19.熊本伸樹と言う男 (最終話)
南東の集落跡で伸樹が絶叫をあげてから、2日が経過していた。そして、今彼は西の集落を目指して飛んでいる。
前回行った時、矢石が後2日も有れば元の世界へのゲートを開けそうだと言っていたので、期待しながら向かっている。
そして、山を越えて海岸部が見えてきた辺りで、彼のその予感が正しかった事を知った。通常何十人となく居る浜辺に、誰一人としていないのだ。
(帰れた様だな)
彼は微笑みながら集落へと飛んでいく。しばらく飛行し、集落が見えてくるが、やはり誰一人として人影が見当たらない。
彼は、『彼女』が残して居るであろうメッセージを確認する為、彼女の家へと向かう。
前もって、返る前に『ゲートの宝珠』に関する情報を記録して残して置いてもらう様に話していたのだ。
主に、どれ位の消費率で、どれ位の間ゲートを維持出来るかと言うデータだ。別の集団の為にも是非とも知っておきたいデータなのだ。
誰もいない集落なので、伸樹は直接『彼女』の家の前まで飛んでいく。そして、降り立った瞬間、その家のドアが開いた。
そのドアからは、『彼女』と矢石が飛び出して来る。
「伸樹! やったよ、出来たよ、みんな帰れたよ!」
飛び出してきた勢いのまま、『彼女』は彼に抱きついてくる。勢いで彼も『彼女』の背中に手を回した。
「なんで残ってる?」
伸樹は抱きつかれたまま、目を白黒させている。彼の胸に顔を埋めていた『彼女』は、顔だけを上げて答える。
「今日、来る予定だったから待ってたの!」
元々大きい目を更に見開いた状態で、『彼女は』伸樹を見上げながらそう言って笑う。
「昨日の夕方には開けたんですけど、念のために朝まで訓練して、10時に皆を帰したんですよ。で、熊本さんに報告してから、って思って僕らは残ったんです」
矢石が、『彼女』の話をフォローして詳しく話した。確かに、伸樹は今日来る事に成っていた。来る時間帯も大体昼過ぎだと分かってはいた。
「わざわざ残らないでも良かったのに・・・ 何かに書いてくれれば良いって言っただろ」
呆れ声の伸樹に、『彼女』は少し口を尖らすと、「最後に会いたかったから!」と少し怒った口調で返した。
だが、次の瞬間には元の笑顔に戻ると、彼の胸に頭を付けると、額をぐりぐりと押しつける。まるで猫が飼い主に良くやる仕草の様だ。
伸樹は困った顔で、両肩に置いた手をそのままに、やるに任せている。矢石も、笑いながらそれを見ていた。
一通り満足したのか、『彼女』は伸樹から身を離す。そして、改めて伸樹を見て姿勢を正した。
「ありがとう。貴方のおかげで皆帰れた。そして私たちも帰れる。全部貴方のおかげ。皆感謝してたよ。皆からお礼を代わりに言ってって言われたの。本当にありがとう」
「ありがとうございました」
最後は矢石も一緒になって礼を言い、並んで伸樹に向かって頭を下げた。彼は困った顔で、ほほに手を当てている。
「これは、私からのお礼」
そう言った『彼女』は伸樹の前までスッと近寄ると、彼の両ほほに手を添え、つま先立ちでその唇を合わせた。
それは、2秒に満たない唇が触れただけのキス。だか、伸樹は硬直してしばらく動けなかった。色々な意味で驚いたのだ。
彼女は、少しだけほほを染める、硬直している伸樹から離れた。
「これって浮気かな」
笑いながらそんな事を言う、『彼女』を見て、伸樹の硬直は解ける。
「向こうの俺によろしく。取りあえずヤツは絶対君を裏切らないよ。それは俺が保証する」
『彼女』は伸樹の言葉を聞いて、満面の笑みを浮かべる。
「うん、知ってる。伸樹も、貴方の私に告白したら良いよ。絶対大丈夫だから。私が保証する」
伸樹は、『彼女』の言葉を微笑んだまま受けた。そして、しばらく見つめ合い時間が経過した。
「じゃ、行くね」
「幸せにな」
二人の別れが終了したのを見て、矢石が近づいてきた。
「えっと、ゲートですけど、初めて開ける様になった時点で3分間は維持出来る状態でした。で、一晩練習を続たら5分は維持できるようになりました。十分な時間がありますよ」
欲しかった情報をもらった伸樹は、彼に礼を言うと、彼も「じゃ行きます」とだけ言って少し離れた場所に『彼女』と共に立つ。
そして、彼が意識を集中した途端、彼の目前に直径2メートルのゲートか現れた。
