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17.考察と仮定と結果と狂宴

 真っ暗闇の中で目を覚ました伸樹(しんき)は、腕時計のライトで時刻を確認する。午前6時16分、起き時だ。

 ウエストポーチ内の『光の宝珠』に意識の手を伸ばし、近くの地面に発光点を作る。その照明で見える様になった周囲の柱に光を点す事で、やっとまともな環境が作られる。

 彼が眠っていたのは環状列石の横で、周囲8カ所の柱に点された明かりに照らされて輝く水晶のオブジェは、ゲームのワンシーンを思わす姿だ。

 しばらくその姿を見ていた伸樹は、横に転がしてあるベッドを作った際余った残材を継ぎ足し、長さ4メートル程の棒を作製した。

 そして、その棒の先端に『光の宝珠』で光を点す。その棒を持ったまま環状列石へと近づき、外周の円状に繋がれた水晶の直ぐ横に立った。

 そして、彼は光の灯った棒を垂直に立てた状態から、環状列石中央側に向かってゆっくりと倒していく。

 その傾斜がある一点を超えた途端、棒の先に灯っていた照明が消える。彼は、場所を移し、5回程同様の事を確認して結論を出した。

(『宝珠』の力が消される空間はドーム状だな。)

 彼が調べていたのは、水晶の環状列石によってもたらされる『宝珠』の力をかき消す作用の範囲を確認したものだ。

 外周の水晶円から垂直な位置で、どの高さでもかき消されるなら、作用範囲は円柱状だと言う事に成る。だが、4メートル上空はかなり円内に傾けなければ消えなかった。

 それから予想される事は、半径10メートルのドーム状なのでは無いか、と言う事だ。確証は無いし、そこまで厳密に確認する気も彼には無い。

 ただ、誤って上空を飛んだ際、落下の危険が無い事を確認したかっただけである。実際、この作用が円柱状で、地上にまでおよんでいたならば、気付かずにそのエリアに入り落下して死ぬ可能性も有る。

 わずかに直径20メートル程の範囲ではあるが、高度と速度次第ではリカバリー出来ず地面に激突し、目的も果たせないまま死ぬ可能性が高い。彼には絶対我慢できない事だった。

 それ故の検証だ。この用心深さが、当初の洞窟探索に表れなかったのは、単なる無知から来るものなのだろう。危険で有る事を知らなかったと言う事だ。無知とは恐ろしいものだ。

 そこまでの検証が終わると、次の方策が無い。ただ漠然と『何か』を探す・想像する、しかない。

 紙モドキに書き込んだ図と、実物を見ながら、ただ頭を捻るだけの時が過ぎていく。その間、改めて環状列石とその周囲の『範囲認識』は行った。

 地中4メートル以内には何も無いし、並べられている水晶には別の物質による配線的なモノも見受けられない。

 ただ全ての水晶が接触した形で規則的に並べられて、岩盤に半分埋められた状態で有る事を再認識しただけで終わる。

 昨日、石版の呪詛文から想定した事を元にすると、この装置は次元を越えて特定の者を呼び込む機能を持っている事になる。

 そして、それによって呼び込まれたのが、あの3組の『北泉高校』の面々で有る、と言う事だ。先ずは、それが事実であるという前提で考える。

 となれば、問題はあの3組以外の、彼の本来のターゲット達はどう成ったか、と言う事だ。既に過去に呼び込まれて居たのか、そうで無いかと言う事だ。

 仮に、過去呼び込まれて、その上でこの地で生活し死亡したとしたら、何故今の時点で別の世界の3組が転移してきたか、と言う問題が発生する。

 もう一つの、まだ彼の目的とする『北泉高校』を呼び込む事に成功していなかったとすると、あの3組は完全な誤り・とばっちりでこの地に呼び込まれた事に成る。

 そして、文明の痕跡が見当たらない現状から考えると、後者の可能性が高いと、伸樹は考えている。彼の洞窟住居と、この地下空洞以外に人工物の痕跡は全く見つかっていないのだから。

