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10.ゲートの宝珠

 その日の朝は、昨日の残った山菜を使った炒め物を朝食にして、直ぐに作業へと移った。ただし、夕方考えた行動とは少し違う。猪に起こされた後寝るまでの間に思いついた事が有り、それを試すことにする。

 比較的湖畔に近い所にある大きめの木を切り倒す。直径60~70センチ近い大物だ。それを長さ2.5メートル程に切って、カヌーの形に削っていく。

 そのままでは安定感が無い為、南方の海で見かけるモノの様に、左右に伸ばした棒の先に小さな舟形のバランサーを取り付ける。ただし、棒を長くすると岸に着ける時面倒なので、最低限の長さにする。

 カヌーの様に乗り込み口以外を外板で被う様な形では無く、普通の船の様に完全に開いた状態のモノにする。

 唯一違うのは、底面に、吸水口と噴水口が作られていることだ。つまり、バーニアノズルを取り付けた状態を削り出しで作ってある。ジェットスキーの原理で推進出来る予定だ。

 一部『液化の宝珠』で接着をした以外は、『切断の宝珠』のみで削って作り上げた。時間にして1時間と掛かっていない。『切断の宝珠』の制御にかなり慣れてきている。

 生木なので、結構重く、岸から湖に浮かべるのに多少苦労したが、問題なく浮かぶ。浮力的にも問題ない様で、伸樹(しんき)が乗っても喫水に余裕がある。

 その後5分程『流体の宝珠』を使って、船体下部のバーニアノズルの位置を認識するのに時間を要したが、一度つかめば後は簡単だった。

 そして、ノズル径は大きいが、噴出する物質の質量が大きい為思った以上の出力が出た。木製と言う事も有り出力は絞って使う。それでも簡単に時速30キロは出る。


 挿絵(By みてみん)


 彼は、そのカヌーを使って、湖岸から20メートル程の位置をゆっくり時計回りに移動していく。目線は基本陸側に向けてだ。

 時折、カモらしき水鳥が驚いて水面から飛び立つ中を、ほぼ無音のままそのカヌーは進んでいく。

 昨日から気付いていたのだが、この湖の透明度はかなり高い。北海道某所の湖には全くかなわないレベルとは言え、10メートル程下の湖底は綺麗に見える。

 その為、湖岸から20メートル程の位置を移動する彼の眼下には、湖底の岩や砂、水草や魚がハッキリ見えている。時間的に日が差し込んでいない状態でこれならば、正午ごろに成ればもっとハッキリ見えるだろう。

 岸の先を見るのに疲れた時には、時折湖底を見て目を休めながら西へと向かって進んで行った。

 昨日入った洞窟のある谷の前を通り過ぎ、しばらく行くと湖岸の傾斜も緩くなり、木々が生えた斜面になってくる。

 それを更に進むと、西の岸が見えてきた。そこは細かな石が砂浜の様に滞積した所で、離れた位置からは小さな砂浜に見えた。そこへカヌーを勢いよく乗り上げる。

 乗り上げた先端から降りた伸樹は、手で更に1メートル程カヌーを陸に引き上げる。海と違い、干満の差が無いので全てを上げる必要は無い。

 ただ、雨が降れば当然水かさが上がるので、本来は杭などを打って固定すべきだが、彼はそこまでは考えなかった。

 その場所から北へ向かえば、1年生の『彼女』が居る『北泉高校の生徒』が居る。西に向かえば3年生の『彼女』が居る『北泉高校の生徒達』が居る。

 距離的には大差は無いが、微妙に北の方が近い。だが、彼が向かったのは西だった。探索の意味も有って飛行せずに歩いて移動する。

 小さな小川に沿って上がって行きながら、周囲の山菜も採っていく。無論、別の変わったモノが無いかも意識している。昨日の事も有って、洞窟も意識して探す。

 カヌーを作ったとは言え、起きた時間が早かった為、まだ正午にはかなり時間がある為、焦らずに時折蛇行する様に探索しながら登っていった。

 地形的に新たな『宝珠』が有る可能性は少ないので、『範囲認識』は所々でしか使用せず、目を使っての周囲確認を優先した。

 それでも、小川の少し広くなった所などで、黒1個、ピンク1個を入手している。ピンクはともかく黒はありがたい。飛ぶ際の燃費はあまり良くない為、数はいくら有っても足りない。

