2.異世界と宝珠
飯島勝は、今日もその場所を訪れていた。あの日から雨の日ですら欠かした事が無い日課となっている。
そこは、海が見渡せる小高い丘で、周囲にはススキ科の植物が生い茂り、その中に人が通った事によって出来た獣道のような草の無い線が描かれている。
この『獣道』は8割方、飯島によって作られ、そして維持されている。つまり、毎日のようにそこを通っていると言う事だ。
飯島は、一カ所だけ広くなった『獣道』に有る石に腰掛け、何時ものように空を見上げる。だが、彼の目の焦点は空の彼方では無く、数メートル上空に合わされている。
彼は、上空2.5メートル程をぼーっと眺め続ける。この状態で10分程過ごし、その後『村』へと帰るのが日課なのだが、彼のその日常は崩れる事になる。
眺めて5分程経った時、突然に飯島の上空に闇色の円盤が発生し、一気に直径20メートル程に広がる。
「!!!!!!!」
飯島が言葉にならない声を上げ、目を見張る。そして、立ち上がろうとした瞬間、闇の円盤から一人の男がスローモーションのように落下してくる。
落ちてきた男は、足からススキの生い茂る草むらに降り立つと、飯島を凝視した。
だが、飯島は彼の事など見ていない。ピョンピョンとジャンプを繰り返し、上空の闇の円盤に手を掛けようとしている。
「畜生ぉー! 戻せ! 帰らせろー!」
20秒近く飛び跳ねていた飯島の目前で、その闇の円盤は一瞬で縮小し、消えてしまう。
「畜生! 何でだよ、何でだー! やっと開いたのにぃーーー!」
涙を流しながら絶叫する飯島を、落ちてきた男、熊本伸樹はしばらく見た後、上空を凝視する。
そして、アイドリング状態に戻っていた2つのチャクラを、また全開で解放する。そのチャクラからあふれたオーラを、今回は制御せずにあるがままにする。
身体の周りを取り巻いたオーラは、軽く揺らぎながらたゆたったままで、どこへも流れる様子が無い。
それを確認した伸樹が顔をわずかにしかめる。こちらからは穴をこじ開ける事が出来ない、と言う事が分かってしまったからだ。
前回開いた闇の穴が閉じる時、完全に閉じきらず残っていたわずかな歪みが、今回伸樹が開閉した為に解消され完全に閉じた結果だ。
伸樹は舌打ちの後、直ぐに飯島に向かって歩き出す。
「おい、お前、北泉高校の生徒か? 他の生徒も全員生きてるんだろうな!」
近寄って泣き崩れている飯島の肩をつかんで揺さぶった伸樹は、怒鳴り気味に飯島に問いただす。伸樹の中に有るのは、死なずにすんだ喜び等では無く、彼女が無事かと言うただそれだけだった。
だから、飯島の嘆きや様子など、全く考慮せず語調も彼らしくなくキツい。両手と膝をついてうずくまっている彼の身体を激しく揺さぶる。
「い、生きてるよ、・・・5人は死んだけど、後は全員」
「死んだのは誰だ!教えてくれ!」
伸樹は、先ほど以上の勢いで飯島を揺さぶる。彼は知らなくては成らないからだ、その死者に彼女が含まれていないと言う事を。
「な、名前は知らないよ、1年の女子が2人と、3年の女子1人、男子2人だよ」
その言葉を聞いて、初めて伸樹の顔に笑顔が浮かぶ。2年に死者が居ない。つまり彼女は無事だと言う事だ。他の死者など彼には全く関係ない。仮に全滅していようが彼女さえ無事なら、満面の笑みを浮かべただろう。
そして、今度は泣きはらした顔で、一時呆然としていた飯島が逆に伸樹につかみ掛かる。
「なあ! あんた、どうやってこの世界に来たんだよ! 帰る方法知ってるのか! 助けに来たのか! 救援はどう成ってる!」
伸樹の右腕にすがり付いた飯島が、つばを飛ばすような勢いで伸樹を問いただす。だが、伸樹は先ほどまでの微笑みを消し、彼の期待を全てへし折る。
「帰る方法は知ら無い。救援は無いよ。俺はあんた達と同じ公園から同じように落ちてきただけだ」
伸樹の言葉で、彼の中に急激に生まれた希望が根元からボッキリと折られた。
そして伸樹は、先ほどの飯島の言葉で、ここが異世界だと言う事を理解した。あの事件以来、様々な媒体で、何が起こったのか、消えた生徒達の行方は、と言った議論がなされ推測が語られた。
