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4.レベル2

 夜中に数回目を覚ました事も有り、伸樹(しんき)が目を覚ましたのは8時を回っていた。起きた彼は岩場の水で洗面をし、ついでにその岩場に水がたまる穴をこしらえる。

 その後、水場と反対側の他より多少高くなっている岩場に、20センチx30センチ深さ1.5メートルの穴を開ける。当然『切断の宝珠』を使ってだ。

 それだけの作業を終えた後、昨日見つけた細めの竹が生えている山へと向かい、竹を葛で束ねて持ち帰る。これを3往復した。

 その間、通り道沿いに『彼女』の住む家をそれとなく伺う。この辺りは、高校時代の行為と全く同じだ。

 しかし彼は、一般にストーカーと言われる者と違って、自分の行っている行為が良くない事で有る事は理解している。

 ただし、彼の絶対の心情は『『彼女』に迷惑を掛けない』なので、彼の行為をストーカーと呼ぶのは多分正しくは無いだろう。事実『彼女』には(・・)迷惑は掛けていない。

 無論絶対に、一般の者から共感を得られないのは間違いない。彼の行為は『悪』では無いが『気持ち悪い』行為で有る事は間違いないのだ。

 彼の行為は、彼女の姿を見たいから、と言う事では無い。彼女の周辺に何らかのトラブルが無いかを見極める為の行為だ。

 彼は、おかしな恋愛観を持ち、変な宗教的行為に邁進したが、それ以外は一般的な知識と想像力を有している。

 故に、この様な状況では対人に大きな問題が発生しやすい事を理解していたのだ。だから、それとなく彼女の立ち位置や、彼女に対する周囲の扱いを調べる必要があると彼は(・・)考えている。

 実際、彼は知らないが、2月程前に強姦騒ぎが有った訳で、彼の考えは間違っては居ない。間違っているのは、その行動方法だ。だが残念な事に、ソレが彼なのだ。

 そんな残念な男は、取ってきた竹と葛を使って竹垣を作って行く。一定以上の広さになった段階で、起き抜けに掘った穴の周りにコの字に成る様に立てる。

 地面の部分は、竹垣分の幅で地面に5センチ程の穴を開け、そこに差し込む形にする。そして、その周囲に、倒れ止めに、穴を開ける際に抜き取った石のブロックを数段積み重ねて囲む。

 後は、入り口部にその幅の竹垣を取り付け、片側だけを葛で固定し、開閉出来る形にする。この時点では鍵のような物は付けず、ただ扉を開閉出来る様にしただけだ。一応トイレの完成だ。

 あくまでも臨時の物なので、屋根も付けず、それだけで終わらせた。最終的にはまともな物を作るつもりだが、今はそれ以上にすることが彼には有ったのだ。

 彼は、その『するべき事』を行う為に集落へと向かった。

 集落へ向かっていると、20代の女性が前方に居た。実年齢はともかく、ここに居る女性教師は太鼓静香(たいこ・しずか)しか居らず、彼女で間違いは無い。

 彼女は、生徒とは違うジャージの上下を着ている。他の生徒と同様、一種類しか衣類が無い関係で、微妙にくたびれて薄汚れた感が有るのは致し方ないだろう。

「すみません、チョット良いですか」

 伸樹は彼女に話しかける。彼女は特に変な反応も無く、「何ですか?」と答えた。年齢的な事による警戒感の違いなのか、教師故の意識的な寛容性かも知れない。

「ここでの生活方法とか、細々したことを伺いたいんですが、時間よろしいでしょうか?」

「大丈夫ですよ。昨日来たばかりで、何も分からないでしょうから、私が分かる範囲でなら教えますよ」

 彼女は微笑みながら左手にある岩を指さす。それは、丁度二人が向かい合って座るのに都合の良さそうな2つの岩だった。

 伸樹は素直に、彼女が指し示す岩に座る。そして、「色々聞きたいんですが・・・」と前置きして、質問をしていく。

 彼が聞いたのは、蚊の対処法、宝珠の見つけ方、衣類の洗濯のタイミング、トイレでの処理、食べ物に関すること、家作りに関すること、金属、繊維を作れないか、などの実用的な質問に混ぜて、所々人間関係の問題や、注意すべき人間、関わるべきで無い人間などと言った事も聞いていく。

