勅使河原さんと過去のうわさ
「まよー。」
「まよさーん。」
声が、する。
「つなまよー。」
「ぽてまよー。」
「めんたいこー。」
「もうまよ入ってないね。」
「からしれんこんー。」
「もう何も関係ないね。」
「くまもん。」
「え。亜美何それ。」
「え。何か名物で、
からしれんこんから繋げて。
熊本はうちの
お父さんの田舎だから。」
「へー。」
「本当にもう何も関係ないね。」
……
私は、目を開けた。
「わ。まよ。超白目。」
「こわい。」
「おはよぅまよ。」
私は、すぐ近くでこちらの顔を
のぞき込んでいる友人達、
理佐・れいな・渚・亜美の4人を
見た。そして。
「……おはよぅ。」
そう答えて、
テーブルに突っ伏していた
上半身を起こした。
ここは高校の学食。
一番奥の、いつも
みんなで座るテーブル。
食事を終えた後の食器類が
隅によせられ、
代わりに教科書やノートが一杯に
広げられている。
「もう昼休み終わっちゃうよ?」
「まよ余裕じゃん。」
れいなと渚が単語帳をめくる手を
止めずに笑った。
そう。
今は中間テスト期間。
次の時間は英語のテストだ。
私達はここで昼食をとった後、
そのまま
テスト勉強をしていたのだ。
でも。
私は手元にいちおう開いていた
教科書に目を落とした。
テスト全然余裕じゃなかった。
でも。
でも今は、
どうしてもみんなのように、
テスト勉強する気になることが
出来ないでいた。
「具合悪いの?」
理佐が綺麗な顔をくもらせながら
こちらの額に手を当ててきた。
「ちがうよ、大丈夫。」
私はあわてて取りつくろうように
笑ってみせた。
でも。
……
「こわいんだよ、あのひと。」
私は勅使河原さんのことを
そう言って笑った、
北方先輩のことをまた
思い出してしまっていた。
北方先輩は勅使河原さんと同じ、
2年3組の男子。
それだけじゃなくて出身中学も
一緒と言っていた。
でも。
(『好きでしょ、わかる。
勅使河原さんて背高いし
顔いいし大人っぽいしね、
無愛想だけど。
でもね、
大人っぽいのは当たり前だよ。
だってあの人、
去年1年不登校で留年してる。』
『それどころか中学の時、
超不良ですごい荒れてて
色々事件を起こしたんだけど、
親が地元の有力者で
それ全部もみ消してたよ。
この学校だって
本当なら退学になるところを、
やっぱり親の力で
留年で済ませたらしいし。
だから。』
『こわいんだよ、あのひと。』)
昨日。北方先輩が、
どうしてあんな話を私にしたのか判らない。でも。
昨日はそれから夕方、
バイトがあったのだけれど、
北方先輩の話が気になって、
勅使河原さんに
すごくギクシャクした態度しか
とれなくて、
全然話せないままになって
しまった。
そしてその上。
ちょうど翌日の今日から学校は
中間テスト期間に入ってしまい、
バイトもその間はお休みだから、
結局これから1週間、
勅使河原さんと会う機会が
持てなくなってしまっている。
……
私は目にうっすらと
涙がにじんでくるのを感じた。
昨日。北方先輩の話を聞く
ほんの少し前までは、
勅使河原さんとはお昼に一緒に
校舎の屋上で、
私の作ったホットドッグを食べて
過ごして、
すごく楽しくて幸せな気持ちで
いられていたのに。
今は、北方先輩の
勅使河原さんに対する
「こわいひと」という評価や、
過去の話の方を気にしてばかりに
なってしまっている。
それが悲しくて。
私はあくびを隠すふうに
見せかけて、
そっと涙を手の甲でぬぐった。
と。
「あのね?まよ?」
「はい。」
理佐に強い口調で呼びかけられて
私は思わず
姿勢を正して返事をした。
理佐は続けた。
「まよ、やっぱり何かあるよね。
もしも悩み事なら、
話して楽になりそうなら、