その数多ある推測の中に、『異世界へ転移した』と言うモノが存在し。多くの者から支持されていた事を彼は知っている。彼自身もその説を願っていた一人だ。なぜなら、その説なら生存の可能性が高かったからだ。
「じゃあ、じゃあ。どー成ってるんだよ、日本は! 救出隊とか出来てないの? あっ!うちの親とか知らない?」
飯島の言葉は、断片的でまとまりを欠いていた。思考の上に喋っているのでは無く、勢いで思いついた言葉が漏れている状態だろう。
「捜索隊は2年以上前に解散になってる。大学の調査隊も同じだよ。後、俺は泉市の人間じゃ無いからあんたらの親は知らない。3ヶ月前に放送された3周年番組で、生存を祈っているって代表は言ってたけど。細かい事までは悪いが知らない」
伸樹の話の途中から、飯島の表情に疑問の色が生まれた。最後には半分怒ったように眉がひそめられている。
「2年前って何? 3周年って何だよ。3ヶ月しか経ってないのに、何で半年前なんて話が出るんだよ!」
飯島の言葉に、今度は伸樹が驚く事になった。『3ヶ月しか経ってない』と言う意味が伸樹には理解出来なかった。どう言う事だ?彼の頭が疑問符であふれる。
「3ヶ月ってどう言う事だ」
「何言ってんだよ、俺達がこの世界に落っことされて、3ヶ月って事に決まってるだろう!」
伸樹の思考がフリーズする。10秒程のフリーズ後、彼は状況を認識しようと幾つかのケースを考える。そして、1つの可能性を導き出す。
「悪い、理由は分からないが、時間のズレが発生しているみたいだ。元の世界では3年3ヶ月が経ってるよ。今日の日付は平成○○年8月18日だ。時間は午後1時23分に成ってる」
今度は飯島がフリーズする。口をあんぐりと開いたまま目も見開き、その状態で伸樹を見たまま固まっている。彼が動き出すまでには瞬より長い20秒を必要とした。
「・・・嘘だよな。な、からかってるんだろう? そんな冗談は要らないんだよ。異世界まで来てそんな冗談言うなよ!」
喋りながら、徐々に激高していく。伸樹はそんな彼を冷ややかに見続けた。
そして、腕時計を日付表示モードにして彼に示し、更に財布の中を探り、ガソリンスタンドでガソリンを給油した際のレシートの日付部分も探して指し示す。
それを見せられた飯島の激高していた感情が、一気に冷める。更に平均値を下回り、彼の顔色を悪化させた。
「3年・・・あれから3年も経ったって言うのか・・・嘘だろ、オイ・・・」
ショックを受けて崩れ落ちている飯島を伸樹は無視する。彼は何より早急に彼女の無事を確認する必要があった。それ以外は彼にとって雑草と同じだ。
「あんた達が住んでいる所はどこだ、教えてくれ」
魂が抜け掛かったようになっている飯島を、数回揺すると彼は海に向かって右側を黙ったまま指さした。
それを確認した伸樹は、そちらに向かって伸びる獣道を歩き出す。うずくまっている飯島など見向きもしない。
獣道を少し進むと、眼下に青々とした海が見えてくる。そして、右手には長大な砂浜が軽い弧を描いて続き、遠方の岩山で消えている。
反対の左手は、岩場が続き、現在下っている丘の端で見えなくなっている。
そして、更に下っていくと、右手の砂浜側に広がる小さな扇状地に、木造住宅と思われるモノが10軒以上立ち並んでいるのが見えてきた。
こちらから見て扇状地の向こう側には川が流れていて、家並みの中から川に向かう道が出来ているのも見える。伸樹は足を速めてそちらに向かう。
その集落周辺と、そこから下った砂浜に人が何人も見えてくる。その大半がジャージにTシャツ姿で、彼らがあの日着ていた服装のままである事が分かる。
丘を5分程で下りきり、下に降りた伸樹は集落方向へと進む。途中で3人組の男子生徒とすれ違うが、一顧だにしない。
「えっ、誰だよアイツ、あんなヤツ居たか?」
そんな声が聞こえるが、彼の耳には聞こえない。彼の目は女生徒のみを追いかけて、激しく動いていた。そして、彼は集落の目前へとたどり着く。
その周辺に居た10名程が、伸樹に気付き首をかしげる。なぜなら彼らは名前は知らなくても、残り121名全員の顔は覚えていたからだ。
