勅使河原さんとまかないご飯
「えー。」
れいな。渚。亜美。
私の3人のおなクラ
=同じクラスの友達は、
同時に不満そうな声を上げた。
「じゃあいつ遊びに行けるの。」
そう言われて私は3人に向かって
両手を合わせて見せた。
「今ちょっと忙しいから、
時間できたら言うよ。」
「えー。じゃあその時は
まよにおごってもらおう。」
「イイネ!」
「やったー。」
「何でー。」
そんな私と3人のやりとりを、
理佐は笑って見ていた。
理佐は日曜日はたいてい、
彼氏とデートの人なのだ。
そう。
いつかこの3人にも
勅使河原さんのこと、
勅使河原さんと
もう少し打ち解けられたら
教えたいと、
紹介したいなとは思ってる。
……
そう。今年の春。
高校1年生になってから私は、
通学途中にある
ファミレスでバイトを始めた。
そこで私は、
勅使河原さんと出会った。
勅使河原さんはバイトの先輩。
はじめはいつも無表情に見えて、
また、
仕事で必要な最低限のこと以外
お店の誰ともほとんど話さず、
休憩時間も
1人でいることが多かった。
だから。
見た目大人っぽくて
かっこいいけど、
恐い人かと思っていた。
でも。
ある時すごく
仕事のフォローをしてもらって、
それから偶然同じ高校の2年生、
私の1年先輩
であることも判ってから、
少し話すことが出来た。
それから。
私はもっと勅使河原さんと
話したくなった。
もっと勅使河原さんのことが
知りたくなった。
だから。
一緒にいられる時間を
増やすことを考えたのだ。
本当は普段学校帰りのバイトを
勅使河原さんと一緒の
22時上がりにしようと思ったの
だけれど、
「高1の女の子が
外にいていい時間じゃないから。
ダメ。絶対。」
と、
それは両親に
反対されてしまった。
だから。
代わりに日曜日にシフトを
入れてみたのだ。
……
そう。先日のバイト中のこと。
「まよちゃん、
日曜日シフト入れたりしない?
昼まででもいいから。」
と、
店長にたずねられた。
どうしたんですかと聞くと、
バイトで急に
やめてしまった人がいて、
日曜日のシフトを
組み直さなければいけなくなった
とのことだけれど、
どうしても早番=オープン準備
から入れるスタッフが
2人足りないというのだ。
「僕もなんとか
昼には来られるようにするけど、
さすがにそれまで
ホールを勅使河原君1人だけに
お願いする、
という訳にもいかないしね。」
「え。」
そこで判ったのだ。
勅使河原さんが日曜日、
必ずシフトを入れているのを。
午前10時から午後7時まで。
だから。
「やります。」と、
私もシフトを入れた。
それも
勅使河原さんと同じ時間で。
そうすれば、
昼の休憩にも一緒に入れるみたい
だから。
そして。
……
初めての日曜日が来た。
「おはようございます。
佐々木コック長。」
「よう宮守。
何、日曜日も出るんだ。
頑張ってるな。」
そう、
キッチンから顔をのぞかせて
あいさつを返してくれた
コック長の佐々木さんは28才。
高校時代のバイトからはじめて、
そのままこのお店に
就職してしまったという
ベテランの男性だ。
怒ると恐くて仕事は厳しいけれど
基本さばさば系の明るい人だ。
それから。
……
私は裏口の扉の前に立った。
深呼吸を1つする。
そして。
「おはようございます。」
と、
扉を開けた。
そこにやっぱり、
勅使河原さんがいたから。
そう。
壁にもたれたすらっとした長身。
ウェイターの制服である
白のカッターシャツと
黒のベストを
きちんと着こなして。
そして。
いつものブラックの缶コーヒーと
ミント味の
禁煙パイポを手にして。
ここお店の裏口は、
1人で過ごすことの多い
勅使河原さんの
指定席みたいになっているのだ。
そして。
「今日も
よろしくお願いします。」
私がそう言って頭を下げると
勅使河原さんは
ちらりとこちらを見た。
それから。
うなずいてみせた。
いつものリアクションだ。
私の好きな。
そして。
……
初めてのロングシフトの
仕事がはじまった。
まずはオープン前の店内掃除。
それからカスター(塩やこしょう
紙ナプキン等のテーブル上の
消耗品)チェックを含む
テーブルセッティングをした。
いつもは3人でする仕事を
2人でするので時間に追われる。
それから。
「いらっしゃいませ。」
オープン時間の午前11時。
お店はいきなりにぎわい始めた。
私のいつものバイト時間は
平日の夜だからか、
お客様は仕事帰りの人が
多いような気がするけれど、
日曜日の今日はファミリーの
お客様が多い感じがする。
11時半前には店長も来たけれど、
いつもは4人で対応するホールに
今日は3人だけ。
すごく。すごく忙しかった。
……
「B定(Bランチのことだ)
上がってるよ!待ってるよ!」
「はい!ただ今!」
コック長の大きな声に
つられるように私も大きな声で
応え、
かけ足になりながらホールと
キッチンを何度も往復する。
キッチンもいつもは
2人体制のところを、
コック長1人で対応しているとの
ことで大変だ。
店長も勅使河原さんも
目まぐるしく立ち働いている。
そして。
……
「勅使河原君、まよちゃん、
おつかれ。1番入っていいよ。」
「は…はい。頂きます。」
嵐の中にいるみたいに忙しい
お昼の時間が過ぎて、
午後からの
シフトの人が来たところで
店長に1番=休憩をもらえた。
