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3.宝珠探索と住処

 佐々木真一(ささき・しんいち)是枝優(これえだ・ゆう)が『集落』へと帰ってきたのは昼の12時を少し過ぎた頃だった。

 彼らは、山へ山菜類を取りに出かけており、竹で作った不格好なカゴには、ツワブキ、ニラ、水菜がかなりの量入っており、下敷きになって椎茸も10個程入っている。

 これらは、山菜に詳しい1年担任の太鼓静香(たいこ・しずか)によって教えられたモノで、彼らの食生活におけるビタミンの補給源となっている。

 彼らの食糧は、基本海の幸がメインとなっており、それを山菜で補う形になっている。いわゆる肉は現時点まで誰も食していない。

 海の幸の大半は、誰でも取れる貝がメインで、しかも広大な砂浜と『宝珠』がついでに見つかる事も有り、二枚貝(ハマグリ等)が多く取られている。

 それ以外にも、岩場のカメノテ、マツバガイや、潮だまりに残った小魚やタコなども取っている。

 ただ、初期にその潮だまりのカニを食べた者が、テトロドキシンと思われる毒で麻痺したまま死んだ事も有り、カニを食べる者は居ない。

 一部の男子生徒は、海に潜り、竹で作った銛で魚を突くのだが、ゴムが無いことも有り成功率はかなり少なく、次第にやる者が少なくなってきた。

 何より、水中めがねすら無いのがキツい様で、サザエ等の大型の巻き貝等すら見つけられ無い事も、やる者が少なくなってきている原因の様だ。

 その為現在では、女子が貝取り、男子が山菜採り、と言うのが大体の仕分けとなっている。

 そして、佐々木と是枝は自分たちのノルマを果たし、自分たちのグループが住む家へと帰って来た訳だ。

 2人が意気揚々と帰ってきた途端、グループの森田洋子(もりた・ようこ)から伸樹(しんき)の事が伝えられる。

「マジかよ! 」

「でも、結局ナンも役に立たねーんだろー」

 彼ら2人の反応も、他の大多数と同じもので、一瞬の期待とその直後の失望だった。ただ、彼ら2人は時間のズレに付いてはさして気にしていない。

「別にどーでも良いじゃん。俺らが年くったりするわけじゃ無いんだろー」

「だな、向こうの世界の3年後だろうが10年後だろうが、俺達の時間で早く帰れればそれで良いし」

 ドライと言うのではない、単にあまり深く考えていないだけだ。

 佐々木と是枝は、いわゆる『不良』に近い存在である。ただ、北泉高校じたいがランクの高い進学高で有り、そこの『不良ポイ』となればたかが知れている。なんちゃって不良と言うヤツだ。

 ただ、他の生徒と比較すれば行動力は有った。初期の段階での山に入り、探索をしたのも彼らで有る。

 また、ジッポライターを所持しており、『宝珠』の無い時の火元としても活躍した。教師5名が全員非喫煙者で有った為、ライターを所持していなかった事も有り、彼らの存在感は増した。

 だが、彼らはあくまでも『なんちゃって不良』で有り、統率力など持ち合わせて居らず、小集団の上に立つのが精々だった。漫画などの様に、暴力で他者を纏め上げる事など複数の意味で出来なかった。

 彼らが率いるグループは、男5人、女4人の9人グループだ。

 そして、同グループの中尾美保(なかお・みほ)と是枝は、こちらに来てから付き合いだした恋人で有り、長永裕子(おさなが・ゆうこ)と佐々木は2年前から付き合っている。

 是枝と佐々木は、長永の存在のおかげで、初期の凶行と『宝珠』発見直後の凶行に巻き込まれずにすんだと言って良い。

 彼らの性格的に、恋人で有る長永が居なければ、凶行におよんだ他の者同様の行動を取ったのは明らかで、是枝に至っては実際およぼうとしていた。

 それは、強姦、輪姦と言う行為だ。

 彼らがこの世界に落とされた当初、全員が右往左往してパニックに成ってはいたが、まだ絶望には至っていなかった。故に理性と言うよりも、元の世界の常識の元、思考し行動していた。