 小川の源流を過ぎて更に登ると、西へと抜ける谷間が現れた。谷間と言っても、左右の山の高さは大したことはない。

 その切り通しの様な谷間を進むと、西の海が見えてくる。その後は2時間半程掛けて、下の平野部まで下って行った。

 平野部の林に付いて10分とせず、この地域にいる北泉高校の生徒達に遭遇した。昨日会ったばかりなので気軽に挨拶を交わす。

 そして、レベルの高い者を尋ねると、この学校にはレベル7が居るらしい。

「レベル7? それは凄いな。家の学校はレベル6が最高みたいだよ」

「へー、そうなんだ。ま、こっちもレベル7は一人だけだけどね。1年の矢石(やいし)ってヤツ」

 驚く伸樹に、3人組の男子生徒が答える。その生徒は3年生の、花咲悟(はなさき・さとる)だった。佐々木や是枝のグループにいて、製鉄の知識を持っていた彼だ。無論向こうの学校組では、だ。

「それを使えば帰れる可能性があるの?」

 1年の小柄な生徒が聞いて来る。彼は1年なので他の学校組には居ないはずだ。

「正直多分無理だとは思うんだけどね・・・でも確認はしとこうと思って。出来ればラッキーって感じで考えといてくれよ。期待はしないでな」

 伸樹は肩をすくめる仕草をしながら笑い顔で言っている。それを見て、他の3人も少しガッカリしながらもうなずいている。

「で、三本松(さんぼんまつ)君だっけ? 同じ1年なら、その矢石君って子知ってるよね。変な子じゃ無い?」

 先ほどの小柄な1年生に、念のため矢石という生徒のことを確認しておく。変な人間だと色々と面倒な事にな可能性がある為、念のためだ。

 伸樹は、自分が変人であることを認識している為、他人にも別の意味で変な人間が居ることも認識している。だから注意は払う。

「矢石君ですか、どっちかと言えば大人しいオタク系の子ですよ。変なアクも無いですし。極端なオタクって訳でも無いから無害ですし。今日は貝掘り斑のはずですよ」

 彼の話を聞いて、伸樹は安心した。変なことをする様な人間では無さそうだ。

 変な人間なら、出来る事を隠して自分だけ後で帰還したり、帰せることをエサに何かを要求したりする者が出る可能性がある。

 最悪はレベル7で無ければ出来ないという状況で、そのレベル7の人間性に問題があった場合だ。また、その場合はレベル7が居ない伸樹の学校組は帰還出来ないことにも成る。

「じゃあ問題無さそうだね。貝掘りに出てるんだったら探すのも簡単そうだ」

 彼らに礼を言って海岸方向へ向かおうとすると、彼ら3人も付いてきた。

「興味あるんで、付いていきます。一応、ある程度取るモノも取ってますから」

 花咲は、鼻を掻きながら背負ったカゴを指で示した。そのカゴには8割方詰まっている様で、一部がかごの縁から飛び出している。

 他の2人も反対では無いようで、花咲の後ろを付いてくる。伸樹は別段問題ない為、そのまま急ぎ足ぐらいの速度で移動していく。

 海岸に出た彼らは、矢石少年を探しながら、南へ向かって行く。件の矢石少年が見つかったのは、彼らの住居がある近くの砂浜だった。

「おっ居た! 彼です、彼が矢石君です」

 三本松君が指さす先にいたのは、150センチ程の小柄な少年だった。身長や顔立ちから、中学生ないしは小学生にも見える。

「おーい、矢石くーん!」

 三本松君が彼の元に走って行く。そして、伸樹達が近づく間に簡単な説明もしてくれた様だ。