今、話した方がいいよ。
じゃないと中間テストどころじゃ
ないと思う。」
「え。」「え。」
「うそ、ごめん。
テスト勉強で寝不足とかだと
思ってた。」
渚と亜美とれいなも
こちらを見た。
「理佐。」
私はまた、
目に涙が浮かんでくるのを
感じた。
「え。うそ。泣いてるの?」
「うそうそ、何だ、そんな
つらいなら早く相談しなよ。」
渚とれいなが慌てた。
「ダメだょ泣いたらー。」
亜美がもらい涙になってる。
「好きな人のこと?」
「う、うん。」
ずばりと指摘されて、
理佐は本当にするどいな、
と思った。そして。
「……じゃあ、いいのかな。
テスト勉強してるのに、
みんな、ごめんね。」
そう言って、みんなが
うなずくのを確かめてから、
私は話し始めた。
「……あのね。
昨日、私の好きなひと、
バイト先の先輩と同じ中学
だったっていうひとからね、
先輩のこと色々言われたの。
大人っぽいのは不登校で
1年留年してるからだとか。
中学の時、
超不良ですごい荒れてて
色々事件を起こしたんだけど、
親が地元の有力者で
それ全部もみ消してたとか。
あと、1年不登校したのも
本当なら退学になるところを、
やっぱり親の力で
留年で済ませたらしいとか。
それで、
先輩はこわいひとだよとかって
言われちゃって。
それから私も、
その話ばかりすごい気にする
ようになっちゃって。
バイトに行っても
全然先輩とうまく話せなくなって
そしたらちょうど
中間テストも始まっちゃって、
会えなくなっちゃって。
これからどうしたらいいか
わからなくて。つらくて。」
……
「まよ、あのね。」
理佐が口を開いた。
「はい。」
「まよはバイト先の先輩のこと、
何で好きになったの?」
「え。」
私が戸惑うと、理佐は続けた。
「前にその人の
見た目のこと言ってたけど。
『身長は185cm超。
無口だけど大人っぽくてクールで
かっこいい人。』
だから好きになったの?」
「ちがっ」
「うん。」
私が思わず首を横に振ると、
理佐はうなずき、再び続けた。
「そういうのは
初めから判ってたよね?
でも好きになったのはその後
だったよね?
好きになった決め手は見た目じゃ
なかったよね?」
「そうだよ。」
私は答えた。
思わず声が大きくなった。
私は続けた。
「そうだよ勅使河原さん、
仕事でフォローしてくれたり、
お客さんにからかわれた時も
助けてくれたり、
それに話したら優しかったり
ふざけたりして面白かったり。
あとこの前、
みんなに試食してもらった
ホットドッグ、
お昼に持っていったら
勅使河原さん自分で先に
用意していたお昼を食べずに、
私のホットドッグの方を
食べてくれた。
そう。私がいきなり勝手に
ホットドッグ持っていったのに、
迷惑がらずに食べてくれた。
そういうところなの。
好きだと思ったのは、
そういうところが良かったの。」
「うん。」
理佐はうなずいた。
「まよ、
何も知らないところから
そうやって先輩の良いところに
気付いて、
好きになっていったんだよね。
その同じ中学出身のひとの
話は話として、
でももっと色々直接
先輩と話したり聞いたりして
自分でも情報集めて、
それからどうするのか、
まだ好きでいられるのか
いられないのか、
判断してみても良いと思うよ。
だって、まよ、
まだバイト先の先輩と、
最近やっと少し話し出来るように
なったばかりでしょ。
まだまだこれからだよ。」
私は、はっとした。
理佐の言う通りだと思った。
私は、うなずいた。
渚もうなずいた。
「超不良とか、
本当ならちょっと嫌だけど、
ちゃんと確かめても良いよね。」
「そうだょ。」
亜美もうなずいた。
「まよが好きになった人なら、
大丈夫だょ。」
「えと。」
