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18.報告巡りと再探査

 熊本伸樹(くまもと・しんき)は3年生の『彼女』の元を訪れている。船上で矢石(やいし)達と、『ゲートの宝珠』の確認を行って直ぐの事だ。

 『ゲートの宝珠』による帰還の可能性を聞いた『彼女』は驚喜している。あと一歩で狂喜に至りそうな程だ。

 彼に抱きついて喜ぶ『彼女』の背に手を回せない彼は、微妙に困った顔で手を中空に遊ばせていた。『彼女』は彼の『彼女』では無いのだ。彼も『彼女』の伸樹では無いのだ。

 彼女の興奮が落ち着くのにはしばらくの時間を要した。そして、落ち着いて後、しばらく抱きついたままだった彼女はゆっくりと彼から離れる。

「ごめんね。・・・まだ、絶対じゃ無いんだよね。でも、可能性は高そう?」

 『ごめん』は興奮した事に対するものか、抱きついた事に対するものかは分からない。両方なのかも知れない。

「うん。確実に反応が有るからね。レベル2の俺でもそうだから、6以上なら大丈夫だと思う。まあ、やってみないと分からないんだけど」

「手応えって、『流体の宝珠』で触った感じが分かる様になる感じ?」

「全く感じないモノが感じられる様になるって意味では、そうだね。感覚で言うともっと強い感じだけど」

「そうなんだ。じゃあホントに可能性が高いんだね」

 普段彼に見せる笑顔以上の笑顔で言う『彼女』に、伸樹は同じように笑顔でうなずく。

「『宝珠』を使い始めた時期から言って、この集団が一番早く帰れる事になると思う。もちろん上手く行ったらだけど」

「他は遅かったんだっけ?」

「うん、うちが転移の約1月後、北部の集団はやっと今1月経ったって所」

「北って1年生の私が居る所だよね。・・・じゃあ、そこが一番遅くなりそう? あ、もちろんこの方法が成功したらだけど(笑)」

 『彼女』が会話に笑いを含められると言う事は、それだけ確実だと思っていると言う事だろう。

 しばらく軽口を叩いた後、伸樹が思い出した様に言う。

「あ、そうだ、矢石君達に言い忘れてたんだけど、『宝珠』の消耗の関係があるから、消耗率を最初に確認して、場合によっては避難訓練みたいに全員で素早く移動する訓練をする必要があるかも知れない」

「穴を開けていられる時間が短いかも知れないって事?」

「うん、元々直列接続?の場合それだけで消耗が激しいんだ。その上で本来の用途を越えて使うことになるから。それと今のところ『ゲートの宝珠』に余裕はあまり無いしね」

 その話を聞いた『彼女』は、先ほどまでの笑顔は無くなってきたが、それでもまだ十分に希望を持っている表情だ。

「作ってる洋服無駄になるね(笑)」

「申し訳ないけど、そうなって欲しいね(笑)」

 そんな軽口がたたける程度には彼らには余裕があった。それは、未知の『宝珠』とはいえ、今まで使ってきて、その『感覚』と言うモノを理解しており、その『感覚』が正しい事も理解していた。故に、間違いないだろう、と思えるのだ。

 だから、多少の不安要素があるにせよ、根本的な所は心配していない。だから笑える。

 その後、『彼女』に練習用として『宝珠』100個程を纏めて渡すと、伸樹は彼女の元を立った。

 彼が向かった先は、島北部平原だ。北北東へ向かって飛び立つ。

 この『彼女』が1年の集団と、『彼女』が3年の集団は、一番近い位置に位置している。徒歩で山越えすれば1日で交流が出来る。『流体の宝珠』によって稼働する船を作れる様に成った事で、海からの交流も可能であった。

 だが、この時点まで全く交流は持っていない。理由は、意図的に交流を行わなかったからだ。同一の人間同士が接触する事によるトラブルを防ぐ為である。

 それらは、彼らが自分たちで話し合って決めた。人員が一クラスしか同じでは無いが、どちらの集団も同じ結論に達し、当座の接触を控えることにした。

 それでも、数回は中間の山で顔を合わせたケースは有る。そして、その場では最低限の情報交換と言う名の世間話だけで終わっている。

 それが正しい選択なのかはさておき、それに伴うトラブルは無いのは事実だ。

 島南東部に暮らす、『彼女』が2年の集団は、他の集団とかなりの距離が有り、元々接触は簡単では無い。それ以上に集団としての纏まりが無い為、そう言った話し合いじたいが成されていない。