 無論、伸樹に取っての目的は人間関連の方で、注意するべきグループ(強姦グループだがその件は彼女は話していない)、男性を警戒するグループ(上野桜が居るグループ)、多少では有るが我の強い者がいるグループを彼女は教えた。

 その上で、彼女は、口調は悪いが行動力があり、周囲の山を登って地形に明るい者として、佐々木・是枝組を彼に教える。

 彼女の話では、現状は大きな問題は発生して居らず、グループもある程度纏まった所だと言う。

「そのせいで、あなたを入れられるグループが無くて心苦しいんだけど・・・」

 彼女は口では言うが、心底から言っていないのは伸樹の目からも明らかだった。こんな環境であれば、他人の事より先ずは自分の事と考えても別段不思議は無い。

 表面だけでこれだけの態度が出来れば、十分にまともな人間だろう。実際彼女は、まともで普通の人間だった。教師としても変な偏りも無く、この世界に来てからも資質を疑われる様なことはしていない。

 山菜の知識の件も有り、5人の教師の中では唯一尊意をいまだに持たれている人物でもある。

 伸樹は、彼女の多少玉虫色的な発言を考慮しつつ、思った以上の問題が無さそうであることにホッと息をつく。

(予想外に秩序だっている感じだな・・・ 俺の予想が間違ってたのか?)

 伸樹は自分の悪い予想が外れた事を喜びつつ、その事に驚いていた。だが、実際は事が起こってその結果として今の状況になっただけのことなので、彼の予想は外れた訳では無い。

 有る意味、彼の予想を上回って早く事が起き、それが悪い形で終結した結果が今だと言う事だ。

 伸樹は一通り聞き終わった時点で、彼女に礼を言ってその場を後にし、一旦海岸へと戻る。飯を食っていないので、昼食分の食糧を確保することにしたのだ。

 取りあえず、帰り道に砂浜でハマグリを20個程確保し、住処(すみか)へと持ち帰り、近くの岩に穴を開け、その中に海水を汲んで来てハマグリを入れる。

 そのハマグリを入れた岩は、洞穴内に入れ、日光による加熱が起こらない様にする。このハマグリは夕食時まで砂抜きを実施することになる。

 そして、肝心の昼食を確保しに行く。彼は、朝取ってきた竹の中で手頃な竹の戦端を斜めにカットした物を持って、波打ち際まで移動した。

 彼は、波打ち際の岩に腹ばいになった状態で、水面下を『視る』。3回程場所を変えた所で、直ぐ下の岩場に居るブダイを見つけ、『視えた』心臓を『切断の宝珠』で真っ二つにし、動かなくなった所で竹の銛で突き刺して引き上げた。

 この方法は、昨晩横になってから思いついた方法で、昨日の様に尾びれを切るよりも確実で、周囲の海水も血で汚れない。実際、細いとは言えない竹の銛を突き刺しても既に心臓が止まっている関係で、ほとんど血は流れなかった。

 40センチ以上有るブダイなので、これ一匹で十分と判断した彼はそれだけを持って住処(すみか)へと帰り、焼いて食べた。

 今度は、昨日の失敗を糧に、堅めの石で作った包丁モドキで、しっかりと鱗をはぎ取ってから焼いたので、口内に鱗が入る事は無かった。

 腹がくちく成った彼は、今後の予定を考え始めた。

(当座、『彼女』の周囲は問題は無い。となれば後は帰る為の手段捜索だが、それも簡単とは言えないだろう。場合によっては年単位で時が掛かるかも知れない・・・)

(冬に向けて衣類を何とかするしか無い。繊維の抽出は太鼓女史が試しているらしいから、それを参考にやるか・・・ 鉄は、俺は無理か・・・)

 若返った女教師に先ほど聞いた中で、金属や繊維作製の事も聞いていた。本題をカムフラージュする為の物ではあったが、全く必要ない情報というわけでは無かった。

 実際、彼女たちも最近になって、今後の事を考えそれらを色々試し始めていた。先ず鉄器の作製の為、鉄の抽出だが、これは指示用に持っていた拡声器に有る永久磁石を使って砂鉄を集める事で対処し始めている。

 逆に言えば、磁石が無ければ出来ない事だと言う事になる。残念ながら、誰も鉄鉱石やそれから鉄を抽出する技術・知識は有していなかった。

 ただ、本来なら簡単では無い、鉄を溶かす工程は『加熱の宝珠』を複数同時使用する事で特に問題なく可能だった。ただ、還元作用の為別途炭を燃やす必要はあったが、それはさして手間では無い。