 と言う事で、ストーンサークル→次元転移装置→彼のターゲットは来ていない→誤って別の世界の3組が転移してきた、と言うのを前提で考える。

 ならば問題は、何故今に成って? と言う点だ。彼、出来泰幸(でき・やすゆき)が死んで、どう少なく見積もっても10年は経過している。場合によっては100年かもしれない。それが今に成って、なぜに。

 時間のズレは伸樹も経験している。この出来と他の3組の出来も時間のズレが発生している。ならば、単に彼が起動した装置の結果、この世界の※※年後に転移してきただけと言う事だろうか。

 そこまで考えると、彼のターゲットが、今より先の時代で有る未来に転移した可能性も思いつく。更に、文明の痕跡すら今に残らない位の過去に転移した可能性も・・・

 時間と、パラレルワールドにまつわるモノは複雑怪奇すぎで、訳が分からなくなってしまう。可能性の範囲が無限にあるためだ。

 伸樹は悩みだす。この時点で彼が取り得る手段が2つ有った。

 1つは『ゲートの宝珠』を使ってこの装置を動かしてみる。2つ目は、他の人間を呼んできて意見をもらう、だ。

 どちらにも大きなリスクがある。1つ目はどんな作用をするか分からないため、最悪更なる者達を呼び込んでしまう可能性も有る。

 2つ目は、あの石版の存在だ。あれは見せるべきでは無いだろう。距離が離れては居るが、ある程度の時が経てば発見されるのは間違いない。

 環状列石の機能が異次元転移で有れば、それこそ全ての福音とな成るのだが、呼び込むだけの機能であったとすれば、原因は分かっても帰還には役立たないことになる。

 『宝珠』のように機能をイメージとして捉えることが出来れば良いのだが、単体の水晶(水晶モドキ)と同様の反応しか返ってこない。

 可能性としては、『遠見の宝珠』3個を組み込んで、初めて一つの装置として機能する様に成るのかも知れない。

 もしくは、『遠見の宝珠』はターゲティングにのみ使われたモノで、別の『宝珠』でも効果を発揮するモノなのかも知れない。

 試しに別の『宝珠』をセットして『認識』して見る方法も有るが、仮にこの装置がそれだけで機能を発揮するとしたら、セットした時点で動き出すかも知れない。

 そしてまた、別の世界から別の『彼女』が呼び込まれてとしたら・・・ そう考えて、彼は試せずにいる。

 しばらく考えていた伸樹は、南西の平野部にある仮の宿へとゲートを開き、そこの置いておいた『水晶モドキ』を取り出して地下大空洞へと移動した。

 そして、大小バラバラな『水晶モドキ』を並べながら考察を続ける。環状列石の形を真似たりしながら、その『水晶モドキ』から何かイメージのフィードバックが返ってこないか『認識』を続ける。

 だが、どんな形に並べようが、変化は無い。十字に並べても、星形を作っても、六芒星を形作ってもだ。

 途中で、『宝珠』とセットで反応するかと、中央に『宝珠』を設置する形で組むが、やはり『宝珠』そのもののイメージしか返ってこない。

(電池みたいに、+極と-極が有るとか・・・)

 『水晶モドキ』は『宝珠』と違い、特定の機能を持っていないエネルギーだけの存在だと思える。ならば、乾電池と同じだ。で有れば+-の様な極が有るのでは無いか、と考えた訳だ。

 『範囲認識』で中が見えないならば、外観で違いを見いだすしか無い。彼は、じっくりとそれを、にらみ付ける様に見た。だが、左右に違いは全く感じられない。

 意識をそれぞれの端だけに向けても、これと言った違いは『認識』出来ない。だが、この時、彼は気付いた。

(これって、回路って言うより、電源ユニット?)