 しかし、それも2週間が過ぎると、野宿生活から来る疲労と元の世界に帰れる当ての無い絶望感が押し寄せ、一人の女子生徒の自殺を切っ掛けに仮初めの秩序が崩壊した。

 最初それを実行したのは、佐々木達と仲の良い三島貴文(みしま・たかふみ)谷山三成(たにやま・みつなり)だった。

 海岸側の林で山菜を採っていた、上野桜(うえの・さくら)榊忍(さかき・しのぶ)を襲い、強姦した。

 上野桜は1年の中でも美人で有名で、三島達は彼女を狙って襲った訳だ。その意味で言えば榊はとばっちりでしか無い。

 そして、それが知れ渡ると、彼らを非難する声と共に彼らと同じ事をする男達が現れる。凶行の時が始まる。

 この間、佐々木は自身の恋人で有る長永を守る意味も有り、他者に同調することは無かった。そして、彼に追随していた是枝もかなりのギリギリでは有ったが、凶行におよばずにすんだ。

 そして、この凶行の時は、『宝珠』発見の3日後に完全に終結する事となる。2名の男子生徒の死亡と共に・・・

 終結の原因となったもう一つの凶行は、強姦・輪姦を続けられていた上野桜による反撃という形で行われた。

 その日も彼女を輪姦しようと、へらへら笑いながら近づいた三島貴文と谷山三成は、彼女の持つ『切断の宝珠』によって、三島は腰から半分に、谷山は四肢を切られる事に成った。

 三島は2分程で死亡したが、谷山は10分以上のたうち回ったあげく死ぬことになった。上野桜は、強姦時、殴る蹴るしてくる谷山を三島以上に憎んでいた為、あえて苦しめる方法を取った。