 矢石少年は、近づいてくる伸樹にオドオドとした感じで三本松少年の後ろに半分身を隠している。

「矢石君だよね。三本松君に聞いたみたいだけど、これを試して貰いたいんだ」

 挨拶抜きで、伸樹はウエストポーチから7個の『ゲートの宝珠』を取り出して彼に渡す。

 おずおずと受け取った彼は、手の中の『宝珠』と伸樹の顔をしばし交互に見ていたが、思い切った様に目を閉じて『宝珠』に意識を集中する。

 周りの者達は、息を呑んで彼の様子を見守っている。全員が祈りながら。

 だが、30秒ほどで、矢石少年の口から「ごめんなさい」と言う言葉が出ると、一気に落胆に包まれた。矢石少年も申し訳ない様で、泣き出しそうな顔に成っている。

「そっか、やっぱり駄目だったか。矢石君は気にしなくて良いよ。元々駄目だと思ってたけど、もしかしたらって言うレベルの話だったし」

 伸樹は泣きそうな顔の彼に、笑いながら言う。実際駄目であろうと思って居たし、駄目であることを確認しに来たと言う方が正しい。

 後に成って、『何であの時確認しておかなかったんだ』とならない為の確認だったのだから。

「そうだ、ついでにその『宝珠』の実験にも付き合ってくれないか。1個を使って、この世界の君が良く覚えている地点、家とかにゲートを開けてみて欲しいんだ。俺は来て間もなくで、しっかり覚えた場所ってのが無くってさ。頼める?」

 宝珠のイメージから概要を理解していた彼は、頷いて、6個の『宝珠』を伸樹に返し、残りの1個を右手に握りしめて目を閉じた。

 彼が目を閉じて5秒もしないうちに、彼の目の前1メートル程の空間に直径1メートル程の鏡面が突然生まれる。

「何?、鏡? ゲートじゃ無いの?」

 騒ぎ出す周りの生徒の声で、矢石少年も目を開けるが、目の前の現象に目を見開いて驚く。

「部屋の中だ・・・ 凄い、どこでも○アみたい」

 彼の言葉に周囲の者は小首をかしげる。伸樹も一瞬は、使用者にしか見えない、潜れないゲートなのでは、と考えたが、即座に別の可能性を思い立って矢石少年の後ろへと回り込んだ。

 すると、先ほど見ていた面の反対であるそこには鏡面では無く穴が空いており、穴の中には薄暗い室内があった。伸樹の行動を見た他の生徒も矢石少年の側に回ってくる。

「おー! 穴だ、ゲートだ。すっげー」

「反対側は鏡に成るんだ」

「家の中?」

 口々に騒ぐ彼らを余所に、伸樹は冷静に状況を確認していく。

「矢石君。消費するエネルギーはどんな感じ? 『光の宝珠』や『加熱の宝珠』とかと比べて」

「・・・・・・多分ですけど、『加熱の宝珠』の倍以上消費している感じです」

「じゃあ、穴の大きさを変えられないかやってみて、あ、ついでにその状態で穴の向きや移動が出来ないかも」

 伸樹の頼みを聞いて、しばらく集中していた彼の目の前のゲートは、急に拡大し直径2メートル程になった。そして、その後、ゲートの中の景色がパーンする様にゆっくり流れていく。

 パーンする景色は、当初の位置まで一周回って戻り、その後20秒程彼は眉をしかめながら何かしようとしていたが諦めたのか、ゲートを閉ざした。

「あの・・・開いた地点を起点に向きは変えられるんですけど、移動は全く無理みたいです・・・ あっ、後、ゲートを大きくすると消費するエネルギーも上がります。倍って程じゃ無いですけど・・・ それと、ゲートを維持するのにはあんまりエネルギーは使わないです。9割は開く時に消費します」

