勅使河原さんとの話題探し
高校。
4時間目、体育の授業の後。
更衣室で体操着から制服に
着替えていると、
ブラウスのボタンを留めながら
渚が声をかけてきた。
明るい色の髪をサイドアップに
した女子だ。
ちょっと色っぽい。
「まよ。じゃあ今日お昼、
よろしくお願いしまーす。」
「うん。こちらこそ
よろしくお願いします。」
「超楽しみ。」
後ろにいた亜美も、
スカートのファスナーを
上げながら言った。
背は私より10cm低くて
145cmだけど同じ髪型、
ショートボブの女子。可愛い。
「手作りとかすごい。
あ。デザートもある?」
「え。デザートは
ないですスミマセン。」
「えー。」
「まよ。」
れいなもセミロングの髪を
とかしながら声をかけてきた。
背の高い眼鏡女子。綺麗系。
「三上さんとは
学食で待ち合わせでいいの?」
三上さんとは理佐のことだ。
クラスは違うけれど、
同じ中学からの友達。
黒髪ロングの大人っぽい美人。
私は携帯を確認しながら答えた。
「うん。理佐ね、
『こっちの授業は自習で終わるの
早かったから、
先に行って席取ってる。』
って言ってる。」
「ん。判った。このまま行く?
あ、教室に荷物取りに戻る?」
「ううん大丈夫。
ここに持ってきてるから。」
そう言って私は、
ロッカーから取り出したバッグを
れいなに見せた。
いつも持ってきているのより、
ちょっと
大きめのトートバッグ。
「そっか。
ごちそうになります。」
「うん。あ。
ごちそうじゃないです。」
そう。実は今日のお昼、
私は理佐、れいな、渚、亜美の
友達4人に、
とある手作りメニューの試食を
お願いしていたのだ。
ある目的のために。
……
「あ。いた。」
学食に着くと、
奥のテーブルで理佐が
手を振っているのが見えた。
「お待たせ。」
「今日はよろしく。」
「あ。こちらこそだよ。」
「じゃあ、まよ早くー。」
「はーい。
じゃあ今日みんな有り難う。
お待たせしました。」
私は席に着いた4人が見守る中、
バッグから
大きなバスケットを取り出し、
ふたを開けた。
「へー。」
そこに入っていたのは
たくさんのホットドッグ。
軽くトーストしたロールパンに、
刻みキャベツとソーセージを
挟み、
1つ1つラッピングした
ホットドッグだった。
「いいじゃん。おいしそう。」
「ラッピング可愛い。
セロハン、
赤とか黄色とか可愛い。」
「写メとろ。」
「いいよ恥ずいよ。
早く食べてー。」
「はーい判った。
じゃあ、いただきます。」
4人はそれぞれ
ホットドッグを手にすると、
一斉に頬張った。
……
「どうかな?」
私はメモ帳を手にしながら
たずねた。
「一応冷めても大丈夫な
作り方意識したんだけど。」
れいなが首をかしげた。
「ん。なんか
普通のソーセージと違う?」
私はうなずいた。
「うん。魚肉だよ。
魚肉のソーセージ。」
「え。なんで魚肉?」
魚があまり好きじゃない
渚が眉をひそめた。
「普通の
ソーセージでよくない?」
私は首を横に振って見せた。
「ダメなの。
魚肉ソーセージじゃないと。
それが今回のメインだから。
ごめんね。
味的にもだめかな?」
「んー。別に味は平気だけど。」
理佐も答えた。
「私は好きな感じ。
魚肉ソーセージ良いと思う。」
「大丈夫かな?あ。
かかってるのは
ケチャップと洋がらしね。
あとパンの切れ込みには
トーストしてすぐ、
バターが塗ってあります。
そうするとパンがしっとりした
ままでいるから。」
亜美もうなずいた。
「うん。私もおいしいと思う。
キャベツ甘くておいしい。」
「よかった。
うん、あ。キャベツはね、
炒めるというより最初さっと
火を通したら、
すぐ弱火にしてフライパンに
フタして、
蒸す感じで仕上げました。
そうするとぱさぱさしないで
甘みも残せるから。」
私は4人に念をおしてたずねた。
「じゃあ、
別に味的に変じゃない?
