は砂浜では無く磯に成っており、陸と磯の間には大小の岩や石が転がるベルト地帯が続いている。
あまり見かけない光景だ。波打ち際まで岩や石が転がっている風景は多いが、ここは岩に被われた磯が有って、その手前に岩や石がゴロゴロ転がっていると言う形になっている。
海岸沿いを西へ移動し、山際に小さな小川を見つけ、それを今日の水源とする事に決め、近くの岩に『切断の宝珠』で穴を開け、臨時の居住スペースを作製する。
その後、カマドやヨモギ用の七輪モドキも作製し、午後6時まで周辺の探索を行った。そして、予定ギリギリの時間に、川の淵に纏まって『宝珠』が溜まっているのを見つける。
彼は、早い段階で『宝珠』が川の中で取れる事を聞いていたのだが、普通に歩くだけで入手出来る事と、集落側の川は探索され尽くしているだろうと考え探さなかった為、その事を忘れてしまっていた。
その場所は、海水と淡水が混ざり合う場所だ。その淵の深さは2メートル程だが、河岸からは5メートル以上離れている為、岸からテレポートで、と言う訳にはいかない。
この場所を見つけたのじたい、向こう岸から渡る為に泳いでいた時なのだ。
それから15分程掛け、水に浮いた状態で、次々に川底の『宝珠』をテレポートで転移していく。下流に足を向けて背泳ぎの状態でだ。『宝珠』は全て横に浮かべた背負子カゴへと転移させて行き、その時点では確認はしていない。
一通り転移を終わらせた頃になると、さすがに力の使いすぎによる発熱感を覚える。エネルギーが多すぎて過負荷になっているのだろう。チャクラからのエネルギーが無駄に多すぎるせいだ。コントロールがまだ出来ていない。
岸まで泳いで渡り、身体が何倍にも重くなった感覚を味わいながら上がる。座り込むと服が土で汚れる為、立ったまま髪の毛や服を絞って水分をある程度取った。
それが終わってから初めて覗いたかごの中には、色とりどりの『宝珠』が100個以上入っていた。その場で確認しようかと一瞬迷った伸樹だが、時間と寝床との距離を考え、そのまま背負って歩き出す。
帰り途中で、ヨモギと大量のカメノテとマツバガイを採って帰る。今晩の寝床に着いた彼は、背負子の中から貝とヨモギを取りだし、次ぎに真っ平らに切った石のテーブルの上に全ての『宝珠』を広げた。
見慣れた一般宝珠の、赤・青・緑・白・透明は無視して、それ以外の色を回収していく。
結果、紫が3個、ピンクが2個、黒が1個、焦げ茶が1個見つかる。紫は『治癒の宝珠』でこれで手持ちは6個だ。そして、ピンクは『若返りの宝珠』で、これで5個となる。
そして、残る焦げ茶と黒は未見の『宝珠』だ。黒はアノ闇の穴を思わせるだけに、解決の糸口を期待しながら彼はその『宝珠』に意識を向けた。
だが、直後に彼の顔は落胆に染まる。なぜならその宝珠は『重力の宝珠』とでも言うべきモノだったからだ。つまり、重力を制御出来る『宝珠』という事だ。
そして、もう一つの焦げ茶色の『宝珠』に期待を掛けて握りしめる・・・だが、こちらも期待に添うモノでは無かった。こちらは固体を液化する『宝珠』だった。『液化の宝珠』とでも呼ぼうか。
彼の落胆は大きいが、直ぐに立ち直る。なぜなら、北泉高校の生徒達が見つけた『宝珠』以外にも別の『宝珠』が存在してる事が分かったからだ。
つまり、まだ別の『宝珠』が有る可能性が十分期待出来ると言う事だ。そして、その中には彼の期待する『宝珠』が存在するかもしれないと・・・彼は期待した。
そして、カメノテとマツバガイ、それに栗を10粒ほど焼いて夕食にした。
栗が弾ける事を忘れていて、ビックリするというハプニングはあったが、その晩の食事はこの世界に来て一番の料理となった。
食後は何時もの様にマントラを唱え、手印、九字を切ってから早い時間には眠った。
明日は早朝からする事があるのだ。