そして、その先には広めの庭が広がっていて、その真正面のブロック塀には3台のテレビカメラと、それ以上のカメラが存在していた。そして、歓声と共に強烈なフラッシュが焚かれる。
そのフラッシュに驚いた矢石が制御を失敗し、ゲートが一瞬ぶれるが、なんとか持ち直す。3人が合わせた様にホッとため息をついた。
そして、2人は伸樹の方を向くと、「ありがとうね」「ありがとうございました」とそれぞれに礼を言うとゲートを潜っていった。
その先で、『彼女』に駆け寄る男がいた。
「伸樹!!!」
『彼女』は駆け寄る『彼女』の伸樹に抱きついた。そして、矢石の元にも母親と思われる婦人が掛けより、その途端制御を失ったゲートは閉じた。
歓声とフラッシュが一瞬にして消え、静寂がその場を包んだ。
(幸せにしろよ。絶対にな)
『彼女』の世界の自分に対しそう心の中で命じる。だが、彼も伸樹で有れば、言わなくても幸せにする努力をする事は分かりきっている。
彼が思う様に、向こうの彼も同じ気持ちのはずだからだ。例え、パラレルワールドで、僅かながら違いが有るとしても、それだけは同じで有ると彼は信じていた。
そして、その日から4日後、彼はもう一組の『北泉高校の生徒+教師』が元の世界へと返るのを見送った。
そして、彼はこの世界に、ただ一人残る。
出来泰幸と言う少年がいる。彼は中学時代からイジメを受けていた。そのイジメは、彼自身に起因するモノでは無かった。
その切っ掛けは、中1の時に、イジメにあっていた同級生をかばった事で、今度は彼がイジメのターゲットにされたのだ。
そして、彼がかばった生徒も間もなく彼をイジメる事になる。イジメの為のイジメ、犠牲者を立てる事によって他が助かる為のイジメだった。
故に解決策など無い。他の者になすり付けるしか無い。だが、それも簡単では無い。故に、彼の中学時代は地獄だった。何度となく自殺を考えた程だ。
だから、高校進学は、離れた学区のレベルの高い高校を無理して受けた。かなり頑張った甲斐があり彼はその学校へと入学を果たした。北泉高校で有る。
高校での生活は一気に天国へと変わった。同じ中学のモノなど誰もおらず、過去の彼を知るものは誰もいない。そんな幸せを謳歌していた。
だが、また、彼の元にその『僅かな切っ掛け』が訪れる事になる。それは、2年の先輩に廊下でぶつかった、と言うそれだけの事だった。
だが、その先輩が、その学校では珍しい、俗に言う『不良』だった。そしてそれを期に、彼をパシリに使い始めた。
それが次第に定着し、クラスの中でもその傾向が現れる。後はあっと言う間だった。中学の再現だ。
初めはかばってくれた友達も徐々に離れ、最後にはイジメる側に回る。教師達も気付いてはいるが、暴力的なモノでは無いので無視を決め込んだ。
次第にエスカレートする中で、また彼の中に自殺を思い描く回数が増えていく。言葉や無視のイジメは時として腕力によるイジメを上回る事がある。彼の場合がそれだった。
思い悩む彼の元に、別の『僅かな切っ掛け』が訪れたのは2年のゴールデンウイークだった。
中高合わせて遊ぶ友達などいない彼は、その日は1人近くの川へと来ていた。別段釣りに来た訳では無い。ただ、川岸に座って時間を過ごしているだけだ。
そして、意味も無く、河原の石をつかんで川面へと投げ続けていた。頭の中は、ゴールデンウイーク明けの学校の事で一杯だった。
そんな憂鬱な気分で、何も考えず座ったまま投げ続けていた彼の脳裏に、それを持った瞬間イメージが叩き付けられた。
そのイメージは漠然としてハッキリ分からないが『異世界へと渡る』と言うモノに彼には感じられた。
そして、そのイメージが、その時手に持っていた小さな虹色のビー玉から来る事に気づく。
最初は、錯覚で、それはただのビー玉だと思ったが、よく見ればビー玉とは明らかに違い、虹色の光彩を持つ宝石の様な玉で有る事に気づいた。
そして、そのイメージに彼は捕らわれていく。異世界、別の世界、イジメの無い世界、そんな世界に行けるなら行きたい。そう思う様になる。
その思いは、ゴールデンウイーク明け直後の学校を経て、彼の最大の希望となっていた。
自殺するぐらいなら、どんな世界でも良い、異世界に行きたい。彼はその玉に全てを託す気持ちで念じた。