 その話で、伸樹は『宝珠』を同時に複数使う事が出来、それによって強い力が得られる事を知った。ただ、それは、個人の資質によって同時に扱える数も変わってくると聞き、試した所、彼には2個までしか同時使用出来無い事実を知る事にも成った。

 太鼓女史いわく、彼女たちはその同時制御出来る数をレベルで格付けしているとの事。1個ならレベル1、5個ならレベル5の様な形だ。伸樹はレベル2と言う事に成る。

 彼女の知る範囲では、最大がレベル6で3名程居り、最低がレベル3で2名居て、大多数はレベル4とレベル5だと言う。そして、本日伸樹によって最低レベルが更新された事になる。

 砂鉄を溶かすには、レベル5以上が必要らしく、伸樹にはどう足掻いても無理だと言う事になる。

 次いで、繊維については、漠然とした知識ではあるが、太鼓女史に知識があり、それを現在試している所だという。

 それは『麻や葛系の植物の樹皮を水に長期間つけた後、叩いて繊維を取りだし、乾燥後糸状により合わせる』と言うものだ。彼女の知識はそれが全てで、細かな所は全く分からない。

 現在、複数種類の植物で試していて、後半の乾燥工程まで進んでいるという。トライアンドエラーを繰り返している段階だ。

(最低限の食糧確保をしながら、周辺探査と新たな『宝珠』探査、繊維の作製をメインに、家周りは夜やれば良いか・・・、あ、塩も作らないとなこれも夜で良いか)

 彼は、漠然とでは有るが今後の行動指針を定めた。自分の食糧や居住環境が後回しなのは彼らしい。

 その日彼は、周辺探査をしながら『宝珠』探しを実行する事にし、昨日行っていない川向こうの林から山を見て回る事にする。

 まず、海岸沿いを歩いて行き、川を越えた先から林へと入って砂浜と平行して移動していく。

 砂浜を歩いている間に、複数の生徒に捕まり、彼ら、彼女らの質問に答える羽目になった為、20分以上を浪費している。そう、彼にとっては『浪費』だ。

 実際、質問の8割以上は昨日話した事で、それ以外もさして意味を成さない芸能界やスポーツ関連の話だった。

 無駄な時間を消費した彼は、範囲認識を実行しながら林を歩いて行く。時折目に付く植物を確認したり、地中に埋まっている『宝珠』を転移させて確認しながらだ。

 今朝までの段階で、『切断の宝珠』を6個消費していた為、『切断の宝珠』は無条件で入手し、それ以外は10個を上限に回収していく事にする。

 海岸線沿いの林で彼が採取した植物はヨモギのみで、それ以外はまだ回収していない。ヨモギは、除虫効果がある程度有るらしく、乾燥させていぶして使用する、と太鼓女史から聞いている。

 色々気にしない伸樹だが、夕べの蚊にはそれなりに悩まされた様だ。真っ先にヨモギを採取した辺りに、それが現れている。

 海岸沿いの林を約3キロ程移動した後、山側へと移動する。林は1キロから1.5キロ程の幅で続いており、その先から緩い勾配の山となっている。

 伸樹は、昨日と今日の探索行で、植物の植生が元の世界とほぼ変わりない事を理解した。彼は完全な田舎者では無いが、山に隣接した地域で暮らした関係で、漠然とではあるが山の植物は見ている。

 更に、滝行のため、廃寺のある山中へ毎週の様に通った事もあって、木や植物の名称は知らなくても目で覚えていた。その記憶とここの植生に全く違和感を感じないのだ。

 実際、太鼓女史の知識が役立つ程には、同様の植物が存在しており、それによってこの3ヶ月を彼らは生き延びてきている。

(異世界って言うよりも、パラレルワールドって言った方が近いんじゃ無いか?)