 この件を見ていた、聞いた者によって全ての者に瞬く間に知れ渡り、そして、凶行におよぶ者はパタリと消えた。そして、被害者に平謝りするクズの姿が散見される様になる。

 被害女性も謝罪で許したわけでは無いが、上野の様に殺すと言う気にまでは至らず、結果として内に押さえ込んだと言うのが事実だ。

 結果、この凶行騒ぎで、被害者女性1名の自殺と加害者2名が殺されると言う結果となった。この自殺した被害者は上野ではない。別の1年女子だ。

 上野は、大多数の者に敬遠されつつも、大多数の女子生徒から感謝されて、今でも女子生徒だけのグループで生活している。

 強姦組は、20名を超え、他の者達から敬遠された関係で彼らだけのグループを作り生活している。この中には、3年の副担で有る教師も入っている・・・

 『宝珠』の存在が抑止力となってからは、強姦や物の奪い合いなどが一気に無くなり、秩序が再構築された。無論、仮初めの秩序では有るが、無秩序とは比べるべくもない。

 アメリカの西部劇時代を、銃が『宝珠』に変わることで再現されたと言える。

 これらの事が、伸樹が死者の件を聞いた際、皆が言い淀んだことの真相だ。


 時間は少し戻どる。

 伸樹は一通りの説明を終えた後、彼らの生活の様子を確認する為、集落の中を回る。

 家々は全て真新しい生木で作られており、作りは単純で、板の隙間も多くかなり雑と言えるが、全くの素人が作ったと考えれば上等だろう。

 家の基本的な構造は皆同じで、長方形型で入り口横に張り出した(のき)や小さな小屋が作られ、そこにカマドが作られていた。

 そして、家の裏から少し離れた位置に、工事現場などに有る簡易トイレサイズのトイレが作られている。

 家の中を見せて貰うと、室内には二段ベッドが並べておかれただけで、他の家具と言える物も、リビング的なスペースすら無かった。

 唯一、入り口近くに木製の箱が有り、『冷却の宝珠』によって作られた氷が入れられた冷蔵庫になっていた。

 彼が覗いた3軒全ては土間で、床板も無く、窓も2カ所しか無く採光はかなり悪そうでは有ったが、『光の宝珠』が有る為問題にはならない様だ。

 カマドは、石を切断したもので組まれており、鍋やフライパンに当たる物も石を使って作製されていた。

「・・・『切断の宝珠』だっけ? それが大量に必要だったんじゃ無いのか?」

「うん、一番使ったよ。他の宝珠は結構余ってる。『緑』は使い道無いから見つけても誰も持って帰らないけど」

 家を見せてくれた女子生徒は肩をすぼめながら答える。

「緑?」

「『流体の宝珠』だよ。『役立たずの宝珠』って言う人も多いけど(笑) 風とか出せるから扇風機代わりには成るんだけど、氷使って部屋を冷やす方が良いから使わないよね」

「うん、氷と違って、風を出す間ずーっと意識を集中しなきゃ成らないから面倒だし」

 真夏と言う事で、気温の問題は切実なのだろう。

 伸樹は彼女らに礼を言って、自らのねぐらを見つけるべく海岸へと向かった。

 扇状地に刻まれた道をたどると、砂浜に出る。右手に延々と砂浜は続き、50メートル程先に川が流れ込んでおり、何人かが足首程度を沈めながら渡っているのが見える。

 左手は100メートル程で岩場へと変わっていて、その手前当たりから大小の岩が散見されている。

 伸樹は左手の岩場に向かって歩き始める。北泉高校生達が、『宝珠』を手に入れるまで、岩場で生活していたと言っていたので、ある程度雨露をしのげる場所があるだろうと当たりを付けてのことだ。

 しばらく砂浜を歩くと、彼は違和感を感じた。その違和感の理由に気付くのには多少の時間が必要だった。

 その違和感は、砂浜に『ゴミ』が無いと言う事だ。日本中どこの海岸に行ってもゴミが散乱している。ペットボトルにビニール袋、挙げ句の果てには隣国の半島の言葉が書かれた化学薬品入りポリタンク・・・

 しかし、この砂浜には木片や海藻以外のゴミが全く見当たらない。普段目にする物が見えないが故に感じた違和感だった。

(人は住んでいないか、近くには居ないって事か、後は・・・)

 人が住んでいれば、大なり小なりゴミが出て、それが海に流れ出す。ゴミの管理を徹底していても、大雨などが発生すればそれによって運ばれてしまう。

 だから、砂浜に人工ゴミが無い=近隣には人が住んでいない、もしくは人工物を作れるだけの文明レベルにない、と言う事に成る。

 そんなことを考えながら岩場にたどり着くと、岩場は砂浜とは反対に陸側に弧を描いて、500メートル程先で見えなくなっていた。

 現在、多分引き潮の様で、大潮程では無いが、それなりに岩場が多く露出しており、20人近くの女子生徒が岩場で何かを探している。

 海岸の様子は、リアス式と言う程複雑では無く、彼が落ちてきた丘の()が崖状に成ってゆっくり弧を描き、続いている。

 崖側に移動した伸樹は、周囲のゴミの位置や岩に付く貝類の様子から満潮時でもこの崖付近には潮が来ない事を確認する。

 そして、30分程崖下を移動した上で、Uターンして砂浜から10分程の位置へと戻る。そこには人が寝泊まり出来そうな場所は無かったが、崖の岩の隙間から水が滴っており、その水たまりにカニが集まっている事からも飲料に耐えると彼は考えた。

 先ず、水の確保だ。その上で居住空間は作れば良い。それが伸樹の考えだった。

 その場を住処(すみか)と定めた彼は近くで潮だまりの水を掻き出している女子グループの元へと向かう。

 女子グループは4人連れで、どうやら潮だまりに潜む魚を捕らえる為、水を掻き出して入る様だ。彼は、10メートル程の位置から声を掛ける。

「ごめん、チョット良いかな」

 伸樹の声に全員がビクッと反応する。その様子を見て、近づきすぎなくて良かったと彼は自分の判断に満足する。

「今日来た人・・・何か用?」

「作業中悪い。悪いけど、『宝珠』をチョット見せてくれないか。これから探すつもりなんだけど、どんなモノなのかもう一度よく見ておきたくって」

 多少警戒感は有ったが、彼女たちは顔を見合わせた上で手持ちの『宝珠』を伸樹に見せてくれた。

 伸樹は彼女達から見せて貰った『宝珠』を『視る』。彼の透視能力モドキは物質の分子レベルまで視る(認識する)事が出来るのだが、その『宝珠』は全く視ることが出来なかった。