他に何かない?
辛すぎない?じゃあいいかな。
よし。わかった有り難う。」
私はみんなの感想を書き留めた
メモ帳をバッグにしまった。
……
と。
「ねえ。」
と、
れいなが眼鏡越しに、
こちらを
のぞき込むようにして言った。
「まよさ、好きな人、
出来たでしょ。」
「え。」
私は固まった。
「え。」「え。」
渚と亜美もこちらを見た。
れいなは続けた。
「このホットドッグさ、
私達に試食させてOKなら、
好きな人に
食べさせるんでしょ。」
「そうなの?」
3人の視線がこちらに集中した。
……
確かに、勅使河原さんに
食べてもらうつもりはあった。
でも。
私は理佐を見た。
いつも色々
アドバイスをもらっているから。
そう。勅使河原さんのこと、
この3人にも
いつか言おうとは思っていた。
でも
もう少し勅使河原さんと
打ち解けてからにしようかなと、
タイミングで迷っていた。
けれど。
理佐は何も言わずに
肩をすくめてみせると、
静かにパックの紅茶を飲んだ。
私に任せ、
成り行きを見守っている感じだ。
だから。
……
(まよさ、好きな人、
出来たでしょ。)
改めてそう聞かれると緊張する。
でも。
初めは、
かっこいいけど、
少し恐いとも感じた人。
それから。
少し話せるようになって、
もっと話したく、
もっと知りたくなった人。
好き?好き。
そう。私は。
「うん。」
私は、うなずいた。
……
「えええー。」
3人の超大きな声に、
学食にいる人達が一斉に
こちらを見た。
「やっぱり。」
「えー誰、誰それ教えて。」
「あ。バイト先の先輩で」
「やだ写メとか見せて。」
「え。写メとかまだ
全然そんなの取れてないよ。
やっと
最近少し話せるようになって」
「ちょ。すごい見られてる。
落ち着いてー。」
……
その後。
「身長は185cm超。
無口だけど大人っぽくて
クールでかっこいい人。」
と
集中して聞かれた
外見について答えて、
後で必ず写メをとって見せると
3人と約束して、
やっとその場は収まった。
(同じ高校の先輩というのは、
すごい注目されてる今、
この学食内では言えなかった。)
そして。
……
「えー。じゃあさあ。」
亜美が理佐に聞いた。
「三上さん彼氏いる?」
「うん。」
「だよね。」
亜美が固まった。
「じゃあやっぱり今、
好きな人いないの私だけ?
れいなは
弓道部の須賀先輩だよね。
渚は藤村君だし。」
「「ちょ。ここでいうな。」」
れいなと渚が突っ込んだ。
亜美は気にせず続けた。
「えーどうしよう。
やばいやばいやばい。
何かあせる、
私も早く彼氏見つけたいよー。」
と。
「あせらなくていいよ。」
理佐がきっぱりと言った。
「ちゃんと好きと思って
付き合わないと、
後で辛くなっちゃうと思うよ。」
……
美人の理佐に、
真剣な眼差しで見つめられながら
言われると、
そうなんだと思ってしまう。
すごい説得力を感じる。
彼氏が少し年上で、
付き合う前も、
付き合い始めた今も色々
大変なことが
あると言っていたけれど、
そういうのが出るんだろうか。
「そっかー。だよねー。」
亜美も同じみたいだった。
素直にうなずいている。
と。
「まーとりあえず、
まずはまよだよね。
上手くいくの祈ってる。」
渚がおかわりのホットドッグを
手に取りながら笑った。
れいなも亜美もうなずいた。
「うまくいくとイイネ!」
私は嬉しくて胸が熱くなった。
「ありがとう。頑張るね。」
「ね。今度こそね。」
と。
理佐もそこで、
にっこりと微笑みながら
こちらを見た。
私ははっと固まった。
そして「はい。」
と
うなずいた。
そう。今度こそ、
理佐に怒られないようにしないと
いけないな。
と
思いながら。
……
そう。それは先日の月曜日。
私はやっぱりお昼の時間に、
理佐に前日の報告をした。
そう。この前の日曜日。
私はバイトで初めて
ロングシフトを経験したのだ。
勅使河原さんと一緒の、
10時から19時まで。
「…それでどうだったの?