 彼の考えはともかく、単純に、植生が似ていて、モンスターなどの全く元の世界と異なるモノが見当たらないだけで、パラレルワールドと言って良いかは微妙だ。

 パラレルワールドは、限りなく似た世界、または、過去の何かが違っただけの世界、IFの世界だ。隣り合った世界、重なり合った世界と言う表現をする者もいる。

 漠然とした大ぐくりの『異世界』よりかなり限定したモノなので、植生だけで決めるべきでは無い。

 伸樹は、植生を確認しつつ『宝珠』を採取しながら山を登っていく。彼が今登っている所は、落ちてきたあの丘から集落へ続く道の傾斜より緩いので、さして苦もなく登る事が出来る。

 ただ、時折シダの生い茂る所が有り、それを回避する為に大回りする必要があった。シダの高さは1メートルから1.5メートルなのだが、ビッシリと密集しており、簡単には通れない。

 そのシダには、所々獣が通って出来たと思われる、獣道ならぬ獣穴が空いている。多分大きさ的にはウサギや狸、ムジナだろう。ひょっとするとそのシダの藪内に巣があるのかも知れない。

(ウサギなら、穴を掘って巣にしているよな。なら、地面に這いつくばれば十分に範囲に入れられるはず。しばらくしたら狩って見るか・・・)

 彼は、昼前にブダイを取ったのと同じような方法で、ウサギを殺して捕まえようと考えている訳だ。彼の能力なら問題なく出来るだろう。後は、殺す事に忌避感を感じるか否かの問題だ。

 彼の経歴に、魚以外を捌いた記録は無い。ネズミすら殺した事は無い。だが、彼はヤルだろう。自らの為では無く『彼女』の為にならためらわず。

 多分彼の様な存在が、愛の為として、主君や国を裏切って歴史の分岐点を作り出すのだろう。その大半は欺されてだ・・・

 幸い今の彼は、別段欺されたわけでも、誘導されたわけでも無く、自らの思いのみで勝手に(・・・)実行しようとしているのだが。

 30分程賭けて、尾根の上まで上がった彼は、そこから周囲を見渡す。山の頂上では無く、途中の尾根なので、見える範囲は限られるのだが、高さがあるのでそれなりに遠くまで見渡せる。

 海岸からは、砂浜が延びた先の岬部分までしか見えなかったが、ここからはその先が見えていた。岬の根元からゆっくりと陸側に弧を描き、しばらく行った先で見えなくなっている。

 反対の、集落側は、集落は山に隠れて見えないが、落ちてきた丘は見下ろせる。そちらの風景に関しては、別段新しい発見は無かった。

 そして、そこから見える範囲では、島影はもちろん、岩礁すら海には見当たらない。船も飛行機も見当たらず、数羽のトンビと思われる鳥が飛んでいるだけだ。

 しばらく周囲を見てから、今度は集落方面へ向かって移動を開始する。山間を横に移動する形になる為、高低差は少なく歩くのは楽になっている。

 そのまま移動を続け、小さな谷川を越えた先で山菜採取中の学生2名と出会った。

 その学生は、佐々木真一(ささき・しんいち)是枝優(これえだ・ゆう)の二人組だった。伸樹はまだ彼らとは初対面だ。

 先に気付いたのは、地面に生えたツワブキを抜いていた佐々木達で、伸樹が気付いた時には彼らは伸樹を見ていた。

 佐々木達としては、野生動物の可能性を考え緊張していたのだが、伸樹からすれば彼を警戒している様にも見えた。

「あー、あれだ、シンとか言う昨日来た奴だろ、あんた」

 最初に話しかけたのは是枝だった。年上だろうが関係ない、と言う口調で聞く者によっては不快に感じるレベルだが、伸樹は気にしない。

「そうだ、初めまして、だよな、2人とも」

「あんた、タバコ持ってねーか、有ったらくれよ」

 是枝は、伸樹の話は無視していきなりタバコを求めてきた。元々彼は自分が行う礼儀は比較的無頓着な質ちだったが、この世界に来てからそれが酷くなってきている。

 彼は、自分がこの集団の中では1~2番に『強い』と思い始めていた。それは、元の世界でのなんちゃって不良的力関係と、この世界に来て当初ライターと言う強い影響力を持った事による周囲の者の態度、そして唯一自分たちが山を越え遠くまで見に行った者で有ると言う自負心から来るモノだった。