目の前に居る20歳ほどの男の顔には見覚えが無い。更に、彼が着用しているジーンズは、現状誰一人所持しているはずの無いモノだったので、当然のように疑問が浮かぶ。
「おい、アイツ、誰だよ。知らないヤツだよな」「知らない」「ジーンズって・・・」
そんな疑問をぶつけ合う彼らをよそに、伸樹はついに彼女を発見した。彼女は奥の家から出て来た所だった。
あれから5年以上経つが、彼女の年齢的には2年弱が経過した程度なので、簡単に見分けが付いた。何より彼が見まがうわけが無い。
伸樹は、喜びの絶叫を上げたくなるのを必死に抑え、表情も変えないようにした。だから、彼のその時の感情に気づいた者は、その場に誰一人としていなかった。
伸樹は、溢れ出そうとする感情を抑え込んで、周りで騒ぎ始める者達の機先を制する形で話し出す。
「俺はシン、今日あんた達と同じように、あの公園から落ちてきた者だ」
その途端、周囲の者から様々な声が上がる。『彼女』も他の者達と同様に目を見開いて驚きの声を上げていた。
「本当なのか!」「帰る方法は!」「家族の事知らない?」「向こうのは今どーなってる」等々・・・多くの質問から誰何までが飛び交うが、伸樹は答えない。
じれた者達が食って掛かる段になって初めて口を開く。
「悪いが、同じ事を何度も説明するのは面倒だから、ある程度で良いから人を集めてもらえるか、先にこれだけは言っとくが帰る方法は知らない」
その後、集まる者から質問が続けられるが、人が集まってから、と言って取り合わないまま10分以上待ち、海岸に出ていた者達が帰ってきて50人程が集まった段階で話し出す。
「待たせて悪かった。俺はシン。今日ここに落ちてきた新入りだよ。さっき居た人達には言ったけど、帰る方法は知らない。
あと、俺は泉市出身じゃ無いから、あんた達の家族の事も分からない。分かっているのはニュースで流された大ざっぱな事だけだ。
次に、理由は分からないが、時間のズレが出ている。あんた達はここに来て3ヶ月らしいが、俺はあんた達が消えてから3年3ヶ月経った世界から来た。
タイムマシンとかじゃ無い、単に時間のズレってヤツだと思う。こっちの世界の流れが遅いのか、次元を超えた時にズレが発生したのかだと思う。
証拠はガソリンスタンドのレシート位しか無いけど。こんな嘘言っても誰も得しないだろ?
後、元の世界での経過を言うよ、先ず、教頭が学校に報告して・・・・・・」
伸樹が語る話に、それを聞く全員が芳しくない表情を浮かべ、芳しくない意味の言葉を呟きながら聞いている。
5分以上語り続けた後に、彼らから一斉に質問が飛んでくるが、その大半は言った事の確認ばかりだった。それらは無視し、新規の質問だけに答えていく。
その質問コーナーも10分程で終了する。伸樹じたいの所有する情報自体が少ない為、答えられる事に限りが有る為だ。
彼らが話をしている間に、出かけていた者達が随時帰ってきて、個別に騒ぐが、伸樹は大まかな説明は他の者に任せた。
「今の時間を教えてくれないか」
一通り、質問などが終わった段階で、初めて伸樹から近くに居た生徒へと質問が飛ぶ。
「午前9時43分だけど」
伸樹はそれを聞いて、年数だけで無く、時間もズレていた事に気付いた。太陽の位置を見た段階で、自分の時計の時間と合わない気がしていた為、もしかしたらと思って居たのだが、やはりと言う事だ。
直ぐに腕時計の時間をそれに合わせる。その様子を見ている生徒や教師の顔には、失望や絶望感があふれていた。
「3ヶ月で3年なら、1年で12年ずれるって事だろう・・・」「全然役に立たねえじゃねーか」「やっぱり帰れないのかな・・・」
そんなつぶやきや会話であふれている。その場に居た教師2名もオロオロとするだけで、生徒を気遣う様子は無い。伸樹に対してしてきた質問も無意味な個人的なモノばかりだった。
他の生徒の様子からも、教師としての役割は完全に放棄していて、尊意の欠片も受けていない事は来たばかりの伸樹にも簡単に分かる程だった。
この集団におけるリーダーは教師ではないようだ。また、これまでの様子から、リーダーが居たとしたらそれはこの場にいない者だろうと伸樹は予想する。