その日、一人の男が自らの意志で異世界へ渡った。
彼が降り立ったのは、誰もいない異世界の無人島。彼はその島でたった一人で生活を始める。
どんな世界でも、アノ学校よりは良い、そう思って自らの意志でこの世界へと来た。だが、彼は孤独に耐えられなかった。
生活そのものは、彼をこの世界に送った不思議な玉に似た、別の色の玉のおかげで困らなかったが、孤独は別だった。
彼は、集団の中の孤独は知っていた。だが、真の孤独は初めてだった。そして、それに耐えうるだけの強さは持っていなかった。
故に彼の心は壊れ出す。壊れたが故に自らの命を絶つ事は無かった。そして、彼の心を満たしたのは恨みだ。
クラスの者全員、そして、彼をパシリに使いその後もいじめた先輩達、何も対処してくれない教師達・・・
恨み呪い、彼らにも自分と同じか、それ以上の苦しみを与えたい。ただそれだけを考え過ごした。
そして、彼にはそれを成す為の道具が有った、島に散らばる不思議な玉だ。だが、アノ虹色の玉だけは見つからない。
だから、別のモノで何とかする方法を考える。彼には時間だけはあった。彼の狂気は知能には影響は与えていなかったのだ。
だから、あまりある時間を使い、ありとあらゆる研究を重ね、ついにその装置を完成させた。
それは、3個だけ見つかった、『別の場所を映し出す』玉を使い、水晶のエネルギーを一点に集中する事で次元を越えてヤツらをこの島に引き込む装置だった。
水晶の持つエネルギーは、次元にも影響を与えるが、対象を選択出来ない問題があった。それを解決したのが3つの灰色の玉だ。
この玉に水晶のエネルギーを作用させ、次元を越えてヤツらを見つける、後は、座標を固定してオーバーロードさせれば良い。
そして、彼はそれを実行した。目の前に写される、にっくきヤツらは公園の清掃中だ、良い感じに目標が全員いる。
と言うより、目標が全員いる状況を選択したが故のその時間と場所だったと言う事なのだ。
彼は、瞳孔が大きく開いた目を見開き、装置に最後のイメージを送る。フルパワー。
そして、装置はまばゆい光を発した。そして、その上空に表示されているヤツらの映像に、変化が現れる、足下に闇が一気に広がりヤツらが全員その闇に呑まれていく。
彼は、ソレを見て涙を流した。歓喜の涙だ。彼は自らの復讐が叶った事に狂気し涙を流す。
彼は、自らの復讐が終わった事に狂喜し涙を流す。彼は、自らの人生を終えられる事に狂喜して涙を流す。
ピンクの玉によって若返りを繰り返し、180年を生きた彼は、自ら作った石の墓に身を横たえると、歓喜の内に自らの首と胴を切り離し、狂気との決別を果たした。
ただ彼は気づかなかった、彼が落とした者達の中に自分の姿があった事に。
そして、前面のスクリーンに隠れて見えない位置にあと二つのスクリーンが表示されていた事に。灰色の玉は3つ有ったのだ。そして、その灰色の玉は直列でも並列でも無く、単体としてそれぞれが働いていた事に・・・・・・
彼は、自分のミスに気付く事無く永久の眠りについた。偽りの満足の元。
その日、岩下美由紀はテレビに釘付けだった。
なぜなら、3年半近く前に行方不明になった『北泉高校』の生徒達が帰ってきたというニュースだったからだ。
その行方不明者の中には、彼女の友達がいた。中学時代転校したが、その後も電話やメールのやり取りを続けていた友達である。
ニュースを見た途端、電話しようと思ったが、さすがにマズいと考え我慢した。身内や親戚からの電話で手一杯だろうと考えたからだ。
そのニュースでは、行方不明になった者のうち5名を除く117名が帰って来たと言っている。そして、読み上げられね帰還者のリストに彼女の名前があった。
3年以上経ち、ほとんど諦めては居たが、返って来れたと分かれば当然嬉しい。初めてリストに彼女の名を見た時には、歓声を上げ隣の部屋の者から壁ドンされた位だ。
そのニュースで伝えられる事は、まるで漫画かアニメの様な話だった。だが、アノ消失を目の当たりにしている全ての者は、ソレを誰も否定出来ない。
彼女もそうだった。あの動画は100回以上見ている。だから代表者が語るその話は真実だとして聞いた。