 当初は、水晶で回路を形成していると思った。だが、各水晶全てが『電池』で有るとしたら、それを繋げて作られたモノは『電源ユニット』なのでは無いか、と。

 ICの内部パターンのようなモノでは無く、単純にバッテリーや安定化電源のようなモノだとしたら、これは外部バッテリーのようなモノといえるのでは無いか?

 それが、『電池』から発想した彼の考えだった。

(増幅装置? いや、単純にエネルギー供給装置か?)

(放射状に並べられた水晶は、全て直列に繋がっている。それが外周円によって並列で繋がってる? いや、円周部とセンターのドデカい水晶は繋がってないから並列接続には成ってないか・・・)

 水晶を『電池』に見立てて考察を続けていく。全てが、仮定を積み重ねた上での推論なのだが・・・

(『宝珠』も複数を使えば力が増す様に、水晶も同じだと言うのは間違いないよな。使い方が物理的に繋げるかどうかって事だけで・・・・・・あれ?)

 思考の途中、ふと、有る疑問が彼の頭に生まれた。

(『宝珠』って直列? 並列?)

 複数を同時に使う場合のそれは、直列なのか、並列なのか、と言う疑問だ。彼は、いや、他の者達も無意識に直列だと決めつけていた。

 だから、『直列励起』などと言う言葉を使う者も居た位だ。だが、果たしてそうだったのか? と、突然考えてしまったのだ。

 電気で言えば、直列は電圧が上がり最大電流と効果時間は変わらない。並列は電圧は同じだが、最大電流は増え、効果時間も延びる。

 『宝珠』にも当てはまるかどうかは別にして、接続方法なるモノが有るとしたら、それを変えることで性能に変化が出るのでは無いか? と考えた。

 彼は、即座に試す。『流体の宝珠』を2つ取り出し、あえて2つとも右手に握りしめる。そして、いつも通りの方法で目の前の空気に気流を発生させる。それを全開で実施し、その強さを覚えた。

 そして、次は別の接続方法だ。当然そんなモノが直ぐには出来るとは思っていない。長時間試行錯誤を繰り返す覚悟で臨んだ。

 だが、それは呆気ない程簡単に出来てしまう。その感覚は、言葉にすれば、『新たな選択肢がいきなり浮かんできた』とでも言うものだった。

 握りしめた2つの宝珠に意識を向け、接続方法を考えた瞬間、返ってくるイメージに新たなイメージの枝葉が付いてきた。

 驚きながらも、その枝葉のガイドに従い実行すると、以前と少し違う感覚の元、同じように空気に流れを作ることが出来た。

 そして、その状態で作られた流れは遙かに強い力だった。そして、それと同時に倍以上の速度でエネルギーを消費していた。

 その結果に驚いた伸樹は、しばし掌の『流体の宝珠』を呆然と見ていた。

(『宝珠』って何なんだ?)

 今更の疑問だが、それは、突然新たな機能(?)が出て来たことに対する疑問だ。有る意識を持ってアクセスすると、新たな機能が公開される。

 生物的では無いが、機械的ではある。通常の機能は常時公開されており、それ以外は何らかのフラグが立たないと分からない事に成っていると言う、まるでゲームの様だ。

 無論、明確なモノとして現れたのでは無く、イメージに枝葉が付いた様なモノではあるが、明らかに特定の意志に反応したのは間違いない。

 故に、『宝珠』とは何なんだ、と言う疑問が彼の中を駆け巡るのだった。

 だが間もなく、新たな疑問が浮かぶことで、それを検証すべく動き出す。その際の彼の姿は、かなり慌てた様子だった。

 ウエストポーチ内から取り出した『ゲートの宝珠』2つを右手に握りしめた伸樹は、その状態で深呼吸を3回繰り返した。

 高鳴っている心臓の鼓動をムリヤリ鎮める。そして、元の世界の実家にある自分の部屋を思い描きながら『宝珠』にアクセスする。無論あの接続方法でだ。

 ・・・・・・駄目だった。

 だが、彼の表情は輝いている。満面の笑みでは無いが、笑みがこぼれている。

 なぜなら、完全に駄目だった訳では無い。わずかでは有るが反応が有ったのだ。今までは全く感じられなかった反応が有った。つまり、更なるレベルの者であれば可能性があると言う事だ。