 伸樹を除けば、佐々木(ささき)是枝(これえだ)の両名が島中央の湖西岸まで行ったのが最も遠い距離だ。

 それも、帰りに『ゲートの宝珠』を利用出来るが故に到達出来た距離で有り、伸樹から奪い取った『ゲートの宝珠』を全て使い切った現在は、以前の行動半径に戻っている。

 そして、彼らには別の集団と接触するしないと言う事じたい考えていない。ほぼ同じ集団でもこれだけの変化を見せるのは、環境なのだろう。そして、その環境の違いを作る切っ掛けはほんの僅かな事だ。

 人は、ほんの僅かな切っ掛けで変わる。外部から見た性格、生活の質、恋の行方、更には運命すら。

 その日、踏み出す1歩の違いが運命を分ける事がある。その一歩の為車にひかれる者、ひかれずに済むもの、僅かな一歩ではあるが運命の一歩だ。

 パラレルワールドは、そんなIFの集合体だ。そして、この島も、そんなIFで満ちあふれている。

 そして、運命の一歩を踏み出せず『彼女』と恋人になるチャンスを失ったチキン野郎は、運命の一歩を踏み出してこの世界へと到達出来た者でもある。

 そんな、チキンで到達者なストーカー野郎は北部の集落へとたどり着いた。さすがに今は『重力の宝珠』2つでは無く、『流体の宝珠』を合わせて使っている。

 その為、着陸地点は集落より外れた地点だ。だが、彼が舞い降りると直ぐに複数の生徒が駆け寄る。

 その中には珍しく『彼女』も居た。この『彼女』は他の『彼女』と比べ、一番年齢が低い為、彼の記憶している中二の『彼女』に一番近い『彼女』である。

 その為なのか、彼が一番親近感を感じる『彼女』である。

「こんちわー、どったの? また『宝珠』持って来てくれたとか?」

 手を振りながら駆け寄る生徒からそんな声が掛けられる。彼らにとって伸樹は恩人で有り、『宝珠』をくれる大切な手づるだ。だから好意的に接してくる。無論その中には打算も含まれてはいる。当たり前の事だ。

 だが、半数以上は普通に感謝の念を持ち彼に接してる。それもまた当たり前の話だ。

 簡単なあいさつを終えた後、伸樹は用件を彼らに伝えた。そしてそれは当然の様に彼らに驚きを与える。

 騒ぎが収まると、レベル6の者で、比較的『宝珠』の制御が上手い者を集めてもらい、『ゲートの宝珠』を試させる。

 その結果は問題なく、程度の程は分からないが、間違いなく手応えは感じている様で、後は訓練しだいだと言う事になる。

飯田(いいだ)、頼むぞ! お前に掛かってるんだからな!」

「仕事しなくて良いから、訓練して」

大古場(おおこば)君もお願いね。頑張って」

「帰れる! やっと帰れる!」

「ありがとー、ホントありがとー」

 レベル6を集めるのに時間が掛かった為、その周囲には60名近い者達が集まっていた。その為かなりの騒ぎとなり、伸樹はもみくちゃにされる。

「落ち着け、みんな落ち着けよ、まだ帰れると決まった訳じゃ無いんだから」

 そんな風に(いさ)める者も居るが、大半は雰囲気に飲まれたまま騒いでいる。希望が無かった中に射した一条の光だ、皆が喜んでも仕方ないだろう。

 最も生活環境が整うのが遅くなったこの集団では、なおの事しかたが無い事だ。

 伸樹は、彼らにも100個の『一般宝珠』を渡し、「また来る」と言って南東へと向かって飛び立った。

(最後はアソコだ)