報道特集で放送された番組で、生徒会長が含まれていた事を知っていたのだが、漫画や小説のように彼がリーダーシップを発揮している様子も無い。
「異世界って言ってたけど、ここは異世界なのか? モンスターとかいるとか?」
「モンスターは・・・多分いないと思う。見た事無いし。でも、月が2つ有るの。で、星座は全部知ってる星座だから別の星って事じゃ無いって」
伸樹の質問に答えたのは『彼女』だった。5年数ヶ月ぶりの『会話』に顔が緩みそうになるのを彼はこらえる。
「じゃあ、当座身の危険は無いって事?」
「毒蛇や、毒持ちの魚やカニを食わなきゃ大丈夫だよ」
伸樹と『彼女』との会話を妨害したのは、ガタイの良い男子生徒で、伸樹は一瞬にらみ付けたくなるが何とか我慢する。
「でも、何人か死んだって聞いたけど?」
伸樹がそう言った途端、周囲にいた者達の雰囲気が一気に変わった。息を呑む者、ビクッっと身体を揺らせる者、目を細める者・・・総じて良い方の反応ではない。
(何か有ったって事か)
「・・・ま、自殺とか、テトロドキシンの有るカニ食ってとか、色々な・・・」
「そっか・・・」
伸樹は周囲の様子から、突っ込んで聞くべきではないと判断し、それ以上聞かない事にする。
実際、それ以上その話題を続ける様子が無いのを見て、大半の者がホッとした様子を見せている。
伸樹は、特殊な恋愛観を持つ者では有るが、それ以外については普通で有る。場の雰囲気は理解出来るのだ。
「現地人とか居るのか? そっちのトラブルとか有ったりしないか?」
「今のところ会った事無いよ。あの山を越えた人も居るけど、家っぽいモノは無かったって」
『彼女』は、俺が降りてきた丘の反対側に有る山の方を指さしながら、そう説明した。『彼女』が喋ってくれれば、伸樹は自然に彼女を見る事が出来る。
彼女の姿は、2年5ヶ月分の年月で成長しており、彼の知っている少女から少し大人びた様子がうかがえる。そんな彼女と会話する時間は、彼にとっては至福の時だ。
だが顔には出さない。それ以前に、伸樹は『彼女』に自分の事を明かす気が無いようだ。その為、名を『シン』と名乗り、出身地を聞かれた際○○町では無く□□市と答えている。
ちなみに、□□市と言うのは嘘ではない。彼は『出生地は□□市』と答えた。出生地とは、おんぎゃーと生まれた場所を示すモノで、現在では産婦人科の病院を指す事が多い。
伸樹は、母方の妹が□□市に居た為、○○町からかなり離れては居たが□□市の産婦人科にて帝王切開にて生まれる事になった。入院中の世話の為だ。
だから、彼の出生地は□□市で間違いない。提出書類等に書く際もこれを書く事になる。
そして、『彼女』も5年以上の期間と成長期の関係か、伸樹の事に気づいていない。中学時代の坊主頭と現在の髪型が全く違うのも大きく影響しているだろう。その事にホッとしつつも、多少残念に思う伸樹だった。
「現地人が居ないって・・・じゃあ、あの家は自分らで作ったって事? 掘っ建て小屋っポイけど、道具無しで作れるモノには見えないけど・・・」
伸樹がそう言う『掘っ建て小屋』は、学校のテントサイズの建物で、柱と板で周囲が囲まれ、片屋根ながら板葺きの屋根になっている。
そんな家が10軒以上立ち並んでいるのだ。とても高校生と教師120名程度で、道具も無く3ヶ月で作れるとは思えなかった。
彼らが一緒に持って来た道具は、箒、ちり取り、熊手程度で、ノコや鉈などは絶対に持って来てるはずはない。その質問に答えたのは『彼女』ではなく別の女生徒だった。
「あれは、私たちが自分たちで建てたの。最初の1ヶ月近くは海岸の岩場とかで暮らしてたけど、『宝珠』を見つけてそれで作れるように成ったの」
伸樹の至福の時を奪った女生徒の言葉に、彼はクエッションマークを頭に大量に浮かべる事になった。
「ほうじゅ?」
「ん、宝珠」
伸樹の疑問には、周囲の者が代わる代わる説明してくれた。その事を纏めると以下のようになる。
当初、ソレはこの世界に来て2日目程には発見出来ていた。海岸で貝を掘っていた際見つかっており、宝石みたいだ、と言って持ち帰った者も多かったと言う。パチンコ玉サイズの色の付いた透明なモノだ。
