タツヤの世界
自由行動をとることになったカナタ達、メイが足早に去った後続いてアリサとイースが彼女を追いかけるようにその場を離れた。残されたカナタとドレッドはお互いの目的を伝えてからそれぞれの目的地に歩き始めた。
ドレッドは大通りをのんびり歩きながら道の両端を占める店舗の中を物色する。彼の目的はこの町周辺の『地図』、できればもっと広範囲、つまりこの世界の全てがわかる地図がほしいところだがひとまずはこの町の周囲にどのような山や川があり次の町へはどれほどの距離があるのか、そうした面が詳しくわかればわかるほどいいに越したことはない。
オリウスでは地図を売っている店もなくあの大規模パーティの主催者から譲りうけた簡素な作りの地図しかこの世界では見たことがない。
(もしやこの世界に地図がないのではないか?)
頭の中を過ぎるそんなあり得ない疑問に自問自答しながら大通りを進む。
それにしてもこの町の活気はすごい、面積がオリウスの何倍もあることから当然住む人も何倍になるのだろうが大通りは沢山の人々でごった返している。
販売されている商品も豊富で服、鞄、靴などから魚、野菜、肉などの食料品、冒険者相手の武器や防具、鍛冶屋もあれば薬や家具、貸し馬などありとあらゆるものが売買されている。
これだけ店があるなら目当ての地図を手に入れるのもそんなに難しくはないだろう、ドレッドは観光気分で地図を探し続けたが路地裏の地図販売店を見つけたのは夕暮れ間近だった。
「昨日はありがとうございました、アレックスさん」
「いえいえ、タツヤさんのお願いでしたから」
ドレッドと別れたカナタは都市中心部に何棟か立つ各ギルドの集会所の内の一つ、タツヤが加入しているギルド『sts』を訪れた。門番をしていた屈強な男性に取り次ぎをお願いすると彼はドアを開けカナタを招く、建物は三階建てでいびつな赤レンガを重ねその間を石灰岩のつなぎで固めている、窓枠はあるがガラスはなく木製の蓋と取手が窓の役割をしてそれが各階の部屋があるであろうと思われるところに点在していた。
建物の中は日中なのに光が入るところが少ない為か暗く感じる、もっと窓の数を増やせばいいのにとカナタは思ったがもしかしたら建築上の構造の問題でもあるのかもしれない、そう思うと元の世界の建物の進歩はすごいものだと改めて思った。
一階から三階までは大きな吹き抜けがありその傍を二つの階段が人の行き来を可能にしている、カナタはその吹き抜けを横目に一階の奥にある小部屋に通された。
部屋の中は四畳程で木製の机と椅子が四つ、正面と右手側に窓があり取手によって木製の蓋が開けれている、そこからは光と鍛冶屋で何か鉄のようなものを叩いている音が聞こえた、この場所から鍛冶屋までは近いのかもしれない。
「今呼んできますのでお待ちください」
屈強な男はそう言うと部屋を後にしカナタは一人になった、少し息を吐いてリラックスすし案外緊張している自分に苦笑した。
これから会う人物はタツヤではなくカナタ達がこの町に着いた時に迎えてくれた人物でアレックスと名乗る人物である。彼は猫耳の着いた茶色のパーカーを被った一見変わった人物だがタツヤからの好意でこの町の拠点となる五人用の部屋まで案内してくれたり、カナタから幾らか質問を行いたいという申し出に明るく答えてくれたりとすごく『いい人』なのだ。ちなみにパーカーはレア防具であるらしく本人はお気に入りだと昨日教えてくれた。
この部屋に通されて鍛冶屋らしきところからの音を聞きながら待っていると廊下を歩く足音が聞こえる、その足音はカナタのいる部屋の前までくると止まりドアをノックした。
「お邪魔します」
そういうと猫耳のついたパーカーを着た彼、アレックスはお盆に載せた料理と共に現れた。
「もう昼時ですので食事でもどうですか?」
この好意はとてもありがたくカナタは笑顔で答えた。
昨日の御礼を述べた後二人は食事をとり始める、色々な種類のパンがバケットに入っておりそれに加えてスープが出された。
「すいません、質素で」
「いえいえ、十分です!」
急に謝られ少し困惑しながらカナタは首を横に何度も振った。
このパンはギルドメンバーで作ったものらしく店頭販売も行いながらギルド資金の足しにしているらしい、まるで会社のようではあるが「戦うことを嫌うメンバーもこのようなことなら自分から進んでしてくれるのですよ」と彼は言う。
この世界では戦うことしかないと思っていたが人が集まればこういったこともできるのかとカナタは感心しながらもアレックスがあまりうれしそうに喋らないところを見ると他意があるように感じてしまう。
「戦うことが嫌な人は、多いのですか?」
「えぇ、戦うことが好きな人ばかりが集まったギルドではないのですよ。最初はそうでしたが大きくなればなるほどその傘の中に入ろうとする人は増えていくのです」