 だから彼は微笑む。まだ確実とはいえないが、彼女を帰せる手がかりを掴んだかも知れないのだから。


 その日神楽坂元昭(かぐらざか・もとあき)(2年)は、水に漬けてあった大量の麻を棒で叩いていた。麻糸を作るための大切な工程だ。

 その作業を朝からやっている為、右腕はパンパンに張っている。時折左ででもやっている為、左手も同様だ。

 だが、彼は不平は言わずに叩き続ける。肌寒さを感じるようになった為、危機感を覚えているからだ。

 今のうちに服を作らなければ、冬は絶対に越せないと肌で感じ始めている。だから、重労働にも文句を言わず続けている。

 当初は、毛皮を使った服を、と言うのがほとんどの者の考えだった。大半が漫画やアニメから来る考えだ。

 原始少年も、オオカミ少女も、ジャングルの王者も毛皮だ。博物館や資料館の原始人の姿も毛皮を纏って描かれている。故に、服→毛皮と言う発想が最初に浮かぶ。

 だが、動物じたいを掴まえるのはそうそう簡単なことでは無い。まして、この地は島である。居る動物も限られており、大型哺乳類は猪か猿しか居ない。

 鹿でも居ればまだ良かったのだろうが、全く見当たらない。罠の技術を持つ者もおらず、弓の技術も無い。ましてや、猪は基本夜行性だ。彼らには狩る事は出来なかった。

 仮に狩れたとしても、(なめ)す方法を知らない彼らでは、ガピガピにするか、カビを生やすのが関の山だっただろう。

 皮加工は、ただ動物から剥げば良いモノでは無い。その後の工程がかなり有るのだ。

 そんな現実に気付いた者が、植物から繊維を取るという方法を検討する事ににした訳だ。

 そして、作業をする神楽坂の元に、空から伸樹が舞い降りてきた。通常、彼は集落外れに降り立ち、そこから歩いてくるのだが、今日はいきなり集落内に降りてきた為神楽坂は驚いた。

矢石(やいし)君はどこに居る?」

 着地と同時に伸樹は彼に聞いてきた。これも何時に無い事だ。あいさつなども無く、いきなりな様子に疑問を感じながらも答える。

「海に漁に行ってるはずですよ。どうかしました?」

「うん、チョット早急に確認したいことがあって、ありがとう。じゃあ」

 早口でそれだけ言うと、伸樹は飛び立っていった。普段の様にバーニアノズルは使っておらず、『重力の宝珠』だけを使った飛行だった。

 そんな、何時にないオンパレードの伸樹の(さま)に疑問だらけのまま、神楽坂はその飛んでいく姿を見送った。


 矢石博実(やいし・ひろみ)は船上で漁をしていた。3隻の船を使った追い込み漁だ。網はシュロの木の繊維を使って作った物だ。

 彼の役目は船長である。船の移動が仕事だ。『流体の宝珠』を使って、船体下部のノズルへと水を流し込み噴出させることで移動する。ジェットスキーと同じ原理だ。ペットボトルロケットと同じと言っても良い。

 ここの所、毎日行っている関係で、かなり効率よく扱える様になってきている。以前伸樹から、制御力が弱いことを指摘されて以来、余裕のある『宝珠』を使って訓練していた成果でも有る。