そう。やっと。
やっと、
勅使河原さんと話せる。
……
一応、
オープン前作業の時もホールで
2人きりではあったけれど、
することが多すぎて意識したり、仕事と関係のない話を
したりする余裕なんてなかった。
でも。
「勅使河原さんお昼、
『まかない』なんですよね?」
一緒にスタッフルームに下がる
途中でそうたずね、
勅使河原さんがうなずくのを
確認した私は、
心の中でガッツポーズを決めた。
そう。これで昼休憩、
勅使河原さんと一緒に
「まかない」を
食べられるのが判ったから。
そう。「まかない」。
実は今日のロングシフトで私が
楽しみにしていたのは、
勅使河原さんと話せそうな
休憩時間の他に
もう1つあったのだ。
それが「まかない」。
「まかない」とは、
ロングシフト=途中食事休憩が
必要な長時間勤務の人にお店から
提供される食事のことだ。
その内容は
お店でお客様に出される
メニューの中の
料理の時もあるけれど、
時には「裏メニュー」といわれる
スタッフしか
食べられない料理が出ることも
あると店長は言っていた。
……
私は続けた。
「私も『まかない』にします。
食べるの初めてなんで、
すごく楽しみです。」
と。
すると。
勅使河原さんが、
え。と言う感じでこちらを見た。
「?」私は何か言われるのかなと
勅使河原さんを見上げて待った。
でも。
勅使河原さんは何も言わず、
ふいと視線をそらして
そのまま先を歩いていった。
私はあわてて付いて行く。
そして。
……
「おつかれ。そうか、
宮守も『まかない』か。
今日は『田舎カレー』な。」
キッチンで何故かそう
コック長に笑いながら言われて
受け取ったトレーの上には、
カレーライスとコールスロー
サラダがのっていた。
「『田舎カレー』?
普通のカレーと違うんですか?」
そう言って私は
トレーの上に目を落とした。
普通のカレーより
少し白っぽい気はする。
と。
「まあ食べてからのお楽しみで。
今日は『裏メニュー』
だから味わって食えよ。
なあ勅使河原。」
「え。」
コック長に何故か話を振られた
勅使河原さんを私は見上げた。
でも。
勅使河原さんは
無表情なままだった。
少し、
視線はそらしていたけれど。
……
「それじゃあ、頂きます。」
「…頂きます。」
スタッフルームで
私とそろってテーブルに着いた
勅使河原さんは
すぐに食事を始めた。
けれど。
私は改めてカレーを見た。
ジャガイモ、にんじん、玉ねぎ、
定番の具材の他に
確かに何かが入っている。
私はそのうちの茶色いひとかけを
スプーンで
すくい上げて首をひねった。
「これは…お肉、ですよね?」
「…厚揚げ。」
私は勅使河原さんを見た。
「ええ?そうなんですか。
へえ。何か珍しい。」
私は更に
もう1さじすくって言った。
「じゃあこれは、何だろう。
ピンクでふわふわしてる。」
「…魚肉ソーセージ。」
私は勅使河原さんを見た。
そして続けた。
「そうなんですか。
なんか和風というか、
懐かしいみたいな感じですね。
『田舎カレー』の
ネーミングってその辺から
来てるのかな。」
「冷めそう。」
「あ。はい。頂きます。」
私はあわてて
両方とも口にふくんだ。
と。
おいしかった。
カレーの味がしみてる。
厚揚げや魚肉ソーセージとか、
変わった組合わせだと
思ったけれど、合っていた。
「少しあっさりした感じですね。
シンプルに
カレーの味が出てるみたいな。
でもおいしいです。
味付けどうしてるんだろう。」
「…塩コショウと、
後はカレー粉と小麦粉だけ。」
私は再び勅使河原さんを見た。
そして続けた。
「なんか、
勅使河原さんくわしいですね。
この田舎カレー作れそう。」
「……」
「え。」
「もしかしてこれ作ったの、
勅使河原さんだったりして。」
間が、合った。
でも。
勅使河原さんは、うなずいた。
……
「うそー。」
思わず叫んだ。
コック長がまかないのことで、
勅使河原さんに
話を振っていた意味が判った。
でも。
眉をひそめた勅使河原さんに
気付き、
うるさくしたから
機嫌を損ねてしまったと思い、
すいません。
と
あわてて口元をおさえた。
でも、続けた。
「いつの間に。
それにどうして勅使河原さんが
作ったんですか?」
「……」
私は、待ってみた。
「…俺。日曜は毎回
ロングで入っている。」
勅使河原さんは話し始めた。
私は、うなずいた。
「まかないは普通コック長に
作ってもらってるけど、
今日みたいに人が少ない時には
自分で作ったりしてる。
今日も早めに店に来て
キッチン借りてやった。」
……
「そうだったんですか。」
私はうなずき、そして続けた。
「なんか嬉しいです。
初めての『まかない』が
勅使河原さんの手作りなんて。
すごくおいしかったです。」
と。
でも。
勅使河原さんは
顔をしかめたままだった。
でも。
「あ。」
私は気が付いた。
勅使河原さんの耳たぶが
すごく赤くなっているのを。
勅使河原さんは
怒ってるわけじゃない、
照れているのだ。
(勅使河原さん可愛い。)
私は少し笑ってしまった。
そして。
……
「作り方、
誰かに教わったんですか?」
気を取り直した私が
そう質問すると、
一瞬、間があった。
勅使河原さんの顔に、
何かの表情がよぎる。
それがどんなものであるのかは、
一瞬すぎて判らなかった。
でも。
勅使河原さんは答えてくれた。
「お袋。」
と。