れいなが吹いた。
「それは、
根拠として弱すぎるかも。」
「えー。」
みんなで笑った。
そしてひとしきり笑った後。
「さ。まよ大丈夫かな。
じゃあもう少し、
頑張ってテスト勉強しよう。」
「うん。ありがと。みんな。」
理佐の言葉に私はうなずいて、
教科書を手に取った。
みんなに話せて良かった、
と思った。
それから。
……
中間テスト期間が、明けた。
1日目の午前中のテストは
全然駄目だったけれど、
その後は理佐やみんなのお陰で
少し挽回出来た
と思う。
そして今日からバイト再開だ。
スケジュールが普段と違うから、
いつもの放課後より
だいぶ早くお店に着いた。
私は改めてお店を見た。
電車通学途中の乗り継ぎ駅。
その駅前4階建てビルの1階にある
ファミリーレストラン。
そこが私のバイト先。
と。
お店の前に勅使河原さんがいた。まだ制服姿のまま、
こちらに背を向ける形で
しゃがみ込んで何かしている。
私は1週間ぶりの再会に、
胸が高鳴るのを感じた。
先週最後に会った時にはすごく
ギクシャクして全然話せなかった
けれど、
もう大丈夫。
私は勅使河原さんの背中に
声をかけた。
「勅使河原さん、
おはようございます。
何してるんですか?」
勅使河原さんは
振り返ってこちらを見た。
いつものぱっと見は
無表情に見える、整った顔。
勅使河原さんは体をずらして
自分の手元を見せてくれた。
見るとその右手には
小さなシャベルが握られ、
そして体の前にはプランターと、
袋に入った土。
幾つかの花の植わった黒い
ビニールポットが置いてあった。
「お花植えてるんですか?」
再びたずねると、
勅使河原さんはうなずいた。
私は改めて花を見た。
丸い葉っぱに囲まれた、
青や紫の小さな花が集まって、
玉のようになった花。
「アジサイですか?」
そうたずねると、
勅使河原さんはうなずいた。
確かにお店の前には
いつも季節のお花が植えられた
プランターが置かれていた。
でも。
「なんで勅使河原さんが
してるんですか?」
そうたずねると、
勅使河原さんは肩をすくめながら
答えた。
「店長が。
『中にナメクジがいたらと思うと
恐くて土に触れないから、
手伝って欲しい』らしい。」
「店長こわがりすぎ。」
私は笑った。
勅使河原さんは続けた。
「……今日は時間あったから。」
「ですよね。」
私はうなずいた。
「中間テスト明けだから。
そういえば勅使河原さん、
テストどうでした?」
勅使河原さんはこちらを見た。
それから。
眉をしかめて見せた。
普段から黙っていると少し恐く
見える顔がすごみを増す。
「勅使河原さんこわい。」
私は笑った。
と。
(こわいんだよ、あのひと。)
ふと、また、
北方先輩の言葉が思い出された。
(『好きでしょ、わかる。
勅使河原さんて背高いし
顔いいし大人っぽいしね、
無愛想だけど。
でもね、
大人っぽいのは当たり前だよ。
だってあの人、
去年1年不登校で留年してる。』
『それどころか中学の時、
超不良ですごい荒れてて
色々事件を起こしたんだけど、
親が地元の有力者で
それ全部もみ消してたよ。
この学校だって
本当なら退学になるところを、
やっぱり親の力で
留年で済ませたらしいし。
だから。』
『こわいんだよ、あのひと。』)
私は勅使河原さんの背中を見た。
私は勅使河原さんの昔のことも、他のことも
まだ全然何も知らない。でも。
思った。
(こわくても、
もっとそばにいたくなる。)
と。
(もっと勅使河原さんと
話したい、
もっと勅使河原さんのことを
知りたい。)
と。
だから。
私はまた、
勅使河原さんに声をかけた。
「私も手伝っていいですか?」
勅使河原さんはこちらを見た。
そして。
うなずいた。