来訪者
「ほらほら、注いでよ」
「かしこまりました、ドレッド”さん”」
自由行動とは言ったもののカナタとドレッドが情報収集を行いメイが食材を購入していたということもあってパーテイに有益である行動をしたかしていないかが問われる暗黙の流れになった為、化粧品と女子会に時間を費やしたアリサとイースは不本意ながらも只今給仕に真っ最中である。
アリサは一人ぶつぶつと言いながら食後の洗い物をしイースはドレッドの酒を引き攣った笑顔で注いでいる。
「あれ?何か怒ってるの?ん?」
「いえいえ、とんでもございません」
いじわるそうに話すドレッドにイースは依然表情を変えないまま返事をした。
メイはアリサの手伝いをしようと傍に寄るもドレッドに制されオロオロと立って座ってを繰り返していたが結局座った、しかし玄関のドアをノックする音が聞こえた瞬間勢いよく立ち上がった。
「私が出ます!」
そう言った彼女は早歩きでドア前まで行きドアを開けた、日も十分落ちているので表情まではわからないがそこに立っていたのは若くメガネをかけた長身の男性であった。
「夜分にすみません、少しお聞きしたいのですがこちらにカナタさんという方はおられますか?」
「え、えぇ」
彼の質問に答えた彼女は部屋の中にいるカナタに来客を知らせた。カナタはドレッドが持ち帰った地図から玄関のドアに視線を移しそれから立ち上がった。
(夜遅くの来訪者とは一体?)
そのような疑問を持ちながらメイと入れ替わるようにその男性の前に立つ。
そこにいたのは元の世界でタツヤと同じく仲の良い友人の一人、ミチタカ、愛称ミッチーだった。
「ほらほら、ミッチーにもちゃんと注いであげなよ」
ミチタカの訪問を喜ぶカナタは他のメンバーにも彼を紹介した、その際酔っぱらったドレッドが彼を自分の傍の席に座らせイースに先ほどと同じように酒を注ぐよう促した。彼女はすでに返事もろくにせずミチタカのグラスに酒を注ぎ「ごゆっくりどうぞ」と一声付け加えた。
「あ、ありがとうございます」
何故自分がこのような状況にあるのか、ミチタカは自分の不運に嘆く。明らかに不機嫌な女性とそれに気づいているのかわからないがその彼女を顎で使う男性、それに挟まれる自分。女性が酒の入った瓶を机にドンと叩き付けるように置いたことで更に雰囲気は悪化する。
「あんたいい加減にしなさいよね、悪かったって謝ってるでしょ!?」
「おーおー、何怒ってるの?」
にやりとした表情で鼻で笑った彼にイースの怒りは有頂天になる。
ブラックポケットに手を突っ込んだ彼女は戦闘時に使う愛用の杖を取り出した。
「私を馬鹿にしたことを悔やませてやるから!」
途端にアリサが彼女を抑えにかかり、イースの行動に事態が予想以上に悪化していることに気付いたドレッドは顔を青くした。
目を見開き前衛職のアリサでも抑えきれない力で振りほどこうとするイースに対しドレッドが取った行動はその場からの逃走であった。
「イースさん落ち着いて!」
「離しなさいアリサ!」
その二人の傍をドレッドは猫のような機敏な動きで玄関まで直行、ドアを開け屋外に逃げ出す。
「逃げるんじゃないわよ!アリサどいて!」
その未曾有の力の前にアリサの腕力が屈した、その隙にイースは玄関に走りドアを勢いよく開いて夜の町に逃げたドレッドを追いかけて行った。
「ごめんね、あの二人のことは放っておいて大丈夫だから」
先ほどのドタバタをあまり気にしていない友人を見てミチタカは彼のことが心配になる、どう考えてもあれで大丈夫な訳ないだろう、明らかに彼の傍にいる自分を出迎えてくれた女性は怯えているし先ほど怒りをあらわにしていた女性を抑えていた彼女も項垂れている。その中で何故この友人だけはいつも通りなのか。
「カナちゃん、ちょっと変わった、よね?」
「そう?」
「うん、強くなったというか図太くなったというか」
「さっきのは慣れだよ、慣れ」
そう言って彼はまた笑った。
「そんなことより何故僕がここにいることを知ってたの?」
カナタはそれがすごく気になっていた。
「あれ?たっちゃんから何も聞いてないの?」
「いや、何も」
「ちゃんと話してくれてると思ったのになぁ」
「ていうかたっちゃんと出会ってるの!?」
「最初にこの世界であったのは一年位前かな?頻繁には会えないけどこの前のイベントの時は結構一緒にいたよ?」
「…たっちゃん、先に言ってよ」
カナタは椅子にもたれ掛かった、わざわざ隠す必要もないのに。
「まぁまぁ、たっちゃんも悪気があった訳じゃないと思うよ。たぶん驚かせようと思ったんじゃないかな?」
「そういうことにしとく」
はぁとカナタは溜息をついた。
いつもは自分よりももっと大人っぽいカナタが子供のように返事する姿を見たアリサは少しミチタカのことを羨ましく思った、付き合いが長いと心を許せる範囲も愚痴の言える範囲もこれほど違うのかと。
そんなこと当然なのだがそれでもアリサはおもしろくなくそんなことを考えてしまう自分が嫌になる。
別にカナタは自分のものではないのに、この一か月半で彼のことをものすごく意識するようになった。
自然と視線に入る、最初は無意識だと思っていたが今ではこの気持ちに気付いて以来意識しないなんてことはできなくなっていた。
メイが気を利かせて入れてくれた熱いお茶に息を吹きかけながらアリサはカナタとミチタカの談笑を羨ましく思いながら聞くことにした。
夜の町にはドレッドさんの悲鳴が