 伸樹の『彼女』が居るアノ集団の元へと向かっている。色々な意味で問題のある集団で、彼も接触は控えている。

 無論、定期的な『彼女』の様子確認(ストーキング)は行っているが、『宝珠』カツアゲ以降の直接の接触は取っていない。

 伸樹は、今回は真っ直ぐには行かず、途中の山頂で一旦着地した。そして、ウエストポーチ内の宝珠を整理し、『ゲートの宝珠』12個のみを入れる。

 前回のカツアゲと同様の事が有る事を懸念しての準備だ。背負っている竹カゴの中の『一般宝珠』も、100個だけを残し全てその場に埋めた。

 本来は、仮の宿に置きたい所だが、今後の事を考えると『ゲートの宝珠』の使用は極力避ける方向で行く事にしていた。

 この場で使った為に、後でエネルギーが足りない、などと言う事になる可能性は極力避けたいのだ。2つ目の洞窟以来『ゲートの宝珠』は全く見つかっていないのだから。

 トータルで発見出来た『ゲートの宝珠』は62個、6個をカツアゲされ、13個、12個、12個を各集団に配布、現時点までに伸樹自身が4個を消費、1つを使い掛けで、残は14個と使い掛け(60%)と成る。

 余裕は有る様で、全く無い。だから、無駄にカツアゲされる訳には行かない。

 準備を終えた伸樹は、移動を開始する。ただ、彼の向かった先は集落よりも東に有る海岸だ。

 その海岸に着いた伸樹は、近くの木を切り倒し、簡単なカヌーを作製する。ノズル部分もそのまま木で作り、通常は『液化の宝珠』で梶を固定する器具を作るのだが、今回は水流操作のみで梶代わりにする。

 飛んでいかないのは『重力の宝珠』を持っている事を気付かれない為で、当然カツアゲ予防だ。

 トータル30分程で完成した、簡易のカヌーに乗り込んだ伸樹は岩礁を避けながら集落へと向かって移動して行く。

 10分程時速30キロで移動すると、岩場で作業する生徒達の姿がチラホラと見受けられる様になってきた。伸樹に気付いた者は、一様に彼を指さし騒ぎ始める。

 無論、佐々木達のグループから、見かけたら教える様に言われていた事に起因する行動だ。

 それに伸樹は気づいているが、無視して河口部近くの砂浜まで移動し、乗り上げた。

 既に、その周囲は『宝珠』はもちろん貝類も全く捕れない所になっている為、全くと言って良い程人が居ない。

 人が居るのは集落内、右の岩場の先、左のかなり離れた砂浜で、後はこの場からは見えないが山中に散っているのだろう。

 そんな無人の道を彼は集落へと向かって歩く。彼にとっては通い慣れた道だ。ただし、大半は真っ暗な夜の道なのだが・・・

 最初に彼が出会ったのは、太鼓静香(たいこ・しずか)女史だった。木桶を持っている所からすると、海水を汲みに行こうとしていた所だろう。

 伸樹を見て、驚きのあまり一瞬声が出ず、ぱくぱくと口だけ動かす彼女に先んじて伸樹は話しかける。

「こんにちは、チョット、元の世界に帰れるかも知れない方法が見つかったんで、知らせに来ました。レベル6の人間を2、3人集めて貰えませんか」

「か、帰れる方法が見つかったの!?」

 伸樹の話で、彼女の驚きは更に大きなものになった。そして、元42歳とは思えない早さで伸樹につかみ寄る。

 ただでさえ伸びがちな伸樹のTシャツは、彼女がつかみ掛かったせいで更に伸びている。

「残念ですが、まだ確定では無いです。可能性のレベルだと思ってください」

「・・・でも、可能性は有るのね」

 つかんだTシャツを更にねじる様にして、伸樹を下からにらみ付ける様に駄目を押す。それに対して伸樹はうなずくだけで返した。

 中身を聞いてくる太鼓女史を、纏めて説明するからと言って取り合わず、集落内に移動するとレベル6が集まるまでその場で待つ。

 間もなく、集落内に居た者や、川に居た者達が駆けつけ、騒ぎが大きくなる。だが大半が女史で、その中にはレベル6は一人も居なかった。

 そして、彼が集落内に来てから20分程して、中尾美保子(なかお・みほこ)長永裕子(おさなが・ゆうこ)のコンビが汗だくで走ってくる。

 彼女達は、岩場で貝を取っていた際伸樹の船を見て、その場からここまで走って来たのだ。距離的には2キロ程だが、岩場なので移動速度は遅くなる。その為、今の時間になった。

