1.ダイジェスト的 ロングプロローグ
最初で最後の前書き
あらすじにも書きましたが、1話目はダイジェスト風に流して書いてあります。
2話目以降は普通になっているはずです。
突っ込みどころが多いと思いますが、ご容赦くださいませ。
その日、一人の男が自らの意志で異世界へ渡った。
熊本伸樹はごく普通の男の子だった。
伸樹の生まれた町は、保育園・幼稚園・小学校・中学校・高校がそれぞれ1校ずつ存在し、小中学校の学年が2クラスだと言えば、なんとなく町の規模は分かってもらえるだろう。
発展もしていないが、過疎にも成っていない、そんな中規模な町だ。伸樹が生まれた頃は、○○町で有ったが、平成の大合併にかなり遅れて周辺市町村と合併し、後に△△市に成る。
彼の名字は『熊本』だが、熊本県に住んでいるわけでは無い。父親の出身地は鹿児島県の屋久島だ。
元々のルーツは熊本県なのかもしれないが、鹿児島じたい距離が遠い事と離島という関係で二回しか行った事が無く、その事を尋ねた事も無いので実際の所は分からない。
伸樹の小学生時代は、全ての面において普通だった。成績、運動、そして恋愛観もごく普通で、良い意味でも悪い意味でも変わった所は無かった。
彼の初恋は小学3年生で、クラスメイトのごく普通の女の子が相手だった。席が隣になったのを切っ掛けに意識しだしたモノだが、恋に恋した様な熱病的なモノで、1年半程で冷めてしまった。
彼の町は、前記の通り1学区しかない町なので、事実上同学年の大半が幼なじみと言っても良い環境だった。
その為か、まるで昭和の時代の様な恋愛に対する非オープンな校風だった為、告白など出来ず、片思いのまま自然消滅した形だ。
そして、彼の次の恋は小学5年生の時になる。切っ掛けは彼にも分からない。気がつけば好きに成っていた、としか言えなかった。
あえて言えば、クラスで机の並びが前後し、会話を交わす機会が増えた、と言う事だろう。特に変わったエピソードなどは無かった。
世間に良く有る恋の一つに過ぎないモノだ。
彼は、その校風も有り、告白出来ないまま時を経ていくが、今回の恋は初恋の時の様に消滅する事は無かった。
それでも、中学1年の終わりに近づくと、告白を決意する。そして、告白しようと思った矢先、彼と彼女の共通の友人の女の子から、彼女が彼の友人を好きだという話を聞かされてしまう。
その彼の友人は、親友と言うには少し気恥ずかしいが、他人から見るとそう言う関係だと思われている間柄だった。
彼は彼女の事が好きだったが、彼の友人の事も好きだった。だから告白はする事無く、片思いのまま終わるはずだった。そう、終わるはずだった。
だが、彼の彼女を好きだと言う気持ちは、彼女の気持ちを知ってからも変わらなかった。無論、彼女が彼の友人に告白しなかった事も多少は影響していたと思われる。
まあ、この辺りまでは別段変わった事では無く、よく見受けられる片思いと失恋そして未練のお話だ。
その翌年、彼らが中学2年に成って、その年度も終わろうとする頃、彼は彼女の転校を知る事に成る。
彼女の父親は、地元高校の数学教師で、彼女が小学3年の時にこの高校に転勤に成ったのだが、このたび同県内の北側の県境に有る街へ転勤が決まっていた。
彼女と会えなくなる事にショックを受け、それならば、と告白を決意するが、逆に彼女から彼の友人に告白する手伝いを求められ、自分の告白を断念する事に成る。
そして、彼は彼女の頼みを引き受け、彼の友人とのセッティングを実行した。先の無い、ただ告白の為だけの告白はなされ、彼女からは感謝の言葉をもらう。
そして、それから間もなくして、終業式と共に彼女は転校して行った。彼は、彼女が両親の車でその家を去るのを、直ぐ近くの自然公園の丘の上から見送った。
クラス全員で書いた寄せ書きにも、多くの言葉は書けず、『そんじゃ』とだけ書いた。本当はこの後に『また何時かどこかで・・・』との思いが込められている。
彼女が居なくなった事で、彼の思いは時と共に薄れると思われたが、そうは成らなかった。半年が過ぎ、1年が経とうとしても彼の彼女に対する思いは変わらなかった。
