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13.文字と洞窟

 その日の集落は大騒ぎだった。伸樹(しんき)ことシンがカヌーで海に消えて、それを見ていた生徒達は仕事も放り出した状態で騒いでいた。

 その会話の大半は、モーターボートの様に疾走するカヌーの事、そして死んでいたと思われていたシンが生きていた事についてだ。

 シンの姿を見た者は、数名を除き全て女生徒だった。直接見ていない者にもその情報はあっという間に伝えられていく。女性の噂ネットワークは何処でも高速だ。

 そして、そんな彼女達も、太鼓(たいこ)女史達の話を聞くと、今度は驚きを越えて絶句する事に成った。

 太鼓女史と一緒に作業をしていた、小池奈々美(こいけ・ななみ)も身振り手振りでシンの実演した各『宝珠』の能力を説明した。

 黒い『重力の宝珠』、焦げ茶の『液化の宝珠』、白銀の『ゲートの宝珠』、初めて聞く『宝珠』とその能力に聞いた者達は驚きのあまり絶句する。

 そして、思考が正常に戻ると、『ゲートの宝珠』が持つ可能性に思い至る者が現れ、騒ぎが起こる。そして、その騒ぎは伝播し大騒動へと推移していった。

 昼前になり、男子生徒が集落に帰ってくると、その話は彼らにも伝えられ更に大きな騒ぎへと発展する。

「あいつ生きてたのかよ」

「何だよ、その『ゲートの宝珠』って、ワープゲートを作れるってってかぁ?」

「空を飛べる『宝珠』、すげー」

「モノを溶かす『宝珠』って何だよ、他と比べて地味だな」

「何言ってるんだよ、金属だけで無くって、木や石も自由に変形出来るんだぞ。作り間違ったり壊れたモノも簡単に修復出来る優れものじゃ無いか」

「島なのか、ここ。マジかよ」

「パラレルワールドってどう言う事? エロい人教えて」

「俺が他に2人居るってのかよ・・・嘘って言い切れねーよな。こんな目に遭って『宝珠』なんてモノが有るんじゃ・・・」

「何言ってんの、嘘に決まってるじゃん。来たばっかりなヤツが、そんな一杯新しい『宝珠』見つけられる訳無いじゃん。欺されたんだよ」

 それぞれがそれぞれに言い合いを始める。否定する者には、疾走するカヌーを見た者達が食って掛かり、疑問を投げかける者には太鼓女史と小池が見せられたモノを話す。

 そして、徐々にその話が嘘でないと認める雰囲気が出来ていった。事実嘘ではないのでそれは必然だ。

 2年副担任の川村貞治(かわむら・ていじ)は古いタイプのSF小説を愛読する者だ。故に『ゲート』なるモノに大きな興奮を覚えた。

 古典SFや昭和後期のSF全盛期に書かれた小説にも『ゲート』を扱ったモノがかなり有る。ハリウッド映画やドラマにもだ。

 彼は理系教師では無いが、SF知識から来る『なんちゃって科学』には精通している。その為、『ゲートの宝珠』じたいの可能性にも気付いた。

「おい、その『ゲートの宝珠』を使えば元の世界に帰れるんじゃ無いのか」

 川村の突然の発言に周囲が騒ぎ出す。

「マジで、どうやって?」

「時空間を歪めて空間と空間を繋ぐんだろう、だったら次元レベルで作用している事に成る。なら、次元間に穴を開けられるんじゃ無いか?元の世界に繋がる穴を」

「おおおぉーー」

「マジ、帰れるの?」

 騒ぎが一気に拡大する。だが、2人の女性が困った顔でその騒ぎ出す者達を見ていた。

「ごめん、言い忘れていたけど、彼、シンから言われたの、彼も『ゲートの宝珠』で帰れないか試したみたい、でも駄目だったって。で・・・」

「いや、ヤツはレベル2だろ。能力不足だっただけじゃ無いのか?」

「そうだ、そうだ。最低レベルの力じゃ無理だった可能性はたけーよ」

 太鼓女史の話の途中に被せて否定してきた川村に、他の者達も同調していく。だが、話を遮られた太鼓女史と小池は複雑な表情のままだった。