 無論、単なる錯覚以外の何物でも無い。単に、他の者より多少暴力的に振る舞う真似が出来ると言う事と、便利な道具を持っている者に逆らわない様にされた程度の事だ。

 探索範囲の件に関しては、実際多くの者が彼らを認めてはいたが、それは『認めている』で有って『強い』とは全く別の話だった。

 実際問題、腕力に関しては、極真空手を小学生時代からやっている2年生がおり、多分彼に掛かれば10秒と持たず地に伏すだろう。つまり完全な勘違い君で有る。

「悪い、俺はタバコは吸わないんだ」

「ちっ! マジかよ! ホントに全然役に立たねーじゃねーかよ! 何の為に来たんだ!」

 是枝は怒鳴る様にそれだけ言うと、漫画の様に唾を吐き捨て、伸樹をにらみ付けてから山を下る方へと移動していく。佐々木も方アメリカ人的に肩を上げて「役立たずだな」と呟いて是枝について行く。

 伸樹が怒鳴られたり、文句を言われる筋合いなど全く無いのだが、勘違い君に正論や正道を求めても意味は無い。そして、伸樹も全く気にしていなかった。

(ストレスだろうな。3ヶ月だもんな)

 伸樹の考えはかなり好意的な見方だった。実際ストレスも有るのだが、それ以前に彼自身の資質の問題だから、8割方間違いとなる。

 『彼女』に関しない限りは、伸樹は大概の事は気にしない。それが自分に向けられた悪意で有ろうとも。

 当然、それは彼が『出来た人間』だからでは無く、『偏った考え方を持つ変なヤツ』の思考が、たまたま今回は周囲から見て良い様に見える形になっただけだ。

 その変なヤツは先ほどの事など丸っきり忘れ、探索を続けていく。彼が西へ向かった距離の半分程の位置に達した際、新たな『宝珠』を発見した。

 ピンク色をした『宝珠』だ。一応知っている宝珠では有るが、現物は見ていないので彼はその『宝珠』に意識を向ける。

 そして、彼は、聞いていた事と微妙に違う事に気付く。

(若返りじゃないじゃん。逆もいけるんじゃないか? 成長を前後出来る? 歳をとらせてもしかた・・・いや、植物とかなら成長を早めるって方向が・・・)

 彼が感じたイメージは、生き物の成長をコントロール出来ると言うモノだった。若返りだけで無く、成長も。

 彼が考えるとおり、人間には若返りしか必要性は無いだろう。だが、植物にもそれが可能であれば、映画やアニメで良く有る、魔法で野菜が種からあっという間に出来るシーンが実際に出来るのではないか、と彼は考えた訳だ。

 彼の中には、太鼓女史以外の教師に使用する、などという考えは全く無い。思い浮かびすらしない。彼は、静かに微笑むとその『若返りの宝珠』をウエストポーチに入れた。

 そして、それから集落側まで移動した後、今度は北に向かい山を上がって行く。時間が許す限り今日は山を探索する予定で居る。

 午後4時まで北上を続けると、山の上まで出た。ただ、その山の向こうには、更に高い山並みが東西に並んでいて、さして遠方は見る事は出来ない。

 ただ、北西方向に小さめでは有るが湖と呼べる程の水面が見て取れる。東西に延びる山並みと、海岸から立ち上がっている山並みとの間にダム湖の様に存在している。

 しばしその風景を眺めた後、彼は先ほど上がってきたコースより100メートル程東側を下って行く。その途中で『治癒の宝珠』を1つ発見した。

 また、多分ニラで有ろうと思われるモノも発見し、念のため採取しておく。実は自生する植物でニラに良く似たものには毒の有るのもが多い。量によっては死に至るモノすらある。

 伸樹はその事は知らないが、手で潰して臭いを確認している。その上で、太鼓女史に確認するつもりでいる当たりはかなり慎重だろう。

 彼が降りてきた所は、集落の例の丘寄りの場所で、そのまま集落内で太鼓女史を探しニラを確認して貰う。彼女は手慣れた感じて臭いを確認して、即座に「ニラですよ」と答えてくれた。