ソレがただの宝石では無い事が分かったのは、25日目程だった。ソレを手に持ったまま半分眠っていた女子生徒が、ソレから漠然としたイメージを感じた事が切っ掛けとなる。
そのイメージが気になった彼女は、幾度か試しているうちにその力を発動させ、光をともす事に成功する。
そして、それに驚いた周囲の者が、更に別色のソレを彼女に聞いて試すと火が付いたり、切れたり、凍ったりした。
その話は、翌日には全ての者に伝わり、魔法の石、宝珠、マジックオーブ、オーブなどの名称が付けられたが、現在ではいつの間にか『宝珠』に統一されたと言う。
この『宝珠』は幾つかの色があり、その色事に違う能力を発揮する。この能力が魔法っぽいので、このような名前が付けられたようだ。
最初の段階で見つかっていた『宝珠』は以下の5種類。
赤------加熱の宝珠(意識した物体を加熱出来る)
青------冷却の宝珠(意識した物体を冷却出来る)
緑------流体の宝珠(意識した、液体、気体に流れを作る事が出来る)
白------光の宝珠(意識した所に発光点を作る事が出来る 発光時間コントロール可)
透明----切断の宝珠(意識した部分の物体を切断出来る)
これらは、機能で『加熱の宝珠』と呼ばれたり、色で『赤の宝珠』と呼ばれたりするが、こちらはまだ統一はされていない様だ。
そして彼らは、『透明の宝珠』/『切断の宝珠』を使用し、木を切って、柱や板を作り、グループで家を作った。
この『宝珠』は消耗品で、一定以上使用すると使えなくなってしまう。彼らいわく『電池の様なモノ』だそうだ。『充電』も出来ないとの事。
だから、彼らの生活は、食料品の確保と共に、『宝珠』の確保も必須となっている。
ちなみに、この『宝珠』は、地面に落ちていたり、埋まっているらしく、大半は貝掘りで見つけ、一部は川の淀みで見つけたりすると言う。
現在、彼らが生活出来ているのは、この『宝珠』のおかげと言っても過言ではなく、火を付ける事、家を作る事、石鍋を作る事、夜の明かり、食品の冷凍保存等々、全てにおいて『宝珠』を使用している。
そして、家を作る為に人数が必要となり、5人から10人程のグルーブが作られる事になり、個人もしくは2・3人単位の生活が一気に集団生活へと変わった。
更に、家を作り出して1月半ほど経った頃、つまり今から半月程前、新たに2種類の『宝珠』が発見された。
紫------治癒の宝珠(ケガ、病気、毒の治療が出来る)
ピンク--若返りの宝珠(生き物の成長を制御出来る)
『治癒の宝珠』は骨折者を10分程で完治させ、肺炎レベルの風邪を5分と掛からず治し、テトロドキシンと思われる毒にやられた者も治し、マムシに噛まれた者も治した。
そして、『若返りの宝珠』はソレを見つけた男子生徒が、試しにと1年担任の女性教師、太鼓静香(42歳)に使用した所、見た目20代半ばへと若返ってしまった。
まさに、魔法の玉だ。彼らは、これ以外の色で、次元に穴を開ける『宝珠』が存在し、ソレが原因で自分たちはこの世界に落ちたのではないか、と考えている。
だから、その『宝珠』が発見されれば、元の世界に帰れるかも知れない、と言う事だ。
その話を聞きながら、時折、伸樹の前で手持ちの『宝珠』を使って実演が成された。落ちている石を切断し、落ち葉に火を付けて見せる。
伸樹はその『不思議』を唖然としつつ見る。そして、元42歳という太鼓静香を示されると、「魔法だ・・・」と呟いてしまった。
伸樹自身、チャクラを動かし、超能力的な力を有しているのだが、それはそれ、これはこれと言う事なのだろう。
実際、小石を宙に浮かべる程度の力と、15歳以上若返らせる力なら、どう考えても若返りの方が凄い。
だが、伸樹にとって、有りがたいと思ったのは、『治癒の宝珠』だった。コレがあれば、もし『彼女』がケガや病気になっても治療する事が出来る、と考えたからだ。
伸樹の当座の目的が決まった。『治癒の宝珠』を手に入れる事だ。
全てはそれから。
自分の今後の生活など全く考えていない。
伸樹の『彼女』の為の異世界生活が始まる。