 全体の形状として、球形の存在は視る(認識する)事が出来るのだが、中は全く見えず真っ黒な球として視える(認識した)

 最初に『視た』のは『加熱の宝珠』だったが、その後の4種も全て同じで、その能力で各宝珠を区別することすら出来なかった。

(物質じゃ無い? いや、次元レベルで高次だとか・・・)

 自分の力が通用しない理由を一瞬考察しようとするが、現時点で関係ないと直ぐに割り切り、彼女たちに礼を言ってその場を離れた。

 離れ際、彼女たちの中の一人から、「あんまり海側には埋まってないから、今の波打ち際より10メートル以上手前を探した方が良いよ」とアドバイスを貰った。

 理由は不明だが、彼女たちの経験則から来るアドバイスなのだから、伸樹は素直に従うことにする。

 そして、岩場が終わって砂浜が広がりだした当たりから、周囲を『視』ながら歩き始める。

 彼の現在の認識範囲は、脳前頭葉部を中心とした半径2メートル程の範囲だ。その範囲を超えると急激に認識力がぼやけ、30センチを過ぎれば全く認識出来なくなる。

 そして、彼の能力で有る『オーラを視る能力』以外は全てこの範囲内でしか効果を発揮出来ない。

 物体を動かすことの出来る『念動力』もこの範囲内のみでしか動かせず、『テレポート』もこの範囲内から範囲内へしか移動出来ない。

 両方の能力共に重量・体積・範囲から考えて、手で動かす方が簡単で効果的としか思えないレベルでは有るが、要は使い方次第だろう。

 そして彼の認識範囲内に『真っ黒な球』が認識される。『宝珠』だ。即座にその存在をロックオンしたまま、しゃがみ込み砂を掘ってソレを取り出す。

 ソレは『光の宝珠』『白の宝珠』だった。彼はその『宝珠』をじっくり見る。ソレは白いが、透明でも有り、しかも濁りが無い・・・だか間違いなく白なのだ。半透明では無く透明で白・・・

 彼が能力によって認識出来ないだけ有り、どこか物理法則から外れた物なのだろう。その片鱗が見た目にも現れている。

 彼は、その『光の宝珠』をウエストポーチに入れると、また歩き出す。そして、その後100メートル程移動する間に13個の『宝珠』を見つけていた。

 その内訳は『光の宝珠』3個、『加熱の宝珠』2個、『冷却の宝珠』2個、『流体の宝珠』4個、『切断の宝珠』2個だった。

 この世界には『宝珠』はかなりの量が有る様だ。透視能力モドキが有るとは言え、これだけの時間でこれほど発見出来る程有ると言うことだ。

 しかも、位置的に北泉高生達が捜索した後の残り、と考えれば元はもっと多かったと考えるべきだろう。

 ただ、現時点では、この砂浜以外に存在しない可能性も有り、で有れば少なくは無いが、かと言って幾らでも有るとは言えないことになってしまう。

 しばらく立ち止まっていた伸樹は、集落側に向かって歩き出す。そして、途中で左手に曲がり、落ちてきた丘へと上がって行く。

 20分程賭けゆっくりと丘に上がった彼は、地面にしゃがみ込み草をかき分け地面を掘ろうとするが、草の地下茎が絡み合っていて掘れなかった。

 周囲に棒が無いか探すが、見当たらず諦めかけるが、『テレポート』を思い出し、地面の中から手の平の上に転移させた。

(バカだな、俺は・・・ 無駄な事ずっとしてたな)