この辺りから、多少一般の者との違いが出て来ているが、数は多少減りはするものの、まださして珍しいものでは無い。
彼が暮らす街は、その県の南部に位置し、彼女の転校した街が北部である関係から、150キロ以上の距離が離れていた。
また、彼の住む町の交通インフラの関係で、直通の交通機関は存在せず。バス→バス→JRと乗り継ぐ必要があり、県庁所在地を経由する関係で時間も運賃もかなりかかってしまう。
片思いの彼女の事が忘れられない彼は、彼女に会う手段としてバイクが必要と考え、それだけの目的でバイク通学を許可する高校を選択する。
そして、彼はその中レベルの高校に問題なく合格し、誕生日が5月な事もあり、6月頭にはバイクを手に入れる。長距離を走る前提で、スクーターでは無く、ホンダXR50を選択した。
完全に通学には適さないバイクではあるが、キャリアを付ける事で学校側の許可も下りる。父親も1000ccクラスのバイクを過去乗っていた事から、スクータにこだわりが無かったのでダメ出しされる事も無かった。
そして、彼はガソリンと時間が許す度に、彼女の住む街へ出かける様に成る。片道4時間以上の行程だが、彼には苦にならない。
ただし、彼女に会いに行った訳では無い。無論連絡すら取っては居ない。ただ単に、彼女がいる街に行くだけだ。そして何かの偶然で彼女を見かけられれば・・・と思って、それだけで出かける。
彼は、彼女の家の住所は知っている。共通の友人である元クラスメートから中学三年の時点で聞き出してある。年賀状を出すという名目で。
だから、彼のその街を走るルートには、彼女の家の前も含まれている。そこを通る時は、何時も緊張して目を見開いて通っている。だが、彼が彼女を見かけた事は一度としてない。それでも彼は行く。
この時点で、既に一般の者は共感できない行動になっている。この辺りが彼の分水嶺だったのだろう。そして、彼の小遣いの大半はガソリン代に変わった。
そして、彼の運命を変える、それは、彼らが高校2年のゴールデンウイーク明けに起こった。
彼は部活動にも所属しておらず、浪費できるような余分なお金も無い為、授業が終わると15キロの距離を真っ直ぐに帰って来る。
その日もいつも通り家に帰り着き、居間のTVを付けながら弁当箱や体育着などを出していく。
当初彼は、テレビで放送されている番組が何かのドラマのワンシーンだと思っていた。そのニュース放送とは思えない事を説明するアナウンサーの声を聞き流しながら、着替えなども済ませていく。
彼がその放送に反応したのは、『北泉高校』と言う知っている学校の名前が出たからだ。その学校は彼女が通っている高校なのだから、彼が間違うはずもない。
そして、彼は食い入るようにその番組を見るのだが、次第に顔が引きつって行く。
「いまだ行方不明となった、北泉高校の生徒117名と教師5名の行方はようとして知れません」
地元テレビ局の臨時アナウンサーが、興奮気味な慣れない口調でそのニュースを伝えている。途中からなので、そのニュースの全貌が全く見えない。
伸樹はザッピングを始める。彼の住む県は地方局がNHK以外に4局有り、それを全て確認していく。NHKのEテレ以外は全てこのニュースを行っていた。
そのニュースをザッピングによって理解するに付け、彼の顔色が悪くなっていく。
そのニュースは、北泉高校の生徒が毎年行っている、ゴールデンウイーク明けの周辺地区ボランティア清掃で、『泉の森公園』を清掃していたグループが突然消えてしまったと言うモノだった。
そのボランティア清掃は、縦の関係を築く意味も有って、学級番号毎に1年から3年の縦のグループに分けられており、その公園の清掃は3組が担当していた。
そして、午前11時過ぎ、突然その公園内の地面に、闇が広がり、外苑部に居た教頭以外の全員がその闇に飲まれて消えたのだという。
どう聞いても、映画の中のニュース映像のようだが、それは事実だった。