「・・・・・・あのね、彼もそれは考えたみたいよ、レベル7の生徒に試して貰ったらしいの、で、駄目だったって・・・」

「はぁ? レベル7って何だよ。最高レベルは6だろ? ほら見ろ、嘘じゃ無いか。おかしいと思ったんだよ。ぜーんぶ嘘だったってことだろ!」

 ガタイの良い体育会系の男子が、太鼓女史に怒鳴る。だが、彼女は困った顔で周囲の騒ぎが一段落するのを待った。

「そのレベル7は別の・・・パラレルワールドの私たちの中に・・・なんて言えば良いのかしら、別の『北泉高校』の生徒の中にいたらしいの」

「何だよそれ、同じメンバーなのに、そっちにはレベル7が居て、こっちには居ないっておかしいだろ!」

「・・・貴方、話を聞いていなかったの? 他の『北泉高校』は転移した時期が違っていて、私達から見て、1年後と1年前の3組なのよ。つまり、全員同じじゃ無いの」

「卒業して居ない先輩が3年生として居る組と、今中学3年生の子が1年生として居る組が有るみたいだよ」

 淡々と話す太鼓女史の話と小池の解説を聞き、激高していた生徒が少しずつ落ち着き出す。その後もしばらくその騒動は続けられた。


 佐々木真一(ささきしんいち)是枝優(これえだ・ゆう)がその話を聞いたのは夕方だった。彼らは遠出をしており、昼は集落に帰っていなかったのだ。

 今日の騒ぎを女子達から聞いた最初の言葉は、是枝の「なんで、その『宝珠』を奪い取らなかったんだよ」と言うものだった。

「そんな大事な『宝珠』をヤツなんかに持たしててもしかたねーだろー」

「確かに、飛べればもっと遠くまで行けるし、ゲートが使えれば直ぐに帰えれる訳か・・・ヤツにはもったいないな」

「だろー。あんなレベル2が使うなんてもったいなさ過ぎるって」

 佐々木と是枝は、彼ら的には正しいと思っている理論で納得している。

「俺は・・・『液化の宝珠』に興味があるよ。製鉄とかにかなり使えると思うんだ」

 製鉄を担当している花咲悟(はなさき・さとる)は仕事柄『液化の宝珠』に興味を抱いた。話を聞いただけでも幾つか使い道が浮かんでいる。

 彼は佐々木や是枝の様に『奪い取る』とまでは考えていない。鉄と取引出来ないかと言うまっとうな考えだ。このグループの中では穏健派(?)になるだろう。

「大きな石の中にある確率が高いってさ」

「確率が高いって言われても・・・無い確率の方が圧倒的に高い訳だし・・・」

「バーカ、今度ヤツが来た時あいつに出させれば良いんだよ。ちまちま探してられるか」

「俺達が居ない確率が高いから、女子に足止めさせとかなきゃな」

「えーっ、面倒くさそう」

「次いつ来るか分かんないから・・・、その時居た人が足止め、ね」

「・・・・・・・・・」

 『宝珠』奪取計画が練られていく間、森田洋子(もりた・ようこ)は一人俯いたまま黙っていた。



 伸樹はその文字をしばらく見つめ続けた。元住居だったであろう洞窟の奥の部屋に有る壁面に書かれた文字だ。その文字は2文字で、壁面の岩を削り取る形でデカデカと彫り込まれている。

 『死ね』と。

 その文字は明らかに日本語だ。漢字と平仮名の組み合わせは日本語しかない。つまりこれを彫り込んだ者は日本人で有ると言う事だ。

(日本人は日本人なんだろうけど・・・ どの世界のって問題もあるよな・・・ いや、それは考えても無意味か、無数に存在する訳だし)

 複数の異世界(パラレルワールド)から人が来ている世界なら、今分かっている3つの世界以外からも人が来た可能性はある。

 極端に言えば、漢字と平仮名が全世界の共通文字になっている世界などというモノが有ってもおかしく無い事に成る。その場合は日本人で無い可能性もあると言う事だが、現状その事に意味は無い。