 『テレポート』の事を忘れていた自分に呆れた彼は、ため息をつくとそのまま山側へ移動していく。

 そして、チャクラをある程度解放し、エネルギーを得た状態で足下に見つけた宝珠を順次『テレポート』で手元に転移しながら歩いて行く。

 そう、海岸の砂浜程では無いが、陸地にも普通に『宝珠』は存在していた。この丘に登って来る途中にも幾つも認識出来ては居たが、他の者から見える位置だったので掘らずに上まで上がったのだった。

 1時間ほどウロウロと彷徨い、最終的に集落の有る扇状地の川沿いに出た。その時点で彼は5種類の『宝珠』を各10個ずつと『治癒の宝珠』を1個所持していた。

 5種類の『宝珠』は10個以降は全て回収せず、その場に放置した。『治癒の宝珠』は1つだけ発見出来た。生徒達が『レア宝珠』と言うだけ有って、絶対数はかなり少ない様だ。

 ひょっとしたら、もう一つの『若返りの宝珠』はもっと数が少ないのかも知れない。だが、伸樹にとって、現状『若返りの宝珠』は全く必要では無い。自分の為にも、『彼女』の為にも。

 伸樹は、本日定めた目的の『治癒の宝珠』を入手出来た事に満足していた。これで、『彼女』に何か有っても助けることが出来る。医者も薬も無い世界では、この『治癒の宝珠』が生命線となるはずだ。

(先ずは、『彼女』の安全の確保。その後に帰る為の手段の発見だ。次のチャクラの開眼も平行するか・・・)

 伸樹は、集落を回っている間、それとなく彼女と彼女の住んでいると思われる家を見ていた。その見た範囲内では、特に大きな問題は無い様に思えた。

 彼女自身のオーラも特に少なくも無く、色合いも淀んでいないので、疲労や病気と言うことも無いと判断している。

 伸樹の短い期間の経験則では有るが、オーラの量は肉体や精神の疲労によって減少し、病気になると色合いが淀む事が分かっている。

 そして、緊急時に使える『治癒の宝珠』も入手出来た。後は、もう少し細かな所まで確認して、その上で問題ない様なら帰還手段探索に移る気でいる。

 仮に、帰還手段がこの世界に無い場合を考え、密教修行を続け、サハスラーラ・チャクラまでの開眼も視野に入れている。

 全ては彼女の為だ。

 伸樹は川沿いに下って行く。川幅は5メートル程の小さな川では有るが、水量はそこそこ有り、水も澄んでいて綺麗だ。

 途中、集落から道が伸びた所に、5人程の女生徒が居て丸太をくり抜いて作った桶で水を汲んで居た。その場は水くみや洗濯がやり易い様に石で整地されている。

 更に、下流に周囲を竹垣で囲んだ部分が有り、竹によって簡単な屋根も付けられている。どうやら水浴び場のようだ。

 作業中の彼女たちに軽く手を上げて、伸樹はそのまま川沿いを下っていく。200メートルほどくだった所で、川に50センチ程の段差が有り、水が落ちる音が周囲に響いている。

(この段差が有れば、満潮時にも上には海水が上がってこないって事か・・・)