事件の全容を理解した伸樹は、彼女といまだに連絡を取り合っている元級友に彼女が巻き込まれたのか、無事なのかを確認しようと思い、電話の所へと行くが、彼女がまだ家に帰っていないで有ろう事に気づき、断念する。
それからの2時間は気もそぞろで、夕食も食わずに時間だけを何度も確認して過ごす。そして、夕方7時半に電話を掛ける。
彼の街は、町役場が町内の電話番号を纏めた電話帳を発行しており、彼が掛けようとしている相手は電気店の娘なので直ぐに電話番号は調べられた。
「もしもし、美由紀さんはご在宅でしょうか。私は中学時代の同級生の熊本伸樹です。いまニュースで流れている事で聞きたい事があるのですが・・・」
夜分、女の子の家への電話と言う事も有り、説明臭いセリフを一気に言うと、電話を受けた母親も理解して、「チョット待ってて」と言って娘と変わってくれる。
「熊本君、ニュースの件でしょ! 心配してくれたんだ。でもごめん、彼女の携帯繋がんないの、メールも返事来なくって、家電も何回か掛けたけど出なくって・・・」
彼女もかなり慌てているようで、逆に伸樹がいさめる事になった。そして、連絡が付いたら電話をくれる、と言う約束を取り付け電話を切る。
そして、8時にも臨時のニュースがテレビで放送され、その際公園内に設置された監視カメラの映像が初めて公開された。
「これはCGではありません。実際に起こった事です」
ニュースと言うよりもワイドショーの様相を見せる番組で、その監視カメラ映像を流しながらアナウンサーが、そんな注釈を入れる。
実際、それは単独でそれだけ見せられれば、大半の者がCGで作られたドラマや映画の一部だと判断するであろう映像だった。
コマ送り再生されるそのカラー映像には、突然画面下部に黒い円が発生し、それがあっと言う間に広がり、それが足下に達した生徒達がその黒い円の中に沈んでいく。
その黒い円は、穴では無く、まるで水や沼の様なモノで、そこに人が沈むように地面の位置で消えていく。
その番組を、伸樹だけで無く彼の両親と妹も息を呑んで見ている。その後、伸樹以外はそのニュースについて、色々と独自に考えを言ってワイワイと騒ぎ出すが、伸樹はただ黙って電話を待った。
待望の電話があったのは、翌日の早朝だった。
「ごめん、昨日のうちに確認出来たんだけど、遅い時間だったから・・・、あのね、彼女3組だって・・・消えちゃったって・・・」
伸樹は2分程電話を握ったまま微動だにしなかった。気がつけば電話は切れていて、ツーッツーッと言う音だけが聞こえていた。
そして、その日が彼の第二の分水嶺となった。
それから1月程の間、その『北泉高校生徒消滅事件』は世界レベルで報道され、監視カメラ映像はネットなどでも億を超える再生回数を瞬く間に記録する。
そして、ありとあらゆるジャンルの研究者がその場を調べたが、全く何も発見できず、地面を10メートル以上掘り返しても、遺体はおろか異常を示す物すら全く発見できなかった。
毎日のように、公園と行方不明者の家族の姿がテレビで流され、SF作家や評論家、宗教者などが好き勝手な事をコメントしている。
だが、そんな騒動も、2ヶ月目当たりを境に急激にテレビから消えていく。そして、半年経つ頃には関係者以外は全く口にする事も無くなった。
さらに、8ヶ月目に、地元大学のチームがその公園の調査をあきらめた時点で、自治体によってその公園は閉鎖される事になった。
これが映画等なら、どこからともなく来た科学者が『磁気異常』だの『空間の歪み』だのを発見して、それを開く装置を数日で組み立てるのだろうが、現実には無理な事だ。
その間、伸樹は何度となくこの公園に足を運んでいた。そして、自分に出来る事を探し続けていた。結果できた事と言えば、神頼みだけだ。
学校帰りは毎日違う道を通り、その沿線沿いの神社仏閣、地蔵尊にすら彼女の無事と帰還を願った。
FBI超能力捜査官を名乗る外国人が出演する番組でも、それによって何らかのヒントが見つからないかと、食い入るように彼らの言葉を聞いた。無論得るモノなど何も無かった。