「ありがとう。大分特性が分かったよ。後は、どれ位でゲートを開ける様に成るか、と言う時間というか記憶の問題だけかな」

 伸樹は矢石少年に礼を言って、『ゲートの宝珠』を受け取った。ついでに意識を向けて残量を確認すると、あの短時間で1/20を消費していた。燃費はかなり悪い様だ。

「その『宝珠』どこで見つけたんですか? レア度はどんなもんです?」

 花咲の質問に、昨日の洞窟のことを話していく。ついでに、『水晶モドキ』も出して見せた。

「ホントに、普通の水晶じゃ無いですよ。『宝珠』みたいな反応が返ってきます。でも、何にも力は無いみたい・・・」

「貸して貸して、おおっ、本当だ。満タンなのは分かるのに使い道のイメージが全然無い! 何これ」

「ぼ、僕にも貸してください」

 しばし『水晶モドキ』の確認会が開かれる。その間、周囲にいた者達も何事かと集まって来て騒ぎが拡大した。

 当然その中には『彼女』も居て、伸樹の顔を見るとダッシュで彼の元まで駆けてくる。

「昨日ぶり、君の伸樹じゃ無い伸樹だよ」

 彼女に変な期待を持たせない様に、機先を制してそれだけを先ず言った。『彼女』は一瞬何を言っているのか分からずぽかんとしたが、直ぐに意を理解して少し寂しげに微笑んだ。