 汗だくで息の荒いまま近寄った2人を、伸樹は静かに見ている。カツアゲの際と同じように、無表情に近い。

「ちょ、チョット、あんた、『宝珠』渡しなさいよ。もっと持ってるんでしょ」

 息も整っていない状態での中尾の第一声はそれだった。周囲の者達は、さすがに変な顔をする。特に、今日は『帰還の方法を伝えに来た』事を知っているだけに特にだ。

「黒と透明と焦げ茶よ。渡して。それと、どこで手に入ったのかも詳しく教えて」

 中尾より多少息も整っていた長永も彼に手を差し出して、要求してくる。以前はこの後、ため息の後『宝珠』を手渡した彼だったが、今日は彼女達を無視した。別の方向へ向き直ったのだ。

 その姿に、完全に無視された事を理解した2人は怒り出す。

「チョット、何無視してんのよ! レベル2の分際でレベル6とレベル5に勝てると思ってるの!」

「自分の立場を理解しなさいよ!」

 激高する2人を伸樹はなおも無視する。それを受けて尚激高する2人に慌てた周囲がやっと動き出した。

「ちょっと、2人とも落ち着きなさい!。彼は、帰れるかも知れない方法を教えに来た所なのよ!」

 太鼓女史の言葉に続けて、他の生徒も彼女達を諫める。一部は彼女達を批判する声も混じっている。

「「帰る方法が見つかったの!?」」

 2人の声は完全にハモっていた。

「可能性だよ、まだね。所で、中尾さんだっけ、君はレベル6なのか? なら、試してもらおうか」

 そして、彼女に6個の『ゲートの宝珠』を渡すと、接続方法などを説明し、実行させる。

 彼女の反応も、別の所で試した者達と同じで、接続に関しては直ぐに出来、その後のゲート確認は当初首を捻っていたが、間もなくハッとした表情と共に手応えを感じていた。

「手応えが有るよ。これって、もう少しで開く気がするよ!」

 無論、彼女の言う『もう少し』が他の者の『もう少し』と同じかどうかは分からない。この辺りが感覚のみで表される『宝珠』の問題点だろう。

 彼女の言葉で歓声が上がる。そして、他の所で見た光景と同じ騒ぎとなっていく。

 そんな状況を見ながら、伸樹は太鼓女史に残り6個の『ゲートの宝珠』と100個の『一般宝珠』を渡す。

「『宝珠』はこれで終わりです。先ずは『一般宝珠』で『宝珠』の制御力を鍛えてください。そうすればより効率的に使える様になって、多分ゲートも開ける様になると思います。

 島の西の集団が、ここより1月早く『宝珠』を発見していましたから、そちらが早く結果が出ると思います。それが分かったら知らせに来ます。

 『ゲートの宝珠』に関しては余裕がありませんので、無駄な事には絶対に使わないでください。

 一応、レベル5以上なら出来ると思いますが、6の方が可能性が高いので、そちらを集中的に訓練してください。

 後、仮に開けたとしても、どれ位の間ゲートが維持出来るか分かりません。ゲートが開ける様になっても、全員が潜れる時間が無い様なら、直ぐには実行せず、更に制御を鍛えて確実に出来る様になってからにしてください」

 そう言った細かな注意点を伝えながら、彼はそれとなく『彼女』の様子を伺っていた。『彼女』は他の者達と同じように喜びの表情ではしゃいでいる。

 それを見て、思わず笑みが漏れそうになるのを、必死で抑える。幸い、それは太鼓女史や、周囲で聞いていた者達にはバレなかった様で、彼らは伸樹の説明を頷きながら聞いていた。