元々、高校に入ってからは、同級生との付き合いはあまり良くない方だったが、この事件以来完全に没交渉状態となる。
彼の頭の中は、彼女の事しか無い状態なので、一般の付き合いなど出来ようはずがなかった。そんな中でも学校へ通い、最低限の成績を維持していたのは、それ以外に出来る事がなかったからだ。
そして、伸樹の望みと裏腹に、捜査はドンドンと縮小され、科学捜査に全くの希望が無い事が誰の目にも明らかとなってきた。
通常であれば、大抵の者はこの段階であきらめ、悲しみを背負ったまま時の力でそれから『立ち直る』と言う名の『忘却』によって次に進むのだが、彼はそれが出来ない。
故に、彼女を求め続ける。そして、科学の力がおよばず、自分の能力的に間違ってもマッドサイエンティストになどなれない事を理解している彼は、超常の方法に頼る選択をする。
それは、今までのような神頼み的な他力を頼むのでは無く、自力で対処出来る方法を手に入れると言う事だった。
この消失事件は普通の事件では無い。超常現象と呼ばれる現象である。となれば、それには超常の力で当たるしか無い、と言う論法だ。
超科学の力は手に入らない事は断言できるが、超常の力は『絶対に無理』とはまだ分からない。故に可能性は有ると考えた。当然限りなくゼロに近い事も理解している。
だが、可能性が完全なゼロで無いのなら試す価値がある。伸樹はそう判断して、一般社会の階段を全力で踏み外した。
伸樹が最初に試したのは、超能力だ。超能力入門の様な小学生向けの本から、一見最もらしく書かれた大人向けの本に書かれた事を実戦し、超能力を求めた。
集中力が身に付くと言う、水の入ったコップを頭の上にのせて零さないように歩く事を続け、『透視能力』を身につけると言う、ESPカードのマーク当てを繰り返す。
更に、水滴を額に落とし続けたり、コップに浮かべた1円玉を念動で動かそうと唸り続ける。それ以外にも、それらの本に書かれている事を何ヶ月にも渡って続ける。
家族もその様子に気づき、心配するが、彼はそれを無視して続けていく。1年も経つと両親もあきらめ、妹も関わらないようになってくる。
両親は、最低限学校は休まず通い、平均点以上の点数を取る事を条件に出し、伸樹はそれを守った。
両親的には、学校に通って勉強をしていれば、やがて変な病気も無くなるだろうと考えての条件だったが、伸樹には効果が無かった。
その一年の間、伸樹はピラミッドパワーや、パワースポットにも手を出していたが、当然のように糸クズすら動かせる念動力も手に入っていない。
そんな中、進学の時期が訪れ、両親のたっての願いで専門学校へと通う事になる。そこらにごまんとある情報処理系の専門学校だ。
そして、県庁所在地にあるその専門学校へ試験を受けに行った帰り、通りがかった古本屋へと立ち寄る。ソレ系の本を物色するが見当たらず外に出たが、外に置いてある投げ売りの棚に気付きそちらも見てみる事にした。
そして、伸樹はその本と出会うとこになった。その本の題名は『密教的念力入門』。彼は密教は知っていたが、そっちはまだ試していなかった。あまりに宗教臭くて忌避していたのだ。
だが、その題名に『念力』が付いている事で、興味を持ち中を確認する。
その本の概要は、『密教』とは、超能力と呼ばれる超常の力を人が習得する為の方法を、体系的に纏めたモノであり、それを実践する事で超常の力を得られると言うものだった。
そして、この本には、チャクラに準じた段階的な能力開発方法が密教的に書かれてあった。手印・マントラ・九字による訓練方法がだ。
見るからに胡散臭い本だ。伸樹も当然そう判断したが、現状の訓練に限界を感じていたのも事実だった為、50円という価格も有り購入して帰った。
そして、しばらくの後、彼は周囲の者から『宗教に狂った』と言われ出す。進学して家を出るまでの間、部屋で毎日のように九字を切り、マントラを唱えたのだからそんな風に言われるのは仕方ないだろう。
彼は、有る意味その本に賭ける事にした。なぜなら、その本に書かれた各チャクラごとの力の説明に、最後のチャクラ『サハスラーラ』は時空間を操る力を得られる、と書かれてあった。