 伸樹は無駄に気を使った様で、『彼女』は伸樹を『彼女』の伸樹では無く、昨日会った伸樹だと認識して駆け寄っていた。

「どうしたの? 何か有った?」

 『重力の宝珠』に余裕がさして無いことを知っている『彼女』は昨日来の来訪に疑問を感じて伸樹に尋ねてきた。

 伸樹は、『ゲートの宝珠』の件を説明し、来訪の理由と結果も話した。周囲にいた集まって来たばかりの者達も、驚きと落胆の表情をしながら口々に言い合っている。

 ついでに、船とバーニアノズル、そして『流体の宝珠』の件を話すと、「その手が有ったか!」などの声が上がり、更に周囲がやかましくなる。

「感覚のフィードバック・・・ 確かに言われてみるとそんな感じはあるよね。加熱も、冷凍も、何となくその場所の状態が分かるし」

「潮だまりの水をくみ出すのは良さそうね」

「使い方次第なんだね。役立たずって決めつけちゃ駄目なんだよね」

「でも、これで次元を越える『宝珠』が有る確率が一段と高まったよな!」

「だね。金色の可能性が高いと思う」

「有る有る有る」

 姦しく騒ぐ女子に混じって、男子達も騒いでいる。『水晶モドキ』と『ゲートの宝珠』を奪い合う様に取り合って、『確認』をしている。

 途中伸樹が、『ゲートの宝珠』に付いて、「起動しても良いよ」と言うと、遠慮してイメージだけを『確認』していた者達が更に奪い合う様にして、ゲートを開いていく。

 大抵の者が家の中や前にゲートを開くのだが、数人は別の場所に開く者もいた。当然、元の世界へのゲートを開こうとする者もいるが、全員失敗に終わっている。

 そして、5分もしないうちに『ゲートの宝珠』はエネルギー切れになり、透明度が無い白銀色の玉に成っていた。

「ご、ごめん、使い切っちゃった・・・」

 申し訳なさげに使い切った『宝珠』を伸樹に差し出す女子生徒の後ろには、5名程の他の生徒も同じような表情で並んでいた。

「(笑)大丈夫だよ。使い切っても良いつもりで渡した物だから」

 伸樹の笑い顔で安心した彼らに笑顔が戻る。

「洞窟か・・・ 誰か見つけた人いる? あー、でも有っても危ないからそうそう簡単は入れないし・・・」

「見た事無いな、取りあえず俺は見た事無いし聞いたことも無い。近くの山には無いんじゃ無いか。有っても山向こうだと思う」

「場所によって『宝珠』の種類が変わってくるなら、全然違う場所にあるって事でしょ、私たちが欲しい次元に穴を空ける『宝珠』は」

「そうよね。じゃあ、後は海の中とか、木の中とか、岩の中?」

 彼らも色々と考察を始める。それを聞きながら伸樹も参考にしている。ただ、洞窟の危険についてはスルーした様で、全く参考にはしていない。

 もう一つ『ゲートの宝珠』を渡すと、更に騒ぎが大きくなり、俺が、私が、と取り合いが始まる。

 そんな中、『彼女』が伸樹の手を引いて、集団から離れた。

「良いの? 激レアなんでしょ」

 心配げな『彼女』に伸樹は笑って答える。

「大丈夫、まだ数は20個以上有るし、何より検証にも成ってるしね」

 実際、家以外の場所で、どれ位訪れた事がある場所に開けるかを彼らが試してくれている。そのデータはかなり有効なものだ。

「なら良いんだけど・・・ 昨日、自分たちの学校の方へ帰ったんじゃ無かったの?」

「ああ、帰ったよ。で、また直ぐに探索に出ただけだよ。今は中央部の湖周辺を調べてる。途中でこの『宝珠』が見つかったんで、検証の為ここに来たけどね」

「大丈夫なの? 危なくない? 熊とか居るかも知れないよ。一人じゃ危ないよ」

 『彼女』は伸樹の手を握ったまま心配げな顔で彼を見つめている。

「大丈夫。多分この島には熊は居ないよ。猪と猿は居たけど。後、危ない時には空に飛んで逃げるから大丈夫。下手な人間とチームを組むより一人の方が安全だしね」

「無理はしないでよ。・・・貴方は私の伸樹じゃ無いけど、伸樹だから・・・ケガしたり死んだりして欲しくないの」

「分かってる。俺も、君が俺の君で無い所は分かってるけど、同じぐらい大事に思ってる。だから元の世界に返してやりたいんだ。『彼女』も、そして君も」

 見つめ合った状態で二人の時は止まる。有る意味恋人同士で有り、有る意味では赤の他人である二人によって作られた不思議な空間は、2分以上続いた。

 手を放した二人は、今だ騒いでいる集団に向かって歩いて行く。議論している者、『水晶モドキ』を近くの石に叩き付けている者、『ゲートの宝珠』を奪い合っている者、そんなカオスな集団に2人は入って行った。

 2つめの『ゲートの宝珠』を使い切った段階で、大分騒ぎは落ち着いてきた。そして、ゲートを検証していた者達から検証結果が伸樹に報告される。

 それを纏めると、少なくとも40時間程度はその場にとどまった場所で無くてはゲートは開けない、と言う事だ。

 幾つかの、日常的に訪れる場所で開ける場所、開けない場所があり、それを時間で分析した結果が約40時間というモノだった。無論正確な値では無い。漠然とした数字だ。

 丸々2日間と言うには多すぎるが、1日では絶対に少ない、と言った形で出た値に過ぎない。

 一通り話を聞き終わった伸樹は、『彼女』や他の生徒に別れを言うと、『重力の宝珠』と『流体の宝珠』を使用して空へと舞い上がった。

 時間的に夕方間近なので、歩いて戻る余裕は無い。前回同様手を振りつつ、今日は東の山へ向かって飛んでいく。

 地上を確認しながらゆっくり飛んだが、それでも歩いた1/10にも満たない時間で湖にまで到達した。

(やっぱり早いな。全然違う。黒が大量に有ればな・・・)

 往復しただけにその早さを実感できたようだ。

 湖に着いた伸樹は、陸揚げしていたカヌーを水に浮かべ、それに乗って湖からの湖岸探索を再開した。

 北側の湖岸は南側と違い切り立った崖は無く、緩やかな傾斜ばかりで、一部岩場が有ったがそれ以外は木が生い茂っている。

 そんな景色を、見える範囲で注視しながら移動していく。時折昼間からうろついているウサギや、キジなどの鳥の姿が見えるが、洞窟や人工物などは全く見当たらない。

 早朝と違い、まだ日が山に隠れていない為、湖底まで日が差し込み魚影までハッキリと見て取れる。どうやらスッポンも居る様で、時折息継ぎに上がってくる姿が見える。

(スッポンって美味いって聞くけど、料理のしかたが分からないからな・・・食える所も少なそうだし)