 一通り説明を終えた彼は、「また来ます」とだけ言って海岸へと歩き出した。

 後方では、太鼓女子達が、中村達に伸樹から聞いた注意点を大声で伝えている。それを後頭部で聞きながら彼は急ぎ足でその場を後にした。


 3つの集団に『ゲートの宝珠』を配った伸樹は、山中の探索をしている。『ゲートの宝珠』を見つける為の洞窟探しだ。

 どれだけの時間ゲートを維持出来るかが分からない現状では、ゲートの数に多大なる不安が残っている。それを解消するべく即日探索を開始していた。

 基本、洞窟にあると言う前提で、洞窟ならば平野部よりも山中だろう、と言う単純な考えが元になっている。

 無論、山間部を探索した当時と、現在では『範囲認識』のエリアが倍になっている事も再探索の理由である。

 実際、大地下空間へ続く洞窟の亀裂を幾つも見逃していた事実がある。まだ埋もれた洞窟が有ってもおかしく無いはず、そう思って伸樹は探索を続けている。

 実際、鍾乳洞の様に、洞窟は出来やすい条件が有り、その条件のそろった場所には複数存在すのは普通だ。故に彼の考えは間違いでは無い。

 だが、そうそう簡単に見つかるモノでも無いのもまた事実だ。

 彼は、2日に一回は西部集落へ顔を出す事にしている。アソコが一番早くゲートを開ける様になる可能性があるからだ。今日があの日から2日目なので、明日は行く予定になっている。

 そんな中、地面に額を付けながら調べていた彼の『範囲認識』に待望の洞窟らしき空洞が『視』えた。

 そこは、湖北の中央付近に有る山だ。その中腹付近に比較的平らになった部分が広範囲で続いているのだが、そこで発見した。

 当然、『範囲認識』のギリギリと言う事は4メートル近く下だと言う事になる。穴掘りだ。しかも久々の下向き縦穴だ。

 一番手間と労力の掛かる穴ではあるが、彼は黙々と掘り続ける。元々発見したのが午後4時近かったのだが、夕食も取らず作業を続け、2時間半程で貫通させる事が出来た。

 ある程度掘っている段階で、この空洞が一定以上の大きさを持つモノだと言う事は分かってはいたが、入るまでは洞窟であるかは分からない。『範囲認識』は僅か4メートルしか認識出来ないのだから。