 今日、漁をしているのは、南の岬を少し回り込んだ辺りだ。わずかに南東に平野部が見えている。

 彼らは、自分たちの分では無く、全員の分の魚を捕っている。だから、毎日場所を変えて漁をしなければならない。同じ場所では直ぐに獲れなくなってしまうからだ。

 その場での漁が終わり、移動を開始しようとしていた時に、彼らの船に伸樹が突然舞い降りてきた。

「うわぁ!」

「えっ! ビックリした。熊本さん! どうしたんですか? 突然?」

 その船に乗っていた4人はもちろん、他の2隻に乗っていた者達も驚きの声を上げていた。

「悪い、チョット緊急なんだ。済まないが、チョット矢石君を貸してくれ。あ、ついでにレベル6は居ない?」

 早口で一気に言った伸樹に驚きながら、2名が手を上げる。2人とも各船の船長だった。その二人を確認した伸樹は「良し!」と小さく呟く。

 そして、矢石に7個の『ゲートの宝珠』を手渡す。

「前、試してもらったよね。あれをもう一度やってもらいたい。ただし、今度は別の方法でね」

 言われた矢石は首をかしげる。周囲の者も似た様な反応だ。他の2隻も彼らの船に寄せてきて、葛で作った縄で固定し始めた。

「他の方法?」

「そうだ。電池のつなぎ方に並列と直列があるよね。あれと同じで『宝珠』にも2つの接続方法が有るのが分かったんだ。

 まあ、接続って言っても物理的に繋ぐんじゃ無いけどね。同時に使う時に、別の接続方法、と考えながらやってみてくれ。

 乾電池の並列、直列をイメージしながらの方が分かりやすいかも知れない。とにかくやってみて」

 目をパチパチさせながら聞いていた矢石だったが、手の上の『宝珠』と伸樹を交互に見て戸惑っていた。

「あのー、直列にするんですか? 並列にするんですか?」

「どっちかは分からない。とにかく、複数の接続方法が有ることを認識してアクセスすればイメージに今まで無いモノが付いて返ってくるはずだよ」

 近くに居たガタイの良い男子生徒が「とにかくやってみろよ」と言うと、他の者達も同様に彼を促した。

「わ、分かりました」

 それだけ言うと、矢石は両手で『ゲートの宝珠』を包み込み、目を閉じて意識を向ける。

 10秒程眉を動かしながら小さく唸っていたが、突然「あっ!」と言う声を上げた。

「出来たのか?」

「ゲートが開ける?」

 周囲の者達が口々に彼に問いかけ始めたが、彼は目を閉じたまま首を振る。

「いいえ、別の繋ぎ方が出来ただけです。元の世界へのゲートやってみます」

 彼のその言葉で、周囲の緊張が一気に高まった。それと同時に期待も高まる。

 自らを落ち着かせる為だろう深呼吸を大きく1回した矢石は、口元をぐっと引き締め眉を寄せた。無論『宝珠』を使うのに肉体的に力む必要は無い。単に緊張と気合故だ。

 そして、彼の眉は反対に変化する。八の字を描いたのだ。

「ごめんなさい、駄目みたいです。で、でも、もうチョットな感じなんです。手応えは完全に有るんです。後ほんのチョットなんです!」

 最初の一言で、落胆の表情を浮かべた周囲の者も、その後の言葉で一気にその表情を変えた。

「まじ、出来そうなのか? もうちょいなんだな」

「期待して良いの?」

「それって、訓練で制御力が上がれば行けるって事か?」

 周囲からの確認と期待いの言葉が飛び交う。そんな中、伸樹は、ウエストポーチから『流体の宝珠』を1つ取り出すと矢石に渡した。

「これで、この船を動かしてみて」

「これ一個でですか?」

「そう。制御力がどれ位か確認したいから」

 うなずいた矢石は『流体の宝珠』を握りしめ、3隻が縄で固定されたままで水流を発生させていく。左右の船との接舷部分がギシギシと音を立て始め、船が移動し始めた。

 1分程移動した時点で、最大船速に達したと判断した伸樹は、停止を指示した。