 パラレルワールドには、『有り得ない』と言う事が無い。全てがあり得るのだ。物理法則すら違う世界すら考えられる。

 ただ、そこまで違えば、『パラレルワールド』と言うくくりでは無く、『異世界』と言うくくりの方が合うかも知れない。感覚的な呼び名としては。

 彼は戸惑っている。日本人らしき者が過去にここに居たと思われる事、そして、その者が刻んだ文字が『死ね』で有るという事に・・・

 しばらく考えていたが、分かる訳もなく、他にメッセージが残されていないか探す事にした。

 その後、洞窟内を徹底的に調べたが、生活の中で出来たと思われる傷以外は刻まれておらず、何も分からなかった。

 伸樹は、一旦その洞窟を出て、周囲の崖に額を付けながら、他に同じような埋もれた住居跡が無いか確認していく。

 カニ歩きに近い形で『範囲認識能力』を使いながら洞窟周辺左右100メートルを確認したが、洞窟はおろか、埋まった様な痕跡すら発見出来なかった。

(他に住居跡が無いってことは、一人、もしくは2人位しか人が居なかったって事?)

 北泉高校の生徒達の様に、複数で転移してきたのであれば、ある程度纏まった所に住居を作るはずだ、それが周囲に無いと言う事は・・・と言うのが彼の考えだった。

 この崖の岩盤が強固で有る事は、この洞窟が長い年月を経ても入り口の崩落だけで大半が残っている事が示している。

 全く何も無い状態で『宝珠』だけで家を作ろうとしたならば、この様な場所があれば、当座だけとは言え間違いなく洞窟を住居とするだろう。

 何より作製に時間が掛からない。寝泊まりするだけのスペースならば、半日と掛からず作る事が出来る。

 最終的に、まともな家を作るにせよ、当座は間違いなく洞窟を利用したはずだ。

 その跡が1カ所しか無いとなると、少人数(1人~3人)だったのか、他の者から離れて(離されて)生活していたと言う可能性がある。

(今まで見てきた範囲に、これと言った人工物の跡が無いから、今のところ一人か少数だった可能性がやっぱり高いか・・・)

 ある程度の期間、人間の集団が生活すれば、必ずその跡には痕跡が残る。石垣やレンガなどの分かりやすいモノだけで無く、平らに削られた地形、溝の跡などのぱっと見では分かりにくいモノも有る。

 伸樹は、それらのモノにも気を付けて今まで見て回っている。地上を探索し居る今だけで無く、空を飛んでいた時にもそれらに気を付けて見ていた。

 無論、木や草によって見えなくなっている可能性はあるが、彼が見えた範囲ではそれらが見当たらなかった事は間違いない。

(そう言えば、あの硫黄臭の問題もあったんだよな。別段、中にガスが発生する様な物や場所も無かったし・・・ ひょっとして何かのトラップ的な物? ならあの『死ね』は入って来た者に対してのもの?)

 硫黄臭の原因は、硫黄じたいの臭いでは無く、硫黄化合物の臭いだ。たいていの場合は硫化水素で有る。知っての通り猛毒だ。

 一時期バカがこれを使った、自殺と言う名のテロを多発させた事で有名になった、アレだ。

 比重の関係で地下室内にも充満しており、別途『範囲認識』で地下室全体を認識しながら、『流体の宝珠』でその中の空気全てを外部に移動させる事で対処した。

 何も考えず降りていったら、彼は多分その時死んでいただろう。

 このガスは、当然何もない所には発生しない。つまり、意図的に充填されていた可能性もあると言う事だ。無論、発生源が既に消滅していた可能性もある。

 だが、仮にアレがトラップとして意図して充填されたものならば、あの位置に『死ね』と書いて有るのはおかしいだろう。

 なぜなら、あの位置までたどり着けたのであれば、間違いなくガスに対処出来た者で有るはずだからだ。

 トラップと侵入者に対する言葉であるのなら、入って直ぐの部屋の壁面に書くのが正しい(?)だろう。

(となると、トラップじゃ無くって、何か別の原因で発生したガスが残っていたって事か・・・ じゃあ、あの『死ね』は誰に対しての『死ね』なんだろう?)