釈迦、キリスト、ムハンマドはこのチャクラを開眼した者で、神に準じる力を手に入れたのだ、とこの本は謳っている。
彼は神のごとき力など求めていない。しかし、時空間を操る力があれば、あの日あの時に戻って彼女を救えるのでは無いか、と考えたのだ。
あの闇に飲まれた彼女たちが、どう成ったかは不明だ。タイムスリップや次元転移ならば生きている可能性は有る。だが、次元の狭間にはまったり、あれ自体が致命的なモノで有ればどうしようもない。そして、その確率の方が遙かに高い事も間違いなかった。
故に、一番確実に彼女救う手立ては『時間跳躍』と言う事になる。それが出来さえすれば、あの瞬間死亡する様なモノで有っても助けられる。
だから、独鈷杵を握り九字をきり、マントラを唱えながら手印を結ぶ。
臨・兵・闘・者・皆・陣・裂・在・前
オームバサラサバトアク
オームアサトーマーサッドガマヤ
実家を出て、アパート暮らしになっても、学校以外の時間は全てこれらに費やした。以前の超能力開発訓練も平行してやっている。
しばらくして、30キロ程離れた山中に、密教系の別院跡が有りそこにお滝場が有る事を知ると、土日はそこに滝に打たれに行く。
明らかに普通とは思えない行動だ。だが、伸樹はその事は理解している。だが、ワラにもすがると言う気持ちだ。それ以外に講じる手を思いつかないからだ。
そして、あの消滅から2年を経ても、彼の中の気持ちが全く変わらない。ならば、そのワラに力一杯すがるしか無い訳だ。そして、彼はそのワラにすがり付いてすがり付きまくり、終いには縄を編んだ。
彼女が消えて3年目を目前としたその日、彼はお滝場で滝行中、下半身から強烈な熱を感じて意識を失った。
そして、低体温ギリギリで覚醒した彼の目には、股間の位置に渦巻く光が見えた。彼はついに、第一のチャクラ、『ムーラーダーラ・チャクラ』を開眼していた。
だが、『密教的念力入門』に書かれていた『ムーラーダーラ・チャクラ』開眼後の能力、『地球の回転を認識できる空間把握力』は全く感じられなかった。
数日にわたって色々試すが、全く感知出来なかった。だが、試しに、と行った『念動力』が呆気なく成功し、次いで有る意味『透視能力』と呼んでも良い力もある事が分かる。
ただ、『念動力』はビー玉を浮かす事が限界というレベルの力だった。しかもゆっくりと動かすのが精々だ。
『透視能力』モドキは実際はレーダーやCTスキャンなどに似た力で、一定範囲に有る物体の形状を認識できる能力と言えるモノで、実質『空間把握能力』と呼んでも良いかもしれない。
いわゆる『透視能力』との違いは、天上と空で例えられる。『透視能力』なら、天上を透かしてその先の空が見える。
だが、伸樹の力は、屋根の上までが範囲だとしたら、範囲内の屋根の上の瓦は認識出来ても、その位置から上方にある範囲外の空は全く認識出来ない。つまり見えない。
故に、全く別の能力と言う事になる。本に書いて有ったように、地球規模での『空間把握』は出来なかったが、半径1メートル範囲の『空間把握』は可能だった事になる。
つまり、あの本は完全な嘘では無かったと言う事だ。
その後、更にありとあらゆる超能力と呼ばれる力を試す。テレポート、未来予知、過去視、発火能力、サイコメトリー、エネルギー衝撃波、物体透過等々。
しかし、全く使えない事が分かる。ただ、数日後、ふと思う事が有り、身体は無理でも小さな物体なら出来るのでは、と考えビー玉をテレポートさせると呆気なく成功する事になる。
念のため他の能力も、小規模に限定して試すが、それは全て失敗に終わった。
彼がこの時点で手に入れた力は、ビー玉を浮かすのがやっとな『念動力』、ピンポン球サイズを転移させるのがやっとな『テレポート』、半径1メートル内が認識出来る『透視能力』モドキ、チャクラから流れ出るエネルギーや生体エネルギーである『オーラを見る力』となる。
伸樹はそれまで以上にのめり込む。
そして、7月の半ばには、第2のチャクラ『スワーディシュターナ・チャクラ』の開眼に至った。