 実際は、スッポンの料理方法はさほど難しくは無い。一気に首を刎ねる事と、膀胱の取り扱いに気を付ければそれで済む。食べられる部位も意外に多い。

 無知とは恐ろしく、そして残念で有る。昨日の岩茸に続きスッポンと言う高級食材の2つを無駄にしたことに成る。

 北側の湖岸で、東側に近い部分に一カ所だけ切り立った岩場が有った。だがそこにも洞窟などは無く、磨崖仏の様なモノも無くただの岩が続くだけだった。

 伸樹的には、怪しい仏像が彫ってあったり、壁画の様なモノが書かれてあれば、と思っているが、いかにも、と言うモノは全く見当たらない。

 彼としては、自然現象より、人的な何かを原因としてくれた方が、逆説的に帰還の方法も有ると言う事に成る為、それを一番望んでいる。

 だが現在まで、人為的なモノを伺わせるモノは全く存在していない。そうで有れば、後は神意的なモノを原因とするモノで有ることを祈るしか無い。

 何か、神的な存在が、意識的に行ったことなら、その存在にコンタクト出来れば帰還の可能性も出て来ると言うことだ。

 この世界や、チャクラの存在を知らない前なら『神』などと言うモノを全く信じていない彼だったが、宗教的な『神』はともかく、『神』と呼ばれる程の力を有する存在は居てもおかしくないと思い始めている。

 異世界、パラレルワールド、『宝珠』、チャクラ、念動力・・・これだけを経験すれば、『大いなる力』を持つ存在が居てもおかしくないと考えるのは普通だろう。

 そして、彼のチャクラは、アノ本によればその存在に自らを近づける唯一の方法だと書いて有る。色々間違いの多い疑わしき本ではあるが、一縷(いちる)の望みとしてそれにも希望を持ち続けている。

 一つに賭けるのでは無く、複数の可能性を全て試す訳だ。『宝珠』、『チャクラ』、そしてそれ以外の『不思議』を。

 残念ながら今日は、そのどれにも出会うことは無かった。だが、『ゲートの宝珠』によって可能性は高まったのは確かだ。彼に落胆は無い。

 帰り際、水中の鯉を何時もの方法で獲り、それを夕食にした。残念ながら泥抜きをしていない為、泥臭さが有ったが我慢して食べた。

 『ゲートの宝珠』の関係も有り、彼は後2晩はこの仮の宿で寝泊まりすることにしている。

 その晩も、昨晩同様猪が夕食後の臭いに釣られて現れたが、伸樹によって『切断の宝珠』で首を切られ、彼のタンパク質供給源となった。

 それを処理する為、その晩は深夜から明け方近くまで半徹夜状態で作業をする事に成ってしまった。

 だが、大量の肉を入手出来、彼は満足げに笑っていた。全身を猪の血で汚しながら微笑む姿は、決して他人に見せるべきでは無いだろう。

 大量の肉は、地面に掘った穴に水と一緒に放り込み、『冷凍の宝珠』で凍らして有る。朝夕に『冷凍の宝珠』を使用すれば状態は維持出来るはずだ。

 大型の動物を殺して、それを捌いた事に彼は殆どショックを受けていない。数年前では考えられないだろう。

 彼は恋愛観以外は、間違いなく普通の人間だった(・・・)のだ。だが、自らの目標を定めた彼は、その為で有るならは大抵の事は躊躇無くやってのける人間になりつつ有る。

 それが良いことなのか、良くないことなのかは現時点では分からない。例え、自分にとってマイナスに向かう事が分かっても、彼は気にせず突き進むだろう。

 それが今の伸樹という人間なのだから。

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