 彼は、考えれば考える程分からなくなって来た。元々大して良い頭では無いだけに、現状のデータからはその程度の想像しか出来なかった。

 結局その日は、新たなる発見と共に新たな疑問が生まれる形となった。一歩進んだのか進んでいないのか微妙だが、変化が有ったのは間違いない。

 翌日からの探索は、今まで以上に時間を掛けたものになった。人の痕跡を見逃さない様に、表面だけで無く地中の層も確認していく。

 古代遺跡探索と同じだ。ただ、彼には超音波探知機などと比べものにならない精度と効率の『範囲認識能力』が有る。気を抜かない限り見落とす事は無い。

 だが、その後2日間、全くそれらしいものは見つからなかった。

 そして、その日は昼から山へ食糧調達に向かう日で、東にある川の上流に有るムベやアケビが食べ頃になっているはずなので、猿に食われる前に回収する事にする。

 基本飛ばないで歩いて行く。無駄な消費は、いざと言う時のために控えている。最近は、夜『彼女』の様子を伺いに行く時も、カヌーを使用して、その後も歩いて移動する様にしている。

 トータル3時間程掛けて山間の川と、その支流周辺に実っているアケビ、ムベ、コクワの実を大量に採った。痛み掛けの物はその場で食べる。

 糖分らしい糖分を食べていない彼には、それは非常に美味だった。多分彼の体内では、一気に血糖値が上がっているだろう。

 そして、カゴに十分な量がたまった彼は、張り出した岩の関係で周囲に木々が無く見通しの良い場所で寝転ぶ。

 まだ、3時を過ぎた位で日も高く、吹く風と太陽の光が丁度良い心地よさを与えてくれる。

 彼は探索の途中で、休憩を入れる事はあまり無い。やり始めたら終わるまで一気に行くタイプだ。だからこうやって日向ぼっこなどするのは久々だった。

 特に大きな理由が有る訳では無い。アケビなどの甘さが、元の世界の感覚を引き寄せたのかも知れない。

 10分程休憩と言う名の日向ぼっこを楽しんだ彼は、帰る為に起きようとしたのだが、その際ここの所の癖で無意識に『範囲認識』を実行した。

 そして、立ち上がろうとする動作に入った彼の脳裏に、ギリギリの位置で空洞が『視』えた。それは、『範囲認識』のギリギリで、地面に頭を付けていなければ発見できない所だった。

(洞窟?)

 伸樹は周辺の地面に頭を付けながら調べて回ると、その空洞が『視』えるのは、10メートルの範囲内だけだと言う事が分かる。その為、以前調べた際は発見出来なかったようだ。

 一番浅い所で、3.5メートル程。その下60センチは間違いなく空間がある。そして、そんな空洞が最低でも5メートル×10メートルの範囲で広がっている。

 彼は、その場に穴を掘り始める。何時ものように木でスコップを5個作り、岩は切断し、土はスコップで掘る。掘った土は荷物を出したカゴに入れて運び出す。

 この場所が全て岩なら、その作業は早かったのだが、大半が砂と粘土層だったため日が沈むまでに終わらなかった。

 だが、その日の彼は帰らずにそのまま作業を続ける。ヨモギを焚かなかった事も有り、蚊に血を吸われながらの作業だった。

 直径1メートルの穴を3.5メートル掘る為には、上り下りの為の道も掘らなくてはならない。『重力の宝珠』を使う手も有るが、もったいないと考え彼は使わない。基本貧乏性なのだ。

 結局その穴が貫通したのは午後8時近い時間となった。最後の80センチ程は全て岩盤で、削るのは早かったが、上まで運ぶのに苦労した。

 そして、貫通したその穴の下に現れたのは、彼が想像していた以上の広い空間だった。『光の宝珠』で発光させた石を落とすと、下まで20メートルは有る事が分かる。

 そして、下には水も流れているのが見える。何時ものように飛び込もうとした伸樹だが、しばらく前の洞窟住居の硫黄臭を思い出し、それを思いとどまる。

 『流体の宝珠』を使用して洞窟内の空気を、風として吸い出すと、一瞬だけ軽く吸い込んでみる。肺まで吸い込まず、鼻で止まる程度だ。

 彼が吸い込んだ空気には変な臭いは無かった。だが、(やっと)用心深くなった彼は、再度洞窟内の空気を今度は大量に吹き出させ、先ほどの要領で確認する。・・・問題なし。

 その上で、今度は一旦地上に上がって拾ってきた枯れ枝に火を付け、それを洞窟内に落とす。二酸化炭素や一酸化炭素、無臭の可燃性気体を確認した様だ。・・・こちらも問題なし。