 伸樹の考えたとおり、その段差のおかげで学生達は真水を随時えられる環境になっていた。海に近い場所でこれはかなり運が良いと言える。

 海まで下った彼は、岩場へと向かう。時間的に昼食時な為か、しばらく前まで何人も居た貝を掘っている者が全く見当たらなくなっている。

 方々に、手製と思われる貝掘り道具で作られた掘り起こされた土で出来た道が50メートル近く続いていたりする。

 棒の先にクワの様に刃が数本飛び出した器具を引きずる様にして、数人がかりで貝を取っているのを目撃している。

 『宝珠』の力を得てから、彼らも色々と試行錯誤を重ねてきた証なのだろう。伸樹は気付かなかったが、他にも色々と工夫された所が有った。

 たとえばトイレだ。トイレは雨水が流れ込まない様に粘土によって10センチ程上げ底されていた。

 それ以外にも、家の扉の開閉部の構造や、窓、屋根板の固定方法など、一見しただけでは分からない工夫が随所に施されている。全ては彼らの試行錯誤の結果だ。

 ちなみに、教師達で役に立ったのは実質、太鼓静香(たいこ・しずか)のみで、後の4人は全く役に立つ情報は有していなかった。

 2年副担の川村貞治(かわむら・ていじ)が星座から別の星では無いと説明した程度は役には立ったが、実生活では全くだ。

 3年副担の島木孝明(しまき・たかあき)に至っては、女子生徒3名を強姦しているので、それ以前と言わざるをえない。

 そんなことも有り、『若返りの宝珠』は太鼓静香に使われる事に成ったのだ。無論、人間性の面も含めてでは有るが。


 伸樹は岩場を移動し、水が流れ落ちている地点にたどり着く。そして、ウエストポーチから『切断の宝珠』を取り出し手に握る。

 そして、意識を右手の手の平の『切断の宝珠』へと向けると、ソレからボンヤリとしたイメージが頭に流れ込んで来る。

(これが、彼女たちが言ってたヤツか・・・ 起きたまま夢を見ている様な変な感じだ・・・)

 伸樹の頭に流れ込んだのは、明確な映像的なイメージでは無く、観念的なとでも言うのか感覚的なイメージだった。そのイメージは物を切ることが出来る事を示している。

 言葉にするのは出来ないが、出来る事が理解出来る感覚がイメージとして流れ込んできている、としか言えない。

 映像では無いが、音や文章でも感情でも無く、映像の様な観念としか言えないイメージだった。そして、それと同時に、その『宝珠』の残量も同様に『イメージ』で理解出来た。

 そして、伸樹は、その『イメージ』のガイドに従い、意識を近くの石に向け、力を解放する。すると、その瞬間石がイメージしていた場所から割れて地面に落ちる。

 まるで刀で鉄や岩などを切断する、アニメのワンシーンの様だった。一瞬で切断面が生まれ、そこから斜めにずれて落ちていく。

(切断面が綺麗だ。これって次元レベルで切断してるって事か? それとも分子レベルで?)

 疑問は有るが、彼の知力では分かるはずもなく、分からない事を知っている彼はそれ以上考える事を止める。そして、その『宝珠』を使って壁面に穴を掘る。

 石清水が流れる所から10メートル程離れた一枚岩の部分に、『切断の宝珠』を使って切れ込みを作り、ブロック単位で抜き取り穴を作って行く。

 当初は、1面しか切断面を形成出来なかったが、直ぐに5面を同時に切断できるようになり、手頃なサイズの四角いブロックとして抜き出していく。

 面倒なのは、一番最初のブロックで、手がかりを別途作らなくては抜く事が出来ないので、小さな手がかりを切断で作ってそこに指を掛けて抜き取る様にした。

 結果的に、1.5畳分で高さ2メートルの範囲を切り抜くのに、『切断の宝珠』を4個と1/3を使用する事になり、時間としても3時間ほど掛かってしまった。

 だが、この伸樹の速度はかなり速い。何より、他の学生達が初めて手にした『宝珠』をこのレベルで使いこなせる様に成ったのは半月以上経ってからだった。

 実際、半数以上の者は、現時点でも伸樹程使いこなせていない。これは、この3年近くの間培ってきた超能力&密教修行による精神集中の(たまもの)だ。

 伸樹がこの穴掘りを行っている間、何名もの生徒が通りかかり声を掛けている。彼にとって残念な事に『彼女』は通りかかっておらず、朝以降至福の時は訪れていない。

 通りかかり、声を掛けた多くの者が、「ここで暮らすの?」と心配げにするが、誰一人として自分たちのグループに誘う者は居ない。

 別段これは彼女たちが薄情だというのでは無く、単に定員オーバーなだけだ。

 彼らの暮らす家は、小さく、多くの者が住める環境に無い。それ故に定員が有り、その定員はほとんどのグループが既に満員になっている。

 そして、家を拡張する事は、そうそう簡単に行える事でも無い。家を一から建てた者だけにそれが分かっている為、それを前提として誘う事も出来ない。

 そんな事情があって、伸樹を誘わないのだが、彼はその事は知らない。しかし、特に気にしては居ない。彼にとってそんな事は些細な事だからだ。

 その後、伸樹は抜き取ったブロックで簡単なカマドを作り、平たい石をスライスしてそれをカマドにのせる。屋根の無い状態だが、今日明日は問題ないと空を見て判断し、今日は屋根は作らない。