例えば百人いれば一人くらい戦わなくても問題がないと言うものだろうか。
「中には小さな子供いますよ、小学生くらいの子とかね。だから無理に戦えとは言えませんし成人が多い訳ですから小さな子は護ってあげなくてはならない。だけど二年経ってもこの世界に適応できない成人もかなりいますので結局ポジティブというか優しいというか、そういう人たちがこのギルドを支えているのです」
カナタにだってそれくらいはわかる、それでもアレックスの顔を見ているとかなり深刻な状態だと思ってしまう。
「一体stsのギルドメンバーは何人くらいおられるのですか?」
「…六千です、約ですが」
へっ、とカナタの口から洩れる。
「この世界のギルドは約38ギルドあります。その加入メンバーをすべて合わせると18000人ほどになりますがその中で一番大きくて一番問題を抱えているのはこのstsというわけです」
彼は続ける。
「ギルドマスターの名前は『ワイノス』、心優しいいい人なのですがそれが問題でして来る者は拒まないというか拒めないのですよ。どんな人物であろうと彼はギルドに受け入れていきました。結果が今です。いつ崩壊してもおかしくないくらいの空中分解間近のはりぼてギルドになってしまいました」
「最初は数名でしたが今では名だたるメンバーが揃っていたこともあってあちこちの難関ダンジョンを突破していきました。結果彼のパーティに入りたいと申し出る者が後を絶たないのでギルドを創設したのです。付き合いの長いメンバーを幹部として彼らを各パーティのリーダーとして任命しました。すると幹部たちは『sts』の名の元に各自のパーティ増強を行い始めました。それが悪いことではありませんが元々は友達ギルドみたなものでしたから同じギルドにいながら別々のギルドにいるかのように幹部達はワイノスとの付き合いを減らしていきました」
「ワイノスは彼らがギルドメンバーを増やしていくことに反対はしませんでした。賛成をしていたかはわかりませんが。今ではワイノスを慕うグループとそれ以外の大きな五つのグループに分かれてしまった訳です。」
彼はそこまで喋るとお茶を啜りふぅと一息ついた。
「もう少し喋っても宜しいですか?」
カナタは頷く。
「タツヤさんがカナタさんに会えないのは先日のイベント『オーク掃討戦』のアイテム分配に関わっているからです。」
『オーク掃討戦』はカナタ達が巻き込まれかけた大規模イベントだ、下限レベル30代のオークを何日にも渡って討伐することらしいがそもそもの目的をカナタは知らない。
「イベントはオークキングを討伐できることができましたので二十日で終わりました。本来ならダゼット山の地下深くにいるオークキングを倒すことなどかなり大規模なパーティ編成と連携が必要なのですが今回その立役者となったのがタツヤさんなのです」
彼はうれしそう喋る。
「本来タツヤさんはこのようなイベントはギルド内部、外部のギスギスがあって嫌がられるのですがイベント二日前、ダゼット山麓に作ったイベント対策本部に現れてワイノスに『俺に先陣をきらせてくれ』とお願いしたのです。その場にいた幹部はポカーンとして口を開けていました」
その光景がおもしろくて、とアレックスは一人でくすくす笑った。
「ワイノスは笑いながらタツヤさんのお願いを承諾しました。幹部達からは反論がありましたが『アイテム分配は戦闘後話し合って決める』ということでその場は収束しました。」
「なんでワイノスさんはたっちゃんのお願いを聞いたのですか?」
カナタは不思議に思った、たった一人の”お願い”を優先することは他のメンバーにいいこととしては受け取られないと考えられるからだ。
「タツヤさんはワイノスの最初のパーティメンバーらしいです」
アレックス懐かしいことのように話した。
「タツヤさんは戦士でワイノスは聖職者で、メンバーがどれほど増えようと二人の立ち位置は変わらなかったそうです。他のメンバーが幹部となり自分のパーティを作ってもタツヤさんはワイノスとずっと一緒で時折変な噂も流れてましたよ」
カナタは思い切りむせた。
「普通に考えれば友達だとすぐわかると思うのですけど、他の幹部が流した噂かもしれません。タツヤさんの存在はこのギルドではかなり大きく本人が思っている以上に一言一句が幹部やギルドメンバーを左右しています、なんといってもギルマスの懐刀みたいなもですから。ですからタツヤさんが今回のイベントで自分の方向性を自ら決めたことでパーティ編成は二日間で慌ただしく変更されました」
「普段おとなしいタツヤさんが急に乗り気になったことでワイノス派の人間は大いに盛り上がりました。五人の幹部もタツヤさんの本心がわからない上その実力と彼のバックにいる”タツヤ派”を警戒しておとなしくなりました、結果久々にギルド一丸となってイベントに望めたという訳です」