彼と話せたんだよね?」
理佐の問いかけに、
私はうなずいて見せた。
「あ、うん。
まかないのことで結構話せたよ。あ、まかないってね、
バイト先が用意してくれるご飯の
ことなの。
それがちょうど
勅使河原さんが作る当番で、
勅使河原さんが作った
まかないご飯を、
休憩時間に一緒に食べれた。」
理佐は笑顔になった。
「うそ、良かったね。
その人の手料理食べれて。」
私も笑った。
「うん。それがね、
カレーだったんだけどね、
面白いんだよ。
『田舎カレー』って言って、
具に厚揚げとか魚肉ソーセージが
入ってたの。
でもその両方とも
意外とカレーと合うんだよね。
でもそういえば
魚肉のソーセージって、
うちの
死んだおじいちゃんもよくそれで
ホットドッグとか、
おやつ作ってくれてね」
「ちょっと待って。」
「え。」
「カレーの具材の
他には何を話したの?」
「あ。あと味付けのことも。
その田舎カレー
見た目白っぽくてさらっとしてて
すごくあっさりしてたの。
そしたら勅使河原さんね、
塩コショウと
カレー粉と小麦粉しか使ってないって言ってね、
普通隠し味にすりおろしたリンゴ
とか入れるじゃん。
でも結構おいしくてねそれで」
「違うでしょ。」
「え。」
「そこで何で
カレーそのものに話題がいくの。
あと他にもっと、
どこに住んでるかとか、
趣味とか好きなものとか、
彼女いるんですか、
とか。
聞くことたくさんあったよね?
話してないの?」
「あ。」
理佐の目は怒っていた。
私は思わず謝った。
そう。確かに日曜日。
私は聞きたいと思っていたことの
半分も
勅使河原さんに聞けなかった。
でも。
……
一緒に田舎カレーを食べた時。
「お母さん、
料理お上手なんですね。」
勅使河原さんから田舎カレーの
作り方、
お母さんから教わったと聞いて
そう言った私に、
勅使河原さんは
あいまいにうなずいた。
そして。
話をそらすようにポケットを
探ると、
禁煙パイポを取り出した。
それにお母さんのことを
口にした時の
勅使河原さんの表情。
一瞬だったからそれが
どんなものであったか判らない。
でも。
何となくそれ以上
色々聞けなくなってしまった。
でも。
「あ。勅使河原さん。ほら。」
私もバッグから
緑色の小箱を取り出して見せた。
前に勅使河原さんからもらった
同じミント味のパイポだ。
「おそろいですね。
これ、食後に眠くなるの防止に
良いですよね。」
そう言って笑って見せた。
すると。
勅使河原さんは
少し考える素振りをした。
取り出したミントのパイポを
ポケットに戻す。
そして。
立ち上がってロッカーに
向かうと、
その中の自分のバッグから何かを
取り出した。
それから。
テーブルに戻ると、それを
私に見えるところに置いた。
私は見た。
黄色い小箱。
グレープフルーツ味と書いてある
パイポ。
「何で取り替えるんですかー。」
私がそう言うと勅使河原さんは、
ぷっと吹き出した。
「あ。」
笑ったのだ。
「ははは。」
「あ。」
初めて見た。
勅使河原さんが声を出して
ちゃんと笑ったところ。
だから。
私も思わずつられて、
笑ってしまった。
そして。
それでその時は何だか充分かな、
と
思ってしまったのだった。
……
「まよ、顔にやけてる。」
そうれいなに指摘されて、
私はあわてて顔を引き締めた。
実は今回のホットドッグは、
理佐のアイデアだ。
(さっき、
まよの話の中に出たホットドッグ
使ってみよう。)
と、
私のおじいちゃんが以前
おやつにと作ってくれた
魚肉ソーセージのホットドッグ。
それを共通の話題にして
次に繋げていこうという。
(みんなが協力してくれる。
頑張ろう。)
そう思いながら私も、
ホットドッグを
頬張ったのだった。