 彼女にとってはこの時間帯は、同様の確認作業の時間となっていた。無論、当初に比べれば確認を求める者は減ってはいたが、それでも毎日10名以上は確認を求めてくる。

 内心はどうであれ、彼女は何時も笑顔で確認している。有る意味出来た人間である。

 確認を終えて、住処(すみか)へと帰る伸樹を、かなりの者が見てヒソヒソと話している。その姿に彼は気付いては居たが、例のごとく全く気にしない。

 そのまま海岸へ抜ける道を歩いて行くと、後ろから声を掛けてくる者がいた。

「オイ、お前、聞いたぞ! レベル2なんだってな! 役立たずだとは思ってたけど、そこまで役立たずとはな。ホント何しに来たんだよ! クソが!」

 是枝優だった。

「何でお前が来たんだよ! どーせ来るんならもっと役立つヤツか、役に立つ物持って来りゃ良いのによ!」

「確かに、持って来た情報もろくな物じゃなかったしな。地元の人間ならまだしも、よそ者じゃ意味なかったな」

 是枝ほど激高していないが、佐々木も淡々と言ってくる。周囲で聞いている者も、理性的には言いがかりと分かっているが、感情的には彼らに同調しているのが分かる。

 実際、「そうだな」「確かに」と呟く者も多く存在していた。佐々木達のグループの女子達も、同様にうなずいている。

 比較的近くに居た、太鼓女史は是枝をたしなめるでも無く、そのまま傍観を続けている。他の生徒も微妙な顔をしている者も居るが、何も言わない。

 太鼓女史に関しては、確実に伸樹のレベルを吹聴したのは間違いない。その意味ではこの騒ぎの元凶だろう。

 そして、彼らは勘違いしているが、彼らの身内の事以外に付いては、伸樹は多分他の誰よりも詳しい情報を持っていたし、それを彼らに伝えていた。

 時系列で、対外的な出来事を全て完全に記憶していて、それを彼らに語ったのだ。彼は、『北泉高校生徒消滅事件』の情報は徹底的に集めた。

 多分、身内以外で彼以上に詳しい者はまず居ないだろう。ただ、彼の欲する情報に、『彼女』以外の生徒の家族の情報というモノが入っていなかったに過ぎない。

 そして、ここの生徒達にとっては、それが何よりも一番知りたい事だったという、ズレが発生していただけだ。ままならないものだ、現実というものは。

「すまないな、役に立てずに」

 伸樹はそれだけを言うと、道を海岸に向かって歩き出す。後方で是枝がまだ何か言っているが、彼は一切聞いていない。

 伸樹にとって『彼女』以外は、気に掛けるに値しないモノだ。フナムシと同じ扱いになっている。実際、先ほどの是枝に関してはそれに値する行動だった。

 伸樹はフナムシが騒ごうが関係ないので、予定通り磯場へと行き、午前中同様の方法で大きめのブダイを入手し、住処(すみか)へと戻る。

 その後は、ブダイは海水を掛けつつ焼き、ハマグリは採ってきたニラと一緒に炒めた。どちらも味付けは海水のみだが、マズくは無かった様で、ニラを半分残して他は全て完食していた。

 今日採ってきた『宝珠』は、昨日の内に作っていた、寝床の下の穴へと全て放り込み、石のフタを締めておく。

 蚊対策に採ってきたヨモギは、石で作った細かな穴のある皿に乗せ、岩で作った小型の七輪に乗せ、寝床の側に置いておく。火でいぶすのは暗くなり始めてからの予定だ。

 本来は乾燥させてからの方が、直接火を付けられて楽なのだが、それが出来ない為、七輪モドキを作って下からいぶす事にした訳だ。

 その後、暗くなるまでの間海水を煮詰めて塩を作る準備を行い、火を付けてからは薪の追加をしながら、家周りを整備していく。

 壁に凹みを作り、棚に使える様にし、雨水の流れる通路を作り、周囲の出っ張った石を削って平らにしていく。

 それらの作業をヨモギをいぶして発生した白い煙の中で、黙々と続けていく。ジョチュウギクの様に蚊を殺すまでの力は無い様ではあるが、忌避効果十分に有る様で、蚊は近寄ってこない。

 装置の問題か、火力の問題なのか、寝る時間までには海水は蒸発しきって居らず、この日は途中で切り上げる事にし、水場で全裸になって身体と服を洗い、きっちり絞った上で再度着込んでそのまま寝た。

 伸樹が眠ってしばらくした当たりで、岩の鍋の下に結晶化した塩が白く現れていた。入れた海水の水分が全て蒸発するにはもう一晩は掛かりそうだ。

 伸樹が眠る岩場を、青い半月と、二回り小さな赤っぽい半月が並んで照らしている。空に雲は無い。多分明日も晴れるだろう。


挿絵(By みてみん)

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