 そこまでして、大丈夫だと判断した彼は洞窟内に飛び込もうとして、また思いとどまり、もう一つの確認を行った。

 それは、『範囲認識』で空気中の分子を確認するという事だった。数日前のお前は何だったんだ、と言いたくなる位の警戒感だ。実際これが正しく、以前は完全に無謀だっただけなのだが・・・

 彼は、『範囲認識』で『視』える分子を、自分の周囲のモノと比較しながら確認する。後は学校で習った分子モデルを参考にする。その結果、特に大きな問題は無いと判断した。

 そして、今度こそ彼は洞窟へと飛び込んだ。『重力の宝珠』を使用してゆっくりと降り立ったその洞窟は、上から見た以上に広く、前後に伸びているのが見える。

 正確な方位は分からないが、南方面が下っていて、北の方が登っている。つまり、山の頂側と平野部方向にそれぞれ伸びている事になる。

 洞窟は、歪ではあるが約直径20メートル程の筒状で、鍾乳石では無いが岩で全体が作られている。登り方向を向いて左手側に1メートル程の川が流れており、その水に濁りは無い。

 念のために『範囲認識』で『視』てみると、ある程度の『ミネラル』と呼べる物が入っている以外問題になりそうな物は入っていない。

 ちなみに、『ミネラル』に関しては、自分の体内の成分などと比較したもので、鉄以外はハッキリ分かっては居ない。体内に有る物だから問題ないものだろう、と言う安易な考えだ。

 それと、『範囲認識』を使用した直後に『宝珠』の存在を認識した。それを水の成分確認後に取ってみると焦げ茶の『液化の宝珠』だった。

 下りと登り、両方をしばらく視ていた彼は、下りに向かって歩き出す。定期的に『光の宝珠』で光源を作りながらゆっくりと。

 10分程下った所で、3メートル程の段差が現れた。段差はあるが全体的な洞窟の広さは変わっていない。

 何時もの様に発光点を作った上で飛び降りようとした時、彼は通路の端に『階段』を見つける。

 それは明らかに階段だった。自然に出来たと思えるモノでは無く、ほぼ同じ幅で人一人が通れる間隔の階段が下まで真っ直ぐに作られていた。

 しかも、その階段の面には、滑り止めなのか、横に溝が幾つも掘られている。間違いなく作られたモノだ。こんな自然物は無い。

(あそこに住んだ居た人が作ったもの? それともそれ以外の人が?)

 一瞬考えたが、即座に投げ出し、階段を下っていく。考えても無駄な事は今は考えない様にした様だ。

 その後も下って行くと、幾つかの場所で風を感じる所があった。それぞれの場所を浮かび上がりながら確認すると、岩の裂け目から風が吹き込んでいる所を発見する。

 その裂け目を『範囲認識』で『視』ると、認識範囲内は全て岩ばかりで、岩の裂け目は範囲外まで続いていた。多分外部まで通じているのだろうと予想する。

 3カ所ほど同様の場所を確認したが、外までは『視』えない場所ばかりだった。

 その後、階段も幾つもあり、全てが綺麗に作られていた。段差だけで無く、急な斜面にも作られており、頻繁にここを通ったであろう事を推測出来る。で無ければこれだけ綺麗には作らない。

 洞窟は微妙な蛇行と共に下り続け、1時間程で行き止まりへとたどり着いた。その場は『範囲認識』で『視』るまでも無く崩落している事が分かる。

 岩ばかりの洞窟に、そこだけ土が現れているのだから、誰が視ても分かるモノだ。

 ただ、水は、元々の床面と崩れた土砂の隙間に流れ込んでいる。水の影響で、その部分だけは土砂が無く、岩などが組み合わさっている。

 時計を見ると、午後9時を回っていた。ゲートを開きそのまま仮の宿に帰ろうかと考えたが、今日採ったムベなどを山の中に置いたままだったのに気づき、引き返す事になった。

 結局彼が仮の宿にたどり着いたのは、午後11時を過ぎた時間だった。

 明日は、あの洞窟の下の行き止まりへ行き、その先を確認するつもりでいる。登り側はその後だ。

 一カ所一カ所確実に終えてから次の所へと行く、この辺りは彼の性格なのだろう。

 寝る前に1時間は、日課の密教修行は行う。どんなに遅い時間になってもだ。その為、今日床についたのは深夜1時近い時間となった。

 それでも明日は早い予定だ。

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