 そして、前回同様『範囲認識』や火を付けた木を落とす事で内部の空気を確認し、その上で降り立つ。

 そこは、間違いなく洞窟だった。ほぼ東西方向に伸びており、高さは降り立った地点は3メートルはあり、幅も2メートル程有った。岩の質から鍾乳洞だと推測する。

 そして、彼はそのまま探索を実行した。基本ほとんどが、這って移動しなくてはならない様な場所ばかりだが、時折ホールも存在していた。

 午後7時過ぎから入った彼の探索が終了したのは、翌日午前1時を回った時間だった。この洞窟は枝分かれが多く、狭い場所も多かった為探索に手間取ってしまった。

 だが、その分成果は有った。3カ所の水晶のホールを発見し、35個の『ゲートの宝珠』を手に入れる事が出来た。彼の眠気も空腹も吹っ飛んでいる。

 彼は、35個の『ゲートの宝珠』と11個の『液化の宝珠』を手にその日はその洞窟内で眠る事にした。

 水が溜まっている所で、服を洗濯し、絞った上で『加熱の宝珠』を使って焦がさない様に加熱して乾かす。彼がこの使い方が出来る様になったのはここ最近だ。

 そのおかげで、冷たいままの服を着ずに済んでいる。いかにカゼを引きにくいとは言え、冷たいままではキツい季節になっている。何より地下は外部より寒いから尚更だ。

 そして、日課の密教修行をして眠る・・・予定だった。だが、彼は眠らずに気を失う事で朝を迎える。第4のチャクラの開眼だ。

 翌朝目を覚ました伸樹は、天上の穴から僅かに射す明かりの下、自分の胸元を見た。そこには昨晩、爆発的なエネルギーを感じた証が有った。アナーハタ・チャクラだ。

 薄緑色のオーラを湧き出させながら、ゆっくりアイドリング状態で回転している。チャクラは、ものの本によっては花びらの様に描かれる。

 だが、彼の目にはそれぞれの色を持った渦巻きに見えている。立体感は無いのだが、渦巻きなのだ。そんな渦巻きが、股間下から4つ並んでいる。

 立ち上がった彼は、全てのチャクラを回す。ムーラーダーラが全開に回るとスワーディシュターナが動きだし、同様にマニプーラ、アナーハタと4つ全てが全開となる。

 4つのチャクラから溢れ出るオーラのごときエネルギーが、彼の元々の紫色のオーラと混ざり、全体として銀色の様なオーラに変わる。

 あまりに過剰なオーラの為、彼には制御出来ず、ただ拡散するのを見守るだけだった。以前の様に身に纏うなど全く出来ない。

 そんな確認をしていると、からだが熱を持ち始め、思考にも影響が出始めたので、慌ててチャクラの回転を停止した。

 そして、ある程度クールダウン出来た状態で、能力の変化を確認する。

 『範囲認識能力』が半径4メートルから半径10メートルに、『念動力』が1キロから6キロに、『テレポーション』がバレーボール1個分から4個分に成った。

 だが、何時もの様にそれ以外の能力は全く手に入らなかった。予知、発火、サイコメトリー、物体透過、透視、過去視など全て試したが、全く手応えは無い。

 『テレポーション』の体積がかなり増えたが、自身を移動させるにはまだ足りない。この調子でいけば、次のチャクラで自身を転移出来るだろう。

 だが彼は、この力は『彼女』を助ける為に手に入れたモノで、それ以外には使うという意志はない。つまり、今度の『ゲートの宝珠』が成功すれば不用な力だと言う事に成る。

 そんな無駄に成るかも知れない力を手に入れた彼は、西の空へと向かって飛び立った。起きた時間が遅かった事もあり、着いたのは正午に近い時間となった。

 道々、何人かに話を聞きながら訓練をしている所へと行く。そこは海岸で、木で作ったイスが3脚が間を開けて海を向いて置かれており、そこに3人が座っていた。

 彼らは、木で作られたビーチパラソルのような日傘の元、『宝珠』を握りしめて訓練に励んでいる。

 彼らの前には風が吹き、砂がガラス状に溶けている。主に『流体の宝珠』と『加熱の宝珠』で訓練をしている様だ。

そして、彼らにあいさつと共に、状況を聞くと、だいぶ手応えが有る様だ。

「多分、あと2日も有ればいけると思います」

 矢石は、かなり自信ありげにそう言った。

「俺らも、このままなら3日か4日もあればいけると思いますよ」

 船頭をしていた2人、出口(でぐち)柴内(しばうち)もVサインを出しながらそう言ってくる。

 3人とも良い感じで来ている様だ。

(彼らがこれならば、他の所も遅くとも2週間以内には可能かも知れない)

 『宝珠』を発見した時期はかなり違うが、実質宝珠を使用した時間には極端な差は無いと彼は考えている。

 だから、集中して練習すれば、その差は数日程度に収まるだろう、と。2週間というのはかなり余裕を持った数字で、実際は1週間以内には、と考えている。

「『一般宝珠』の余裕は大丈夫?」

「大丈夫です。まだ1/3も使ってませんから」

 訓練用の『一般宝珠』の数も問題ない様だと分かった伸樹は、彼らを激励した後、他の集団へと向かって飛び立った。

 本来は、北の集団の元へ向かう予定だったが、昨晩より何も食べていない為、一旦仮の宿へ戻り食事を取る事にする。その為、次の目的地は南東の集団と決まった。

 仮の宿に着いた伸樹は、余分な『宝珠』を全てしまい込むと、冷凍してて有る魚と山菜、更に栗を使って1時間程掛けて食事を取った。2食分なのでゆっくり多めの食事だ。

 そして、海岸へと移動し、陸揚げしてあるカヌーを使い、東へと向かう。

 南東部へたどり着いたのは、もう夕方近くと成っていた。まだ日は高いが、そろそろ夕食の準備に掛かっている頃だろう。その為か、浜辺には全く人が見られない。

 何時も通り、河口側の砂浜に乗り上げた伸樹は、踏み固められた道を集落へと向かって歩き出す。

 そして、15分後、彼の前には集落があった。いや、集落しか無かった。人が居ないのだ。

 彼は、時間を掛けて、ゆっくりと集落内を調べて回った。全ての家を回ったが、全く人の気配は無い。

 その状況を完全に把握した彼の口から出たのは絶叫だった。

 たった一人しか居ないその集落に、伸樹の絶叫だけがこだましていた。

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