カナタはタツヤがこの世界でも慕われていることに自分ごとのようにうれしく思った、そんな人物と友人であることを誇らしく感じる。
「タツヤさんはそのせいでアイテム分配の話し合いから出てこれなくってしまった訳です、本来ならワイノスと五人の幹部でなんだかんだ一日もあれば終わるのですが今回は一週間近く揉めているようですよ。オークキングを倒したことでドロップアイテムが数千個レベルで増えたことやレア6の武器が出たことも問題になっているそうですが」
話は逸れるが武器や防具アクセサリーにはレア(希少)度が設定されている、レア度が高いほど各ステータスアップや自己強化魔法の永続化、所持者の覚醒など様々な恩恵が与えられる。
レア1から3までは店頭で買うことができ4、5は神域やイベントでの報酬、6は現在今回見つかったものを含めて4つしか確認されておらず話し合いが長続きしているのは当然であると言える。
「私個人としては今回久しぶりに楽しそうなタツヤさんを見れただけでも十分うれしいのですがこのギルドがこれほど盛り上がったことも含めてカナタさんに御礼が言いたいのです」
カナタは意味がわからなかった、何故自分が御礼を言われるのか。
「アレックスさん、僕は何もしてませんよ?御礼を言われる理由も思い当りませんし」
「あなたがタツヤさんと出会ってくれたおかげなのです、だってタツヤさんがイベントに乗り気になったのは『あなたを早くアプシルに招く為』ですから」
彼はそう言ってにこっと笑った。
王都【マグニス】。
アプシルの五倍ほどの面積を持つこの大陸最大の都市。
大陸のほぼ中心に存在し大陸の物流はすべてこのマグニスに集約、拡散する。
北には唯一冒険者が走破できないフレイヤ山と”神域”があり各ギルドの本部はこのマグニスに存在する。
その中の一つ『sts』本館ではただ今ギルマスと幹部を含めた二十一人によるアイテム分配の話し合いが行われていた。
(帰りたい)
話し合いの中にいる幹部の一人【ギルド管理部特務】”タツヤ”は欠伸しながら思った。
もう一週間この話し合いは続いている、彼はアイテムにそれほど興味はなくさっさとアプシルに戻ってカナタ達と酒を飲みながら色々話をしたいのだ、積もり積もった話があるのにここの”奴ら”はそれをさせてくれそうにない。
数千個のアイテム分配はほぼ終わっている、残るは今回発見されたレア6武器【破城鎚キャッスルシェイカー】を誰に与えるかという点だ。
今回のイベントは他のギルドも参加した、stsに続き規模の大きい【ゴールドクラウン】と【イレギュラーズ・コア】、少数精鋭の【ホワイトローズ】【アナザースカイ】などこの世界の有名ギルドがこぞって参加したが各ギルド目当てのレア6武器はstsのギルド報酬となった。
イベントに参加する方法は各ギルドか個人で登録することになっておりマグニスの政府からイベント告知が行われる、この政府というものを冒険者のほとんどは把握しておらず悪魔で”マグニスからの依頼”として処理される。レアアイテムは一部を除き強いモンスターからほどレア度の高いアイテムがドロップしイベント終了後にギルドボックス宛に送付される、それと同時にドロップアイテムの詳細がマグニス政府から各ギルドへ書状が届けられる。あとはギルド内で分配されるのだが人数によって当然アイテムは増える為六千名を超えるstsでは数千個のアイテムでギルドボックスは酷い状態になっていた。
「とりあえず今日はおしまい、明日にしましょう」
彼はワイノス、白に金の縁取りがされたオーブ【白光聖套ミエリーシャイン】を着ておりその表情はにこやかだ。男性だが髪は長く肩にかかるほどでピアスがその隙間から輝く。
「また明日にするのかワイノス?今日決めたほうがいいだろ」
「確かにね、もう一週間よ、長すぎ」
「そうなんだけどどうやったって決まらないし、それとも僕が勝手に決めていいの?」
「「ダメ!!」」
「もうくじ引きでいいんじゃないの?」
「そうやねぇ」
「あみだくじでいいんじゃない?」
「いや、成果で判断したほうがいいだろ。頑張った奴損するじゃないか」
「じゃあ誰が頑張って誰が頑張ってないのよ?作戦で動いてるんだから成果は関係ないでしょ」
「パーティ間で差はあると思うけれど?出来るやつと出来ないやつでさ」
「それウチに向かって言ってるの?」
興味のある幹部とない幹部の差が激しく話し合いは終着点を見いだせなくなっていた。
タツヤは思い切り溜息をついた、まだまだアプシルへは帰れそうになく彼は机に突っ伏する。
その日も夜遅くまでstsの本館から灯りが消えることはなかった。
こんかいはちょうぶんになった