異世界、島、サバイバル、そして『宝珠』。彼女が、そして、そのテレビを見ている日本中の者が、一番驚いたのは、代表者の一人の女性が、実は42歳で、『宝珠』によって20代に若返ったと聞いた時だった。
また、彼らにとっては3年5ヶ月では無く5ヶ月間の事だったと言うのも、驚いた。彼らは3歳年を取っていないのだ。まだ17歳のままと言う事だ。
そのニュースは、日本だけで無く、世界規模で発信され、あの時以上の騒動になっていく。そんな中、彼女の元にその電話が来たのは、3日後の事だった。
「ヤッホー、美由紀、元気してた? 実家に電話したらアパート暮らしだって聞いて、驚いたよ」
「なにいってるの、驚いたのはこっちよ。3年前もこの間も、テレビで見てホント、驚いたんだから!」
「だよね、でも私の方が数千倍驚いたんだよ。異世界だよ異世界。生きて帰れたのが奇跡だよ」
「うん、良かったね、帰れて、ホント、良かった」
「うん、ありがと」
「で、大丈夫なの、色々大変でしょ、世界中のマスコミが押し寄せて」
「あはははっ、凄いよあれ、外に1歩もでれない感じ」
「マスゴミってヤツだね。でも、異世界で、『宝珠』で、若返りでしょう。仕方ないって気もするよ。視聴者としては」
「うーーーっ、やっぱりそうだよね。」
そんな他愛も無い事をしばらく会話していて、美由紀は聞くべき事を思いだして、ソレを尋ねる事にした。
「ねえ、熊本君そっちに行かなかった?」
「えっ、熊本君ってアノ熊本・・・伸樹君? 熊本君がどうかしたの?」
「あ、やっぱ行ってないか。あのね、裕子達が消えてから3年ちょっと経った日にね、熊本君がアノ公園で行方不明になったの。だから同じ様に消えたって噂になってたの」
「えーっそうなの、でも、熊本君なんて来なかったよ。来たのはシンって・・・・・・・・・あれっ。シン・・・伸樹・・・あれって、熊本君・・・・・・嘘、でも、シンって・・・ 嘘!嘘でしょ!」
「裕子! どうしたの裕子!」
電話はそのまま切れてしまった。美由紀は、彼女の様子が普通では無かった事に気づいて、着信履歴でかけ直すが彼女は出なかった。
それでも繰り返し電話を掛けていると、5回目にして繋がった。出たのは聞き覚えのある、彼女の母親だった。
「はい、長永ですが」
北泉高校の行方不明者が帰って来て5ヶ月が経過した。
当初は帰還を喜ぶ声と、彼らの持ち込んだ『宝珠』の争奪戦、彼らの冒険譚で大騒ぎだったが、間もなく彼らがついていた幾つかの嘘がバレる事で違う騒ぎが巻き起こった。
帰還時、彼らは、佐々木真一と是枝優が『ゲートの宝珠』を発見し、その使い方に気付き帰還したと言っていたが、それが嘘だと分かった。
それは、奇しくも、佐々木の恋人である長永裕子の口から告白される事となった。
シンと名乗った熊本伸樹、彼が発見し、彼が彼らに渡したモノで、その上、彼らは彼をあの世界に置き去りにしたのだという。
その告白は世界中を驚かせるものだった。そして、当初は否定していた他の者達の中からも、それを認めるのもが現れ、事実で有る事が確定した。
英雄が堕ちた瞬間である。時代の寵児と化していた佐々木、是枝、そして他の生徒達。その評価が逆のベクトルへと変わった。
更に、病死、自殺と言っていた者の内2名が殺された事が分かり、更に、一部の教師も含めた強姦騒動が勃発していた事も分かる。
その上で、20人以上の女子生徒が妊娠しており、その内何名かは強姦の上の妊娠で有る事も分かる。
完全に、ドロドロとしたイメージへと変わっていく。更に、殺された男子生徒の親が、殺した女子生徒を訴える騒ぎが起こる。
だが、今度は、その親に対して、20名以上の女子生徒が強姦についての慰謝料と、堕胎、それにまつわる慰謝料の請求を行うという事態が起こる。
その裁判沙汰は異世界の事のため、刑事には問えず、民事での争いとなり、結果男子生徒側の両親の方が金額的にも、社会的にも負ける形で結審する。
そんなドロドロの状態の中、大半の帰還者達は、帰還者で有る事を隠して他の町へ移っていった。
だが、カメラの前に顔を出した幾人かの教師と生徒は、世間からの視線を気にしながら生活する事になっていた。
熊本伸樹は、あの日から1年の時を経て元の世界への帰還を果たした。
それは、『増幅の宝珠』の発見と、『切断の宝珠』の本質を理解した事によるモノだ。