だが、本に書かれていた『肉体的な力の解放』は全く実感出来ず、ただ、『空間把握力』の認識範囲が倍の2メートルになり、『念動力』の動かせる重さが4倍程に、テレポーの可能体積が4倍になっただけだった。
そもそもが、肉体的な力に関するモノは、他の本では『ムーラーダーラ』に位置づけられていのケースが多く、伸樹も元々懐疑的だったのだが、これでこの本の信憑性がかなり落ちてしまう事になった。
つまり、最終的な『時空間を操る力』が嘘で有る可能性だ。だが、チャクラは確実に開眼し、微妙な力ながら、超能力と呼べる力は手に入っている。完全なデタラメ本では無い。
希望と絶望の狭間で揺れる彼は、あの公園へ行く。周囲を金網のフェンスで囲まれ、立ち入り禁止のプレートが貼られているが、奥まった一角にそのフェンスが破れている場所があるのを彼は知っている。
その破れたフェンスをくぐり、草が生い茂り3年前の面影が全く無い元公園へと入って行く。そして、あの黒い闇が広がった中心点と思われる所まで移動し、そこにあるコンクリート製のベンチに腰掛けた。
そして、自分の行為が全く無駄に終わる可能性を、原点とも言えるこの場所で考える。無駄と知っても、どのみち他に手は無いのは間違いない。
なまじ第一のチャクラ開眼で希望が大きくなったせいで、今回の絶望感が大きいだけで、その前から考えれば可能性は遙かに高くなっている。そんな風に自分に言い聞かせる。
そして、自分の心を奮い立たす為に、2つのチャクラを全開で回す。チャクラは光の渦で有り門でもある。それぞれ違う次元に繋がり、次元差によるエネルギーを門を通して導き出す事が出来る。
そのエネルギーの一部が、超能力的な力となり使えている。それが彼が実感として得たチャクラの力というモノだ。
全開に解放された、2つのチャクラから漏れた2種類のエネルギーは、彼の元々のオーラと混ざり合って身体を取り巻き、身体の周囲に纏わり付き、揺らめいている。
そんなオーラを視ながら考えに浸っていた彼だったが、そのオーラの一部が身体から流れ出している事に気付いた。
そちらを見ると、斜め後方の地面へと吸い込まれるように消えていっている。肉眼だけでは何も見えないが、オーラの流れでそこに指一本分程の穴があるのが分かった。
伸樹の鼓動が早鐘を打つ。彼は、その穴があの闇と関わりがあると判断した。いや、決めつけた。で有って欲しいと祈った。
そして、その穴に指を入れるが、わずかな感覚があるだけで、指はそのまま地面に当たる。その行為を何度も繰り返すと、感じている感覚が指先が感じているのでは無く、指が纏っているオーラから感じている事に気付く。
つまり、この穴は肉体には全く反応しないが、オーラには反応すると言う事だ。
で有れば、このオーラを使えばこの穴をこじ開けられるのでは無いか、彼はそう考えた。その穴の先が有るのか無いのかはこの際考えない。
そして、オーラを意識して制御する事を試すが、簡単には出来ない。結局過剰エネルギーで身体が熱を持ち、倒れるまでやったがコントロールに至らなかった。
そして、一旦あきらめて帰り、その日からオーラを制御する事を訓練していく。その訓練は1月ほどである程度の形になり、お盆を過ぎた18日に彼は再度あの公園へと行く。
もしもの事を考えて、部屋の片付けも全て終わらせ、簡単な遺書も書いておいた。あの穴を開けた場合どう成るか全く分からない。死ぬ可能性も有る。だが彼は試さずにはいられなかった。
そして、全開に解放された2つのチャクラからあふれるオーラを纏め上げ、薄く濃く圧縮されたそれを指先に纏い、穴へと差し込む。
それは、以前とは全く違い、実際の穴へ指を差し込んだ位の感覚があった。その感覚を指先に感じながら、深呼吸の後、他の部分に纏ったオーラを一気に穴に放り込んだ指へと集めた。
その瞬間、その穴が肉眼で分かるレベルで広がり、一気に半径20メートルまで拡大する。伸樹はその闇に足から沈んで消えた。
広がった闇は、20秒程その大きさでとどまっていたが、急激に小さくなり、そして消えた。