 そして、丘の上に上がり、ススキでは無く柔らかめの草を切り、2回に分けて住処(すみか)へと運び込み、床へと敷く。これで寝床は完成となる。

 その時点で時間は午後5時近くになっており、彼は食糧の調達に出かける。当初、ハマグリを、と考えていたが、砂抜きする時間が無い事に気づき、磯の貝類にする事にした。

 伸樹が目を付けたのは、岩場に張り付いていて通常はマイナスドライバーなどでしか取れないマツバガイだ。

 通常はそのままの形を維持する為ドライバーなどで引きはがすのだが、直ぐに食べるので別段外観を気にする必要も無い。だから手頃な石斧風の石でたたき割る様にして取っていく。

 取ったマツバガイは軽く海水で水洗いして殻の破片を取った上でウエストポーチに入れていく。しばらく前までウエストポーチに入れていた『宝珠』は全て住処(すみか)に置いて来た。

 12個程マツバガイを取った所で、潮だまりに魚影が走る。それを目の端で見つけた彼は、その潮だまりを覗くがそれなりに大きな潮だまりのせいで、魚は見えない。

 だが、自分の能力を思い出し、しゃがみ込んで認識範囲を水面に近づけ『視る』と、25センチ程のチヌが2匹岩の隙間に隠れているのが分かる。

 しばらく考えた彼は、ポケットから『切断の宝珠』を取り出すと、『視ている』チヌの尾びれを切断した。後は血に染まる潮だまりで、まともに動けないチヌを手で取るだけだった。

(潮だまりで無くってもいけるか? 後は範囲の問題と回収の問題か)

 彼は今の手法に手応えを感じた様だ。同様の方法なら、やり方次第では海岸近くに居る魚も捕れるのでは、と。

 だが、実際は磯場は波があり、水中で仕留めても陸上からは簡単には回収出来ない。やるのであれば、彼自身水中に入る必要があるだろう。

 彼は、その2匹のチヌを手に、住処(すみか)へと帰り、周辺の流木や崖上から落下してきた枯れ枝などを使って火をおこし、マツバガイとチヌを焼いて食べた。

 両方とも調味料は無く、チヌの方は海水を汲んで掛けた程度ではあるがそれなりに美味かった様だ。ただ、鱗ハギが不完全で一部残っていたのはご愛敬だろう。

 その晩は、それまでに使っていない『冷却の宝珠』、『流体の宝珠』、『光の宝珠』を試しす。『冷却の宝珠』は海水が溜まった小さな潮だまりを、1分ほどもかからず凍らせた。

 『光の宝珠』はまるで魔法の『ライティング』の様に指定した物体に光る部分を形成出来た。そしてその際、加えるエネルギーによって発光する時間を設定出来る。ただ、空間には設定出来ず、個体にのみ設定出来る。

 最後の『流体の宝珠』は空気を動かし風を作ったり、水を動かし水流を作る事が出来たが、他の生徒が言うとおり、今ひとつ使い道が考えつかない。

 そんな感じで、全ての『宝珠』の使い勝手を確認した。

 その後は次なるチャクラを開眼する為の修行を行ってから眠る。

 異世界に来て、最初の日が終わる。彼にとっては大満足な日となった。ただ一つ問題は、蚊の対策を取っていなかった為、大量に血を吸われ、痒くてたまらなくなった事だ。

 集落の家を巡った際、床にあった石皿に盛られていた植物の燃えかすに気づかなかった伸樹のミスだ。

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