『増幅の宝珠』はその名の通り、別の宝珠の力を3倍に増幅する。だが、これと『ゲートの宝珠』では元の世界へのゲートを開く事は出来なかった。
だが、『切断の宝珠』を使っていて、その機能に疑問を感じた事で全てが変わった。
それは、『切断』と呼んでいるが、実は『消滅』では無いか、と言う疑問だ。柱や石を切る場合は普通に『切断』に見える。
だが、壁面に穴を開ける為、同時に4面に切断面を作った場合、『切断』で有れば全く隙間は発生しないはずだ。切れただけで体積は変わらないのだから。
だが、現実には、わずかでは有るが隙間が発生している。そして、その隙間のおかげで、そのブロックを抜き取る事が出来る。
つまり、『切断の宝珠』は『切断』していたのではなく、極薄の板を『消滅』させる事で切れた状態を作っていた事に成る。
そして、以前同様の『切断』を見た事を思い出す。それは『ゲートの宝珠』のゲート内に棒を入れた状態で、ゲートを閉じた際に発生した現象だ。バッサリと『切断』されていた。
故に、この『切断の宝珠』は次元レベルの反応なのでは無いかと考え、転移では無いかと予想した。
つまり、物体の一部を指定して転移する事で、その部分が次元レベルで切断されると言う事だ。
そして、それを確認出来る手段を彼は持っていた。『テレポート』だ。試してみると呆気なく『テレポート』で切断が出来た。
それである程度自信を持った伸樹は、『切断の宝珠』を持ち、厚みを考えながらアクセスすると、呆気なく新たなパラメーターとして厚みが設定できるようになった。
だが、直ぐに新たな疑問が発生する、消えた部分はどこへ行ったのか、と言う事だ。
『テレポート』による切断は、実質物体の入れ替えだ。目的の部分と、転移先の空気を入れ換える。だが、『切断の宝珠』は転移先が分からない。
ならば、と、転移先を意識してアクセスを繰り返すと、かなりの回数の後、新たなパラメーターが返ってくる。
それは異世界の座標だ。元々はどこかのデフォルト次元へ固定されているが、その先を変えられる様になる。
そして、その座標は元の世界へも繋ぐ事が出来た。青い鳥と同じだ、帰還の為の道具は異世界に降り立ったその日から、彼らの目の前に転がっていたのだ。
後は、『増幅の宝珠』と組み合わせ、身体を丸め、最大限に身体を縮めた状態で身体全体を『切断』して実家の自分の部屋の空気と入れ替えた。
そして、突然2階から降りてきたボロボロの服を着た息子に両親は驚かされる事になった。
だが、彼が先ず聞いたのは長永の事だった。そして、彼女が置かれている立場を聞いて驚く。
両親は、「お前を置き去りにしたんだから当然の報いだ」と言っているが、彼は首を捻るばかりだ。
なぜなら、あの日、あの誰もいない集落で、彼女達が帰還したであろう事を知ると、彼は歓喜の雄叫びを上げたのだ。絶叫と言っても良い程の歓喜の声だった。
彼女が帰れた事を喜ぶ雄叫びだった。自分の目的が果たされた事を喜ぶ雄叫びだった。
だから、取り残されたなどとは全く考えていない。元々、一番最後の学校の彼女が帰還するのを見送る予定だったのだから。
伸樹に取って救いだったのは、彼の両親が彼女達を訴えたりしていなかった事だ。
彼の両親は、刑事訴訟が出来るのならばやっていたが、民事でお金を取る事に意義を見いださなかったのだ。だから訴えなかった。
彼女の現状をネットで詳しく確認した伸樹は、直ぐに行動を開始する。
彼の考えはずっと変わらない。彼女が幸せになる事、それが全てだ。
例え、彼女が佐々木の子供を宿していようが関係ない。それ以前に彼は彼女が中3から佐々木と付き合っている事を岩下から聞いて知っていた。それでも彼女を追って異世界まで行った男だ。
異世界での彼女の態度も全く気にならない。彼の気持ちは一片たりとも揺れ動かない。
そんな、特殊な恋愛観を持つ男が、熊本伸樹と言う男である。
そんな、おかしな恋愛観を持つ男は、彼女を幸せにするために、以前踏み出せなかった一歩を今踏み出そうとしている。
佐々木が彼女を捨てたのであれば、彼が自ら彼女を幸せにする以外あるまいと。
大丈夫だ、問題ない。なにせ彼は、彼女本人から太鼓判を押されているのだ。『絶対大丈夫だから。私が保証する』と。
END