 そして、完全に停止した状態で、今度は伸樹が1つの『流体の宝珠』を使って船を動かし始めた。その速度差は直ぐに全員が認識出来た。確実に4倍は速かったのだ。

「全然違う・・・ 結構成長したと思ってたのに・・・」

 落ち込んでいる矢石をよそに、他の学生達は単純に驚いていた。

「すっげー、こんなに違うのかよ」

「レベル2だよな。レベルって、あんまかんけー無いんじゃね?」

 結果としての差を確認した伸樹は笑顔だった。それは、矢石の可能性は十分に残っていることを示していたからだ。

 彼の制御力は伸樹の1/4も成長していないと言う事になる。で有れば、少しでも成長すればゲートを開ける可能性があると言う事だ。だから伸樹は笑っている。

 そして、思い出した様に、別の船の船長2人にも同様試させた。

 その結果は、矢石と似た様なものだった。ただ、矢石程『もう少し』と言う感じでは無かった様だが、かなりの手応えは有った。

「これって、俺らが頑張れば、帰れるかも知れないって事ですよね」

 尋ねて来る男子生徒に、伸樹はゆっくりと、そして強くうなずいた。

「俺が2個で手応えを感じるから、多分、レベル4以上なら最大限にまで制御出来る様になればいけると思う。多分ね」

 歓声が上がる。その興奮度は、喜んで大騒ぎをして、船から落ちそうになる者が出る程だった。

「あー、でも、あくまでも可能性だからね。まだ絶対じゃ無いから、そこん所よろしく。それと、パラレルワールドが絡んでるから、場合によっては完全な元の世界とは限らないから」

 伸樹の言葉の前半は、うんうんと聞いていた彼らだったが、後半のパラレルワールドの下りになると慌て始めた。

「どう言う事っすか? それ」

「別の異世界へ行く可能性が有るって事?」

 矢石も含め全員が伸樹に問い質す。

「パラレルワールドって、ほんの少しだけ違う世界が無数に有るって言う理論だから、完全に同じ世界に『宝珠』と感覚だけで帰れるか正直分からない。

 完全な別世界って事は無いと思うけど、ひょっとしたら、別の自分たちが残っている世界って可能性も有る」

 伸樹の話を聞いた全員が押し黙った。彼らも『宝珠』を使っている関係で、感覚的に扱っている自覚が有る。

 そんな感覚で、無数に有る世界から元の世界をピンポイントで選び出すと言うことが出来るのか、と問われれば否と答えざるを得ない。

「でも、ここと、そんな世界だったらどっちを選ぶ?」

 そんな伸樹の問いで、大半の者の表情が変わった。

「絶対そっちが良い」

「もし、同じ自分が居たとしても、あの世界なら保護してくれるはずだし」

「どっち、って言われれば、ね。間違いなくここじゃ無いよな」

 全員の意見は一致した様だ。無論、元の世界に戻れるのが一番良い。だが、そうで無くとも、限りなく近い世界ならばここよりは遙かに良いと理解した。

 何より、冬の準備が出来ていない事から来る不安が大きいのだろう。食糧は海産物と、山の幸で有る程度対処出来る。場合によっては栗の様に促成栽培も可能だろう。

 だが、衣類と寝具は目処が完全には立たない。衣類は、出来ても半数だろう。寝具に関しては絶対に無理だ。皆、枯れ草に埋もれる以外無いと覚悟している。

 そんな状態だからこそ、その選択が出来る。贅沢を言っている場合では無いのだから。

 伸樹は、レベル6の1人に6個の『ゲートの宝珠』を渡す。

「細かな説明は君たちで頼むよ。訓練用の『宝珠』は『彼女』の所に纏めて置いておくから、じゃあ」

 それだけを言うと、伸樹は飛び立って行った。

「希望が湧いてきたー!」

 伸樹の飛び去る姿を見送りながら、一人が叫ぶ。それを聞いた別の者も言葉にならない声を張り上げている。

 寄り添って波間に揺られる船上の狂宴はしばし続いた。

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